第4話 「旅の終わり」
大広場は湧いている。
屋台の店主は踊り狂い、ベンチに座る恋人たちは抱擁を交わす。
建物から無数の人々が殺到し、地面が抜けるほど飛び跳ねる。
巨人が大地をひっくり返したかのように場は揺れた。
カインは棒立ちのまま、何も言わない。
目を見開き、騒ぎを見つめている。
アリアも同じで、当然、俺も。
「万歳!!」
「万歳!!!」
「万歳!!!!」
騒ぎは収まらない。
何が起きた?
魔王城が壊滅?
そんな馬鹿なこと⋯⋯。
混乱した。
ぐちゃぐちゃとした思考が頭に詰まり、正常な思考回路を奪った。
言葉が抜け落ちた。
感情が焦げ付いた。
体が動かない。
「行ってくる」
カインは言った。
すでに歩き出していた。
「ちょっと、どこへ?」
アリアが着いていく。
「王の元へ」
きっぱりと言った。
早口で、一刻も早く真実を知りたいという風だった。
アリアは辺りを見回している。
「そうね⋯⋯分かった。あ、ロベルは宿屋にいて。すぐ戻るから」
俺は頷いた。
返事は出来なかった。
ただ漠然と、二人の背中を見つめていた。
広場は湧いている。
その熱狂は次第に大きくなっていった、
カインは道行く人にぶつかりながら、王城へと歩いていった。
‐‐‐
宿屋に着いた。
もうすぐ昼。
ここは大広場の近くにあるため、あの喧騒は未だに聞こえている。
鬱陶しく感じ、窓を閉めた。
そして剣を後ろの壁に立てかけ、椅子に座った。
ボロい木で出来た椅子で、背もたれがミシミシと音を立てた。
天井を見つめる。
何の模様もなく、土のような色をしている。
奴は死んだのか。
誰かが倒したのか。
分からない。
出発する直前だった。
必ず魔王を倒そうと、前日には誓いを交わし、当日にはその決意を確かめ合った。
カインなら倒せると信じていた。
アリアがいれば安心だ。
三人なら⋯⋯。
突然、道が途絶えたかのような気持ちだった。
向こうは崖の下。
そしてそこには何も無い。
真っ暗闇。
しばらく時間が経ち、バタン、と音がした。
体が飛び跳ねる。
咄嗟にドアの方を向いた。
二人が立っていた。
どちらも神妙な顔をしている。
そのまま部屋の中に入り、ベッドに腰掛けた。
重苦しい沈黙がのしかかる。
なんと切り出して良いか分からなかった。
この空気を振り払う方法を知らなかった。
「死んだって」
カインは言った。
「魔王が?」
俺は言った。
「ああ」
「そうか」
ぽつりと言葉は落ちた。
部屋の中に舞い、バラバラに砕けた。
窓の外からは、歓喜の声が聞こえる。
「僕たちはもう、用済みだってさ」
カインは言った。
その声には、何の感情もこもっていなかった。
「そうか」
俺は答えた。
ただ言葉を発しただけだった。
窓の外からは、祝福の歌が聞こえる。
「とりあえず⋯⋯今日は、休もう」
アリアは言った。
おもむろに立ち上がり、ベッドの脇に置いてある荷物の整理をし始めた。
何かを取り出しては戻し、また何かを取り出しては戻し、延々とそれを繰り返していた。
それからとくに会話はなかった。
各々が一人の世界に入っていて、殻の中で過ごしていた。
同じ部屋にいるのに、三人の間には仕切りがあって、互いに干渉出来ないように、されないように、それぞれがそうしていた。
‐‐‐
あれから数日が経ち、俺はあの小屋にいた。
いつまでも宿屋に泊まっているわけにもいかないので、カインに貸してもらったのだ。
魔王は死んだ。
火山の噴火だ。
魔王城の後ろにそびえ立つ、破壊の象徴によって城ごと壊滅させられたのだ。
あまりにも呆気ない。
それが奴の最後だった。
とくに思うことはなく、『ああそうか』という感じだった。
それよりも生きる目的を失ったことの方が堪えた。
二人とのことも含めて、彼らとの旅を待ち望んでいた自分がいた。
だからこれからどうするか、それが今の悩みの種だった。
大して口に合わない動物を森で狩り、適当に食事をする。
暇を明かして歩き回り、夜が来れば小屋で寝る。
そんな日々。
俺は、いつものローブに身を包み、すっぽりと角を隠した。
壁に立てかけてある剣を背中に背負う。
扉を開けた。
王都に行くのだ。
また二人に会いたい。
それだけだった。
‐‐‐
教会の前に来た。
茶色い扉が出迎える。
相変わらず中には入らせてもらえないが、庭に入るくらいなら良いらしい。
ノックをする。
「あ、ロベル」
出てきたのはアリア。
以前とは違い、輪っかの紋章が入った真っ白い大きな衣装を身にまとっている。
動きにくそうだ。
「数日ぶりだな」
「ええ、元気そうね」
アリアは微笑んだ。
「カインは?」
「庭にいると思うけど⋯⋯」
そのとき、水が弾けるような音がした。
後ろを振り向くと、地面にすっ転んでいるカイン。
「大丈夫か?」
俺は近づく。
「おう、ロベル! 元気だったか?」
「ああ」
すっ転んだままカインは答えた。
あのときの悲壮感はもう見せず、明るい性格に戻っていた。
それが何より嬉しかった。
彼は、アリアの生まれ育った教会で働かせてもらえるようになったらしい。
内容は雑用だが、何もしないよりマシらしい。
住む場所も与えられているため、とりあえずはこの生活を続けたいと。
「おいカイン!! またやったのか!!
