始点…… 『覇者は惑い新たなる道を選ぶ』
覇者と呼ばれる者はこの地上の全てを統べるだろう……それは始まりであり終わりでもある。
己の力に溺れず信念を抱き、己が夢を叶えんと先へと彼の者の足を押し、芯なる志を折らず……時事折々に柔らかにはたまた固く。彼の者はその道を歩むだろう。
彼の者と共にある『友』は賢明な既知、力、精神を与えられ彼の者に尽くし、また敵なる者も明快なる将は彼の者に力を与え末代まで名を広める。
覇者なれど彼の者とて越えられぬ壁を持ち、崇拝せし神に召されこの世を去ることが定め。
世の……界の理を曲げんとする者は時代にて覇者として生るべき者に討たれ、覇者は末代まで絶えぬ。
世が……界が……大地がくだけぬ限り生命の輪は崩れぬ。
神とて……覇者とてその力は得ずして定を崩さず界と世は成り立つ。
我……、いつぞの覇者と知らぬれど覇の生くる道を綴る者。
守りの覇者、ナイト・ガユス
「おい!! そこの奴隷! もたもたすんじゃねぇ!」
残忍に鞭が飛びその少年は鞭で打たれる。まだ成熟し切っていない幼いとも言わないがそれに近い雰囲気を残す少年はどこかで人攫いに遭いこの街に連れてこられたのだ。彼の名はアシュレイ・オーガ・モノライナーという。アシュレイは近くに他の奴隷使いが居ないということを知ると手に付けていた枷の鎖でその大男の太い首を絞め上げ鎖で切り裂き、血が出る程に強く絞め上げて殺し逃げ出そうとした。だが、彼には逃げ場などない。いくら彼の身体的な機能が人一倍高く、まだ若いため柔らかな肉体をしていても、ろくな食事をしていないためい体力が足りず高い石造りの塀を超えて外界に出るなど不可能だった。たちまち彼は捕まり奴隷ということもあってかすぐに死刑が決まる。彼も後悔はしていないらしい。ただ、彼には願いが一つだけあった。故郷の妹や親友に会いたいと……この奴隷の収容所には何万もの命が捕らえられ毎日その尊い命は削られていく。奴隷と一般人の違いは背中に焼き付けられた『印』だ。鎖の蛇の紋章である。それをつけられた人間やその他人に近い知能を有する生物の内で売られた者は助かる見込みは無いに等しい。しかし、彼には幸運が巡り今は外の世界へ友と足を進め己の道を確かに歩んでいる。アシュレイはある年をとった女性や命をかけて彼を前に推そうとした騎士と出会い、その彼の持つ力を使うことを……戒めから解き放たれ幾千、幾万もの命を救い同時に……何人もの命を奪ったのだ。彼は……今、その重荷を背負って新たな道を歩んでいる。故郷を目指して確かに……彼の意志で脚を進めているのだ。
「ぐ……うぅ……」
「おら!! 立たねえか!!!!」
「うぅ…………く……」
鞭がさらに繰り出される。その度にこの男の死は刻一刻と迫っていたのだ。背中に焼き印のある少年は痛みに悶え苦しむ中でも抵抗するようにその奴隷使いを睨みつけ、ゆらりと上半身を起こしその左右の色の違う目をさらに嫌な輝きを帯びさせて向けた。金と銀の目はその男を捉えて離さない。三度目の鞭が振り下ろされ上半身は何も纏わない少年の背中にあたり高い張り詰めた音が響く。周りの者達は視界に入っているはずなのだが誰一人助けようとしない……助ければ懲罰を受ける。それに下手をすれば協力者がいたとして計画性を問われるのだ。そして、無理矢理な尋問の末、殺される末路を歩むことになる。
「何だぁ!? そんなに懲罰が受けたいのか? 『呪われた血』の癖して人ぶってんじゃねぇよ!」
「ぐ……訂正しろ」
「あ゛?」
「訂正しろと言ったんだ……」
「奴隷の分際で人間様に口きこうってのか? ええ?」
「人道に反する者に言われる筋合いは無い……訂正しろ『呪われた血』とは呼ぶな!! 次にその言葉を口にすれば貴様の命は無いぞ……」
だいたい180センチ後半の体格を持ち筋肉粒々な奴隷使いに比べてアシュレイはだいたい170センチあるかないか程しかなく、ろくな食事を受け取っていないためか彼はガリガリで骨張っていた。鞭は乾いた石床を一度打った後にアシュレイに向けて振り下ろされたがそれは虚しく空を切るだけでアシュレイには当たらない。次に奴隷使いが彼を鞭打つために鞭を振り上げアシュレイを狙った時にはアシュレイの姿を見失っていた。暗くなり始めた空の時間帯をアシュレイは利用したのだ。彼は奴隷使いの目が闇に慣れていないことと石を投げアシュレイの居る反対側に音を立て聴覚の先入観を使って奴隷使いを出し抜きそちらに注意を引かせ、高く飛び上がった。その次の段階として奴隷使いの首に手枷の長い鎖をかけて奴隷使いの背中に一度足をかけてから腕をしならせて鎖を交差させ首を絞めたのだ。だが、やはり奴隷使いの方が今の状態では力に関しては腕力と言う意味で、体調でも血色は奴隷使いのほうが比較的良好に見え、アシュレイは蒼白な顔の色をしておりその観点から奴隷使いのほうが強いように見える。そこで彼は不利な状況を打開するために体格差を逆に生かして鎖で奴隷使いの首の肉を絞めた状態で切り裂いたのだ。
「懲罰などいらないらしいな!!!! 死にたいならいつでも殺してやる!!」
「ハッ……………………」
「どこに行きやがった!? ははぁん……所詮は子供の奴隷だ……。不用心にも音をたてるとはな……そこか!!」
「お前こそ……そんな感覚では死ぬぞ」
足は鎖の長さだけでも地面に付くには付く。だが、それでは戦えるような体勢ではなくなってしまう……。そこで、あえて彼は先に足を地面につけ軽く助走をつけたうえでコンパスを回転させる要領でその奴隷使いの前に体重を移し一回転して首の皮を鎖の接続部分の間に噛ませ摩擦と遠心力を利用して切り裂き殺したのだ。最後に前に回って着地した彼はもちろん鮮血を受け血みどろだった。いくら鎖でとは言え首を切り裂いたのだ……。それはそういう結果になってしまうのが普通なのだろう。その後の行動としては、彼は周りの外壁を登れないことはとうに知っていた。そのためか堂々と警備の厳重な正門を抜けようとして策略を巡らせ、さらに軍の選りすぐりの番兵や他の兵士を6人とそこの管理官を殺してその塀に囲まれた街を出ようとした。しかし、軍が騒ぎを聞きつけて到着し、少しの間だけ抵抗し湧き出るように現れる兵隊に阻まれその脱出作戦は虚しく終わった。彼が検問で止められたのは無理もない。なぜなら先ほど述べたように白銀の髪を血で染め顔の半分をどす黒く染めていたのだから……そのような状況下ならいくら薄暗くてもわかる。だが、不可解なのはアシュレイは途中から無抵抗になり怯える軍の兵隊に圧されるままに監獄へつれて行かれたと言うことだ。それから数時間が過ぎ牢獄に彼はいた。
「ハハハハ!!!! 流石にこの厳重な警備では奴隷共も大人しくなるでしょうね。アトモス様。ここの守りは完璧ですよ!」
「そうとも、この俺も居るわけだしな……だが、お前らはここの皆を物と思うな。我々はあの王に使われないようにここを守らなくてはならない」
「確かに……でも、武勇は聞いております。管理官の剣の腕は王国の本軍の上部の方にも匹敵するとか……」
