決めつけは、よくありません
手慰み第数弾、まさかの時間差投稿でございます。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
その日の夜会は、国の公爵家の一つで盛大に行われた。
王弟が婿入りする予定な家だけあって賓客も様々で、侯爵家の令嬢の耳には、ある男がその夜会に招待されているという情報も、伝えられていた。
様々な分野の仕事への人材を育成、派遣する商会を立ち上げたことで、国を跨いだ活躍が知られ始め、この国でも人脈を広げている男だ。
少し前の、同じ公爵家が主催する夜会にも招待されており、実際に参加していたのだが、侯爵令嬢が近づく前に退場してしまったが、今回こそはお近づきになりたいと、がぜん張り切っていた。
なのに今回も男は、パートナーを連れて来ていた。
前回とは違う、黒髪の女性だ。
薄色の金髪の、白皙の美女だった前回と合わせて考えるに、その男の好みは、長身美人、らしい。
それならば、自分にも目はあると、侯爵令嬢はほくそ笑む。
美しい銀髪の令嬢は前回の夜会で、同じような珍しい銀髪が会場にいることでに気付いて興味を覚え、目で追っているうちにその美貌に釘付けになってしまったのだ。
その時に一緒だった女は金髪で美しかったが、妙に表情が薄く、すぐに男から離れて、バルコニーの方へと向かってしまったので、商いをする男のパートナーとしては不適合だと感じた。
それをついつい、本人に抗議してから男友達に足止めを頼み、その隙に男へと接触しようとしたのに、男の方は人脈作りに忙しく、結局知り合う事すらできなかった。
容姿で比べられると、侯爵令嬢の方が劣った前回のパートナーが、その役を外れてくれたのは僥倖だったが、代わりが現れたのはいただけなかった。
しかもそのパートナーは、前の女と同じようにすぐに男から離れ、バルコニーに向かってしまった。
「……本当に、どうしてあんな、商売に関心のない女を、パートナーに選ぶのかしら?」
これは、少し物申してやらなくてはと、侯爵令嬢は男を探す。
目立つ銀髪と大きな体は直に見つかったが、公爵令嬢と婚約者である王弟殿下を前に、歓談している。
今邪魔しては失礼に当たると察し、まずはあの弁えない女を、論破して来ようと思い立ったのだった。
侯爵令嬢がバルコニーに出ると、黒髪の女はぼんやりと夜景を眺めていた。
「?」
既視感があるが、それがどの場面か思い出せず、立ち尽くしていると、女がゆっくりと振り返った。
「あ、失礼いたしました。すぐに退出いたします」
こちらを貴族と見止め、女は丁寧に一礼し、直に場所を譲ろうとしたが、侯爵令嬢はそれを手で押さえて止めた。
「あなた、あちらの商会の方の、パートナーの方よね? そんな方が、会長の傍を離れて休んでいて、よろしいの?」
「何分、このような場に不慣れな上に、わたくしがいても、会長のお役には立てませんので、こうして時を潰しておりました」
また、既視感があるが、それを振り払って目を細める。
「まあ。もしかして、数合わせて選ばれたのですか? それにしては……」
わざと言葉を切り、侯爵令嬢は女を上から下までじっくりと見つめた。
薄紫のシンプルなドレスを、非の打ち所がないくらいに着こなしているが、地味だ。
「華がありませんわねえ。引き立て役としての役にも、立っておりませんわ」
女が目を見開き、持っている扇子で口を隠す。
少しだけ体を震わせてから、静かに返した。
「引き立て役ではありません。この国ではどの社交場でも、招待されたらパートナー同行がルールだと伺っております。会長は既婚ですが、夫人が社交がお嫌いなので、代役としてわたくしが参っているだけでございます」
「そんな言い訳、いりませんわ」
女が再び目を見開いた。
「言い訳ではなく、事実の報告でございます。会長は、ご夫人を溺愛しておられますので、わたくしたちがどんな粗相をしても、気にすることはありませんし」
「少しは、気になさいませっ」
侯爵令嬢は険しい目を向けながら、言い切った。
「大体、その御夫人も、商人の妻としての自覚が足りませんわっ。どうして、社交場で男を立てるという事を、良しとしませんのっ?」
激高した令嬢を、女が目を瞬いて見つめ、首を傾げた。
「それは、わたくしも与り知りませんし、部外者のあなたが責めるいわれは、ありません。何故、一介の御貴族様が、我が商会の会長のパートナーに、物申してくるのでしょう?」
素直な疑問が、令嬢を詰まらせた。
そしてまた、既視感を覚える。
再びそれを振り払い、侯爵令嬢は言い切った。
「あなたはあの会長には似合わない。二度と、彼の隣には立たない方がいいわ。これは、忠告よっ」
「ですからそれは……」
言いかける女を振り払うように踵を返し、会場の方に戻る令嬢と入れ違いに、男友達の一人で、伯爵令息がバルコニーに足を踏み入れた。
目くばせする男友達の目が先客に向かい、近づく大男の迫力に、平民女が立つ尽くしているのが肩越しに見えた。
確実に女を捕らえるのを、見届けるつもりで立ち止まった令嬢は、不意に令息の体が揺らぎ、バルコニーから姿を消したのを見て、目を疑った。
何が起こったのか分からないうちに、階下の方から悲鳴が響く。
少し立ち位置をずらした女が、目を細めて階下を見下ろしていた。
女の傍に駆け寄って階下を見下ろすと、そこには地面に倒れる伯爵令息の姿があった。
一目で絶命していると分かる男友達の下に、もう二人倒れている。
その二人も男友達だが、どちらも息をしているようには見えない。
「……どんな思惑なのかは知りませんが……少し、浅知恵が過ぎますわ、ご令嬢」
優しく、黒髪の女が呼びかけた。
「前回の時は、あの人自身がその危険性を察して移動したからこそ、この惨事は起きませんでした」
前回?