大事な水だって言っただろ!!」
怒鳴り声がした。
教会の裏から、アリアと同じ服装をしている男が出てきた。
少し禿げ上がっていて大柄だ。
「すいません⋯⋯」
カインは立ち上がり、頭を下げた。
「お前さあ⋯⋯二日連続で遅刻して、仕事中もヘマばかり。
何度言ったら気が済むんだ? ええ?」
男は腕を組み、何度も何度も説教を垂れている。
顔は真っ赤。
「お父さん! そのくらいにしてよ。
カインも頑張ってるんだから」
アリアが言った。
そうか、父親か。
「ハッ!! だから何だ!!
いいかアリア。この男のことが好きなら諦めろ。
俺が許さん」
「そんなんじゃないって!!」
アリアも強く反抗する。
そしてカインのもとに駆け寄り、心配そうに見つめている。
ドシドシと音を立て、アリアの父は去っていった。
怒りは静まっていないようだった。
「はは、また怒られちまった。
ごめんなロベル。見苦しいとこ見せて」
「いや、構わんが」
体に付いた泥を振り払いながら、カインは笑った。
それから一時間ほど経ち、俺が庭の長椅子に座っていると、カインがやってきた。
もう昼を過ぎていて、綺麗に晴れた青空が頭上に広がっている。
「終わったのか」
「ああ、午前のはね。とりあえず休憩をもらったよ」
カインは笑った。
ただ、口角を少し上げただけで、目元はあまり動いていなかった。
「その剣、ずっと身につけているのか」
「そりゃあ、聖剣は勇者の証だから。こいつを持っていると何だか力が湧いてくるんだ。
寝るときだって手放したくない。いや⋯⋯違うな⋯⋯」
「不安なんだ」
そう言うと、カインは剣の持ち手を握った。
知らない土地を訪れた子どもが、母の手を強く握るように。
「怒られないのか?」
「最初は言われた。でも、もう諦めたみたいだ」
「そうか。気持ちは分かる」
「え?」
「魔族にとって剣は命だ。全員が必ず一振りは持つ。
そして墓場まで持っていく」
「へえ、僕もそうしようかな」
聖剣を両手に持ち、カインは言った。
じっと見つめている。
「旅はもうしないのか?」
「今のところはね。少なくとも僕の生きている時代ではもう、魔王は出てこない。
勇者はお役御免だ。戦うことなくね」
「王から仕事を貰えないのか」
「ないね。そもそも平民出の僕は嫌われてたし、任務も失敗したんじゃ誰も雇ってくれないよ」
カインは言った。
自分を嘲笑うかのような言葉だった。
気持ちの良い風が吹いた。
頭に被ったフードをゆらゆらと揺らす。
ローブの中まで風が入り込み、全身をひんやりとした空気が包んだ。
「あ、そろそろだ。
失敗してばっかの分、頑張って取り返さないと」
「頑張れよ」
「ああ、そうだ。明日時間ある?」
「なんだ?」
「手伝ってほしいことがあるんだ」
俺が頷くと、カインは教会に入っていった。
中から怒鳴り声が聞こえ、ヘコヘコと謝る声がこちらまで聞こえた。
俺は立ち上がる。
少しだけ、以前のカインとは違う気がした。
だが、生きていけるならそれでいい。
またここで会えるならそれでいい。
魔王も、勇者も、いなくていい。




