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ROUTE・ルート  作者: OGRE
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歩旅……『旅路とは命紡ぐ道筋なりて省くことならぬ道なり』

 新たなる道へ進む時、彼の者らは惑うだろう。

 覇を持つとて彼の者らも人にあり。

 されど、覇を有する者は力を有しまとめ……抑える業の許に小さき力を大いなる物へと膨らませる。

 それに付き共に歩む者はより強き人となりその者と強き絆で結ばれん。

 生きる道は時の進む流れに押され樹木の枝葉に似た運命はどの人、世、界、心、生においても惑いを生むことは輪の理。

 天地開界のおり、大地に残されし者を探し歩むも覇、また新たなる心を開く者も覇となりて己の思うが道を歩み続ける。

 人としての道を尽くせぬ者は覇にいたらず散り黄金の道を惑い。

 逆を見ても銀の道にのまれ先の見えぬ生に大いなる惑いを被るだろう。 されど、道を終えし覇の姿ここにあり。 我が答うる所、道と形に修める後ろの人と空を見る。

 そして、無形の先を生としてたどり生きる者こそ覇なると……。

 後となる覇、史より告げる。

 惑いの覇者……ヴィルゲイ・セサンス・オーグラン


 アシュレイ一行は険しい岩場の道を歩いていた。旅を続けるうちに皆はアシュレイの知識と完全に回復した体機能に驚きを隠せないようすでいる。出発点の『言霊の樹街』を出発して数日がたっているが人里は見えてこないようで遠距離の旅をしたことのないアシュレイとイオーサ以外の三人はだんだんと苛立ち始めているようだ。今は切り立った岩場にいてかなり危険で経験が豊富らしいアシュレイが周りに注意をしていた。風化により削られた石英やケイ素を多く含む岩肌は地形の特徴なのか場所によっては剣山のように突き出ている。その上部にあり今、アシュレイ一行が居る足と手をかけるのがやっとの切り立った場所から転落すれば助かる道はないだろう。他の旅人がその運命を辿ったらしい骨が近くに散らばり食糧の少ないこの岩場では生息する生き物にとっては神の恵みなのだろうか野犬や鷲などもみうけられる。もちろん野生動物である彼らとて例外ではない。アシュレイ一行に関して言えばシドは重装な大鎧が守ってくれるであろうことから即死は避けられるだろう。だが、残りの4人はそのまま落ちれば死ぬ確率は高い……いや、もろに落ちれば即死で決まりだ。皆がわかっていてしきりに身構えるたまに吹く強風に煽られるという時が怖いことは言うまでもなく彼らは細心の注意を払っていた。その時、長い魔導師のローブを着ているイオーサが強風に煽られ、こともあろうに剣山の上に投げ出されてしまった。掴んだ岩が崩れ真っ逆様に落ちていく。それに反応して落下とほぼ同時にアシュレイが空に飛び出し背負っていた槍を地面に向けて突き出しイオーサを片腕でしっかり抱き抱え地面に槍を突き刺し、それを支えに垂直に加え逆さまの状態になって間一髪だったが……最悪の状態を避けているという構図だ。体をゆっくり真横に倒し注意深く剣山の刺と刺の間に上手く入りイオーサを怪我をさせないように降ろした。


「う……風には気をつけろ。お前らが落ちれば命はないぞ」

「そんなこと言っても……岩肌が脆くて」

「くそ、案外厳しいな。……俺は鎧があるからいいけど」

「……え?」

「イオーサ! くそっ!」


 イオーサのローブは打撃から守るためか余裕があり幅広で長いため風をよく受ける。それに追い打ちをかけたのは彼女の体型だ。彼女はローブを着ているとわからないが実は体が細身で軽いため浮きやすい。スタイルは良いが体重がかなり軽いせいで簡単に浮いてしまい岩を掴むことは何とかできたようだが藁をもすがったその岩が掴んだ瞬間に風化の影響で崩れたのだ。風化が激しくそれこそ卵の殻のように脆く割れてしまい強風に流され飛ばされる。これが彼女が体験した事象だった。その後はアシュレイの働きで彼女は助かっている。槍は完全に壊れたがイオーサの命には代えられないとアシュレイが申し訳なさそうな顔のイオーサを背負い、崖を注意深く登りながら話していた。アシュレイの体には数か所の切り傷があったがイオーサには怪我ひとつ見当たらない。それも彼女には気になったのかさらに申し訳なさそうな顔をしていた。


「うわっ!!」

「こうなるとは思っていたが……こんなに早いとは」

「アシュレイ! イオーサを助けて!」

「わかっている!!」


 アシュレイが登り切り二人が無事なことを確認して、安心からか溜め息をつき座り込む3人を見ずにアシュレイは太陽を睨むように見た。だんだんと沈みゆく太陽を眺め近くの林を見てから後ろの4人に向き直ってここで野宿すると一言告げると小川の近くに日が沈む前に小枝を集めて火を焚くように言うと……それを言った本人は恐ろしく軽い身のこなしで森の中に居なくなった。その容姿をパッと見ただけでは普通の人である『ヒューマン』と変わらない彼は人間とは全く違う体機能を持ち既知も高い。加え、彼は他にもまだ特殊な能力を持っていると彼自身が告げている。周りの4人がその生物的な違和感を感じるのはごく自然のことだ。


「アシュレイって凄いよね」

「うん……私は助けられた時……アシュレイが怪我してるのが見えた。怪我をすることを恐れていなかったようにも……」

「気にすることはない。本当に大丈夫だ。これくらいなら数時間で治癒する。それに……仮に心臓に穴が空いても今の俺なら死にはしないからな」

「それよりアシュレイさんは何をしてたんですか?」

「たき火は……よし、魚を取って来たんだ。ホントはもっと大きな物が良かったんだが……な」

「す、凄い……。そんなことまで」

「どうしてそんなことができるのですか?」


 リムが問う質問が前者達の質問をまとめて居たため総合してその質問にすぐに応えている。それによれば彼は昔から旅を続けていたと言っていた。奴隷にされる前からと言うことでかなり長い間なのだろう。奴隷と言えば彼は奴隷の焼印の上から大きな別の焼印を数種類焼き付けている。ウォルストラーに無理を言って頼んだようだ。肩甲骨の左右それぞれに『カオスゲート』と『ヘブンズゲート』の封印の紋章が描かれ、背骨にそって六紋と呼ばれる同じく封印の紋章が連なっており、最後に鎖の蛇の紋章を隠すためアシュレイのシンボルマークという聖紋を描いた。背中を見せた彼に視線を移す4人を見ずに魚の焼ける香ばしい匂いがしてくると近くにあるキノコなどを見て毒キノコではないことを確認し串に刺してすぐに火を通す。そのアシュレイは白銀の髪を撫でつけながら一族の始まり以外の本人の出生まで語ってくれた。夕日がだんだんと落ち始める時刻。アシュレイとイオーサが気にしていたのはモンスターだ。野生の野獣なら生易しく『カオスゲート』と『ヘブンズゲート』の影響を受け生物が突然変異したものがそうだ。話を戻そう。旅をする中でアシュレイは彼らを仲間と認めたようで他の情報も語っている。彼らはたき火を中心に丸く座っていた。魚を頬張る者や熱いため注意深く歯を入れる者、キノコに手をつけたがまだ焼けていないとアシュレイに早いと止められた者。聞き方は思い思いだが視線と意識はそちらにある。彼らが視線を合わせる彼の目は独特で、瞳孔が広く大きな目をしているためか目だけは少し人とは違う。


「アークオウガは人間に近い種とはいえ古の昔からの『古族(いにしえぞく)』だ。ルーツをいうならイオーサは俺に近い。アンナが属するデミヒューマンは精霊族と俺達の片割れである『エンジェル』のハーフだからな。また別に数えられるがわりかし血が遠いわけではないんだ。わかってる俺のことだろう? 生まれはアゲレイアの山村、父も母も戦士でな。俺が何故、旅に慣れてるかと言えば父に連れられて旅をし仕事を学んだからだな。一族の仕事とは別だが俺の仕事は暗殺や見せしめが多かった。山の聖域に近付く者は老若男女、種族を問わず追い返すか……強情なら殺す……」