目を見開いた令嬢の目を見返した女は、優しく微笑んだ。
「あの人から、あなたが前回発した言葉を、一句違わず伝え聞いておりました。まさか、同じ言葉を一句違わず頂けるとは、思っておりませんでしたわ」
だからこちらも一句違わず、あの人の言葉を返したという女に恐怖を覚え、傍から離れようとしたが、体が動かない。
「あの人、とは?」
代わりに、衝撃で掠れてしまった声で問いかけたが、答えは知ってた。
「あなたが前回の夜会にこのバルコニーで、先程の令息に階下に投げ落とさせた女性、ですよ」
彼女は、と女は続けた。
「会長の、愛娘です」
「えっ」
「会長のお嬢様を、あなたは手にかけるところだったのですよ」
女はそう言って、階下を指さした。
「勢いをつけて誤って落ちただけで、あの惨事ですよ? 前回、あの人が投げ落とされるままになっていたら、下で受け止めようとしていた令息たちは、もっと原型がなかったと思います」
呆然とする令嬢に、女はダメ押しで微笑んだ。
「良かったですね。外見は殆ど変わらぬままに逝けて。ご令息方は、不幸中の幸いでございました」
まあこれから、死人が鞭を打たれる状況に、陥るかもしれないから、微々たる幸いだが。
そうつぶやいた女は、呆然と立ち尽くす令嬢を見つめ、優しく微笑んでいた。
にわかに騒々しくなった会場内で会長は一人、グラスを手に立ち尽くしていた。
そこに、今回パートナーを買って出てくれた女が近づいて報告する。
「……確定しましたよ。あの人をあんな状態に貶めた奴が」
「……」
「女でした。あなた目当ての」
整った顔に、苦い色が浮かんだ。
前回の夜会で、妻に代わってパートナーとして同伴してくれた娘が、いつまでたっても会場に戻ってこなかった。
騒いだら、逆に娘の非が疑われそうな予感がして、男はそのまま一人で帰宅したが、商会に戻るまでで全側近に娘の現状を通達し終えていた。
そして商会に戻った男に、一つの報告があった。
それは、今いる世界とは全く違う世界の山の中の崖下で、娘を発見したという、最悪な報告だった。
「……雨が降ってまして、随分血が流れてしまっていました。恐らくはそのせいで、随分小さいです」
説明は雑だが、それであらかたの状況が分かった。
娘は主催との挨拶の後、バルコニーの方に向かい、姿を消した。
あそこで、何かしらの騒動に巻き込まれ、突発で姿を移動させなければならない事態に、陥ってしまったのだ。
その予想を裏付けたのは、奇跡的に記憶は無事だった、当の娘本人の証言だった。
「……バルコニーで、何処かの御令嬢に、妙な絡み方をされた後、入れ替わりに入ってきた何処かのご令息に、階下に投げ落とされました。下に人がいたので、とっさに移動したら、あんな場所に出て、崖下に……」
平坦な声が、徐々に小さくなっていたのは、流石に行き当たりばったりすぎたと、反省してくれたためだろう。
「あのご令嬢が、ずっとあんなことをするつもりだったのなら、あの人が気にしてやらなくともいずれは、ああいう落ちがついたはずなんですけどね」
同伴者の女が呆れた声を出し、男を見上げた。
そして、顔をしかめる。
「何か、可笑しいですか?」
「いや」
見下ろした女の瞳を見返しながら、男は小さく笑った。
「助かった」
濃い青色の瞳が、まん丸になる。
「まさか、女装して参加してくれるとは、思わなかったよ。金輪際、同伴者に女は使わないつもりだったのに」
女の……いや、単に女の格好をしただけの小柄な男は、再び顔をしかめた。
「あの人を保護したのは、オレですからね。この件の解決までは、見届けたかっただけです」
どこかの令嬢が絡んでいるとしたら、十中八九、この大男がらみだと踏んでいたので、男として参加しても、食いつかれないのではと考えての、この変装だった。
解決したのだからと女装男は、しっかりと釘を刺した。
「これが、最後です。オレはもう、地球以外での活動には、協力しませんから。そのつもりでお願いしますよっ」
会長はそんな同伴者に苦笑しつつも、返答は保留にする。
これから、この国の王弟に話を持ち込み、国王陛下に事の次第を説明した後、然るべき対処をしてもらう作業が残っている。
その後で、考えればいいと、会長は思っていた。
今は亡き喧嘩仲間の遺伝子を持つ、彼の二番目の弟子との、今後の付き合い方を。
安易な話です。
気にいらない女を、侍らせていた令息たちに屋敷から拉致し、傷物にしようとした令嬢が、しょっぱなで失敗した話でございます。
被害者が、あの天然だけだったからまだよかったし、もう二度と、同じ方法で女性を貶めることは、できなくなりました。




