【第5章】【第1節】演奏が終わった直後、涙目のアイドルに抱きつかれ「私の体はもう君の曲じゃないと満足できないの! 責任とって!」と叫ばれて誤解が爆発した
第5章 一生、責任とって
第1節 演奏が終わった直後、涙目のアイドルに抱きつかれ「私の体はもう君の曲じゃないと満足できないの! 責任とって!」と叫ばれて誤解が爆発した
最後の音が、夕焼けに染まる音楽室の空気に溶けていく。
俺、音無リツの指先からは、熱のような痺れが引いていかない。
全力だった。
これまでネットの海に向けて孤独に放っていた『ノイズ』としての音を、目の前のたった一人のためだけに叩きつけた。
その充足感に浸る間もなく、静寂は破られた。
「……う、うわあああんっ!」
子供のような泣き声と共に、柔らかい衝撃が俺の胸に飛び込んできた。
奏音ミウだ。
彼女は俺の制服の胸元を両手で強く握りしめ、顔を押し付けて号泣していた。
「な、泣くなよ。そんなに酷い演奏だったか?」
「ちがっ……違う、違うの!」
ミウは顔を上げ、潤んだ瞳で俺を睨みつけた。その距離、わずか数センチ。
鼻先が触れそうな距離で、彼女は叫んだ。
「最高すぎたの! 良すぎたの! なんで隠してたのよバカ!」
「あ、悪かったって……」
「謝って済む問題じゃないわよ! 私、どうしてくれるの!?」
彼女の理屈は支離滅裂だった。
だが、その熱量だけは火傷しそうなほど伝わってくる。
ミウは俺の胸ぐらをさらに強く引き寄せ、涙声でとんでもないことを口走った。
「責任とってよ! 私、もうリツ君の曲じゃなきゃ満足できない体になっちゃったんだから!」
「――ぶっ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
そのセリフは、あまりにも誤解を招く。
しかもタイミングが最悪だった。
ガラガラッ!
背後の扉が開く音がした。
俺のピアノの音を聞きつけて集まってきた生徒や教師たちが、鍵のかかっていなかった方の扉から雪崩れ込んできたのだ。
彼らの目に映ったのは、夕日の中で抱き合う男女。
そして、国民的アイドルが涙ながらに叫んだ「体が満足できない」「責任とって」というパワーワード。
「えっ、奏音さん!?」
「おい、音無と奏音が……マジかよ!」
「ちょ、責任ってどういうことだ音無ぃぃぃ!!」
野次馬たちの視線が、驚愕から殺意へと変わる。
俺は顔から火が出るほど赤くなり、慌ててミウを引き剥がそうとした。
「み、ミウちゃん! 言い方! 語弊がありすぎるから!」
「だって本当のことじゃない! 他の曲じゃもう感じられないの! リツ君の音じゃなきゃダメなの!」
ミウは聞く耳を持たない。むしろ、興奮してさらに言葉を重ねてくる。
これはもう、社会的な死だ。
明日からの学校生活がどうなるか、想像するだけで胃が痛くなる。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
俺の腕の中で震える彼女の体温と、その瞳に宿る熱烈な光。
それが、「俺の音楽が必要とされている」という何よりの証明だったからだ。
俺は諦めたように溜め息をつき、彼女の背中にそっと手を回した。
周囲の喧騒が遠のいていく。
ああ、もうどうにでもなれ。
俺は覚悟を決めた。この厄介で、愛重なアイドルと心中する覚悟を。