「軍人の上層部で二つの門を開けようとする人を? その他にも狩り人とか……まさか子供まで……?」

「子供なら優しく言えば帰ってくれるからいいんだがな。殺す部類は今の二つや考えられるそれらだけじゃない。あれは存在を知られてはならないんだ。本来ならお前達にも口外することは許されないが俺の目に狂いがないならお前らになら話しても大丈夫だろう」

「それに関しては研究者から聞いたことがある。『……守勢の一族果てなく争いを拒み開かれざる門を守る。放浪の者、任を用い開かんとする者に鉄槌をくだす』と龍歴では伝えられている」

「大方当たってるが少し違うな。俺たちは『界印』守っていると言えばそうだが実際はこの大地に住む人を守っている。アレが解放され暴走すればこの大地は滅茶苦茶になるだろうからな。それに俺達は二つの門を守るだけだが使命ではない。この世界には残り六つの開けてはならない扉がある」

「みんな……注意して。アシュレイは気づいてるんでしょ?……何か近くに居ない?」

「アンナ、お前も気付いていたかイオーサは動きが早い。気づいたことを気取られるな。よし……ちょうどリムの裏側だ。来るぞ! 屈め!!」


 襲って来たのは熊のような体に獅子のような鬣を持ち、前足が異様に発達した奇妙な生物だった。そして、それは群れを成しワラワラと大量に森の奥から現れる。大柄な体格のそのモンスターにとっさにリムを守ろうと放ったイオーサの龍魔法が急所をついて当たり一頭目が倒れた。それを始まりに次々に襲いかかってくる奇妙なモンスター達を倒しながら周りを確認するアシュレイ。彼はそれらの対処の方法を知っておりリムとイオーサを後ろにかばいながらシドとアンナを促し連携攻撃を行う。アシュレイは今、使える武器がないため独特な格闘技でモンスターの腹部に拳を突き出したり、しなやかに振るった脚で蹴り飛ばして次々にたおす。シドはアシュレイに言われたように三角形の陣を崩さないように後衛二人の壁になる。ドラゴンキラーの剣で急所を的確に斬りつけたりイージスの盾で弾き飛ばしたりしながらアシュレイに合わせじりじりと前に動く。アンナの攻撃は機動力が売りの速撃タイプでアシュレイにパワーは劣るも長い棒を振り回し軽快なヒットアンドウェイでモンスターを押し返す。そんな彼女は本来のスタイルだけで見れば類い希な弓の使い手である。近接攻撃よりも遠、中距離攻撃を時折、その間合いが掴めると篭手弓と呼ばれる防具に仕込む小型の弓で眉間を射抜いていた。戦闘開始からかなり時間が経過したが今は誰も怪我をしていないらしい。アシュレイの指示で火をおこしている起点の利くイオーサの魔法が強く作用し周りの木に火が引火して燃え広がるのを見てアシュレイが動きを止めた。残りの4人もモンスターが逃げて行くのを呆然とみているらしい。アシュレイからの説明が入りイオーサが後処理といせ魔法を使って火を消してからその場を離れる。離れなければまた同じ群れに攻撃されるからだ。荷物と言っても最低限の調理器具と武器や消毒薬など救護関係のためかすぐにまとめることができた。


「な、なんで逃げてくの?」

「最初から使えばよかったんだが何分近寄られ過ぎた。……奴らはあまり知能が高い訳じゃないからな。火が怖いのさ。急いでここから離れるぞ」

「また同じ群れに襲われないように……ですか?」

「そうですね。アシュレイさんの言うとおりだ。できるだけすぐに離れよう。荷物をまとめるんだ」


 夜の旅は厳しい。『言霊の樹街』付近から出たことのないアンナは旅路に素人でリムも城から出ることが少なく同様。シドはけして旅をしたことがないわけではないが兵糧が確保された戦場での分隊作戦でのことだ……今のこの状況とは食糧確保や多数の観点で違いがある。イオーサは前にいた街に行くために旅をしたことはあるがそれきりでアシュレイ程の玄人ではないため不安さがあるらしい。唯一、周りを気にしているアシュレイの近くから誰一人として離れず言葉もでない。川沿いを歩くのは魚を捕った時に遭遇した水性のモンスターに再び出会う恐れがあるため避け、広い荒野と森のせめぎ合う間を歩いていく。その内にオアシスの村らしきところが見えてきた。後ろの4人は安心してため息をついたようだがアシュレイだけは違う動きを見せた。いきなり物凄い勢いで走り出し村に消える。その後ろを4人が追う。追いついた時には大方の方はついていたようだがシドは戦場での経験から血なまぐさいそれを感じ取り剣を構え猛進していく。アンナも野生児の感性の鋭さから気づいたのか惨状を見ないように女子三人で周りを警戒しながらアシュレイとシドを探す。


「どういうこと……」

「山賊に襲われたようですね。それにしても酷い……」

「リムの言う通りよ……誰!? な、なんだ。アシュレイか……」

「山賊は粗方逃げたか俺が抹殺した。酷い有様だ。奴らの手口はわかってる今から……」

「アシュレイさん! 無事でしたか……」

「あぁ、俺は荷馬車を追う。シドはイオーサとリムを守って居てくれ。俺とアンナの速撃で方をつけてくる。村の生き残りが居れば助けてやれ」


 アンナが頷いて二人が走り出した。砂漠のオアシスではよくあることなのだ。山賊や海賊などから身を護れない街が攻め落とされ若い人や家畜を奪い金品に変える。それが山賊の手口だ。アシュレイも何度かそれに遭遇したことがあるとアンナに語る。アシュレイは速度をアンナに合わせていたが途中からその方が速いと彼女を背負い乾いた街道を走った。荷馬車は人を沢山乗せて居るためか速度は速くない。他にも原因があるのだろう、アシュレイとアンナが追いつくのには時間はかからなかった。アンナがアシュレイの手を足場にし大弓を構え荷馬車の上に居る弓を持った男を狙って矢を放つ。


「おら!! 黙れこの奴隷女どもが!! お前らなんかの代わりはいくらでも居るんだよ!」

「う゛う゛……い゛や゛」

「人間ぶってんじゃねぇよ!」

「兄貴……頭に怒られやすぜ」

「そうだな。商品だ。大切に扱わないといけねぇ」


 衣類を剥がれた若い女性の奴隷ばかりを集めた荷馬車の上にいた山賊の男が綺麗に喉仏に命中矢を受けて息絶えたようだ。アンナはその荷馬車の上に飛び乗ると中の山賊を蹂躙し始める。こめかみに十文字を刻み込んで殺した男から奪った鞭を張りながらパシッと張り詰めた音を立て凄みの聞いた声を放ち山賊に詰め寄る。小柄な彼女だが本当に恐ろしい。彼女の裏の顔はこうなのだろう。一方のアシュレイは音もなく最後尾の豪華な馬車に近寄り中を確認した。のろのろと走っていた理由はこれだ。中を見ればすぐにわかる。この山賊達はどこかの都市の貴族とつながり賄賂を渡して自分たちの所業を隠していたのだ。


「おぃおぃ……お兄さんたちよぉ、人の命を何だと思っているのかなぁ? これ以上オイタをすると……奴隷にしちゃうぞ(ハート)。おらぁ! わかったらこの子達を解放せんかのろまぁ! 早くしろこの下種が!」

「ひ、ひぃぃぃぃ!!!! ……す、すみません。もぅ、もうしませんから! お許しを……お許し~~!!!! う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 何をしたのかはさて置き後ろのアシュレイの方に視点を移そう……。アシュレイは御者を勤める山賊を気絶させ縛り上げてから策を講じている。彼もただでこいつらを返す気はなく捕まえてそれ相応の辱めを持ってことの解決を図ろうとしたのだ。貴族の男はいかにもと言うような悪人顔で丸々太った差し詰め肉団子のような体をしており無視しておいてもあまり苦にならいだろう。問題は話しているであろう盗賊の頭だ。一度ここから離れ村に目を向けよう。このオアシスの土地は村と呼ぶには大きいが街と呼ぶには小さいと言うような微妙な大きさで人口もそれなりくらいあった。砂漠の真ん中にあるが農村で薬用になるらしいサボテンや南国の果実植物をオアシスの水を利用して育てているらしい。三人はアシュレイの指示通りに動いていた。村に残ったリムは意識のない重傷患者を彼女の魔法を使って手当てをしシドも外に警戒しながらも戦場で身につけた応急処置を施していく。イオーサは暗闇に紛れて物陰に隠れていた子供達を集め相手をしている。無口で表情の変化が少ない彼女が何人もの子供と手をつなぎ背中に運良く難を逃れた赤ん坊を2人背負っている光景を見たシドとリムの二人は緊急事態にも関わらず笑顔を作り吹き出しそうになりながら笑っていた。


