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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

X魔機成・エクスマキナ

作者: 鬼丸13番
掲載日:2026/11/08

鳴り響くサイレン。

後方で警告を叫ぶ兵士達に目もくれず、立ち並ぶビルの間をジェットバイクで駆け進む。検問のせいで渋滞する大通り。車の間を縫うように、スラスターの青白い閃光がネオンの光に溶けてゆく。


「この先は行き止まりだ。このまま追い込むぞ」


厳重に敷かれた検問。じわじわと追い込まれ、目の前にはもう進む道はない。だが......

一気にアクセルをひねり、スラスターの出力を上げる。


「あいつ何をする気だ?」


行き止まりの直前、右手のブレーキレバーを強く握りしめる。

車体があり余る勢いで後輪から浮きあがろうとした瞬間、ブオォンという低い唸りと共に周囲が一瞬静寂に包まれる。そして、急停止により前方へ押し出されるはずのエネルギーはその方向を変え、その場で車体は反転する。


「なっ!?慣性の相殺術式か!」


あれだけの速度を相殺したのなら、残りのエネルギーが周囲に衝撃波を発生させるはず。しかし、それがないことに兵士は疑問を抱く。


「バイバーイ」


――ドゴォン


ジェットバイクの前方に設置された銃砲。車体に刻まれた術式により、ため込まれた推進力が衝撃波として打ち出され、兵士たちの車列は吹き飛ばされた。

そして、アダムは悠々とコロニーの影へと姿を消した。


遅れて到着した応援部隊。めちゃくちゃにされた同胞に目をやるが、心配の声をかけることもなく、淡々と状況を報告し、追跡を継続する。


『......本部、本部。侵入者を見失いました。対象は強力な兵器を所持している模様。また、周囲のセンサーからスラスターの反応が消えたことから、そう遠くには行っていないはずです......』


『......了解。周囲の警戒と捜索を続けてください。本部よりエアライダーが出動しています。発見次第、現地へ急行できるよう準備を......!? これはっ!』


直後、幹線道路のあちこちで爆発が巻き起こり、コロニーのシステムが一部ダウンした。地上が激しく騒がしくなる中、アダムは薄暗い高架橋の陰にジェットバイクを滑り込ませる。

スラスターを格納しながらスタイリッシュなライダーグラスをいじり、口元に笑みを浮かべた。


「ふぅ~ん。エアライダーがもう出るか。奴ら相当本気だね」


アジトからハッキングで支援をしているジョン、慣れた手つきで周囲のセンサーを塞ぎながら通信越しに言った。


『つまり、その遺物は本物ってことだろ?』


「まぁね。ジェーンの陽動もうまくいってるみたいだし、順調、順調。」


そんな話をしていると、背後から全身を機械に改造した女が、バイクとともに余裕の表情を浮かべ、けだるげな足取りを進めてくる。


「はぁ、疲れた。遺物は回収できたの?」


「あぁ。君のおかげで、ラボを出るまで接敵はなかったよ」


「そう、ならよかった。でも陽動の効果もそろそろ限界よ」


『このまま地下から外に出てくれ』


ジョンが地下システムを一時的に遮断し、重い整備用の扉が開く。


『コロニーを出たら魔獣には気をつけてくれよ? 騎士団よりよっぽど怖いからな』


「あぁ、分かってる」


「さっ、行きましょ」


排水設備の配管からコロニーの外へ出ると、眩い日の光が二人を包み、美しく透き通った青空が一瞬、自分たちが決死の逃亡中であることを忘れさせる。


整備された主要道路を避け、森の中へと静かにバイクを進める。動物たちの鋭い視線を肌で感じながら、悪路を奥へ奥へと走らせてゆき、森を抜ける。

後方を確認すると、四方のスラスターを唸らせながらコロニーの周囲を捜索するエアライダーのシルエットが見えた。


「あの様子だと、俺たちがコロニーから出たかどうかもまだ分かってないみたいだな」


「なに、油断してんのよ?」


『ジェーンの言うとおりだ。さっさとしないとそこらのコロニーは全部検問が敷かれちまう。その前に戻ってこないと面倒なことになるぞ』


「そうだな、じゃ、行きますか」


通信を切り、スラスターを再起動する。視界の端で流れていく青々とした景色。地上に残された大自然は美しく、そしてどこまでも残酷だ。周囲の草むらや木々の影からこちらを窺う動物たちの中には、凶暴な魔獣どもの気配を感じる。冷や汗を流しながら、スラスターの出力をさらに上げる。騎士団の追撃も厄介だが、この野生の領域で足をとられれば一瞬で食い殺されるだろう。


