第3話 「旅立ち」
翌日、王都に入った。
なるべくフードを深く被り、バレないように気を遣う。
全身漆黒の姿はこれはこれで怪しいと思ったが、せっかく貰ったのだから気にしないことにした。
「どう? ロベル」
勇者が俺に聞いた。
「ああ、ここは凄いな」
道の両端にずらっと店が並び、それらを圧迫するように大勢の人が行き交っている。
魔族の国にここまでの活気はなかった。
「あ、ちょっと待ってて」
カインはそう言うと、店の方に走っていった。
俺と女は立ち止まる。
会話はない。
というか、出会ってから一言も喋ってない。
「はい、これ」
戻ってきた勇者が言った。
渡されたのは、焼いた肉を串に刺したもので、とろっとした茶色いものがかかっている。
俺は口に入れた。
「どう!?」
微妙だった。
幼い頃からシンプルな魔物の肉しか食ってこなかった俺には味付けが濃すぎるし、一度噛んだだけで無くなってしまいそうな柔らかい肉は食べた気がしなかった。
「ここの名物でさ!! 自慢の味なんだ!!」
笑顔で言った。
「ウマかった」
「そうか!! このために連れてきたんだよ!!」
そう言うと嬉しそうに飛び跳ねて、横を通った人にぶつかっていた。
怪訝な目で見られている。
「違うでしょ。教会に行くの」
「あ、そうか」
旅の無事を人族の神に祈るのが通例らしい。
「他に仲間はいらないのか?」
俺は言った。
「そりゃ欲しいけど⋯⋯やっと勇者が現れたと思ったら任務は失敗、仲間も一部死亡、協力してくれそうな伝手はあったけど、もう誰もやりたがらないよ」
カインは疲れたように言った。
「そうか」
「だが今回はロベルがいる。こんな強力な助っ人はいないさ」
「あまり期待するな」
そう言うと、カインは笑った。
奴は歴代最強の魔王だとか言われていた。
もちろんカインが強いのは分かる。
だが、どうなるかは分からない。
「ほら、さっさと行く⋯⋯」
と、女は何かを言いかけてやめた。
隣を見ると、体が斜めに傾いていた。
「危ない」
俺は肩を支えた。
柔らかい感触が手を包んだ。
「あ⋯⋯」
と、また何か言おうとしたが、バシッと手を払われた。
睨まれる。
「触らないで」
女はそう言うと、
「行くわよ」
スタスタ歩いていった。
「ごめんな、あいつは教会で生まれ育ったから、魔族に対する敵対心が強いんだ」
「そうか」
俺も、人族がどれだけ酷い種族かは何度も教えられてきた。
最初に会ったのがカインでなければ、かなり苦労してただろう。
そうやって自分に言い聞かせつつ、彼女の後を追いかけた。
‐‐‐
大広場に着くとさらに大きな人だかりが出来ていた。
見世物をしている人間、旅の休憩をしている人間、より雑多な集団がいくつも場所を占めていた。
しかしここは素通りし、広場の外れの方まで進む。
左右を建物に囲まれた幅の狭い路地。
石畳を歩く音が響く。
「ここだ」
路地を抜けて開けた場所に出ると、カインは言った。
青い屋根をした、小さな白い建物があった。
先の尖った塔が一本生えており、大きな時計がついている。
また、周囲を黒い柵が囲み、羽の生えた女の像が門の両端に立っている。
「アリアが生まれ育った教会。僕も通ってた」
「入っていいのか? 俺も」
カインは渋い顔をした。
「そうだな⋯⋯」
下を向く。
「駄目に決まってるじゃない!!」
女が言った。
「いや⋯⋯でも」
「バレたらとんでもないことになるわ」
「それは王都の中も同じだろ?」
「違う」
絶対に譲らないらしい。
仕方ないだろう。
逆の立場なら魔族も同じことを言う。
「俺はここで待ってる」
「⋯⋯そうか、ごめんな。祈りだけはしておきたいんだ」
カインは言った。
女はすでに門の中へと入っていた。
「カイン、早く」
「ああ、分かってる。じゃあロベル、すぐ戻るから」
二人は教会の扉を開け、中に入っていった。
俺は取り残された。
柵の前に座り込む。
目の前には家々が立ち並び、子どもの声がかすかに聞こえる。
魔族の国にはこんな街など存在しなかった。
もっと無骨で、無色で、剥き出しの生活感を帯びていた。
だがここは美しい。
人族の心もそうなのだろうか。
分からない。
しばらくぼーっとしていると、老婆がこちらに歩いてくるのが見えた。
ブーメランのように腰が曲がっていて、今にも折りたたまれてしまうのではないかと思うほどだった。
フードを深く、被る。
さらに下を向き、老婆が横を通るのを待った。
カツ、カツ、と杖の音が響き、じっくりと前に進んでいるのが分かった。
行ったか?