「悔しい……こんなに沢山怪我人がいるのに助けられないなんて」

「姫。ぼやかないでくれ。みんな頑張ってるんだから」

「私も……頑張ってる」

「い、イオーサ! くっ……はははっ!! はははっ!!」

「ふっ!……う゛う゛ん……」

「二人とも何が可笑しいの? 何が……」

「不謹慎だった……さぁ、やるか!! アシュレイさんが言ってたのって……このことなのかな。何だっけ? 『惑いの覇者』の伝承って」

「わからないけど……そうだと思う。黄金(こがね)は未遂の後悔を表し、(しろかね)は救えない苦しさを表す。辛いけど偉人も通った道。どこかで割り切るしかない……」

「そうです。万変はこの世の常。惑いの覇者はそう伝えてる。全てが動くの……覇者はいつ現れるか解らないけど必ず言葉を残してる。彼が私達に話してくれたのは二人。何人の覇者が居るのかは知らない……だから、多分まだ、私達の旅は続く……アゲレイアについたとしても……一時の安息」


 イオーサの意味深な言葉を聞いて二人は何を思ったのか知る由もないが何かを思ったはずだ。怪我人達には最善の手当てしたがすでに手遅れだった人も多く、あまり多数の命を救うことはできなかったように見える。布を被せ胸の上で手を組ませた遺体がそれだろう。シドは二人に休むように伝え救護所替わりに使って居る大きな建物で眠らずに番兵の役をする。イオーサは先程の子供たちに気に入られ彼女の周りにはかなりの人数の子供達が集まっていた。どうやらこの村は移民街でもあるようで毛色の違う子供達が多く伺える。リムは魔法の使いすぎで疲れて寝てしまっていた。そんな夜半過ぎの月の下ではアシュレイが今回の事件の首謀者二人を締め上げている。彼の攻撃は本来なら瞬時に山賊や悪徳貴族の命を奪えるだろうがあえて奪わずに辱めることで罪の重さは……解らないだろうがとりあえず山賊と悪徳貴族を奴隷のようにした状態で荒野の真ん中に離しておく。あとは村人に先を委ねるだけだ。


「で、今回は上玉は居たのか?」

「へぇ、何匹か可愛げのあるヤツがいやすぜ。旦那も物好きですねぇ。旦那の力があれば遊女くらい軽いんでしょう?」

「官位を落とさぬためには相応の伝を使わねばならんのだ。民意というくだらん評価さえ関わらなければこんなことはせぬ。次期の推薦で昇格すれば貴様も我が家の騎士団の末席に加えるのだ。存分に働け」

「ありがてぇ話だ。山賊なんてうだつの上がんねぇ家業よりゃ……」

「それで? 他人を不幸にしてその不幸から得た甘い甘い蜜をその汚い手口で蜜壺におさめて私腹を肥やし……官位を落とさぬようにか……。お前たち下種どもに手を出さなくてはならないとは……悲しいな。民もさぞ苦しかろう」

「どこだ! 出てきやがれ!」

「だ、だだだ誰だ!?」

「今に教えてやる」


 前の荷馬車では片がついていた。捕まっていた少女たちを解放したアンナは他にもある三台の荷馬車をあの状態のままで猛然と襲い、山賊を捕まえて服を剥ぎ取り少女たちがつながれていた鎖につなぎ一つの荷馬車にまとめるという作業をしている最中だった。最後尾はアシュレイが張っていて二台目には酷い有様の男性の住民達が居たがそれを盾に抵抗しようとした山賊はやはり同様に息の荒いアンナの鞭を受けて絶叫して……その先は語られない事実が待っているはずだ。アシュレイに再び視点を合わせよう。何もためらうことなく馬車に乗り込み山賊の頭が振りかざした曲刀を指先でつかみ二つに折り曲げて落とし拳で山賊の頭の顔面を殴りつけた。その男は一発でノックアウトされ大量の鼻血を噴きながら座席に座ったまま前のめりに倒れた。恐れおののく悪徳貴族は……。アシュレイを買収にかかったが相手が悪い。どこぞの山賊ならいいのかもしれないが……彼では全く意味をなさない。


「か、金が欲しいのか? 金ならいくらでも……。それとも騎士の称号か? お前の腕なら王立騎士団でもやっていけるだ……ぅううう゛う゛!!」

「言わなかったか? 下種……貴様から受け取る物などない」


 アシュレイが振り上げた左の拳は馬車の木製の壁を突き破り外で村に帰る準備をしていた少女達や男衆の視線は一斉にそちらに移る。次の瞬間には悪徳貴族は顔に拳の跡を作って脆くなっていた馬車の壁を突き破り乾いた石畳の上に仰向けに飛び出した。アンナを含めその他一同は驚き何が出てくるか身構えたがすぐに気付いたアンナの一言とアシュレイの容姿でつかまっていた少女が集まり出す。アシュレイは困った顔をしアンナに助けを求めていたがことは動かずそのままの状態で村まで既に息絶えて手遅れになってしまった者達も含めて帰還した。その時には既に空は明るくなり日輪の端が山から見えているような状態で彼は懐かしそうにその方向を向いて一言つぶやいた。


「まったく……こいつらにも罪の反省が必要だな。鎖につなげて……」

「アシュレイ……派手にやったね」

「そんなことは大した問題ではない。ちょっと待て……これはどういうことだ?」

「しばらくはそのままだよ。アシュレイの容姿からなそうなっても解らんでもないからね。あたしも参加しよ」

「アンナ、助けてくれ……」

「アシュレイはサバイバルには長けていてもこういうこと苦手なんだ。収穫収穫。」

「な……おい!! やめろ! アンナ!」


 乾いた道を馬と開いた荷馬車を使って亡くなった人を乗せて運ぶ。残りの皆と家畜はアシュレイに守られながら歩いているためかある程度は安心感があるようだ。朝日が見える中で村が見えてきた。アシュレイは近づいただけでわかるのかすぐに表情を変える。それに気付いたのかアンナが促し皆の歩く速度も少しだがあがりどんどん元居た村に近づいて行った。


『旅中に身をおく我、使命の傍ら美しきを目に焼き、我が故郷を思い、幾年離れたか我が故郷に日輪の端重なり我が心中感銘を受けここに詠い誓う。美しきかな遥かな山よ。いつか……時の来ようその時に帰らん。我が故郷アゲレイア』


 ゆっくり語りながら静かな村に入ると協会らしき建物から怒鳴り声がする。山賊の生き残りらしい。アンナが持ち前の偵察力と運動能力を使い協会のはりに登り中の状態を粗方調べてきた。構図的にはシドが集中的にリンチを受けて体が動かずイオーサは子供を守るために前にいて出し抜けそうもない状態……。加えて肉弾戦闘に向かないリムが人質だ。あまり良好な感じではないように見える。中には山賊が六人いてその内完全武装の山賊は二人。残りは剣や鞭を持っているが防具はなく背後から斬りつければ一瞬で命を絶てるだろう。内部の状況確認をするとアシュレイがすぐに行動を起こした。落ちていた剣を拾い上げ先程アンナが協会と看板の付いた建物に入ったように高い窓から侵入する。作戦はあらかじめ決めてあり簡単な囮作戦がとられているようだ。敵は六人で軍人ではないため軍策など知るわけがない。それを上手く使いアシュレイの単体を含めば4つの分隊に分けて行う。まず、協会の出入り口を3つ塞ぎアンナを隠すように悪口を住民たちに言わせその中の数人に騒ぎ立てさせて山賊を怒らせて外に誘い出す。そこからはアンナの出番だ。彼女なら簡単に倒せるだけの実力がある。他の分隊も同様で間合いを見てアシュレイがはりから飛び降りて山賊を倒す。