周辺のコロニー全体に検問が敷かれて孤立する前に、拠点へ辿り着かなければならない。


「私は少し寄り道をするわ。先に行ってて。」


「わかった。気をつけろよ。」


ジェーンと別れ、整備された主要道路を大きく迂回する。

そして、たどり着いたのは数十年前に魔獣の襲撃で半壊して以来、騎士団に見捨てられ、スラム化したコロニー。


統治のほとんどを放棄され、ネオンも半ば崩れ落ちた街並み。騎士団の監視カメラやセンサーもまともに機能していないこのスラムこそが、治安は最悪だが俺たちのようなレジスタンスには絶好の隠れ家だった。


乱立する違法建築の地下へと深く潜り、重い防圧扉を潜ると、油と電子部品の匂いが充満するアジトへ到着する。


『カエッテキタ!カエッテキタ!』


「おお、元気になってるじゃねぇか」


出迎えたのは、騒々しい黒鉄のカラス型メカのレヴィだ。


「遅かったな。無事か?」


バイクを停めるなり、作業スペースの奥から声が響く。先ほどまでハッキングでサポートをしてくれていたジョン。乱雑に置かれた複数のモニタ群から視線を外し、隈の浮き出た目をこちらに向けてきた。


「ん?あいつはどこだ?」


「念のため、別のコロニーで騒ぎを起こしに行った。あいつなら大丈夫さ」


ライダーグラスを外し、ジェットバイクに固定された耐圧コンテナを取り外す。ガタリと作業台の上に置かれたそれが、自分たちの運命を大きく変えることを、彼らはまだ知らない。


――大陸南部コロニー・騎士団基地正門――


「止まれ。」


「ハァア~イ。団長様にハニィが来たと伝えてくれる?」


突然の明らかに不審な来訪者に衛兵は眉をひそませ、疑いの目を向ける。


『騎士団長に面会だ......』


『許可が出ています......』


「貴様、何者だ?まぁいい、通れ」


「どうもぉ~」


ジェーンは単独で南部の騎士団基地へと進んでゆく。そして、騎士団長の部屋へと入っていった。


「やぁ、うまくいったみたいだね。さっそく例のモノ、見せてもらえるかな?」


「えぇ、隣国が秘密裏に回収した遺物の研究データとその本体、あなたの依頼は完遂させてもらったわ。」


「さすがだよ、ハニィ。」


南部騎士団・団長はデータ確認し、本体である黒銀の塊をまじまじと眺めていた。


「ところで、報酬の話し。いいかしら?」


「あぁ、すまない。たしか、その体に合う新しい装備だったな。最新鋭の魔工学技術で開発した、確かなモノを用意させてもらったよ。」


「ステキだわぁ。報酬としては十分ね。じゃっ、さようなら」


まだ、話したいことがありそうな騎士団長に目もくれず、冷ややかに部屋を後にする。

そして――


「ん?まさか!」


気づくのがあまりに遅かった。研究データのメモリにはウイルスが仕込まれ、基地の警報システムが停止する。そして、黒銀色の鉄塊は何層にも刻まれた術式により凶悪な爆弾となっていた......


