掌編・『人間合格』
掌編・『人間合格』 橙 修
後輩のYM君に、「この人の”苦悩”などは、毎日の生活習慣を正しくして、禁酒して乾布摩擦でもしていれば凌駕できる程度のもの」と、酷評された。
自分で、「私の苦悩はあんたなんかに簡単に理解できるような浅薄で軽微なものではない」と、論駁するのはたやすい。
自らの生業である文学の、その根幹をなす「生まれいずる悩み」について、思索を重ねて文学的に否定するならともかく、小学生の不登校児への教育的指導の如き浅慮軽率な批判をなされるほどに、僕の文学がナルシズムと軟弱さと生活の乱脈さ、意志の薄弱さ、それのみから生じた、ありふれたひとりよがりなノイローゼ患者の独白であれば、固より、ひとつの悲劇の「典型」、普遍的な真実の個人的な昇華? そうした現代の文学的真実の横溢した世界の、生誕のための正当なプロセスを経ている”ある芸術”として広範な読者を得るはずがない。
創作動機は千差万別…カネのために書く人もいるし、劣等感を吐露して、ノイローゼの治療に裨益させようという方もいる。夏目先生はそのことを広言していた。
鴎外なら、「大衆の啓蒙、訓導」そういう意識が高かったと思う。
YM君の場合は、彫刻家のように、より完成度の高い美しい作品を創造したい、そういう芸術至上主義にも思える。
僕の場合は、ひたすら苦悩を吐露して、それを分かち合える人との共感を共有して、「美と愛」が至純な社会を目指そうという、結局思想のプロパガンダみたいなものかな?…どうも政治家に似ているような発想に…貴族院議員の息子なのはさておき。
俺は暴力と莫迦を駆逐したいんだよ。欲張りな、身勝手な俗物どもをね。
「乾布摩擦」を自分はやっているくせに、平気で弱いやつを踏みつけにするような、サルみたいなやつらをね。
これは戦いなんだ。 昨夜、夢を見たよ。 「最後の審判」の時が来て、いわゆる”ハルマゲドン”の嵐が巻き起こる。 大いなる大文字のGodが降臨して、大法廷が開廷して、すべての存在が裁かれていく…
で、俺は、一匹の羊なんだが、神様に「合格」の烙印をペタッと押してもらった。
いや、焼き印だから焼き付けられたんだ。
人間、合格。…坂夢か正夢かわからないが、われらの勝利のとき、凱歌を上げるべき時は近いと、俺は思っている。
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