ー【第3節】神業アレンジの正体がバレないよう「適当に弾いただけ」と誤魔化すが、彼女の目は完全に俺を疑い始めている
第3節 神業アレンジの正体がバレないよう「適当に弾いただけ」と誤魔化すが、彼女の目は完全に俺を疑い始めている
「……あー、ごめん。勝手に弾いて」
俺は努めて平静を装い、PCを鞄に突っ込んだ。
「いや、適当に鍵盤叩いただけだから。偶然、キーが合っただけだよ」
苦しい言い訳だとは自分でも思う。
「適当」であんな複雑な転調ができるわけがないし、「偶然」でボーカリストのブレス位置を完璧に把握できるはずがない。
だが、俺には「陰キャ」という最強の隠れ蓑がある。
音楽なんて詳しくない、ただの素人。そういう設定で押し通すしかない。
俺は逃げるように扉へ向かった。
だが、背後から鋭い声が飛んできた。
「待って」
ミウが俺の腕を掴んだ。
その力は強く、俺は足を止めざるを得なかった。
振り返ると、ミウは俺の顔を至近距離で覗き込んでいた。
さっきまでの「話しかけんなオーラ」でもなければ、「限界オタクモード」でもない。
プロのアーティストとして、真実を見極めようとする真剣な眼差しだ。
「適当? 嘘つき」
彼女は低い声で言った。
「今のコード進行……ただの伴奏じゃない。メロディに対する理解度が深すぎる。それに、あの左手のベースライン……『ノイズ』様の曲でよく使われる進行と、凄く似てた」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
さすが国民的アイドル。伊達に音楽業界にいない。耳が良い。良すぎる。
「そ、そうかな? 俺もファンだからさ、真似して弾いてみたことはあるけど……」
「真似? あんな即興で?」
ミウは目を細め、俺を値踏みするように上から下まで見た。
その視線は、俺の指先に止まる。
PCのキーボードを叩きすぎてタコができた、俺の指。
「……君、本当にただのファン?」
核心に迫る問い。
俺の喉がカラカラに乾いた。
ここで「はい」と言っても怪しまれるし、「いいえ」と言えば終わりだ。
俺は視線を彷徨わせ、たまたまポケットに入っていたペットボトルのカフェオレを取り出した。
とりあえず、何か飲んで時間を稼ぐしかない。
キャップを開け、甘ったるい液体を流し込む。
その瞬間、俺の視界の端に、あの白い毛玉が現れた。
ふわふわだ。