「まぁ、詰まらん世辞はよせ。だが、ここを任されたのもこの剣の……」
断末魔の叫びに凍りつく騎士の一同……。それはこの収容所の常駐兵の一人の声だった。すぐに周りの警備をしていた兵隊が声を掛け合い剣の柄に手をかけて抜き放ち警戒しながら複数集まる。その現場で横たわっていた衛兵は鎖で首を絞められ死亡した状態で発見されている。……という詳細報告が騎士のいる正門に入っている途中にその場の五人は二人分の血をシャワーのように浴びた。憎しみの輝きを目に宿す白銀の髪の毛の男の奴隷が目にもとまらぬ速さで走り込み、敬礼しながら報告をしている鎧を着た衛兵の首を後ろから鎧ごと叩き切ったのだ。二回目の攻撃をアトモスと呼ばれた管理官はなんとか剣を構え受け止めたがその隣で報告を羊皮紙にまとめていた兵士は一瞬遅く分厚い金属の装甲を物ともせず右肩から脇腹にかけてをざっくり切られ声を上げることなく倒れた。その光景が繰り広げられる場所の隣にある小屋から剣を構えた騎士達が現れアトモスの前に立ち壁になるようにしてアシュレイに剣を振るが……まったく刃が立たない。
「ギャァァァァァァァァァァァ!!!!」
「今のは何だ!? 何があった!? 西側からか……まさか……誰かが逃げ出したのか?」
「ハァ……ハァ……。申し上げます!! 西側の正門へ抜ける細い抜け道に配備されていた衛兵が首を細い鎖や縄のようなもので絞められ絞殺されていました!! 目下犯人の捜索と奴隷の人数の確認作業に……あ゛あ゛!!!!」
「な、何なんだ……速いぞ!! くっ……この太刀筋……ただものではない!!」
「アトモス様をお守りするぞ!!」
「お前たち!! 待て!! 早まるな! お前達のかなう相手では……」
この時にはアシュレイは気が狂ったのかそれとも何かを意図的にしたのかはわからないが殺戮兵器のように彼らにその恐ろしいまでの剣裁きで死という罰を与えていた。この騎士達は全員が倒されるまで一分とかからなかった。アトモスが守る隙を与えず次々にアシュレイは怒りのままに騎士をなぶり殺したのだ。4人の騎士の内、一人目は殺された伝達兵の剣を奪い二本の剣を振り払ったアシュレイの斬撃で剣を握っていた両腕を切り落とされた後に分厚い金属製の装甲を二本の剣の内の片方で貫かれ鳩尾を串刺しにされて息絶えた。二人目はその騎士の後ろから決死の覚悟で前のめりに突きを繰り出し刺殺を試みたがアシュレイは騎士の突き出した剣の峰を拳で殴りつけ、その騎士は剣を弾かれて次のアシュレイの人間離れした動きに追いつけずに上半身と下半身が分離して息絶えた。三人目と四人目は二人で交互に短刀と剣を繰り出し一事はアシュレイを圧すが途中からバーサーカーのように無差別に剣を振り回すようになったアシュレイの力業に圧され三人目は首を切り落とされ四人目は剣で叩き切られ脳天から胸までに剣がとおり命なきものと化したのだ。その後もアシュレイの背後には一般の官位のない戦士が現れ震える足で剣を構えてくる。アシュレイは獣のように怒り狂いいつ襲いかかっても仕方ない状態だった。その時、騎士アトモスがアシュレイに厳かな声をかけ前に歩み出す。
「お前……名はなんという?」
「グルルルルルルル……ア……シュ……レイ……!! アシュレイ・オーガ・モノライナー……」
「オーガ、そうか……あの一族は生きていたのか……。戦士アシュレイ!! 俺を切れ!! 騎士として部下を目の前で守れずに見殺しにし上官に逆らえず沢山の命を踏みにじった……この命を持って弁明しよう!! さぁ、時代の申し子よ!!」
たくさんの戦士達が見る前で剣を左手で鞘に収めたまま握りしめアトモスは理性を取り戻したアシュレイの本当の太刀筋を目の当たりにし彼の理想とする騎士の名誉に恥じぬ死を選んで息絶えた。アシュレイもそれら主を護ろうと身をていした戦士と正しい心根の騎士に敬意を表し剣とともに遺体を一列に並べ、彼らの目を閉じ胸の上で手を組ませ肩の力を落として震えながら泣いている戦士達に頭を深く下げその場を去った。そして、石造りの道を歩きながら街の外を囲う巨大な防壁にある8つの門の一つにたどり着きそれまでにアトモスや彼の忠臣を含め総勢82名の兵士の命を奪い翌朝裁判にかけられずに公開処刑になることになったという。公開とは言うが立ち会うのは貴族や軍の上層部の人間のみだ。今、アシュレイは地下牢にいる。門前での戦闘でかなりの手傷を負っている彼は肉体的には生きているのがやっとの状態であるが意識と視界は怪我のわりにはっきりしており動かない体に鞭を打とうと必死にもがいていた。そんな彼に視線を注ぐ人間らしき気配がある。その牢には既に先客が居るようだ。その気配の主は嗄れた声でアシュレイに声をかけ起きあがらせる。
「ほう、まだこんなに若い子が兵士の命を82人も奪ったのかい」
「お婆さんは……誰ですか?」
「ワシか? そんなこと、今はどうでもいいだろう。それよりお前は何故あそこを出ようとしたのだ?」
「家族に……友達に会いたいだけです」
「そうかい……そいつは安心したよ。悪等ではないみたいだね。体は動くのかい? ありゃまぁ、こっぴどくやられたもんだねぇ……よく生きてられるもんだよ」
「お婆さんはどうして……」
「ワシは呪い師じゃった。孫に会いとうてこの近くの山に来たんじゃが……屍呪師と間違えられてな。おや、お前さんは……」
「俺を知ってるのですか……?」
「違うよ……昔お前さんみたいな小童を助けたことがあってな。お前は生きたいかい?」
「当たり前……です」
「わかったよ……一度だけチャンスをやろう。お前さんは断頭処刑らしいからの……『覚醒せよ。汝、覇を紡ぎし者その体に強き鼓動をもちて覇を果たさん……』どうじゃ?」
「変化は感じられませんが……今のは?」
「ふむ……その時がくればわかる」
それからアシュレイは老婆に聞かれるままに口を開きそれまでの過去を話した。すると老婆も自らの名前を明かし孫の名も明かして彼に頼み込んで来る。アシュレイと同い年くらいで女の子だという彼女の孫はこの近くに住んでいるらしい。老婆の特徴は薄暗くてわかりにくいが白髪混じりの緑色の長い髪だ。昔は美人だったのだろうそんな面影が残っている。そんな老婆との和やかな会話は水が滴る地下牢で夜更けまで続いた。その間に脱出の方法まで決められ打ち合わせも既に済んでいるようだ。彼女がどのように知り得たかは知らないがアシュレイは明日の朝一番に断頭処刑を受ける予定らしい。老婆は次に貼り付けの刑になるらしいが自分は死んでも構わないと笑っていたがアシュレイはそのつもりはまったくないらしい。
「俺は故郷の近隣で友人たちと山を歩いて人捜しをしている時に軍と接触して不意打ちを受けなんとか妹と友人を逃がし滝壺に落ちてしまってからは記憶がないです」
「流石は神戦の二種族の血を引く者じゃな肉体、既知、精神が強い。しかし、お前さん……滝壺に落ちて大丈夫ならいつでも抜け出せたであろう?」
「二週間の断食は流石に堪えましたよ」
「確かにそれはいくら神戦の一族とてキツいだろうな。奴隷使いも惨いことを……このように若い少年にそのような仕打ちをしたのか……」