顔を上げる。
門の中を見る。
扉の前の階段で立ち尽くしていた。
ため息をついていた。
辺りをキョロキョロと見回している。
助けようと思った。
でも、体は動かない。
カインは良いやつだった。
でも、全員がそうではないことは、魔族も同じだ。
それは分かっている。
ただ、悪いやつばかりでもない。
それも、魔族と同じか。
俺は立ち上がった。
門の前。
女の像がこちらを見ている。
一応そいつに一礼をし、門の中に入った。
「腕を」
俺は言った。
老婆はこちらを向いた。
「ああ、ありがとうね」
笑顔だった。
カイン以外から向けられた、初めての笑顔。
「いや⋯⋯」
気の利いた返事は出来なかった。
出された腕を無言で取り、階段を上がりきるまで体を支えた。
「お世話になりました」
扉の前につくと、深々と礼をされた。
これ以上腰が曲がると危ない気もしたが、老婆は器用に頭だけを下げていた。
「ああ」
ぽつりと返事をしつつ、同じように礼をした。
そそくさと門の外へ出る。
座り込む。
全員のことは分からない。
だが、たった数人でも良いやつがいるのは、俺にとって救いだった。
少しだけでも溶け込めている気がした。
数分が経った。
たくさん人が訪れるわけではないようで、あれ以降誰もここを通ることはなかった。
そろそろ祈りも終わる頃だろう。
「ちょっと」
ぼんやりしていると、横から声がした。
見上げると、女が立っていた。
手には銀色の輪っか。
「何だ?」
女は答えない。
艷やかな黒い髪を、指でいじっている。
もしかして、中に入ったのがバレたのだろうか。
さっきの老婆が⋯⋯。
すると、女は俺の隣にしゃがんだ。
「手、出して」
「手?」
「いいから」
右手を出した。
「違う。手のひらをこっちに見せるように」
従った。
拷問として、千の針でも刺されるのだろうか。
それとも指を斬り落とされるのか。
どちらも苦痛だ。
だが、俺は人族の神に逆らった。
受け入れるしかない。
女は、しばらく俺の手を見ていたが、やがて輪っかを自身の左手に通し、その手をこちらに合わせてきた。
互いの手のひらが密着し、体全体に温もりが伝わった。
心に、橋が渡された気がした。
「これは⋯⋯」
「こうやって祈るの。
中には入れないから、ここで我慢して」
そう言うと、瞼を閉じた。
風がそよぎ、まつ毛が揺れ、その僅かな変化を見逃さないよう俺は、じっと見つめた。
「はい。終わり」
手が離れた。
ひんやりとした外気が手のひらに伝わって、かすかに残っている温もりと混ざった。
「どうも⋯⋯」
俺は言った。
「いや、こちらこそ⋯⋯お祖母ちゃんを助けてくれて」
先ほどの老婆の顔が浮かぶ。
「それと」
「ごめんなさい」
彼女はぽつりとそう言うと、門の中に入っていった。
俺は取り残された。
目の前の景色を見た。
さっきよりも、美しいと思った。
‐‐‐
「よし、準備完了だ」
数日後、俺たちは大広場で最後の準備をしていた。
武器の整備や食料の確保、それくらいは協力してくれる人がいるようで、二人は多くの人と会っていた。
今も、旅立ちを出迎えてくれる人が周囲を囲っている。
「あと少しで出発だ」
カインは言った。
「ええ」
アリアは言った。
「大丈夫か、ロベル?」
「問題ない」
俺は言った。
荷物を肩にかける。
「最後に、一つ聞いていいか?」
俺がそう言うと、カインは頷いた。
「どうして、勇者になった?」
ずっと気になっていた。
魔王という存在がいるように、勇者という存在がいる理由。
奴のことは分からなかった。
だから、知りたい。
「他に何も出来なかったんだ」
カインは言った。
「何も?」
「ああ、勉強も、働くのも、何も出来なかった。
でも戦えば、誰よりも強かった。
人族の子どもは伝説の勇者に憧れる。
最初に魔王を倒した勇者さ。
向いてると思ったよ。
実際、誰も僕には敵わなかったから」
続ける。
「そしてついに選ばれた。
みんなからは笑われた。
『お前なんかに出来るかよ』って。
『力しか無いくせに』って。
だから言ってやった」
『でも、僕は勇者だ』
「そんときの顔は忘れられないね。
まさに芸術だった」
悪戯っぽく笑う。
「だからこそ、必ずやり遂げる。
僕が唯一、出来ることだから」
強く、気高い瞳だった。
俺は責務から逃げた。
カインは自ら勇者になった。
歴然とした差を、そこに感じた。
圧倒的な勇気を。
「思い出話は、戦いが終わってから」
アリアは言った。
カインは笑った。
俺も笑った。
ついに、旅立ち。
再び奴と会う。
必ず、俺たちの手で⋯⋯。
そのときだった。
大広場の一角がざわめいた。
波が打ち寄せるように、人の塊がぐにゃりと揺れた。
大歓声。
その中から、一人の男が駆けてくる。
両手を振りながら、叫んだ。
「壊滅!!」
「壊滅!!」
「魔王城が、壊滅したぞ!!!!!」
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