「く、こんな者たちに捕まるとは……」

「おいおい、嬢ちゃん惨めに聞こえるぜ? どこの出身か知らねぇが頼りの騎士様はお寝んねしちまってるしな」

「ふざけるな! アシュレイさんがまだいる。俺が居なくても……グフッ……」

「ほざくな三流騎士が。アシュレイ? どこのどいつだよ。そいつは……」


 その時、山賊の頭に小石が当たり作戦が開始された。助けられた若者達が石を投げつけ罵声を浴びせているのだ。しかも、短気な山賊はリーダー格を欠いて居るためか見事に作戦にはまり6人中の4人が一応代理のリーダーの命令を無視してそちらに走りこみかなりアンナの攻撃を受けるような叫び声がきこえる。その後、イオーサのおかげで作戦が少し早まり片付くのも早かった。イオーサが何をしたかと言えば簡単で龍人族特有のブレスマジックという息吹攻撃を最大に威力を限抑え残りの二人を凍結させたということだろう。ついでにリムの髪の毛まで固めてしまい少し問題も起きたが彼女の了承の許、山賊に握られていた部分を切り取り揃えて切ってしまった。


「おい!! て、テメェ等! 冷てぇ! 何なんだ……うぉぉぉ! 凍ってる! 凍ってる!」

「あ、兄貴! 何とかしてくだせぇ!」

「む、無理を……い、いう……んじゃねぇよ」

「兄貴……し……ぬ……」

「ナイスタイミングと言いたいがリムの髪の毛はどうするつもりだったんだ? イオーサ」

「……焔で……」

「おい、それはないだろう」

「お気づかいありがとうございますアシュレイさん」

「なら、熱で手だけ溶かす」

「その必要はあません。一思いに斬り落としてください」

「いいのか? 妹に髪は命の次に大切な物と聞いていたが」

「それは人それぞれです。私は仲間の方が大切ですし。暑苦しくて邪魔だったのでそろそろ切ろうと思っていたところだったのです」

「そうか……なら、行くぞ」

「はい」


 山賊の残党の籠城事件も村の若者とアンナの活躍もあり意外と早々、方が付いた。山賊の残党はすぐに他のメンバーが居る所に引き込みこの六人も村人に任せることにしアシュレイ一行は一日をこの村で過ごすことにしたようだ。村人の埋葬を手伝いそれから休みを取る。とはいいつつ体の疲労や怪我などの回復が他より異様に速いアシュレイは子供たちにすがられるままに槍術を見せている。彼、アシュレイはこれまでの人生でかなりの生存術を学んでいたようだ。火の簡単な起こし方から怪我をした時の簡易の対処法、他には退屈を紛らわす方法や存在感を零に見せる方法など……どうでもいい事から庶民でも身に付けた方がよい物まで数多く知っている。加えて毛色の様々な子供たちの中でもさらに目を引く白銀の髪と左右の黄金と銀の瞳に青白いまでの体色と背中の焼印など目を引く要因は多くそろっている。


「お兄ちゃんはどこから来たの?」

「俺はあの山の向こうから来た。出身もそこだ」

「山の向こうには何があるの?」

「……。まだ、皆には難しいものだな」

「背中にお絵かきしてあるけど落ちないの?」

「これは焼印と言うんだ。一度付ければ取れない」

「お兄ちゃんだけ武器使ってないけどお兄ちゃんは何を使うの?」

「俺は槍を使う。今はないけどな」

「見せて!」

「いいだろう。そこの棒を貸してくれ」


 彼の体技の元々の使い方としては槍や薙刀を振り回したり突きだすなどその他にも投げたり切りつけたりするのに合わせて彼が考え特化した武術らしい。見せる中でも彼は真剣だ。占拠された協会はここの流通協会の建物だったらしく倉庫にはまだたくさんの物資が残っていた。山賊ですら壊せない大型の金庫のある村などそうはない。ここの村には金融や嗜好品を扱う店も少なくないが昨晩の襲撃で多くの建物が被害を受けたそうでそう言った店ほど被害が大きく復興には時間がかかるだろう。しかし、行商人は相変わらず来るようでアシュレイや次に体調を回復させたイオーサが近づいて行く。何故か彼女も子供たちには人気でさっそく女の子たちの塊ができる。その頃シドはリムからの手当てを教会で受けていた。昨晩はたまたま手近な建物の流通協会の看板の内『協会』としか文字が残っていない建物を使ったが村の外れにある大きな西洋地方の作りをしている建物に居るのだ。そこは荒野ではあるが街のはずれに向かうに従って大地の地形になっている。ここの端には粘土層の地層があるため地下水をためることができそのため土地を利用して大きな農園地帯を作れているのだ。


「いだだだだだだ! 姫! 止めてくれ! 痛い、痛いから……」

「ダメよ。貴方にしてはよく頑張ったけど……こんなに酷い怪我をして」

「これくらいならすぐに……いだだだだだだだだ!」

「だから無理しない! アシュレイさんのように特別な体じゃないんだから」


 彼らは槍術とアシュレイの知恵のお陰で村の中ではかなり有名になった。近くの茂みに隠れていた住民も少なくはなかったようでそこまで大きな被害は……あったがとりあえず復興できなくなるまでの被害は抑えたと見える。続々と帰りつく住民たちをよそに彼らは旅出の準備を始めるのだ。荷物をそろえ全員が万端の状態でひっそりと村を出た。最終的に一番重傷だったシドもあたりさわりない程度に回復し再び長い旅路に就く。ここを出るとなかなか村にはたどりつけないとアシュレイが周りの4人に告げる。だが、彼らにとっての安心は落ちたり転んだりすると即死するような危険な場所が少なくなることだろう。武器もあらかた揃えてあるため荒野での戦闘にも慣れているメンバーが多いから順風満帆ともいかないが何とか乗り切れそうな構図になっていた。


「いきなりだがお前たちはこの大陸の形状は知ってるか?」

「え? アタシは知らないよ」

「図式でなら見たことはあります。しかし、細部の形状までは」

「俺はあの土地から出たことはないため知りませんね」

「同じくそうですね」

「なら、話そう。世界には『海』と呼ばれる大きな水たまりがある。その他には八つの巨大な大地の塊があるが正しくは九個だ。空中回廊が含まれればな。俺達が居るのはその中でも一番大きな大陸……エリューゼルムだ。ただし、総面積を考えるとここもそのうちの四分の一だからそう大きい訳ではないぞ。そして、界印は8つあり各大陸に一つ。加えて絶対に開いてはならない『輪』の改印が今は空中回廊にあるんだ。これから俺達が向かうのは光の界印『ヘブンズゲート』があるところで……俺達はそこに向かっているが……解るか?」


 一同が理解できたようなのでアシュレイと共に再び速度を上げて歩き始める。昼の日照りは嘘のように夜は一気に冷える荒野。巨大な荒野の横断はそういうリスクもある。だが、アシュレイは涼しい顔で歩いている。他の4人は熱さや強風、突然の砂嵐や巨大なモンスターなどで嫌気がさしているように見えた。そんな4人はアシュレイに疑問を投げかける。そんな荒野で見たところ涼しい顔をしているのはアシュレイだけだ。……というよりは何故涼しい顔ができるのかが疑問だろう。


「な、なんでそんなに…………。あんただけよ。アシュレイ、あたしにもその元気を分けてほしいわ」

「そんことはないぞ。シドもよく耐えている」

「アシュレイさん……俺のは『やせ我慢』です」

「私も……ダメ」

「イオーサ! でも、アシュレイさん。私たちではこれは少し厳しいです。あなたは慣れていても……」

「そうだな。少し休もう。だが、日陰なんてどこにもないぞ?」

「そ、そういえば……どうすれば」

「これくらい考えろ。ローブを枝やロッドを使って立てろ少しはましになる。シドは鎧の一番上の外装をとれ。それが暑さの原因だ。イオーサは……あんまり脱ぐな。その肌の白さだと日焼けでただれるぞ。他は……まぁ、大丈夫だな」

