序 帝都、春の終わり
――帝崩ず。
それは、ひとつの終わりではない。
記録において、終わりは常に次へと繋がる。
宮廷はその夜、静かに崩れたとされる。
詳細は記されていない。
ただ、多くが失われたとだけ残る。
名を残さぬ者も、少なくなかった。
――帝記より
***
幸せはいつも、
舞い散る桜のように
手のひらからこぼれ落ちていく。
掴んだと思った瞬間には、もう――
風にさらわれている。
今年も、春が終わろうとしている。
***
「……やめて」
震える声は、自分でも驚くほど小さかった。
桜桃は固く閉ざされた扉に縋り付き、恐る恐る扉の鍵穴へ目を寄せた。
熱い。
扉の向こうでは炎が柱を伝い、赤く夜を染めていた。
立ち上る煙が喉を焼く。
誰かが倒れている。
誰かが剣を振るっている。
だが人影が重なり、誰なのか分からない。
聞こえてくるのは、怒号と剣戟の音だった。
金属がぶつかり合う鋭い音。
誰かの悲鳴。
何かが倒れる鈍い音。
身体が震える。
逃げなければならない。
そう分かっているのに、足が動かなかった。
「お願い……」
掠れた声が唇から零れる。
扉の向こうには朝凪がいる。
六花がいる。
だから、目を背けることができなかった。
鍵穴の向こうに見えるのは血と炎だった。
赤い。信じられないほど赤い。
「朝凪……?」
返事はない。
代わりに聞こえたのは、誰かの咆哮だった。
「――っ!」
心臓が大きく跳ねる。
次の瞬間。
炎が、視界を覆う。鍵穴の向こうは赤で染まった。
桜桃は息を呑む。声も出なかった。
ただ震える指で口元を押さえる。
どうして。
どうしてこんなことになったのだろう。
ほんの数刻前まで。
父がいて。
朝凪がいて。
六花がいて。
何も変わらない日々が続くと信じていたのに。