颯爽とコロニーを後にし、ジェーンはアジトへとバイクを走らせた。

その背後では騎士団の基地が内部から爆散する。


――廃コロニー・地下アジト――


「......で、例のブツは?」


「これだよ。途中で中身を確認する余裕はなかったけどね」


ロックを解除し、コンテナのフタを開ける。内部の緩衝材に、埋もれるように鎮座していたのは、重厚な黒銀の金属で覆われた異質な構造体だった。魔工学で作られた最新鋭の機器とは一線を画す、無骨で禍々しい何層もの幾何学模様が表面に刻まれている。かつて地上に存在したとされる『悪魔』の遺物――。


その時、防圧扉の開く金属音が室内へ響き渡った。


『アイツキタ!アイツキタ!』


「ただいまっ。て、レヴィちゃん元気になってるじゃない!」


戻ってきたジェーンが黒鉄のカラスを鷲掴みにし、冷たい羽根の装甲に肌をすり寄せている。


『ウゥ、ハナセ!ハナセ!』


「おいおい、また壊れちまうぞ?」


「なめるな。今回の改造で装甲はさらに硬く、機動力も数段上げてある。前回の時みてぇな熱魔法で強化された銃弾をバカスカ打たれても傷一つつきやしねぇよ」


レヴィはジェーンの手を脱し、アジトの奥へ飛び去った。

残念そうな表情を浮かべながらジェーンはこちらに視線を向ける。


「それで、遺物はどんな感じ?」


作業台に乗せられた黒銀色の塊をじっくり見つめ、ハッカーの男がゴクリと唾を飲み込んだ。スキャナーやセンサーを起動し、隅々まで調べ始める。


モニタ上に表示される波形が、見たこともない異常な数値を弾き出していく。


「ハハッ、これはすごい。奴らもいつも以上に本気だったわけだ」


男は目の色を変え、その顔は、笑みを抑えきれていないのがわかる。


「俺たちが正面から騎士団の本部を突いても追い返されるだけだったろう。だが、この遺物の力があれば......奴らを襲撃して、メインサーバーに侵入し、神々の支配を裏付ける決定的な証拠データを引きずり出せる」


「あぁ。そのデータを世界中の全コロニーへ同時中継すれば、どれだけ騎士団が情報統制を敷こうと、この世界の『嘘』は完全に崩れ去る」


ハッカーの男が強い目付きで俺を見返した。


「じゃあ......始めようか。この力をお前に組み込む作業を」


「組み込む?そいつを俺に移植するってことか?」


「いや、これをそのまま移植するわけじゃねぇ。生体スキャナーの解析結果を見る限り、この黒銀の構造体はただの容器に過ぎない。本体はその内側に封印されている」


男はキーボードを素早く叩き、作業台の上に取り付けられた大型アームと抽出装置を起動させた。重厚な機械音とともに、アームの先端が遺物の中心部へとゆっくり伸びていく。幾何学模様が刻まれた黒銀の外殻に高周波レーザーが照射されると、幾重ものロックが解除される甲高い音が室内へ響き渡った。


――カシャ、と外殻が観音開きに割れる。


「これが遺物の正体――『悪魔』の生体エネルギーそのもので構成された魔法陣の塊だ」


その中心に収められていたのは、ドロッとした禍々しい紫の光を放つ核のような結晶体だった。生き物のように微かに拍動し、脈打つたびに周囲の空間が微細に歪む。魔工学で扱われる精錬されたマナとは根本から異なる、強大で、荒々しいエネルギーを秘めていた。


「......すっげぇな。見ているだけで吐き気がしてくる」


「人知を超えた『悪魔』の技術、だからな。これを体内に流し込んだ時、注入される膨大なエネルギーに肉体が耐えられなければ、その時点で死ぬぞ」


ジョンは一度手を止め、真剣な眼差しで俺を直視した。


「文字通りの命懸けだ。本当にやるか?」


「今さら引き返せるかよ。俺たちはこの世界の真実を暴くために、ここまで来たんだ」


アダムはためらいなく、作業台の傍らに置かれた生体調整用カプセルへと歩みを進め、その中へ入る。上部からゆっくりと透明な扉が降りてくる。全身が拘束され、防音のアクリル越しにジョンの声が通信機器を通じて鼓膜を揺らす。