「あと何日くらいでここを抜けられるんですか? このペースでは皆、数日と持ちませんよ」

「だろうな。お前らが持つギリギリになったら俺が助ける。そうすれば何とかなるだろう」

「なんとかって……」

「なんとかだよ」

「……」


 荒野を横断するにはそれなりの装備がいるが彼らは金銭面でも苦しいためか、あまりそういうところを無傷で超えられるほどの装備であるとは言えないない。アシュレイは皆の反応通り全く動じていないが気温が40度を超える猛暑の中では普通の人間と呼ばれるヒューマンは平常の体調では生きていけないのだろう。デミヒューマンのアンナはあんまり応えてないように見えるがその彼女でも段々と熱さの関係で衰弱が始まっている。そして、ヒューマンの二人よりも気温の差に弱いのは龍人族のイオーサだ。一番弱っていて一人では歩けずアシュレイが肩を貸している始末である。ここがどういう環境下にあるかと言えば……木であっても低い膝ほどの高さしかないものから葉が少なく楕円状に幹を作る木などこの場所に適応しようと一生懸命になる程。環境の適応能力が人よりも高い植物ですらこういった場所では少ないのだ。そういう荒野を超えるにはそれなりの心構えが必要になるとアシュレイが休んでいる間に語っている。その少しの休憩の後にまた、今度はゆっくりとだが歩きだした。


「じきに夜になるか。あまり速く歩かなくても問題ないぞ。手近な岩場にもぐりこんだら恥じらいなんて捨ててくっついて寝るんだ。そうしないと命がもたない。俺はいいが特にお前たちは厳しい。シド、リムはイオーサを内側へ入れろ。アンナには悪いが外側になっちまう」

「いいよ。それよりホントに冷えるんだね」

「あぁ、寒暖の差が激しすぎるんだ。だから特徴的な生物しか生きていけない。人は比較的軟弱な生き物だ。その点、知能で生き抜いていくしかない。夜の見張りは俺がする。お前たちは寝るんだ。慣れない旅で相当疲れているはずだからな」


 アシュレイの見張りで夜を過ごし朝を迎える一同。アシュレイは既に起床し火を焚いて干し肉をかじりながら残りの4人の起床を待っている。そのうちの一人が起き始めると次々に目を覚ます。気温差は最高気温40度から-10度……まだ夜明けが来たばかりで気温は-の域からあがりきらずかなり寒いのだ。それでもアシュレイは上半身裸で前の村で手に入れた槍を構え振り回す。その鈍い空気を切る音を聞きつけて最初に起床したシドはそれを見るなり父であるアトモスから受け継いだ剣、ドラゴンキラーをつかみ鎧を身に付けアシュレイに一礼する。


「あの時以来ですか。剣を構えるのは」

「あぁ、槍術は初めてか? 手加減するぞ」

「いえ、本気で来てください。あなたの実力が見てみたい。剣と拳では10と1の違いがある。俺もあなたの10の槍を見てみたいんですよ」

「まぁ、8くらいになるだろうが許してくれ。この槍では8割以上の力を出せばこわれる」

「解りました」


 10メートルの間合いを取りアシュレイは突きだす構えを取りシドも剣を構えを取る。シドの目つきが厳しくなり二人がものすごい速度で剣と槍をぶつける。騎士の剣技とアシュレイの槍術はタイプが違いすぎるためか全く攻撃が当たらない。二人の声が響きリムとアンナが目を覚ます。金属のぶつかる音は普通心地よい音とは言えないその音で目覚めてしまったのだ。リムが干し肉をかじりながらシドとアシュレイを見ている。その直後にアンナが夜露をボトルに集める作業を彼らを見るリムが手伝う。


「あの二人。楽しそうね……、うんしょ」

「うん、心強いこと間違いないけど……ね、この作業……地味ぃ」

「イオーサはまだ起きない? そんなこと言わないでよ。水が欲しいなら集めましょ。一口でも」

「イオは龍人族だから体温の変化が激しすぎるんだって……」

「うぅぅ……んん、朝? ふ、二人とも……シドとアシュレイは?」

「「あそこ」」

「あ、あれ?」


 大きな音をたててドラゴンキラーが弾き飛ばされアシュレイの槍はシドが叩き付けた最後の一撃で地面に刺さる。アシュレイがドラゴンキラーを拾い上げ槍を引き抜く動作を見せると残りの3人が近づいて来るのが見えた。シドの方は汗だくだがアシュレイの方は息が上がっている程度で全く疲れていない。リムの管理の許、干し肉を食べる。アシュレイが立ち上がり地面に耳を付けるといきなり足を使い何かを始めた。これも旅先で身に付けた知識なのだろうか……。4人が見守る。疑問が爆発したらしいイオーサが聞いてくる。荒野のど真ん中でそんなことをする人はなかなかいないだろう。


「ア、アシュレイ……何をしているの? そ、その変な行為は……」

「あぁ、荒野で水源を探すときに使うんだ。もっとも俺達くらいの張力と振動感知能力がないと無理だろうが。とりあえずこの下に水源があるんだ。とりあえず、少し離れてくれ」

「まさか……やる気?……」

「あぁ、お前らが水がなくて死にそうだからな。そろそろ……」


 アシュレイの渾身の力を見ることになる一同。血管が異様に浮いた腕を振り地面をに撃ちつける。荒野の地面のど真ん中にクレーターと亀裂が起こり間欠泉のように水が噴き出す。恐ろしい破壊力だ。武等派のシドは口を開けたまま止まらずリムは拍手をし、それを見ている。アンナはさして驚かない上にイオーサも同じような感じで動じない。だが、水を得た事は嬉しいようでアンナが真っ先に水に飛び込んだ。次に柄にもなくイオーサ、シドとリムが同時に飛び込むのを外側で胡坐をかいてアシュレイが見ている。


「楽しいか? ガキども」

「…………私は同い年です」

「ガキは酷いですよ。アシュレイさん」

「アシュレイも飛び込めば皆ガキだぁ!!!!」

「どうだろうな」


 戯れはその辺にしろと厳しいアシュレイの言葉がかかり皆がブーたれる中、アシュレイ以外の全員が服を脱ぎ、下着姿の状態でいる。そのまま飛び込んだためこうなるのだ。その間にアシュレイが水筒とボトルに水を詰め自分のリュックに詰めていく。代わりに他の4人のリュックに細めのナイフ、包帯、消毒薬、戦闘用小刀、火薬、薪、金貨、銀貨、銅貨を分けた財布などなど彼のリュックに入っていた物をさりげなく移し4人の様子を確認している。荒野のど真ん中のため空を円形に飛んでいる鳥以外には生物と言える生物が見当たらない。下着姿のイオーサが小枝を見つけ列を作る蟻をつついて遊んでいる程度だろう。他は……。


「シド! スケベ! 変態! こっち見ないでよ!」

「んなこと言っても……」

「こら! 砂を飛ばすな……アンナ、責任は自分たちにあるんだぞ? もう少し大人かと思ったが……。解った……お前らにいい物だ。服もそろそろ乾いた

だろうから着てこっちに集まれ。俺の体の秘密を教えてやる」

「秘密?」

「そうだ。俺はな『カオスゲート』の向こうの住民つまり『鬼』の力を持ってる。皆は鬼の事を勘違いしているがオーク・オーガ・ゴブリンなんかだけを鬼とは言わない。向こうの住人全てを総称してそう呼ぶんだ」

「それはどういう……」

「つまりだな……」


 アシュレイの肩甲骨が盛り上がり羽がいきなり現れた。額から角、爪が発達し体表には鱗のようなものが浮き出てアシュレイが変身していく……。ここが荒野だからできることだ。4人は口を開いたまま唖然としイオーサですら初めて見たという口ぶりだ。彼の説明からすれば『カオスゲート』の向こう側つまり地獄の向こうの『裁かれる魂』意外の住民は全てが鬼ということだ。さっきまで近くにいた鳥が姿を消し音がなくなったのを期にアシュレイが再び話始める。


「アンナも変身ができるはずだ。デミヒューマンの人間との違いは単に寿命や既知のみではない。俗に言う『呪われている』か『呪われていない』かだ。お前はおそらく森林族だろう。ウォルストラーさんが言っていたことと照らし合わせればそうなる。それからシド。お前は普通の人間とは少し違う。ヒューマンではあるがな」

「もう、何が何だか……」

「待ってください……。ヒューマンではないヒューマンって?」

「簡単にはあなたはそう成るべくして生まれたのよ」

「イオーサ……」

「そう、お前は『古人』(いにしえびと)だ。体の形状が少々違う。さっきので確信した。リムもシドも普通の人間ではない。リムも『古人』だが族が違う。君はエレメンスと呼ばれる魔法に特化した人種だろう。イオーサは言うまでも無く『ヒューマンドラゴン』だ。ちなみに雑学だが『ドラゴンヒューマン』との違いは龍に近い人か……」

