【第2章】【第1節】音楽室でサボっていたらアイドルが入ってきて、推しの曲(俺の曲)を必死に練習している場面に遭遇してしまった件
第2章 誤解が生んだ神業
第1節 音楽室でサボっていたらアイドルが入ってきて、推しの曲(俺の曲)を必死に練習している場面に遭遇してしまった件
放課後の音楽準備室は、俺にとって唯一の安息地だった。
この学校の音楽教師は放任主義で、鍵の管理が甘い。防音設備が整い、グランドピアノが置かれたこの空間は、騒々しい日常から逃れるには最適のシェルターだ。
俺はいつものようにPCを膝に乗せ、イヤホンをして作曲ソフトを立ち上げていた。
今日の授業中に思いついたフレーズを打ち込む。ドラムのキック音を重ね、ベースのうねりを調整する。
没頭すること数十分。俺の意識は完全に音の世界に沈み込んでいた。
ガチャリ。
重厚な防音扉が開く音と、差し込む夕日の眩しさに、俺は顔をしかめた。
誰か来た? まさか先生か?
慌ててイヤホンを外し、PCを閉じようとしたが、時すでに遅し。
部屋に入ってきたのは、この数時間で俺の精神をゴリゴリ削ってきた張本人、奏音ミウだった。
「……あれ? 音無くん?」
彼女も俺がいるとは思っていなかったらしく、目を丸くしている。
その手には楽譜のファイルと、マイクスタンドが握られている。
なるほど、この時間は誰もいないと思って、自主練に来たのか。
「あ、ごめん。すぐ出るよ」
「いいわよ、別に。私もちょっと声出したいだけだし」
ミウは意外にも寛容だった。
俺が荷物をまとめようとすると、彼女は窓際に行き、軽くストレッチを始めた。
制服の袖から覗く白い手足がしなやかに伸びる。夕日が彼女の金髪を透かし、まるで一枚の宗教画のようだ。
だが、その口から漏れたのは、ため息だった。
「はぁ……なんで上手くいかないんだろ」
ミウがボソリと呟き、軽く喉を鳴らす。
そして歌い始めたのは、俺が先週アップロードしたばかりの新曲『メランコリー・ブルー』だった。
スローテンポのバラードから一転、サビで激しいロックに変わる難易度の高い曲だ。
「♪――錆びついた 感情の 海に沈んで……っ!」
サビの入りで、彼女の声が裏返った。
高音が掠れ、リズムがもたついている。
ミウは悔しそうに顔を歪めた。
「もう一回」
彼女は何度も同じフレーズを繰り返す。だが、その度に喉が締まり、苦しそうな表情になる。
俺は荷物をまとめる手を止めて、その様子を見ていた。
原因は分かっている。
この曲は、俺が自分の音域(男声)に合わせて作ったものだ。ミウのような繊細な女声には、キーが低すぎて響かないし、サビの跳躍が喉への負担になりすぎている。
プロなら移調(キー変更)すればいいのだが、彼女は原曲へのリスペクトが強すぎて、あくまでオリジナルキーで歌おうとしているのだろう。
真面目な奴だ。
だが、聴いている方はたまったものじゃない。
俺の曲が、俺のせいで彼女を苦しめているようで、胸が痛む。
それに何より――音がズレているのが気持ち悪い。
俺は無意識に、部屋の隅に置かれていたシンセサイザーの電源を入れていた。