『抽出と同時に、お前の体内へ直接流し込む。……耐え抜いてくれよ』


機械のアームが紫の核を穿ち、液状化した光の奔流がチューブを伝ってカプセルへと流れてくる。 胸元に設置された注入針が皮膚を貫き、体内へ遺物の力が一気に流れ込んだ。

瞬間――全身を強烈な激痛が襲う。


「――ッぐ、ああああああああっ!!」


体中の血液が沸騰し、体内を熱した鉄で焼き尽くされるような激痛。心臓が破裂せんばかりの勢いで狂ったように打ち鳴らされ、許容量を遥かに超えた膨大な力が肉体を内側から破壊しようと暴れ狂う。視界が真っ赤に染まり、全身の細胞が悲鳴を上げていた。


「ちょっと、これ大丈夫なの!?」


外で見守るジェーンの悲鳴が聞こえる。モニターを監視するジョンの焦った叫び声がそれに重なった。


『限界値を超えている!耐えろ!耐えるんだ!!』


全身の穴という穴から熱い蒸気が吹き出し、体に刻まれた魔導回路が紫黄の光を放ちながら急速に組み替わっていく。暴走する力を必死にねじ伏せ、自分のものとして抑え込んでいく。


激痛が限界を突破し、視界が一瞬だけ真っ白に弾けた――。


......数分後。 シューッという圧抜きのエアー音が響き、カプセルのカバーがゆっくりと上がった。


荒い息を吐き出しながら、俺はゆっくりと自分の両手を見つめる。皮膚の表面を流れる魔力の質が、先ほどまでとは完全に変わっていた。体内で脈打つ力は、以前の自分とは比べ物にならないほど強大で、重く、そして鋭利だった。


「......ハァ、ハァ......。なんとか、生きてるみたいだな」


ジェーンが駆け寄り、タオルを背にかけ、肩を貸す。


「ゆっくりでいいわ。無理しないで」


「まったく、ヒヤヒヤしたよ……よく頑張ったな。本当にあの負荷に耐えきって、力をモノにしやがった。身体機能、魔力容量ともに従来の数倍だ。これなら……騎士団とも正面からやり合えるだろうよ」


「イキテル!イキテル!セイコウ!セイコウ!」


ジョンは震える手でモニターを見つめ、それから俺へと強く頷いた。


覚醒した己の手を固く握りしめ、不敵な笑みを浮かべる。神々が隠し続けてきたこの世界の「嘘」。それを暴き出すための力を、俺たちはついに手に入れたのだった。


―――能力覚醒から数日後―――


薄暗く、青白いライトに照らされたアジトの作業スペースに、大陸中央コロニーの立体マップを展開し、全員が真剣な表情で資料を広げた机を囲んでいた。


「いよいよ本番ね。......準備の進捗は?」


ジェーンが両手を机にのせ、作業台に並べられた特殊な球体カプセルと無骨なトランクケースへ視線を向ける。


「完璧だ。まず、お前が手に入れた力は、ほとんどの魔法を無効化することができるモノだ。狭い範囲であれば反魔のバリアを発生させることができる。だが、物理的な影響はある程度しか防ぐことができない。油断は禁物だ......」


ジョンがキーボードを叩き、アジトのモニタにシミュレーション映像を映し出した。

最小限の魔力でほとんどの魔法を分解し、無力化できることがわかる。

そして、どうやら物理的攻撃に対しては、そのエネルギー以上の魔力を要するらしい。


「これなら魔法による探知はされないわ。潜入にはもってこいの能力ね」


「あぁ、だが、物理的、電子的な監視の目は掻い潜る必要がある。そこで、お前の力をもとに開発した、この魔術パルス爆弾を使う。爆発と同時に、潜入には十分な時間を稼げる程度に基地全体の純粋な電子機器や、探知魔法を一時的に沈黙させることができる。」