「人に近い龍か……私は人に近い龍」

「それからもう一つ。お前たちは『覇者』を目指したいか?」

「どういうことですか?」

「飛びながら話そう」


 背中に乗り空高く舞い上がった。4人は快適な空の旅を楽しんでいるのだろう。アシュレイの龍の種類は『ヴァリトラ』と呼ばれる有翼の二足歩行龍だ。そのため背中も広く4人は2人1組で座れるほど広い。実際の事を言えばアシュレイの大きさがだいたい50メートルと少々ほどあるためなのだが……。低い雲にぶつかりシドが呻いたりバランス感覚が他より悪いリムがたまに座りなおしたりしては居るが晴れた空は彼らに好条件の旅を約束している。現代ではそんな体験はすることはあまりないだろうが小型のプロペラ機に乗っている感じだ。


「あの、さっきの話は?」

「ん? 簡単だ。答えから言えば覇者の中のリーダー格になる『覇王』は俺達アークオーガや特別な種族からしか生まれない七種の一族だ。いや、正確には八種か」

「古龍人の文献で見かけたことがあります。イフリート、ウォーティ、ドリアード、ジン、アーシェ、フロゾス、アークオウガは太古の理を継ぎし者」

「そのものズバリだな。最後はイオーサの属すというか種類の『ヒューマンドラゴン』だ。それに付いてくるものたちを『覇者』って言うんだ」

「なら、迷わなくてもいいんじゃない? アシュレイ」

「そうですよ。俺達はもう旅を始めている訳ですし」

「そうですね。私もいささか自分に疑問が残りますが……面白そうですし。問題ないですよ」

「私もアシュレイと共に歴史に名を残す」

「決まりだな。次の街が見えたらしがみつけ! 急降下するからな!」

「了解!」

「絶対! 絶対言ってよ?」

「解っている」

「……」

「イオーサは絶叫系ダメ?」

「……むしろ好き」


 快適な空の旅もつかの間だ。陸路を行くとかなりかかるがアシュレイが空を飛べば山を二つ越すのも数時間で済んでしまう。アシュレイ本人が『言霊の樹街』で最初に言っていた『歩旅』と大きく違うが次に向かう街が見え始めた。風邪を切りアシュレイから『掴まれ』というサインが上がりシド以外の3人は目をつむり急降下に備えるが遅れたシドはタイミングが遅れ大きな叫び声をあげる。死ぬほどの声を上げて失神したシドを小型化していたアシュレイがキャッチした。


「全く……アシュレイ。急降下するのはいいが45度以上の降下角度では皆体が持たないぞ」

「そ、そうよ。もう少し手加減が欲しいわ」

「……シ、シドは?」

「落ちてくる。そろそろ……ほっと」

「う、うわ~……完璧に伸びちゃってる」

「そうだな。ここで一休みしたら街に入ろう。どうやらここはかなり大きな城塞都市らしいな。誰だ!」


 アシュレイが槍を構えると驚いていたのは逆に相手だった。背中には大きな鞄を背負っている。何やら重そうな雰囲気がするため女の子だったことからアシュレイは攻撃を止め武器を収めてから尻もちをついている女の子を立たせた。彼女の案内で街まで入ることになる。シドと荷物を担いだアシュレイと前を歩いている女の子の後ろを三人が付いて行く。ここはアゲレイアに近くはなったがまだ倍以上の距離があるエリアだ。鉱産資源の豊かな場所だと言うことは確かでここにはチナという民族が多く住みその中でも多くの部族が風習の差か何かは解らないが壁を作り自治区を組んでいるように見えた。アシュレイの見立てに驚く少女に案内され奥に進んでいく。すると……。


「ひ! こ、殺さないで!」

「……すまない。旅の者でな少し神経をとがらせ過ぎた」

「え、あ、うん。あの……その槍って使い込んでます?」

「いや? 俺の力が強すぎるだけだ」

「凄い……こんなになるなんて……来て一緒にください」

「解った。君はチナ族のロエ族の子だね?」

「わ、解るんですか?」

「何となくな?」 

「家に来てください! ここであったのも何かの縁でしょ! それにあなたもしかして?」

「ありがとう……」


 街は石で舗装され壁も多く衛生的とは言えたものではないがたくさんの子供と働く女性が見える。旅の者が通るのは珍しいらしく特にアシュレイはよく目を引く。次はシド。この地方は『和』と呼ばれる風習が強く鎧や武器の形状が違うのだ。彼の全てが金属製の大鎧を目にするのが珍しいらしい。兎にも角にも旅人が珍しいようだ……。子供たちが話しかけてはこないが近寄ってくる。ひそひそと主婦たちの話声が聞こえてきていた。アシュレイ以外のメンバーが周りをきょろきょろ見回す。外界は珍しいらしいのだ。


「俺が知っていることか? ……チナ族にはロエ、ニゲイア、ソルべを中心に武等派の部族も多い。ブドゥ、ズーロ、ガンロなどが有力と聞く。君は穏健派で二番目の数を誇るロエ族だろうからこの奥か」

「凄いですね。来たことがあるのですか?」

「あるよ。そういえば君の名前は?」

「ウルです。ロエの銀狼とは私の事なんですよ」

「ロエの銀狼……そうか、お爺さんもそう呼ばれていなかったかい?」

「え? なんで知ってるんですか?」

「俺は君と会ったことがあるな。かなり幼いころだが……」


 ウルの案内で彼女の家らしきところに付くと中に荷物を下ろしシドが目覚めた。その次は奥に居た祖父らしい男性が現れたかなりの年齢だがまだしっかりとした目と腕筋と長身というか……200センチを超える巨漢で片手に大槌を握っている。アシュレイが一礼すると後ろの全員がそれに合わせるように……ウルまで一礼した。いきなりアシュレイの頭を鷲掴みにし撫でくり回すサラサラの髪の毛が空気を帯びてふさふさになっている。そういえば彼女、ウルやその祖父も含まれるチナ族は多種混合族で獣人などが多い。他にいろいろな特徴を持つ種族がいるが……アシュレイのような美しい容姿の近人種はいないと彼女が言っていた。


「おう! 坊主! 久しぶりだな。親父は元気か?」

「おそらく健在ですよ」

「おうおう、その感じだとお前はまた故郷にも帰らず旅をしているみたいだな」

「はは、今はその故郷に向かっています」

「色とりどりの仲間だな。おや、龍人族、古人いにしえびと、偽人族……ほう、なかなかに面白いメンバー。気に入ったぞ。旅をしているということは『覇業の旅』でも始めたのか? 親父のように」


 一同が大きく声を上げ口を開いて驚く。そう、彼の父親は先代の覇者だということになる。そして年齢も驚く要因だ。本来のアークオーガの年齢をいかに飛びぬけているかということ彼の父は彼が知っている年齢では御年458歳のかなりの高齢だという。そして、母親もそれに近いと言っていた。アシュレイの一族にまわりが興味を持つのも解る。写真などはないかと聞かれたが全くないらしい。


「しかし、不思議な一族だ。もう500近いだろう奴は」

「いえ、今年で458歳です」

「ねぇ、それ誰の年?」

「俺の父親の年だ。言うのが遅れたが俺の親父は一応『覇王』で名はレンサースだ」

「へ?」

「あの太平共和時代に居た少年勇者の?」

「うぇぇぇぇぇぇ!? 『覇王』の息子!? それに458歳って超お爺さんだよ!!」

「あぁ、そうだ。だが、見た目は若いぞ」


 鍛冶屋の老人の勧めで外を歩く。すると広場で宣伝する物を物欲しそうに見ているウルに気がついたアンナが問いかけている。素直なウルはそれが何についてかを話してくれた。見た目は大人びて可愛いウルだが年齢はまだ12歳でそれに関われる年齢ではないそうだ。それを何か聞いた時は一同が驚きそれを見上げる蒼白い光沢のある金属塊はだいたい平均身長のヒューマンの男性がうずくまったぐらいの大きさがある。それは『覇王石』……別名『オリハルコン』と呼ばれどんな金属よりも固く加工がし難い。だが、鍛冶師なら誰でも憧れを抱き、一度はその腕を試すために鎚で打ちたいと願う物らしいのだ。ウルはどうしてもそれを祖父に打たせたいらしい。最近は年齢を感じたのか鎚を振るうことが減り元気がないと言うのだから断りきれなくなってしまった。標的はアシュレイだ。参加費用もかかるためかウルは直接的に出てほしいとは言わなかったがアシュレイは珍しく笑顔を作り出場を決めた。全員の手持ちの金を合わせてギリギリ出場料金で年齢もアシュレイとリムはクリアした。アシュレイだけが出場するためかリムは気楽そうだが……。