「そういえばお孫さんはおいくつなんですか?」
「あぁ、アンナは今年で16歳になる」
「確かに近いですね」
「そうそう、ワシの名はフレイア・ウォルストラー。孫はフレイア・アンナだ。お前さんは?」
「アシュレイ・オーガ・モノライナーです。出身はアゲレイアの山中の村で今年で17歳になりました」
「なぁ、アシュレイよ。唐突で悪いがワシの孫と結婚してはくれぬか? ワシも年でな。そろそろ跡目が欲しいところなのだよ」
「……いきなりは」
「まぁ、後から会って決めなさい」
「考えておきます」
朝を迎え神父らしき中年の男が現れアシュレイとウォルストラーを連れ出した。既に貴族や軍の幹部が集まりアシュレイをしげしげと見ていた。体色が青っぽい白色な男を見れば誰でも気になるはずだ。その後、アシュレイは断頭台に首を通され金具で押さえられたが今の彼にはあまり支障はない。既に二人の計画は動き出していた。それに気付かない死刑執行人は一段高い断頭台が置かれた差し詰め舞台のような場所に登り始める。ウォルストラーの隣には剣を腰につけた兵士がいて彼女は魔法を使ってある行動を起こしていたのだ。執行人が登りきった瞬間にアシュレイは力を込めて石で作られた手枷を砕き断頭台の木製の部分を破壊し金具を曲げてウォルストラーの動きにタイミングを合わせた。
「これより……な゛!!」
「ふんっ! ウォルストラーさん!」
「わかっておるわ!」
兵士が剣を掴もうとするがその剣は空に踊り出しアシュレイに渡った。会場はパニックに陥っている。剣を抜いて舞台側に駆けてくる軍人も居たが次の瞬間にアシュレイの姿はウォルストラーの真横にあり手の縄を切り彼女を背負った状態で走り出す。ここまでの計画は順調だがやはり二人では無理があるようだ。アシュレイは良くてもウォルストラーは寄る年波には勝てずスタミナが切れてしまい魔法が使えない。アシュレイは再びウォルストラーを背負って走り出し城内に入り込んでしまった。そこは城と言うよりは要塞に近い設備だがそこだけは明るめな装飾がしてあり中に入り身を隠す。その最中に……。
「はぁ……はぁ……、奴らは……年寄りにも……容赦せんのぉ」
「えぇ、かなり予定が狂いましたね。ここはどこでしょうか……」
「要塞の内部だと言うことは確かじゃな」
「外の張り詰めた感じとはまったく違って穏やかですね」
「ここはおそらく……」
「しっ……誰か入って来ます」
クラウンを頭に乗せた少女が入って来た。次の瞬間にアシュレイは剣を少女にかざし囁くように話しかける。彼女は大きな青色の瞳に白っぽい髪をしていて『美しい』という言葉が似合う容姿をしていた。要塞に合わないレースのついた天蓋付きベッドやお洒落な家具は彼女の部屋だかららしい。アシュレイが声をさらに落とし兵士が来た時の対処の方法を強要して扉の反対側に身を隠しながら剣を突きつけている。
「動かないでくれ……」
「ひっ……!! な、何が欲しいの? 財宝ならもっと奥の部屋に……」
「違う……。君を傷つけたくはない。これから兵士が俺たちを探しにくるだろう。その時に俺たちを隠してくれればいい」
「わ、解ったわ」
アシュレイの予想通り、すぐに兵士が現れ始め隠密作戦は決行された。彼の指示通りに少女は事を運び外の騒ぎが収まるまでは部屋に止まることになる。この少女はウォルストラーの話を聞いて心に染みたのか室内で話し込んでいた。アシュレイは剣を腰につけて部屋の隅で外の警戒を怠らないようにしている。彼女の部屋は広いため彼らを隠すのは容易らしく少女は彼らを隠し夜に抜け出すのに強力してくれた。
「そんな……お孫さんに会いに来ただけで捕まったのですか?」
「まぁ、全体像はそうなるな」
「酷い……いくら種族の違いが有ってもそれはあまりに酷すぎる!!」
「シアン様と言ったか。声を落としてくれ。俺達が見つかってしまう」
「あ、はぁ……わかりました。あの、そちらの殿方は」
「アシュレイ……名乗るくらいはしてもよいだろう。いくら彼女が信じれんのであってもな」
「確かに失礼した。俺はアシュレイ・オーガ・モノライナー」
「アシュレイさんはお幾つですか? 見たところはそんなに差はないようですし年齢も近いように感じますけど」
「17歳です」
「やっぱり!! 私も17歳です」
「静かにしてくれ……頼むから」
夜になり彼女、プリンセス・シアンは俺達のために一肌脱いでくれた。衛兵の鎧を持ち出しアシュレイへ『先読み』と呼ばれる仕事の魔導師のローブをウォルストラーに渡し着替えさせて変装させると打ち合わせをして警護の衛兵と先詠みがシアン姫の横を歩いているように見せてカモフラージュしてくれたのだ。
「さ、ここまで来れば安心です早く。城外へ」
「ありがとうよ。シアン姫」
「いいんです。あの、アシュレイさん?」
「何だ?」
「私を連れ出してくださいませんか?」
「それは……」
「今はその時ではない。俺が体力を完全に取り戻したら助けに来よう」
「お前さんも隅に置けんなぁ」
「お喋りはこれくらいにして……では、しばしの別れ……」
アシュレイとウォルストラーの脱出はシアン姫の助力もあって見事に成功しアシュレイの考えていた作戦第二段が始まろうとしていた。城と奴隷の収容施設は正規の道筋で向かうと案外遠く夜になると当直の兵士以外の兵士は皆、兵舎に帰る。すると監視や防備も薄くなるのだ。アシュレイは収容されていた期間は短いながらもその事情を把握し既に動いていた。作戦もうまく運び奴隷達を逃がすことには事欠かず内部に侵入したウォルストラーが鍵を使い自由に扉を開いていく。この期を逃さないように奴隷として国に捕まえられていた者達はその収容施設を後にする。出ないことを選択した者達以外が必ず見ることになったのは見覚えのある白銀の髪の毛の少年が騎士らしい少年と何かを話しながら戦っている姿だった。
「アシュレイよ……本当にそんなことをするつもりなのか?」
「えぇ、やりますとも。今は我々の捜索で衛兵は外に駆り立てたれているはずですからね。居たとして人数が多ければ俺が何とかします」
ウォルストラーの心配は杞憂に終わり首尾は良好。アシュレイの言うとおり監視の兵はいつもの10分の1にまで減らされ外部で二人を探しているらしい。ウォルストラーは呪い師ということもあり魔法を複数使えるようでその10分の1に減らされた監視兵を眠らせてから縛り上げ鍵を奪って中を周り外に出る意志のある者だけを解放していく。
「ほら、外に出たいなら今だよ! 衛兵は出し抜いたから行くなら早くおし!」
「な、何だか知らないが……早く行くぞ!」
「みんな! 急ぐんだ! いつ兵に気付かれるかわからんからな!」
「おい、聞いたか? みんな 走るんだ! 怪我の酷いヤツや動けない奴には手を貸せ! 出る意志のないやつなんかほっとけ!! 俺たちは自由を勝ち取るんだ!」