「電子と魔法、両方の死角を同時に突くわけね。」


「ただし、このパルスの直撃を受ければ俺たちの通信やお前らの装備も巻き添えを食らう。そこで、レヴィに装備させる魔道具を用意した。」


「これね。」


ジェーンが机に置かれた武骨なトランクケースを開けると、中にあったのは幾重にも術式が刻まれたレヴィの拡張装備だった。


「この魔道具は一度しか使えない。代わりに、高度な操熱魔法と大量の水を生み出す生成魔法で、周囲の物質からエネルギーを吸収、電磁パルスの影響を発散させることができる凍結魔法を展開するわ。」


「これも俺の力をヒントに?」


「いや、これはもともとある魔術だ。まだ、魔工技術がそこまで発展していなかったころ、電磁パルスによって電子機器を破壊する兵器があった。だが、魔法によりこの脅威はある程度抑制された。それがこの凍結魔法による防御魔法だ。蒸気、凍壁、そして極低温によるエネルギーの吸収。お前の魔法を除けば最強の防御魔法のひとつだ。」


「マカセロ。マカセロ。」


軽やかな滑空で机の上に飛び乗るレヴィ。さっそくこの魔道具を装着する。


『新たなデバイスを認証。適合チェック。問題なし。作戦の内容をインプットしました。カンペキ、カンペキ』


ジェーンがマップの一点を指差し、冷徹な眼差しで作戦の全貌を整理した。


「まず私が基地の外郭ゲート付近で魔術パルス爆弾を起動。同時に爆発魔法で派手に陽動を仕掛け、騎士団の防衛戦力と警戒網の意識を完全に外へ引きつける。レヴィとわたしは凍結魔法で影響を無効化し、脱出ルートの確保に向かうわ。あなたはパルスによる停電とパニックに紛れ、地下のサーバールームへ潜入。魔法による探知も電子センサーも全て無効化して影のように最奥へ進みなさい。 サーバーにたどり着いたらアジトの端末と回線を同期。あなたの能力で魔法的に妨害する波形をノイズとして叩き込み、ジョンが遠隔でサーバーのプロテクトを解体してデータを引き抜く」


「穴は無い、な。さぁ、始めよう。」


「ああ。......死ぬなよ。」


ジョンの言葉にアダムは短く頷き、ライダーグラスを装着した。神々の支配を穿つための、決戦の幕は今、上げられた――。


――大陸中央コロニー・騎士団基地本部――


ネオンライトが寂しく光る深夜


騎士団基地外郭にジェーンたちは静かに張り付く。手元に掲げた球体状のデバイス――魔術パルス爆弾を起動させ、装置は鈍い金属音を立てる。


『――起爆まで、3、2、1』


世界が音を失ったかのような、静寂の直後。


――ズドォンッ!!


空間を引き裂くような激しい閃光とともに、周囲一帯の空気が激しく波打った。広範囲に広がる衝撃波は要塞の外囲灯や最新鋭の魔導光学センサー、張り巡らされた防衛結界の術式が一斉に崩れ去り、ブラックアウトを引き起こす。街全体が暗闇と狂騒の底へと叩き落された。


だが、その衝撃の中央では異質な冷気が噴き上がっていた。


『凍結術式展開成功。魔術パルスの影響を無力化。』


レヴィが展開した魔道具の術式が発光し、生成された膨大な量の水粒子が極低温の魔力によって一瞬で凍りつく。爆発的に広がるパルスの電磁エネルギーと魔術を分解する衝撃が、何層もの蒸気と凍壁で、吸収・相殺していく。

ジェーンとレヴィはシステムへの致命的なダメージを完璧に無力化しつつ、間髪を入れずに周囲のビルや基地の施設を爆撃する。


「潜入を開始して。わたしは脱出ルートの確保に向かう。」


「了解。」


暗闇に乗じ、影となって要塞の地下へと滑り込む。俺たちはいっさい警備網に探知されることなく一気に地下へ潜り、基地の最深部――光が静かに明滅する巨大なメインサーバー室へと辿り着いた。


「着いたぞ。端末を接続した」


『回線同期完了。......ハッキングを開始する。』


ジェーンの陽動を受けながら、アジトのメインPCを経由してデータ抽出が開始される。壁一面の巨大モニタにスクロールするコード群と、各コロニーの配置が記された広域マップ。その傍らに、膨大な数字の羅列――天界へ送信される直前の「統括履歴」が浮かび上がる。