「あたしはお爺にまた力強く鎚を握って欲しいの……最近しょぼくれちゃって元気ないし」

「……」

「あれさえあればお爺も元気になるかなぁとは思ったんだけど……あたしまだ12歳だし17歳からしか出れないんだこの大会」

「アシュレイさん……何とか出来ませんか? 俺からも頼みます」

「優勝賞金とかはあるのか?」

「あるよ。確か4000マナだったと思う」

「かなり高額ね」

「出場料金は?」

「100グリン」

「ギリギリかな? ……あとはアシュレイ次第ね」

「俺も興味がある。あの人の作る武器にな。あれだけ大きなオリハルコンなら良い武器を作ってくれるだろうしな」

「じゃあ!!」

「やろうじゃないか。あの大会。武道大会だったよな?」

「はい。この街以外からも有力な戦士が軒を連ねてるらしくて……」

「久々に槍が使えそうだな」

「ランサーなんですか?」


 アシュレイの槍は今日中に祖父が鍛え直すといっていたウルはアシュレイの手伝いになればと金稼ぎの方法を教えてくれた。もとよりアシュレイはそれをするつもりだったのだろうが道具を揃える資金がないためできないと見ていたらしいが……。ウルが石畳の街道を遡り楽器屋の前で止まった。彼女はそういう土地に生まれたからかかなり商売に慣れている。その点ではアシュレイより彼女が秀でているのは言うまでもない。楽器屋の前で止まり横笛を扱えるアシュレイと弦楽しかできないシドとリム、縦笛しか使えないイオーサをその場に残しアンナの右腕を引っ張って彼女の家……いや、工房に飛び込み奥で何やらしているようだ。


「ねぇ、おじさん! 楽器の宣伝させてよ」

「あ? ん?」

「どう? このお兄さんかっこいいでしょう? この人なら噂を聞きつけた宿場町のお姉さんたちも来るんじゃない?」

「ふ~む。あんた、どっかで会わなかったか?」

「お久しぶりです。ヤッカルさん。アシュレイ・オウガ・モノライナーですよ」

「坊主はあの時の!! えらくデカくなったから気づかなんだな。まぁ、いい。美人のねぇちゃん達もいるから下に降りても商売になるだろうな。……ってウル? あのお転婆どこ行った?」

「お~じ~さぁ~ん!!」

「どう? アシュレイ……」

「アンナなのか?」

「綺麗……」

「先手必勝……だけど、抜け駆け禁止。この衣装なら私が炎舞を合わせる」

「ねぇちゃんは魔法使いかい。ウル、魔法具屋の野郎に情報を売りに行きな。アイツならたんまり金を出すだろうよ」

「りょっうかぁ~い!!」


 商売上手な街の売り手達は下の街という主に旅客を目当てについてした産業の街に降りていく。キラキラ輝く衣装を身につけた踊り子や遊女、遊び人、武人、高官など身分も様々でいろいろ居る。彼らもその中に混じり商売を始めることになった。上の街は寂れているがこの街は活気ばかりがよく空回りしているように見えるようだ。アシュレイはこういう空気が好きではないと見える。民族衣装の仮面と服を着ると横笛に力強い息を吹き込み音を奏でる。いきなりのことで皆がこちらに目を向いた。そこにかなりアクロバティックなダンスを披露したのがアンナだ。天性の柔らかさと身体能力は恐ろしくも美しい。周りの客がそれに惹かれると同時にシドとリムの出番になる。弦楽を始めるのだ。いきなりは続きアシュレイが武器屋から借り受けた模造刀でアンナと武舞を見せる。アシュレイも見た目や動きは美しい。


「始めましょうか。皆さん集まりましたか」

「おう、みんな向こうの客寄せに負けてあんまり収入がないもんでな。客さえ集まればあとは何とかしてやろうや」


 新しい見た目らしく慣れないがヴァイオリンのような弦楽器を扱うリムと大柄な体格を生かして大きな置き型の弦楽器をかき鳴らすシド。曲は雰囲気作りのアドリブであるからたまにズレるがそこはアシュレイやアンナのフォローでかわす。そこにめんどくさいことが起きた。武舞を見た武人がアシュレイに勝負を挑んで来たのだ。明らかに豪傑というような大柄な体躯に蓄えた長い髭と険しい目つき。武器屋がここぞと薙刀を投げ渡してきた。


「天晴れなり!! そこの若き者よ。ワシと一戦交えんか?」

「……わたくしは良いでしょう。しかし、ここでは皆様に迷惑ではないか?」


 迷惑などではなく宿の二階からも沢山の人が見物する程だ。それを商売にするのは彼らの後ろに居る商売人達だった。すぐにかなり安い金で席の売買を始めかなりの収益をあげたようだ。投げ渡された薙刀はしっかりした作りらしく一応の手応えを感じたアシュレイ……。半径10メートルの円ができ手合わせが始まった。アシュレイも力は出しているが全力は出さずに武人の戦い方を探ろうとしている。武人は楽しいらしく持っていた槍を振り回し突き出し攻撃してくる。だが、勝負は意外に早くついた。いきなりアシュレイが目にも止まらぬ速さの攻撃を繰り出し相手の裏側に回って武人が振り向くのを期に薙刀を小回りをつけて振り、振り向いた武人が尻餅をついてその鼻先に薙刀の刃をかざし後ろに三歩下がり一礼した。武人もこれほどの戦いはなかなかできないと礼をいいお互い清々しいまでに握手をしてその場は片付いた。その後、アシュレイ達と商売人一行は上の街に戻り山分けを始める。


「いやぁ、おねぇちゃんの魔術には惚れ込んだよ。あんた龍人族だろう? こんなに別嬪なお嬢さんが旅をねぇ」

「イオーサは何をしてたの?」

「簡単には……子供達に安全な魔法を教えてた。火傷しない小さな丸火とから水玉でお手玉とか……石ころで駒を作るとか」

「地味に頑張ってたのね……」

「お陰でうちは大盛況さ」

「俺んとこも良かったぜ。楽器も大分売れたしな。久々に酒を飲めるぜ」

「アンタらはあと何日残るんだい?」

「武道大会に出場し賞金を手に入れるまでですね」

「なら、あと二日は大丈夫だな。これからも頼むぜ。今日の稼ぎだ。山分けで等分だから安心しな。俺達もそんなにケチケチしてねぇからよ」


 とかなりの額の金が入った包みを渡され逆に目を疑う一同。女性陣3人は沢山持っていれば襲われる可能性も低くはないためかアシュレイに沢山持つことを禁止された。まだ、昼間で外に出ていても大丈夫な時間帯だがアシュレイの判断も間違ってはいない。人の世にはそれぞれ心を持った人間がいて荒んだり疲れた者も居るだろう。それを警戒しているのだ。髪を撫でつけるいつもの仕草をしながら開場に入り初戦の男と対峙した。相手は格闘家らしく武器は無い。アシュレイが地面に槍を突き立て彼も拳を構える。


「なかなか、いいフォームじゃねぇか。その構えは……確か楼拳だな」

「よくわかりますね。では、行かせてもらいます」


 格闘家の男も驚いただろう。いきなり相手の拳が顔面前に現れたのだから……審判の笛はアシュレイが動きを止め格闘家が言葉を発する直前まで吹かれず誰もが目を疑った。まだ17歳の……大会最年少の少年がいきなり常連参加の男を負かしたからだ。しかも、開始から数秒しか経っておらず開場も凍りついた程の出来事である。驚きは大きな城塞都市全体に広がった。そして、二回戦は不戦勝に終わることになる。下の街にいた武人だったのだ。


