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ー【第2節】塩対応だったはずのアイドルが、俺のPC画面にあるロゴを見た瞬間に目の色を変え、凄まじい勢いで食いついてきた件

第2節 塩対応だったはずのアイドルが、俺のPC画面にあるロゴを見た瞬間に目の色を変え、凄まじい勢いで食いついてきた件


 昼休み。

 奏音ミウの周りには、二重三重の人垣ができていた。

 質問攻めにするクラスメイトたちに対し、ミウは完璧なアイドルスマイルで対応している。だが、隣にいる俺には分かった。

 彼女の目が笑っていない。

 時折漏れる溜め息や、机の下で貧乏揺すりをする足。限界が近そうだ。

 俺は巻き込まれるのを避けるため、昼食も取らずにイヤホンをして作業に没頭していた。

 やがて予鈴が鳴り、人垣が散っていく。

 ドサリ、とミウが椅子に座り直した。


「……はあ。ダルすぎ」


 今度は隠そうともしない、ドスの利いた独り言が聞こえた。

 俺は見なかったことにして、DAWソフト(音楽制作ソフト)の画面を切り替える。

 その瞬間だった。

 俺がデスクトップの壁紙に設定していた、自作のロゴマークが一瞬だけ表示された。

 黒い背景に、白線で描かれたノイズの波形と、崩した文字で『NOISE』と書かれたロゴ。

 それは、俺が活動者としてのアイデンティティを確認するためだけに作った、誰にも見せていないはずのデザイン――ではなく、動画のサムネイルとして世界中に公開されているものだ。


「え?」


 隣から、素っ頓狂な声が上がった。

 反射的に横を見ると、ミウが身を乗り出して俺のPC画面を凝視している。

 さっきまでの「話しかけんなオーラ」はどこへやら、その瞳は獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝いていた。


「ちょ、ちょっと君! 今の画面、もう一回見せて!」

「は? いや、これはいま作業中の……」

「違う、壁紙! そのロゴ!」


 ミウの勢いに押され、俺は渋々ウィンドウを最小化した。

 デスクトップに鎮座する『NOISE』のロゴ。

 それを見た瞬間、ミウは「うそ……」と息を呑み、絶句した。

 ヤバい。バレたか?

 俺が『ノイズ』本人だとバレたら、平穏な高校生活は終了だ。ただでさえ目立ちたくないのに、国民的アイドルに特定されるなんて最悪のバッドエンドだ。

 俺は言い訳を高速で検索する。

 ただのファンアートだと言い張るか。それとも、兄がファンなんだと嘘をつくか。

 心臓が早鐘を打つ中、ミウが顔を上げた。

 その頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。


「君も……『ノイズ』のファンなの!?」


「……はい?」


 予想外の反応に、俺の声が裏返った。

 ミウは俺の肩をガシッと掴むと、周囲を警戒するように声を潜め、しかし興奮を隠しきれない早口でまくし立て始めた。


「嘘、信じられない! このクラスに同志がいるなんて! しかもその壁紙、公式じゃ配布されてないやつだよね? ファンアート? それとも初期の限定配布? ヤバい、センス良すぎ!」

「あ、いや、その……」

「私ね、この人の曲がないと生きていけないの。芸能界とかいう泥沼の中で、唯一息ができるのが『ノイズ』様の曲を聴いてる時だけなの。あの攻撃的なベースライン! 世界を嘲笑うような歌詞! まさに神なの! ねえ君もそう思うでしょ!?」


 近い。顔が近い。

 国民的アイドルの美貌が、至近距離で迫ってくる。

 だが、その内容は完全に「限界オタク」のそれだった。

 彼女は俺の正体に気づいたわけではない。俺を「同じ宗教を信仰する信者」だと勘違いし、ATフィールドを全解除して距離を詰めてきているのだ。


「あー……うん。まあ、好き、かな」

「『かな』って何よ! もっと熱量持ちなさいよ! あんな神曲を生み出す尊い存在と同じ時代に生まれて、同じ酸素吸ってるだけで奇跡なんだから!」


 俺は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 目の前で自分のことを「神」だの「尊い」だの崇められる羞恥プレイ。

 しかも相手は、俺なんかより遥かに格上の存在である奏音ミウだ。

 やめてくれ。俺の曲なんて、そんな大層なもんじゃない。

 ただのストレス発散だ。排泄物だ。ノイズだ。

 お前みたいなキラキラした人間に、救いなんて与えられるわけがないんだ。

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