第8話 「解散」
俺は、男の腕の中から聖剣を抜き取った。
血で汚れた部分を水魔法で洗い、ローブで拭いた。
なぜか虚しかった。
もし相手が魔族なら、きっと何も思わなかったことだろう。
他人の剣を盗むなど言語道断だ。
なら人族であればいいのか。
いや、そこではない。
人族の社会に入り込んだ。
少しだけだが、それでも入った。
なのに、俺は数十人も殺した。
この顔を晒したときの、恐怖に血塗られた男の顔が浮かぶ。
目を見開いて、体を震わせて、こちらを見ていた。
俺は部屋を出て、ドアを閉めた。
何事もなかったかのように。
「ロベル⋯⋯」
アリアがそこにいた。
こちらをじっと見つめている。
至るところに血が飛び散っているが、特に気にはなっていないようだ。
「聖剣は取り返した」
「そう」
日常会話のような、そんな返答だった。
アリアはそれだけしか言わなかった。
「戻るぞ」
彼女の腰を掴む。
「ちょ⋯⋯」
空へ跳んだ。
星が煌めいていて綺麗だった。
赤い光、青い光、白い光、花のように咲き誇っている。
だがそれらは遠く、手を伸ばしても届きそうになかった。
この血塗られた手では、到底⋯⋯。
店の横の狭い路地に着地した。
誰が捨てたのか分からないゴミが散乱している。
生モノが腐ったような臭いがする。
「おい!! 奴らはどこだ!!」
「ああ!? なんだてめぇどけや!!」
「大人しくしろ!!」
あの店がある大通りがこちらから見えるが、何やら大勢の人間がごった返している。
ガラの悪い奴もいれば、騎士のような見た目をしているやつもいる。
道を埋め尽くすほどのお祭り騒ぎだ。
この街一帯を支配していた大盗賊団の本部が壊滅したんだ。
様々な勢力が様々な思惑を手に集まっているのだろう。
「行くの?」
「ああ」
「でもあいつらが探して⋯⋯」
「構わん」
そのとき、金髪の青年らしき人物が見えた。
狭い路地の隙間から、かすかに、一瞬だけ、大通りを横切ったのが。
俺は駆け出した。
「ちょっと!」
アリアの声を無視し、大通りの人混みに入り込む。
多くの店が軒を連ね、色とりどりの明かりに飾られた夜の街。
無数の人々。
人混みに混ざる。
四方八方から押しのけられる。
潰されないように体に力を入れ、決して手放さないように聖剣を握った。
「てめえ!! 押すんじゃねえよ!!」
ガラの悪そうな男が叫ぶ。
無視する。
「殺すぞオラァ!!」
似たような男が叫ぶ。
無視する。
押しつぶされそうだった。
右左からやってくる圧力に流されそうだった。
足を踏みしめる。
大通りの向こうを見渡した。
金髪の人間なんぞいくらでもいる。
誰が誰かなんて皆目検討もつかない。
「カイン!!!」
俺は叫んだ。
ごった返す怒鳴り声や無数の人々の話し声にかき消され、夜の闇に溶けていく。
「カイイイイイイイインン!!!!!」
再び叫んだ。
届かない。
どこまで叫んでも、目の前に壁があるみたいに跳ね返される。
どんなに力を振り絞っても、壊せない壁がある。
体が熱かった。
重なる体温の熱気、押し合う人間たちとの摩擦、何より、体を侵食していく無力さへの怒り。
見失った。
もう何も分からない。
何も見えない。
何もできない。
カインは消えた。
あっさりと。
俺たちの前から。
‐‐‐
敵の追跡を躱しつつ、表通りへ戻った。
道中ずっと慌ただしく、多くの人間が入り乱れていた。
しかし、大広場に着くと静寂で、別の世界に迷い込んだかのようだった。
アリアの教会に戻った。
もう真夜中だ。
「ロベル⋯⋯空いている部屋はあるから、もうこんな時間だし⋯⋯」
「いや」
俺は断った。
「そっか⋯⋯」
アリアは家の方を見ている。
俺は疲れていた。
体も、心も、疲れていたんだ。
一人になりたいと思った。
入口の両端に立つ女の像がこちらを見ている。
責め立てられているような気がした。
場違いの存在がここに来て、失って、何をしているんだ、と。
「じゃあ、俺はあの小屋に戻る」
「ええ」
俺たちは別れた。
暗闇に消えていくように、王都から出た。
その後、数日間、カインを探したが、見つかることはなかった。
俺たち二人は、次第にやる気を無くしていった。
あいつは強いから死ぬことはないだろう、という楽観的な、薄情な気持ちに落ち着いた。
いや、二人とも、心にのしかかる不安に耐えられなかったのだろう。
することもない俺は、一度故郷に戻ってみようと思った。
滅びた後にどうなっているのか、気になっただけだ。
そして旅立ちの日、アリアは笑顔で言った。
『また戻ってきてね』と。
返事はしなかった。
俺は聖剣を預け、アリアと別れた。
この日、勇者一行は解散となった。