「そういえばお前さんの名は? 白銀の勇少よ」

「アシュレイといいます。アシュレイ・オーガ・モノライナー」

「ほぅ、珍しい名だな。よかろう。ワシはショウ・エンラクだ。よろしく頼むぞ」


 1日が拍子抜けするほど速いと5人が言う。アシュレイは残り一人で優勝というところまで勝ち上がっていたのだ。それに加え、どの武道家との試合もだんだんと時間は長くなりつつあるものの結果的にはかなりアシュレイの圧勝が色濃い運びになっていた。アシュレイ本人が残念そうだが最終戦になる。これも圧勝しとまではさすがにいかなかった。久々に槍を使い足を踏み込んでの戦いになり正直楽しそうに見えるほどだ。結果的にはアシュレイの勝ちに終わり男が握手を求めて来る。


「君は……アークオウガだね。名前は? ……おっと失礼。俺の名前はローエン・ハルバート・ライグネスという。元騎士のしがない賞金稼ぎだ。君の槍術はどこでも見ることができるものではないからね。以後、よろしく」

「アシュレイです。以後、お見知り置きを」

「ローエン!! 2位でも賞金はバッチリだ。行くぞ!」

「待ってくれ!!」

「仕方ない奴らだ。あの羽のある男は君に三回戦で負かされてイライラしてるんだよ。また、どこかで会おうな。アシュレイ君、ちなみに羽のあるあれはアルゴ・バーンズで私はギ・エンロウという。またどこかで会おう」


 ウルの祖父のもとにオリハルコンを持ち込むといきなりそれを凝視してから奥の鍛冶場に消えた。カンカンと金属を叩く音が聞こえるなかアシュレイが夜空を見上げている。彼は夜空が好きらしい。指を空に合わせ正座をかたどって行く彼を見ている者がいた。既にアシュレイは気づいていてそれを指摘することなく星に目を止めている。その後、その見ていた人間が梯子を上ってアシュレイの居る屋根の上に登って来ていた。この地方のピッチリ来る長そで長ズボンに着替えており、わりに大きな瞳を星に向けて小さな声で呟く。


「助けてくれて……ありがとう」

「ん?」

「どうしてあなたはそんなに強いの?」

「そういう訓練をしたからな」

「……そうじゃなくて、なんであんなに簡単に人を命がけで助けに行けるの?」

「俺は自分の命が惜しいとは思わない。それよりも失って困る者の命を助けられるなら自らの命を投げうつ方が自然じゃないか? 少なくとも俺は父にそうやって教えられて来たんだ。母さんも同じ考えの強い人でな……彼女の影響の方が俺には強い」

「…………私は、居場所がなかったのだ。私が物心付いたころには父も母もおらず私は一人。これまでシドが来るまでは私は孤独そのもの……グングニル家とて私の力欲しさの縁組だ……アシュレイ?」

「下の街の様子が変だ。おかしい……火の手? 様子を見てくる。お前は残りのメンバーに荷物をまとめるように言うんだ今ならまだ余裕があるはずだ」


 アシュレイが屋根の上を走って行くのを見た後イオーサも荷物をまとめリムに経緯を話した後彼女も街に走っていった。アシュレイが到着した時には昼間に出会った戦士たちが重武装している兵と多勢に無勢ながらも奮闘しているのを目にしたのだ。アシュレイが手近に居た敵の兵の腕をつかみ勢いを付けて一気に話した。敵兵は増援だった一個中隊に激突し少しの間だけ会話をする時間ができたようでエンラクとローエンの一行と遭遇したことをいい機会に生き残った戦士を集めこの城塞都市を利用して一度、精鋭だけを残して周りの住民を引かせていくアシュレイとローエンの言う元騎士の面々とエンラクが残り別々に奥の上の町に向かう。


「エンラクさん!」

「アシュレイ殿か! よかった! 敵は何なのだ? そなたは解るか?」

「いや、解らない」

「俺らには心当たりがあるぜ。アシュレイだったな? 奴らは中央政局を牛耳るヒューゼンという男が直属で率いている黒蠍くろさそりというネーミングの悪い騎士団だ。こいつらは残虐非道な連中しか集まっていないからな。強奪なんかもし通った後には屍と廃墟しか残らないらしい」

「惨いですね」

「そんな物ならよい。来るぞ。投石機の岩だ……いくらワシらでもあれは」

「行きます……」


 アシュレイが飛び上がり片腕だけを高質化させ空中で岩を見事に砕く。ローエンの拍手が終わるとともにアシュレイが着地し次の案件を他に告げる。その頃のウル宅では……。シドやリム、アンナが大騒ぎしていた。アシュレイが言い残したのはまだ何が起こっているのか解っていないということだ。その内に彼が数人の戦士を連れてくることで何が起こっているか把握したシドも動こうとする。しかし、アシュレイの告げた言葉はその意向に沿わず……いや、正反対でシドにはほかの警護をさせ先に街に居た住民たちを守らせるために。


「アシュレイったらなんで核心を隠すようなことをするのよ!」

「アンナ、仕方ないわよ。彼も考えがあるはずだからもう少し……」

「そんなこと言ったって!!」

「どうした?」

「お爺さん! アシュレイが下町の様子が変って言ってからまだ帰ってこないの」

「ふぬ……、まだ坊主には遊女遊びは早いが……」

「ガンテツさん。俺は遊んでなど居ません。下町が軍に占拠されました。住民の多くは上の街に上がり避難しましたが攻撃は時間の問題でしょう」

「ならいきましょう!」

「それで? お前さんはどうしたいんだ?」

「俺達はアゲレイアに逃げるのみですが皆さんが心配ですこの後は?」

「我々は裏山を回って奴らの攻撃が幕引きを迎えたときにこの都市に戻ろうと思っておる。それより、お前さんできたぞ武器だ。受け取れ……お前ならうまくやれるだろう」


 オリハルコン製の巨大な薙刀を受け取るとアシュレイには珍しく目を輝かせる。その後、作戦に関しては岩鉄と呼ばれた巨漢の鍛冶師とその孫のウルは住民を裏山の洞窟に入って行く。岩鉄は出がけにシドに奇妙な形の剣を手渡していった。だが、そこに残ろうとしたのはアシュレイだけだ。大きな瓦礫が崩れる音が始まり投石が始まった事が解ったためアシュレイは外にでる。残りの4人は唖然としたが大縄跳びのように飛び上がりアシュレイの回した巨大な薙刀をかわす。ローエンやエンラクも先に行かせ彼一人がここに残ると言っていた。


「俺が一人で残る。俺が一人の方が被害は味方に出にくいからな」

「ふぬ、先ほどの一撃で8人か……そなたは何者なのだ?」

「ゲイザー。お前は感じるか? あのアシュレイから覇者の……いや、覇王の素質を」

「俺に聞くな。アイツはまだガキだが……影がある。それを克服しなければならないだろう」

「そうか……アイツなら……俺はこの世界を任せられ気がする。とても年下には見えないな」


 指示通りにアシュレイ以外は残ったかのように見えた。シドがアシュレイに敬礼し剣を腰に差し替えガンテツが改造を加えたシドの鎧はここの地域性も含んでいた。新しい部位のガードパーツも増えているようだ。しかし、一人だけその場に残りアシュレイの横に並んだ少女がいる。イオーサだ。本当は防護用の長いローブを着ている彼女だが今回は派手だ。長袖に膝上10センチくらいのスカートで太ももに2つの円筒形の物を付けていた。


「イオーサ……俺の言葉は通らなかったのか?」

「私は愛を知りません。ですから、加減を知りません。あなたを私は愛してしまいました。これまで無償で私は愛という物を得たことのない私にあなたは……だから、私はあなたを守ります。私がアークオウガのことを知らないとでも?」

「どうしたいんだ?」

「私の身が滅びようとも……あなたを護ります。私の意志です」


 アシュレイが薙刀を構え敵に突っ込むのに合わせるようにイオーサが円筒形の物を開き空中で交差させ手にある魔法陣のような龍紋を共鳴させる魔法を使いそれを操る。強大な力がぶつかり敵が次々に死んでいく。アシュレイが急にイオーサをかばう……。アシュレイの右手には短めの矢が突き刺さり貫いていた。それはイオーサには届かず完全に抜けてもいない。多く撃ち込まれる巨石は彼の放つ異様なオーラではじき返される。語りながらイオーサはその目を直視できないらしく少しうつむいている。次の瞬間……イオーサは意識を失った……。


「俺に……先を見せたいならお前は生きるんだ。お前らが欠ければ俺も死ぬだろう。それが嫌ならお前は何としても生き残れ……お前がそういう生の元に生まれたのならな」


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