その奴隷達は外の轟音に既に気づいていた。凄まじいまでの砂埃の中で飛び上がり前進して来た少年騎士の顔面に強烈な一撃を叩き込みその騎士の反撃をかわしながら拳を打ち込んでいく。彼の足下には真っ二つに切られた剣が落ちていて戦いの凄まじさを物語っている。事実、戦闘に関して素人な彼らはアシュレイの放つ拳が見えていない。もちろん剣裁きを見ても技の判断なとできないだろう。
「我が名はシド・バトラー・アトモス。この場で犬死にしたアトモスは我が父なり。貴殿がアシュレイ・オーガ・モノライナーか?」
「確かに俺は騎士アトモスを打ち取った。たがな、いくらその息子であっても彼の死が犬死にだとは言わせない」
「何だよ……そうじゃないか!! 犬死にじゃないか!! 何も変えられるものなんてなかった。だが、周りの戦士が教えてくれたよ。父さんは剣を構えずに奴隷達への弁明として命を捧げたってな」
「確かに彼はそう言った。俺は騎士ではないが彼の意向を曲げることはできなかった。そして、彼の仲間の誠意にも感服し彼らが名誉ある死を迎えたように騎士アトモスを打ち取ったんだ。シドと言ったな。お前はそれを踏みにじるのか? いや、もう踏みにじったんだ……」
重装な鎧をまとった騎士が剣を抜き盾を構えたためアシュレイも剣を構えた。しかし、剣はシドの剣を受け止めようと前にかざした瞬間に真っ二つに切り分けられ使い物にならなくなった。剣を切られたためそれを投げ捨てアシュレイは特殊な足技を使いシドの近距離に詰め0距離攻撃を見事に顔に決め一対一の勝負ので今は夜、相手が未知数なため深追いせず反撃を待つ。石が風化し始めた壁は見事にその部分に大穴を作った。そこから騎士がけして速くはないが鎧を着ている割には速く走ってくる。剣裁きはかなりの腕をしており父親の騎士アトモスの技量も伺えた。
「踏みにじったって何だって関係ない! 確かに父さんは上官に逆らえずに奴隷を押し込めるのは心苦しかったに違いない! だが、それで何も変わらずに死ぬのはただの小心者のする事だ!!」
「変えられるか変えられないじゃない。誰があの立場でも変えることなどできないことくらいお前にも解るはずだ。俺は彼の選択は間違ってはいなかったといいたい。お前のように結果と目先の事実に捕らわれ本質に目を向けられないただの木偶の坊とは彼は違う!! 終わりだ!」
……ところがカッコいいことを言った割にはシドが盾をかざし目を閉じると盾に拳を当てたアシュレイは弾き飛ばされた。……がそれでも二発目でシドの顔を再び捉え吹き飛ばした。その直後に逃げ出す意志のあれ奴隷達の全員が脱出しウォルストラーが殿をしていたらしく内部からトロトロ走って出てきた。それを目にするとアシュレイもシドに言葉を残してその場を撤退し衛兵を数人殴って気絶させ街の門扉を彼が破壊し奴隷達は見事散り散りに逃げることができたのだった。アシュレイはウォルストラーと共に近くにある彼女の故郷に向かうらしいその後ろには孤児院から拉致されたらしい身寄りや行く宛がない小さな子供達もウォルストラーの厚意で歩いている。その一人が腫れたアシュレイの拳を触り心配そうに見上げる。彼はにこやかに微笑みかけ頭を撫でる。するとウォルストラーが立ち止まり秘密の通路らしく子供達を先に通し二人もそこに入って行けば……そこは隠れ里と呼ばれる人間に見つかってはならない種族の人々が集まる集落の集合体だった。森の木を使ったログハウスに沢山の住民が住んでいるように見えることから言霊の樹街と呼ばれているらしい。ウォルストラーの説明の後アシュレイが立ち止まり警戒を始めた。急なことで後ろが数人玉突き事故を起こしたがアシュレイの顔の険しさを感じ取り皆固まって座り込む。
「お前の父は俺が生きることを推してくれたんだ。お前も腐った視界を変えたいならまず、自らが盾になれ!! それが今のお前が変われるのに必要なことだ……」
森の中でアシュレイは殺気に気がつき既に放たれた毒矢を空中でつかみ真ん中の子供達に当たらないように警戒をしていた。たくさんの殺気が充満する中でウォルストラーが一言告げるだけですぐにその状況は解決する。ここは高い木々が多いため解らなかったがその後すぐに夜が開け始めており子供達は警戒して出てきた複数の種族の大人達に抱きかかえられ一度、村の集会場に預けて彼女の家に移った。見事な邸宅だと言うことは村長かこの辺りの地域の管理者か何かなのかもしれない。彼女はアシュレイに語った。『争いは何も生まない。今回のことでお前さんが一番それを感じたじゃろうがな』と。アシュレイは深くは考えなかったが上を向いて黙っていた。
「何者だ!!」
「ワシじゃ……ウォルストラーだ。この者達は客人だ。弓を下ろしなさい」
「ウォルストラー様!! ご無事で何よりでございます!!」
「早速で悪いが……」
「お婆ちゃん!!!! 無事だったのね? 酷いことされなかった? 怪我はない?」
「おお、いいところに来てくれたな。この子がワシの孫のアンナじゃ」
「あの……お婆ちゃん? この人は? 新しい住民の人?」
「はじめまして。アシュレイ・オーガ・モノライナーだ。フレイア・アンナさんでいいのかな? よろしく」
「は、はい! こちらこそ!」
アシュレイは比較的容易にこの集落に溶け込んだ。ウォルストラーの命令で彼の出生やこれまでの経歴は聞かれない。ウォルストラーが助け出されたこともあり彼は街では英雄視されたのも影響しているのだろう。この村には先ほど述べたように差別から迫害を受けたり種族が少なく自治ができない民族や世の中に見捨てられたあぶれ者、都や街で生きていくのが疲れた者など普通に街やその郊外で生きていけない人々が集まってくる。その種族は様々になりウォルストラーを筆頭に村の創設時から数の多いデミヒューマン。彼らは人に似ているが寿命はその三倍以上で比較的知能が高いらしい。次に龍人族。特殊な魔法が使えることと体の一部に龍紋がある以外は彼らも普通の人と大差はないようだ。大まかにはこの二種族だが他にも少数派の魚人や獣人、精霊族などが軒を連ねる村で仲良く暮らしていた。人もなかなか数がいて元奴隷だった者もこの街では差別されずに暮らしている。ここでは大きな森に村が点在し単位的な自治区ができていていろいろな場所に種族ごとではなくバラバラに住み結婚も自由。そのためかハーフらしい子供も見受けられた。アシュレイには獣人族の皆がもてなしをしてくれ他にもたくさんの種族がウォルストラーの屋敷に集まっている。
「ほぅ、なかなかにやるんだな! お、お~っと! いい飲みっぷりだねぇ!」
「ははは……このような席にまで招いていただいてありがとうございます」
「勘違いしてるね? アシュレイ。この宴はワシを助けてくれたお前のためのものなんじゃよ」
「こういうことは初めてで……」
「アシュレイさんはこういう経験がないんですか? ここは仲間が増えるといつもこうですよ」
「えぇ、まぁ……我々は戒めと共に生きる種族『番人』ですから。皆、質素に暮らしています。そのためこんなことは祝言以外はありません」
「失礼にならなければ……」
「こら! アンナ! それは聞いては……」