『防壁が重い.......! だが、お前の能力で妨害波形を直接ノイズとして叩き込めば......よぉし! 術式プロテクトの強制解体。できたぞ!』


画面が一変し、詳細なデータが露わになる。そこに表示されていたのは、各地のコロニーマップと同期された「過去の災害・魔獣襲撃記録」だった。


「......これは......?」


『嘘だろ......信じられねぇ......』


通信越しに、ジョンの息を呑む音が響く。画面に並ぶ数字の羅列。その一部を過去の履歴と照らし合わせると、数年前に起きた凄惨な魔獣の大量発生や、自然災害に見舞われた日付と完全に一致し、詳細な人口の変化まで記録されていることがわかる。


「......まさか。今までの被害は、偶然じゃなかったってのか......?」


『間違いねぇ。神々は災害を予測していたにも関わらず、見過ごしたんだ......! 人口をある程度コントロールするためにな!!』


血の気が引くような真実。人々が自然の脅威や偶発的な悲劇だと信じ込まされ、命を落としていった歴史のすべてが、自然のもたらす冷徹な厄災ではなく、「定期的な調整(システム)」として機械的に執行されていたのだった。


「......ふざけやがって。あの遺跡で見つけた資料。神々が地上の環境と、人々の生活を豊かにするために管理してるってのが嘘っつうのはこういうことかよ......!」


『ダウンロードが完了した! データ回収成功だ! 急いで脱出しろ!』


「了解!」


データを回収したアダムは最奥を後にし、地下通路を全速力で駆け抜けた。だが、脱出経路の通路前方に、重装甲の騎士四人が手際よく展開し、通路を完全に封鎖していた。


「奴だ!排除しろ!!」


敵の合図とともに、無数の火炎弾と雷撃が狭い通路を埋め尽くすように迫る。俺は前傾姿勢のまま左手を突き出し、紫色の波動がシールドとなる。激しい魔法弾の嵐はシールドの表面で波紋を描いて相殺され、完全に無力化された。


『――なっ!? 術式が崩壊した?!』


『うろたえるな! 魔法が効かんなら武装を切り替えろ!』


隊長が即座に叫ぶ。敵も伊達に騎士団を名乗ってはいない。魔法が効かないと察するや否や、即座に実体弾のガトリングと物理刃の大型剣へ切り替え、陣形を広げて包囲網を敷こうとしてきた。


「チッ......目ざといな!」


『戦闘支援開始。コウゲギ、コウゲキ』


戦闘の気配を察知したレヴィが、上空の換気ダクトから音もなく舞い降りる。展開された両翼からすさまじいジェットを吹かし、敵の右翼二人の首をはねる。同時に、高周波の音魔法で天井の防護壁を物理的に爆砕、大量の瓦礫が崩れ落ちることで包囲網の陣形が見事に寸断される。


「助かる、レヴィ!」


『戦闘支援ヲ継続。ウシロハオマカセ』


多対一の包囲を防いだ一瞬の隙。俺は体内の魔力を一気に循環させ、遺物の力で跳ね上がった身体能力を限界まで解放する。腰に備えた剣を引き抜き、床を蹴破るような踏み込みで正面の騎士へと距離を詰める。