「いえ、皆さんになら告げても問題ないでしょう。アゲレイア付近は天の門があり我が一族はそれを人から守る使命を帯びていました。そう……俺はアークオウガです」
「気にするこたぁない! 俺たちここの住民は寄せ集めみたいなもんさだからな。あんた一人が特別なんて思わねぇよ。そら! もう一杯いきな!!」
それから歓迎会がお開きになるまで1日中宴会が続き彼が故郷に帰るにしてもまだ体調が万全ではないため体調が落ち着くまではまだ誰もいないログハウスに住まうことになった。月が美しいその夜は静かだがやはり隠れ里は人に見つかってはならない。アシュレイたちが来たときもそうだったように数人の戦闘のできるメンバーが警戒している。そんな夜は空気が張り詰めるため慣れないらしく眠れないようでベランダに出て星や月を眺めているのであろう。そこへ軽やかな調子で木の太い枝を渡ってアンナが現れた。彼女は村でも指折りに身体能力が高く木に登ることくらいなら縄梯子や普通の梯子を使ったり普通に木を登ったり枝を渡って来たりした方が早いようだ。見る見るうちにアシュレイがいる木の天辺に登りきりアシュレイの横に膝を抱えて座った。アシュレイは一度、彼女に視線を注ぐが彼女が反対側を見たので星空に視線を戻し眺め始める。アシュレイの瞳は虚ろでどこを見ているのかはたまた見ているのかすらわからない。銀色の髪は風にゆれ美しさが醸し出されるがアンナが感じたのはどことなくでている悲哀の表情だった。一度ためらったようだが勇気を持って小さな声で言葉を告いだ彼女。アシュレイはアンナより一回り程大きく髪と瞳の色を合わせれば兄妹のように見える。
「アシュレイさんはこの村に残らないんですか?」
「故郷に帰らないといけないからな。俺はその責任を帯びて生まれて来たんだ」
「そんなに大事なことなんですか? その、天の門を開けさせないことが……」
「俺が一概には言えないが……天も地も開けてはならないのさ。ヘブンズゲートの向こう側には人よりも既知に優れた翼のある者達が……カオスゲートの向こうには人より力に秀でた者達が……。それらはこの大地にいる人より数倍優れている。だが、人は愚かだ。内輪もめで幾万の命が失われ闘う者達以外にも罪なき人が死ぬ。その愚かさは俺達にも言える。ゲートを開けさせないために何人もの人間を殺しているからな。ここに居たいのはやまやまだが俺の職務は俺にしかできない」
「あの、その話を聞いてからなんですけど……結婚とかって」
「ウォルストラーさんに何を吹き込まれたか知らないが俺は故郷に帰るつもりだぞ。跡目はどうするんだ?」
「じゃ、じゃぁ連れて行ってくれませんか?」
「最後の質問の答えにはなってないぞ。俺に勝てれば問題ない。そうでなければ足手まといになるだけ……無駄に命を落とすことになる」
「え? 武器はありですか?」
「あぁ。それくらいしなければ俺に勝とうなんて無理だ」
「わかりました。挑戦します」
「そうか……」
アシュレイはアンナと話して気が紛れ、眠気が出始めたのか彼女に『お休み』と言ってからログハウスに入りベッドに横になった。すぐに寝付いたらしく窓から姿が見えなくなった。彼も不思議な男だ。アンナも木から木へと飛び移り彼女のログハウスに入って行った。入る前に一言呟き彼女も眠りにつく。それに答えるようにざわめいた深い森は樹齢2000年以上の大木が集まる天然の城塞だ。この集落はその木々に守られている。平和な夜は明け、日の出と共に街の人が各仕事場に集まり始めた。仕事を始める時間のようだ。
「お休み」
「あ、え、うん」
軽やかな足取りで太い幹に足をかけて次々に飛び越えて行く。彼女のログハウスに着くと……。次の日の準備をし眠りについた。
「絶対に連れて行ってもらうんだから」
仕事を始めようとしていた人々が地震のような揺れを感じてそちらに急ぐ。その騒ぎは周辺の集落の人々まで集めてしまいかなりの大騒ぎになった。最初に到着した人々の一団が見たところはアシュレイがアンナを押し倒したような構図に見えたが、そのアンナは後ろに飛び退き木製の長い棒を振り回しアシュレイに繰り出す。しかし、それはすべて独特な体術を使うアシュレイに流されあまり効果を上げない。次に繰り出されるアシュレイの攻撃はアンナに直接当てないにしてもかなり威力がある。たまたまその内の一発が地面に打ち込まれ小さなボウル状の穴ができ地響きを起こす。
「はっ! やぁ!! これでどうだ!!」
「……速さはあるが精度が悪い。これでは俺に武器のリーチがあれば死んでいるぞ」
「ヤバい!」
「はっ……」
そこにウォルストラーが現れた。二人を一喝して止めるとアンナを叱りつけ始める。一通りの小言が終わる前にアンナが泣き出しログハウスの方に走って行ってしまった。アシュレイはウォルストラーに事情を説明しこの集落以外の街の人々が帰って行くのを見届けたあとにウォルストラーの屋敷に入って行く。この森の村や街は産業も静かで畜産や農業を主に行い河での漁業なども細々とだが行っているのだとか。最近は石炭を使った蒸気機関や古代の異物を使った工学などが主流だがここは昔ながらの産業で自給自足を営んでいるのだ。
「アンナ……いったいどうしたと言うんだい?」
「アタシ……アシュレイと一緒に居たくて……」
「それとこれとは違う! どうしてアシュレイを戦わせた? こいつはまだ……」
「ウォルストラーさん。これは俺の……」
「アシュレイは黙っていなさい。いいかい? 年頃の娘がこんなことを……これアンナ! 待ちなさい!」
アンナが走り去ったあとは歩きながらことの起こりを話し始める。アシュレイは服をもらっていたが早朝のトレーニングの最中だったのか上半身に衣類はつけていない。ウォルストラーの小言は体調が回復していないのにトレーニングなどをしたアシュレイにも向けられ彼は素直に聞いていた。その後は開けた集落の集合場所らしき広場を抜け奥の大きな屋敷に入っていき詳しいことの起こりや状況などを伝える。
「ことの起こりは何だ? アシュレイ」
「責任は俺にあります。昨日の夜は眠れず……アンナが現れた時に『連れて行ってくれませんか?』と聞かれた時に俺は自分に勝てたら連れて行くと言ってしまって……」
「そうか……だが、あの子も聞き分けがない訳ではないからな。頭が冷えれば帰って来るだろう」
「彼女のことはよく知らないのでよく解りませんがそうだといいですね」
「変なことを言うな……そんな体験があるのか?」
「俺は妹を捜索発見したときに軍と接触して戦闘になり今に至りますからね」
「ほぅ……それはなかなか災難だったな」
それから数時間して面倒な展開になった。アンナが街の中で捕まったという情報が舞い込んだのだ。その直後にアシュレイが疑われたがずっとウォルストラーの家に居たと使用人と彼女が証言し罪はなし。だが彼はウォルストラーに言伝を残し村が発見されないように森を迂回して街の外部から内部に敵の軍が構えていることを全く気にせずに突っ込んで行く。武器は持たず防具もない。体術でも大体の兵士には勝てるが冷静に見えて責任感や正義感が強く頑固な彼はいくら不利でも頑として決めたことは曲げない質なのだ。もう、誰にも止められない。