騎士が振り下ろす重厚な大剣、俺は剣に力を纏わせる。

その刀身は反魔の力を受け、魔工の鎧を無効化し容易に寸断。相手の体を大剣ごと切り捨てた。


「さぁ、こっちよ。脱出しましょ。」


騎士団の精鋭による連携を力づくで粉砕した俺たちは、そのまま煙の満ちる地下へと進み、そのまま中央コロニーを脱出。

作戦成功の歓喜と、神々への怒りを胸に地下アジトへと帰還を果たしたのだった。


「......ふぅ、作戦、成功ね。」


ヘルメットを外し、息を吐き出すジェーン。

ジョンはすでにメインモニタに向かい、黙々と入手した「統括履歴」を全コロニーへ同時中継するための準備を急ピッチで進めていた。


モニタの光に照らされたジョンの顔に、これまでにない安堵の笑みが浮かぶ。

アダムも胸の奥で息を潜めていた緊張を解きほぐし、体内で重く脈打つ紫色の魔力を確かめた。

......だが、心のどこかで微かな違和感が拭えなかった。


「いや、しかし、これだけ作戦が上手くいくとはな。」


「あぁ、聖騎士がいる可能性も十分にあったが、なんとかなって良かったよ。」


直後、全員がただならぬ殺気を感じ、固く閉ざされているはずのアジトの入り口へ目を向ける。


『アラート!!アラート!!外部ヨリ未知ノ魔力反応――防壁ガ突破サレマス――!?』


レヴィが発した警告にかぶせるように轟音が響く。


――ドォオオンッ!!


衝撃波とともに、頑丈な地下アジトの分厚い防圧扉が、まるで紙屑のように内側へ粉砕・吹き飛ばされ、レヴィは反対側の壁に激突した。激しい爆風と白煙が室内に吹き荒れ、モニタ群が一斉に不気味な火花を散らす。


「レヴィ!!まさか、追っ手か?!」


煙の奥から足音が聞こえる。静かに、重々しく踏み締められる金属音。白煙を押し退けて姿を現したのは、片手に大げさなほど巨大な剣を握る、全身を重厚な外骨格の如く荒々しい鎧を身にまとった敵の姿。そのただならぬオーラと一目で強者とわかる風貌は、初見でもそれが天界の処刑人『聖騎士』であることがわかる。


『......ご苦労だったな、虫ケラども』


低く身震いするような、冷徹な声が響く。


「尾行はなかったはず......なぜここが解ったの!?」


ジェーンが叫ぶ。しかし、聖騎士は冷ややかな笑みを浮かべるだけで、静かに剣を構えた。


『不思議か? そもそも、南部の騎士団長に情報をくれてやったのは私だ。最初からすべて把握していたのだよ。』


「なに……?」


『お前らが手に入れた統括履歴は、誘き出すための餌に過ぎん。貴様の手にした異物の力、それは貴重なものだ。もっと上手く使ってくれなければ困るからな。試したのだ。』


聖騎士の告げる真実に怒りと混乱が入り混じる。俺たちが命懸けで成し遂げた潜入も、ハッキングも、逃走劇も――すべては手のひらの上の遊戯に過ぎなかったというのか。


「ふざけるな......っ!」


ジェーンは銃を構え、至近距離から爆発魔法を撃ち込んだ。しかし、聖騎士は眉一つ動かさず左手をかざす。目がくらむような閃光とともにすさまじい爆風が過ぎ去ると、そこには何事もなかったように奴が立っていた。


聖騎士の視線が、俺の胸元で脈打つ紫色の魔力へと向けられる。


『......ふむ、上出来だ。虫ケラの器にしては、よく馴染んでいる』


「クソがっ......俺たちをいいように弄びやがって......っ!」


怒りのままにアダムは剣を引き抜き、反魔のバリアを展開して踏み込んだ。だが、聖騎士が振るった大剣の一閃は、先ほどの騎士たちのそれとは比べ物にならない圧倒的な質量と魔力の奔流を伴っていた。


――ガキンッ!!


「......っぐ!?」


魔力を纏った大剣がバリアに直撃した瞬間、圧倒的な圧力の前に魔法を無効化するはずの力が、粉々に砕け散る。純粋で圧倒的な暴力の前に遺物の力は全く通用しなかった。


『矮小な反乱分子が身に纏うには過分な代物だな......まあいい。地上でこれほど暴れられる個体がいるのなら、使い道はある』


聖騎士が冷たく吐き捨て、大剣の柄で俺のみぞおちを撃ち抜いた。肋骨が砕ける音とともに、壁際まで激しく吹き飛ばされる。吐血しながら膝をつく俺の視界の端で、ジェーンは串刺しされていた。