「救助に行きます」
「わかった」
「では……」
「待たんか!! 武器も無く……無駄か。あやつもせっかちなヤツじゃのう。だが、止まらんか。シュリーよ……お前の孫はお前に似たようだ」
要塞に続く一本道を相当数の兵士が固めている。だが、それを物ともしないアシュレイの攻撃に一個大隊がほぼ壊滅状態に陥ったのだ。大隊を4分の1に分隊し防御隊、石弓兵隊、突撃攻撃隊、槍隊の順に別れアシュレイに石弓を放つ。石弓は直線に敵を狙う銃のような弓だ。それは矢をつがえるのに時間がかかるが威力は桁違いだという。アシュレイはそれを屈んでかわし弓をつがえさせる前に防御兵団の構える大盾の壁を飛び越えて得意の格闘技を使用し八割を叩き横隊を組んでいた彼ら石弓隊は壊滅。その後ろからはナイトの攻撃隊が大振りな剣や片手斧を振り回し攻撃してくる。
「石弓隊か……面倒だな」
「全体構え!! 引きつけろ! 放て!!」
身のこなしが軽いアシュレイの動きで近接兵も弓兵でさえ次々に殴られたり蹴られたりする。そして、吹き飛ばされ気絶するようだ。斧を振るう戦士や大剣を振る戦士、どちらも鎧に大きな拳のあとを作ってはね飛ばされることをくりかえしている。だが、多勢に無勢であり体力の面では完全に回復している訳ではない。そこに後方から馬の蹄の音が響く。アシュレイが見たのは紋章のついた騎士団を率いたシドだった。剣を突き上げ突進してくる。
「若様! まだ後戻りはできます!!」
「さっきも言っただろう! お前達は自由だ。俺と共に戦うも俺を狙うもな! 俺はこんな馬鹿げた王の元では働けない! 父さんが信じた男を俺も信じたいだけだ!!」
それはアシュレイが前衛隊に攻撃を仕掛ける数分前。以前にアシュレイに父親、アトモスの命を奪われたシド・バトラー・アトモスは父の代わりに第二部隊の隊長をしている。本人も奴隷収容所でアシュレイに敗れておりその結果から落位と部隊の指揮権の縮小などを言い渡され今は第二隊になりアシュレイを待ち構えていたのだ。彼は悩み……悩んだ末に決めていた。まだ若いががっしりした体格の彼は威厳にこと欠かない。そして、技量も父のアトモスを超える物を持っていた。人望もありなかなか居ない逸材だろう。そんな彼もまだ若かったのだ。人は誰しも迷うものである。
「俺は父さんを信じてみたいと思う」
「は?」
「国旗を燃やせ! 今の王には愛想がつきた。これからは俺が信じた男に尽くす。お前達は自由だ。俺は前の隊を攻撃する」
「わ、若!!」
この経緯を経て今に至る訳なのだ……。隊に居た誰よりも速く駆け抜ける彼はアシュレイの近くで守るように剣を振り戦った。その後も味方だった騎士はシドに誰一人として逆らわず前衛隊はアトモス隊の攻撃を受け壊滅し石造りの太い道で彼らはアシュレイとシドの話しを聞いている。アシュレイは最初は少しとまどったようだがすぐにこわれるままに周りに指揮を出し動き出した。石造りの街道を進んだ先にある要塞の前には魔導師部隊がいるらしくシドと率いる数名がその対処をするらしい。騎士団は総勢二十名。加えてシド本人がいる実力順に整列し馬から降りるとアシュレイの指示とシドからの間接的に伝えられた詳細を受けてもう一度馬に乗りなおし命令された地点に分かれていった。
「お前……自分のしたいように出来たのか? シド……」
「出来たよ。あんたのお陰でな。アシュレイ……これからはあんたにつくそう。指示をくれ俺達も動くから。何か卑怯な手を使っておびき寄せられている感じもする。とはいいつつあんたは死なないだろうがな」
「なら、さっそくだが……これから二人を救出するのを目的に前方の要塞を攻撃する。攻撃するのは俺一人で十分だ。ここで防衛をしていてくれれば問題ない。さっき伝えてくれた奥にいる魔導師部隊は俺が来たと解れば攻撃をしてくるはずだ。できれば騎士を二隊に分隊して第二部隊を壁に向かわせてくれ残兵が向こうに逃げるのを防ぎたい。ここに居るのは一流の騎士のメンバーだろう? なら、止められるはずだ」
「中間地点の防衛なら俺だけでいい。父さんから貰ったドラゴンキラーとイージスがある。それに俺だけ居れば問題ない」
「若様!」
「もう、いい。俺はこれから若じゃない。シドだ。俺はこれからこのアシュレイさんの下に付く。何度も言うがお前らは自由だ。そのままでもいい。騎士を続けるなら誇りを捨てるなよ。家族を……自分の意思で剣をささげた者にだけ命をささげるんだ」
「若……いえ、アトモス殿。我ら騎士団一同これまでの恩は忘れません」
「あぁ、行くぞ。己の誇りに賭けて愛する者を守れ! 力の限りな!」
「は!!」
シドとアシュレイが走りだしかなりの勢いで攻撃を開始する。攻撃というよりは蹂躙に近いが魔導師部隊の攻撃はシドが回避をしてくれた。既に構えていたらしく火の玉が乱れたタイミングで飛んでくるからだ。彼の持つ盾のイージスはあらゆる物理的事象の絡んだ攻撃をはじき返すことができる。それでアシュレイに向けられた魔法攻撃を完全に無効かさせてくれたのだ。それどころかシドの近くに居た魔導師などは跳ね返された火の玉で火だるまになり焼け死んだ者までいる。
「早く行ってください! ここは俺が抑えます!」
「解った!」
味方同士に攻撃が当たらないようにまばらに組んでいる陣形の中を恐ろしいまでのスピードで駆け抜け最後尾に居る魔導師の振った杖をかわし空中に身を躍らせ金属製の大扉に強力な蹴りを撃ち込み扉を壊して警備の兵隊を次々に撃破するアシュレイ。階段を上り大きな部屋に入るとすぐにアンナの声が聞こえてくる。瞬間的にアシュレイが動き、かすり傷程度に抑えたが後ろからの攻撃には気付けなかったようだ。背中に大きな切り傷が入るもそれを気にすることなく彼はその犯人と向き合う。大きな剣を構えているのはこの城の主だった。その男はうつろな視線を彼に向け焦点の合わない光のない瞳をせわしなく動かしている。何かを警戒しているのかそれとも何か他の事象が彼に起きているのかは解らない。だが、アシュレイは拳を構えている。
「お前がアトモスを殺した男か……」
「俺は騎士アトモスの意向に沿っただけだ。お前はここの統治者としての誇りはないのか? いや、人としての誇りも無いのか」
「ほう、奴隷の収容施設から多くの奴隷を解放し今この統治者に説教するとは立場の知らない子供だ。わしはこの国の王だぞ?」
「お前は今ここで殺しておくべきだな。完全に闇にのまれている。お前……自らの魂を闇に売るとは」
「闇? 何だそれは……命があるから人は失われる。天命を曲げて何が悪い! 失う悲しみが貴様に解るか!? このわしと戦おうというのか小童? ほう……剣技でこのわしに勝つつもりか?」
「剣など持ってない。この拳で『輪』に返してやる」
「格闘でわしに? 笑わせる! ならばその体で解らせてやる。この新たな力を手に入れたわしの剣技を……その前に名前だけ聞いておこう。貴様の名はなんという?」
「アシュレイ・オーガ・モノライナーだ。ここで罪を裁いてやる! 覚悟しろ!!