さらに、モニターの乱立するジョンの方へと手をかざし、魔法を次々に打ち込んだ。

その猛攻は一瞬でジョンを瓦礫の下へと押し潰す。


「レ......ヴィ......」


『......魔力回路、駆動部ニ......致命的ナ......損傷アリ』


システムアラートを途切れ途切れに明滅させるレヴィ。ジェーンは血の泡を吐きながら、弱々しく壊れかけた黒鉄のカラスを見つめ、静かに手を差し伸べる。


「......一緒に、戦って......お願い......」


『一緒ニ......タタカウ......タタカウ!!』


レヴィの魔力回路が激しく発光し、明滅していた瞳は光に包まれる。

肉体のほとんどを機械化しているジェーンの元にレヴィを構成していた黒鉄の機械部品が一つ、また一つと融合してゆく。

残っていた生身の肉体がミチミチと不気味な音を立てながら変質し、聖騎士に破壊された骨や臓器が再構成され、異形へと姿を変えた。


『ほう......「魔機成《マキナ》」か。少しは楽しめそうだ』


目の前の凄惨な光景と、ジェーンとレヴィの融合に動揺する間もなく、魔機成《マキナ》となったジェーンと、血反吐を吐き捨て立ち上がったアダムは、聖騎士への反撃を開始する。


――ズズズズドォンッ!!


爆風と火炎の渦が、穴だらけとなった地下空間を充満する。中距離からの容赦ない爆撃。聖騎士の足元が爆炎に包まれるのと同時に、俺は前傾姿勢のまま地を這うように疾走した。


体内の魔力を極限まで循環させる。

迫り来る爆風と、聖騎士が展開した魔法の火線。その直撃を寸前で受け流し、刀身に纏わせた反魔の力で魔法の嵐を掻い潜る。


左右からの同時挟撃。どんな強者であれ、防ぎきれない完璧な死角からの連撃――。


『......呆れたな』


聖騎士の冷徹な声が響く。


「貴様は、その力の使い方を何ひとつ理解していない。」


聖騎士は振り返りもせず、大剣を一振り――横一文字に払った。

そこに放たれたのは、アダムの「反魔の剣」とは比較にならない、空間そのものを寸断するような『反魔の光刃』だった。


上空から爆撃を加えようとしていた魔機成《マキナ》となったジェーンへと、光刃が真っ直ぐに駆け抜ける。

ジェーンが展開しかけた爆撃術式も、黒鉄の重装甲も、何の意味もなさず一瞬で解体された。

空中に縫い付けられたように静止した魔機成の肉体が、胸の下の境界線から滑るようにズレ――そのまま上下に寸断され、地面へと力なく落下した。


楽しみを失った聖騎士は冷徹な視線をこちらに向け、気づけば、目の前にいたはずの聖騎士が姿を消す。


―― ガシッ


直後、背後から頭をつかまれ、そのまま地面に叩きつけられた。

圧倒的な力で為す術なく鎮圧され、意識が遠のいてゆく。


『......私だ。処理は終わった。回収班をよこせ』


何もできなかった。この地上で、何一つ自分たちの意思で動くことは許されなかった。

崩れ行く意識の中で、後悔と憎しみが入り乱れ、地上を支配する天界の神々と聖騎士への復讐を誓うのだった。


―――数年後・獄界―――


「おいっ、起きろ。おい!!」


「ん?あぁ、なんだよ。」


「ずいぶん魘されていたみたいだが、大丈夫か?そろそろ時間だ。行くぞ」


いまだにあの日の夢を見る。目覚めるたびに奴らへの怒りと憎しみが込みあがり、復讐心を日々駆り立てた。


ゆっくりと立ち上がり、このどこまでも続く不毛の荒野を眺める。

ここは地上から見ていた、空のかなたにある衛星「獄界」。

地上を追放された俺はここで天界への反旗の機会を伺っていた。


今はまず、目前の敵。追放者たちを襲う魔獣と、魔族との戦いに身を投じる他ない。

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