」
アンナが絶句する中、部屋の中で恐ろしいスピードでの攻防を続ける二人。部屋は広いがこの二人が縦横無尽に動けばさすがにあらゆるところが壊れてくる。次々に家具をぶった切り吹き飛ばし大きな打撃や斬撃の数々が放たれ部屋が崩れ始めた。現在の形勢はアシュレイが圧しているが……。彼はウォルストラーの魔法でもたせているにすぎない。魔法が切れれば力量は半減し戦えるような状況ではなくなってしまうのだ。アシュレイはそうなる前にアンナにその部屋からの退避を告げ国王をひきつけて階下へ移動していく。
「ほう、なかなかにやるな……しかし」
「ぐ……、ここで切れるとは……アンナ! 俺が引きつける。走って逃げるんだ。裏側の出入り口から出れば見つからずに逃げられる!」
アシュレイは部屋を飛び出し剣の攻撃をかわしながら追撃してくる国王の変化に気づいていた。頭に乗せたクラウンの間にまだ発達段階だが角が現れ始めている。そして、顔の色がだんだんと青くなり人間から遠ざかり瞳の色も赤くなり白い部分が浸食されていき、さらに変化が進み一回り体が巨大化しごつごつした人間ではありえない筋肉が現れ始めた。剣はそれに当てられたように歪な奇妙な形に変形していく。もはや人の域を超えたのだ。
「ほう、貴様……心臓を貫いたのに何故生きてられる? この新しい力を受けたはずなのだが」
「俺は……人でないからな……まさかこんな所でこの力を使うことになろうとは……。俺がどうして死なないか見せてやる。お前の罪を浄化し人に帰してやる。『我は覇の執行人なり汝、罪人の魂を救う者我が体に力を与え彼の者の罪を洗え……』」
部屋を飛び出し廊下にて攻撃をぶつけ合いは続く。敵は恐ろしい速さで攻撃をするようになり始めた。何らかの秘術を使っているように感じられる速さだ。アシュレイはウォルストラーがかけていた一時的な回復魔法が切れてしまい動きが鈍っている。弱っているのは彼だけではない。要塞は堅固な作りになっているが最上階にアシュレイが向かうまでにかなりのダメージを受けアシュレイが国王をひきつけて無茶苦茶な速さでこの城の主が剣を振り回しアシュレイがさらにダメージを与えたためいろいろな箇所で崩壊が始まりつつあるのだ。その頃、アンナはシアン姫に助けられていた。シアン姫はドレスではなく動きやすい服装をし後ろに侍女を二人侍らせてアンナと共にアシュレイが国王と戦っている場所を避けて裏側から逃げ出していく。
「あなたは?」
「私はリム……元この国の姫。誤解はしないで私はあの男の本当の娘じゃないの。行くわよ!」
「え!! アシュレイを助けなきゃ! 今反対側に……」
「止めなさい! 巻き込まれて死ぬのがおちよ! 早く外に出ないと私たちだって危ないの!! 手の縄を切るから全力で走って!」
「わかった……きっとアシュレイなら」
「えぇ、私が初めて見初めた相手がそんなに簡単に死ぬ訳ないもの」
要塞の前方には魔導師部隊を指揮していた比較的長身の少女とシドが渡り合っている。かなり強力な攻撃型の魔法を空中から放つ。そのために展開陣と呼ばれる図形を手で描きそこからブレスと呼ばれる波動型の属性魔法を打ち出すのだ。シドはアシュレイの時のように盾を使いそのブレスを弾きながら攻撃をするチャンスを伺っている。周りの魔導師達は二人の応酬に巻き込まれてほぼ全員が死亡していた。二人は親の代からの知り合いで幼なじみに近い。そのため性格や攻撃の方法、癖などをすべて熟知していたのだ。
「菱の攻陣は煌き! 白き刃よ我が剣となれ! アイスブレス!」
「くそう……一発が重いな。イージスよ我を守れ!」
「これでは魔力の無駄……。シド……頼むから止めないか?」
「無理だ。俺は今の王についてはいけない。俺には守る家族などないからな。命をかける必要がないんだ。俺は主のために剣を振り盾を構える」
「その決意……。だから……あの男に剣を預けたのか?」
「そうだ。お前ならわかるはず……無駄に血を流しすぎた。奴隷などと言い踏みにじった命は帰らない。俺は父さんを信じたいんだ」
「私も……な、何!!」
「要塞が揺れてる!!」
「……姫様!!」
「一時休戦だ!! 今は姫とアシュレイ様を助けるために行くぞ」
「わかった!!」
国王は恐ろしい物を目にしたように剣を取り落とし後退りした。そして、アシュレイは一撃で国王を殴り殺し姿を元に戻した。するとシドと少女が走り込みアシュレイが天井を見て退避をすると叫んだが一瞬遅かったようだ。石造りの要塞が崩れ始め三人は生き埋め状態になったが何とか生き延びたようでアシュレイに守られた例の少女は気絶していて動かない。シドも幸い重傷にはならず体は動くらしい。アシュレイは体に鞭打つ形になるがそうしなければ酸素が足りず死んでしまうのを待つだけとなってしまう。シドと二人で岩を退けるが触れば崩れてしまいそうな場所が多く、だんだんと手詰まりになりなかなか作業は進まず息が詰まるばかりで進展を見せない。その数分後に崩れた要塞の方向に馬を走らせていた元アトモス騎士団が現れ強力して岩をどけ救助をし終えて介抱をしている最中にアンナとリムが合流してとりあえず言霊の樹街に運び騎士団の護衛のもと三人の意識が戻るのを待った。重症度はアシュレイが一番高いが命に別状はないとウォルストラーと医学に流通した住民が告げている。
「ん……んぅ……こ、ここは?」
「起きたか……まったく、無理をしおって」
「ウォルストラーさん。俺達は? いったい……」
「先に起きた騎士に感謝おしよ。あの男の人望のお陰でお前さん達は救われたに過ぎん。特にそこの少女は何者なのじゃ? 竜紋があんなに大きな龍人族は知らぬぞ……」
アシュレイが起きたかことを降りて行った先ほどの住民から聞きつけ二人の少女が別々の方法で彼ともう一人の少女が寝ている部屋に入ってきた。アンナはベランダの大窓からリムは普通に梯子を登りドアから入り……ほぼ同時にアシュレイに抱きつこうとしてウォルストラーの魔法により空中で制止させられている。日差しが明るいことから昼間らしい。1日空けてのだが……。背中の切り傷は完全に消失し胸を貫かれた傷が擦り傷のように残るのみとなっていた。
「アシュレイ!!」
「アシュレイさん!!」
「待たんか!! このお転婆ども!! アシュレイはまだ起き上がるのも辛い体調なのだ。あまり無理はさせるでない」
「は~い」
「はい……」
「アシュレイ様。心配しました」
「いや、ありがとう。シド。君の騎士団に助けられたようだ。いきなりだが……彼女は何者なんだ?」
「アシュレイよ……お前さんは知らずにかばっていたのか?」
「そうなりますね」
アシュレイが言葉を告ぐとシドが兜を置きアシュレイを含め皆に話しかけた。彼は彼女の幼なじみのような存在なのだ。知っていて不思議はない。その少女は美しく綺麗な容姿をしていた。それこそ絶世の美人と言える程だろう。その少女は額を数針縫ったが命に別状はないらしい。シドの説明が終わると数分後に目を覚ました……。
「彼女はグングニル・イオーサ・ケイオス。この辺りでは珍しいかもしれないが普通の龍人とは違う種類の変身できない人に近い龍人です。彼女自身は孤児で身よりもなく放浪していたのですが我がアトモス家と双対をなすグングニル家の奥方が養子に引き取ったしだいで……」
「……ん……、ここは?」
「三人そろって『ここは?』ってどういうことかしらねぇ?」
「イオーサ……起きてはいけない……」
「助けてくれた方にお礼を……」
「俺は横に居る」
「は……その節はありがとうございます。私の本名はイオーサ・ケイオス。階名はありません」
「いいのか? イオーサ」
「問題ない……私はこの人について行く」
「おいおい、いくら俺がここを出るとは言っても……」
「皆付いて行くつもりですよ。アシュレイ様」
「その様はよしてくれシド。しかし、厳しい旅になるぞ?」
ウォルストラーが会話に割って入りこれからのことについて話してくる。アシュレイが立ち上がりこれからの目的を再確認しあうことを最初にした。ログハウスの中で円を描いて座り外の騎士団の代表やウォルストラーを含めた皆と話をするのだ。広くはないが話す程度であれば問題ないのである。樹街の住民たちも『下の住民』と呼ばれる彼らがここに来ることは珍しく外に集まる。
「で、お前たちはどうするのだ? アシュレイは故郷に帰ると前から言っておったが」
「アタシはアシュレイについて行く」
「俺も付いて行きます」
「私も帰る場所がないので付いていきます」
「……付いて行く」
「我々騎士団はここに残り彼らの街の防衛に尽くしたいと思います」
「ほう、それは嬉しいな。街の住民も喜ぼう」
「ついては我々の家族を皆ここへ移住させてくださいませんか?」
「あぁ、すぐに呼び寄せなさい」
「そうなるといろいろ準備が必要になる。俺は問題ないが特に女の子は……」
「アタシは野宿好きよ」
「野宿ですか……我慢します」
「私は……旅には慣れている」
「決まりですね」
「あぁ」
「アシュレイよ。お前には感謝しきれん恩もある。このお転婆の孫も助けてくれた。新しい仲間も増えた。奴隷にされていた我々の仲間も解放してくれた。礼のしようもない」
「気にしないでください」
その後にシドとイオーサがアシュレイに問いかけてくる。国王がどうして彼に一瞬で勝てたかを聞いてきたのだ。シドはあまり詳しく知らないようだがイオーサが詳しく語ってくれた。外に出てからそれを語られた。それからはアシュレイの一族の話をしてくれたのだ。その方法は実に美しくまた優雅に長い時を皆から忘れさせてくれた。
「あの王が魂を弄ぶ過去の秘術を使っていたことは私もよくは思ってなかった。原因は王妃と本当に血のつながった王子と姫の死です。これが立て続けに事故、戦、病で家族を失った彼は運命を呪ったのでしょう。だから言って使っていいものと悪いものは存在し止めなければならなかったのです。しかし、反対はできない立場ゆえ最大限の抵抗をしていたのですが……。最終的には我々にも奴は秘術を適用しようとしそれに失敗し奴は本当の闇にのまれた」
「まさか、オウガの秘術を使っていたのか?」
「はい、少なくとも私が知識として知りうる技は解りました。しかし、それを止めることはできなかった」
「生贄は何人だ?」
「多数というこ意外の情報は解りません」
「そうか……」
「ねぇ、そのオウガって何なんなの?」
「そうですよ。俺達にも教えてください」
「ふむ、お前らの世代に口伝されていないのか? それならアシュレイ。お前の意思で構わないが皆に教えてやってくれないか?」
アシュレイの次の言葉を聞いた皆が絶句したが周りの付いて行くと決めた仲間がそれらを手に取りアシュレイが地面に描いたものを見てそれらを操り始める。大きな見物客たちの波が老若男女問わず次々に現れた。いい機会だからと各集落の人々をこの中心の村に呼び寄せたのだ。ここは木漏れ日が綺麗なホールのような形をした集会場だった。野外の祭りはここでいつも執り行うという。
「俺も……記憶しているのはメロディーと譜面のみです」
「ほう、どうやって記憶しているかと思えば……そのような方法があったとは」
「我々一族はあらすじしか伝えられていませんそれでもいいなら……ここで語りましょう」
使われたのは楽器で弦楽器が主体の滑らかなメロディーだった。アシュレイの歌が響きわたる。テナーの美しい声が節を付け流れていく間は誰一人声を出さない。前から静かな森だったがさらに静かになる。聞こえるのはアシュレイの歌声と滑らかな弦楽に合わせるようにざわめく木々の声と時折木のうろに風が舞い込む低い笛を吹いているような音くらいだ。
「『覇の起こされし夜の果てに我らは力を持ち生まれた。
我ら天より現れし者と地より現れし者の血を受け心を満たす大地の中で我らは生きる。
神戦の終焉……我らは置かれ戦いし敵は意志ことごとくうしないて互いに手を取り門を封じる
千年の時を経て我らは守る力を封じ『人』と共に心通わせ大いなる扉の封印を解かせぬために力付くした
再び戦の起こる時、我らは古の力を解き放ち鬼と天使の力を示す。新たなる“覇者”を生む
我らは“覇者”となりこの世に新たなる指導者として現れる。
夜は流れ我らは再び現れる鬼と天使は災来の兆し
新たなる“覇者”はその兆しと共に現れその力を放ち終わりを迎え新たなる始まりを迎える
我らは新たなる時の使者として死を望みまた新たなる時を作る』」
拍手喝さいの中、アシュレイが立ち上がり頭を下げさらに大きな拍手が湧きおこる。他の四人も嬉しそうに向かい合い和やかな空気が流れるがその直後に歌詞の内容に疑問を抱く子供たちが現れた。確かにそうだ。最後の一節には『覇者は死を望む』という言葉がアシュレイから出ていた。ということは伝承の通りにいけばアシュレイはその覇者の素質を持ちそして、彼は最終的に死を迎えるということになるのだ。
「ねぇ、ママ。あのお兄さんは死んじゃうの?」
「え?」
「だって最後にいってたよ。『死を望むって』」
「そういえば……」
「そうだ……なんで、一生懸命戦って平和を取り戻したのに死にたがるんだよ」
「そのことについてだけ。皆さんにも関係するのでここで語りましょう」
「ほう、お前は記憶はしていないと言ったが?」
「これは伝承ではなく我々が戒める事の一つです。
『界を尊び世を尊び輪を尊ぶ生命がこの世にある限り務めよ。
覇者なれど命ある者としての理を崩さず。
その生を全うし生きる事の美しさを保つ。
我ら古の血より大いなる言の葉をもって伝えること』
意味を簡潔に説明すればこの世界……つまりは天界と地獄、そして、ここ大地の三つ全てに存在し世とは時間、代を重ねることを続ける。そして、生き物として輪廻のバランスを崩す秘術を使用してはならないということです。最後に、己の命を切り詰めず全うすることが生きる者の権利であり義務であるということというのがこのはなしの趣旨と言えましょう」
周りがざわめきアシュレイの隣にいたアンナは首をかしげ同じくシドもいまいち理解ができないというようなあいまいな表情を見せた。外側に居たイオーサはこれですべてを理解したという言葉を噛みしめたおごそかな表情をしリムも同じように堅い表情を浮かべている。それから数時間して周りから人がいなくなり5人がアンナのログハウスで今後行きたい場所の話しあいを始める。主に知識に富んだイオーサが簡易の地図を作製しアシュレイの記憶を頼りにたどるというかなり曖昧な状態だが今はこれしかない。それにまだアシュレイの体や他のメンバーがするべき準備も整っていないからだ。
「とりあえずアシュレイさんの故郷に向かうのは確定ですね」
「誰かアゲレイアの付近の知識がある人間は俺以外に居ないか?」
「私の生れは南ですから……」
「アタシも生まれも育ちもここだし……」
「それは俺も同じです」
「私……知ってる。私の故郷は最果ての地」
「そういえばイオーサが珍しく饒舌だったな」
「そ、そんなことない」
「そうか? どうせまた例の『愛しています症候群』じゃないのか?」
「それよりも教えてくれ俺が知るのはその近隣の山道と狩りの方法くらいだ」
「解っています。早く立ちましょう」
「決まりね。アシュレイの体調が回復し次第だけどさ」
「確かに、傷は癒えていてもまだ回復はしきっていないとウォルストラー嫗が言っていたことですし」
「解っている。俺も不死身ではないんだ。死にもするからな。死ぬ時は事をやり遂げてからではないとな」
たわいもない話をしながら療養がすみ旅立つ日が来た。整列する騎士団や前に出て見送る街の各代表達。その裏にはほとんどの民衆が集まり盛大な出発になった。旅に出る者たちは不安や希望を胸に歩いて行く。アゲレイア山脈は世界で一番高く高地面積が最も広大な山で有名なところだ。そこへ歩いて行くのだからそう言った感情も芽生えるだろう。彼らはまだ“覇者”とその仲間としての道を歩き始めたばかり。彼らがどのような道を歩むかは解らない。だが、無限の可能性を試すために脚を進める。これから……ゆっくりと未来へ向かって。