第13話 「魔王 対 勇者一行」
カインはそう言った。
その声は、少し弱々しく、しかしその奥には熱いものを感じた。
「カイン⋯⋯?」
顔を上げて、アリアが言った。
そしてゆっくりと立ち上がり、恐る恐る俺の背後に回る。
「カイン!!」
嬉しそうな、悲しそうな声が聞こえた。
「遅いじゃない⋯⋯」
「ごめん」
申し訳なさそうな声の反面、俺の背後で突き立てられている剣は微動だにせず、その姿勢を保っているのが感覚的に分かった。
「勇者よ、なぜお前はここに来た?」
「お前を倒すためだよ、ロベル」
はっきりとした声音が伝わってくる。
ああ。
こいつは、元に戻ったのだな。
「安心したよ」
俺はそう言うと、右足を地面に叩きつけた。
地割れが起きる。
前方に跳ぶ。
着地し、振り返る。
そこでついに、カインの姿を認めた。
服はボロボロで、靴は泥だらけ、顔には疲れが見える。
これから魔王と戦う者とは思えない姿。
それでも現れた。
口の端が、上がるのを感じる。
二人を見た。
ひび割れた地面を中心に、俺たちの距離は空いている。
最初はこうだった。
二人と俺、人族と魔族、決して分かり合えることはない。
そして今は、この距離が心地いい。
存分に、戦える。
俺は剣を構えた。
「最後に一つ」
カインはこちらに剣先を向ける。
「どうして、魔王になった?」
俺は剣を握り、笑みを作る。
「人族を、滅ぼすためだ!!」
右足に力を入れ、跳んだ。
カインは剣を構える。
その速度、形、全てが、これまで戦ってきた奴らと異なるのを感じ、全身の血が湧き上がった。
鋭い音が鳴り、二つの剣が交差する。
返ってくる重みに耐える。
目と目が交差した。
カインの青い目が、氷の槍のように俺を射抜く。
一切の怯えもない、勇敢な目。
しかし、肝心の力は物足りない。
重みが足りない。
剣を払った。
地面と平行に剣を構え、一歩踏み込む。
人間の骨ごと破壊し、心臓を貫通させる。
突きは虚空を突き刺した。
しかし、カインの服をかすかに擦った。
あと少しタイミングが早ければ、直撃していただろう。
構えを戻し、避けたカインを追尾する。
剣撃を加え、鉄と鉄がぶつかり合う。
やはり軽い。
剣術は流石だが、体の動きが悪い。
当然か。
しかし、手加減するつもりはない。
曲がりなりにも魔王軍を背負っているのだ。
命の取り合いに手を抜けはしない。
「ぬるいぞ」
相手の息がかすかに切れているのを感じた瞬間、全力の一撃を叩き込んだ。
しかし、今度はあっさりと避けられた。
時間が早くなったような錯覚を覚えると同時に、カインの速度が上がったのだ。
体は青い光に包まれている。
アリアの補助魔法か。
彼女はカインの後ろに位置取り、常に何かを唱えている。
聖剣が横から飛んできた。
剣速も上がっている。
リズムを修正し、剣を合わせる。
お互いの呼吸が重なっていく。
一撃が入った。
空中に血が飛び散り、カインの顔が歪む。
同時に、緑色の光が現れる。
みるみる傷が治っていき、元通り。
回復魔法か。
であれば⋯⋯。
俺は再び、地面に片足を叩き込む。
カインのバランスが崩れた。
そして聖剣を弾き、右に体勢を崩したと同時に、横をすり抜けた。
後ろにいたアリアを捉える。
彼女は杖を構え、次の補助魔法を使おうとしていた。
「アリア!!」
カインが叫ぶ。
まずはお前からだ。
人族の回復魔法は脅威。
攻撃しても攻撃しても起き上がられては困る。
間合いを詰めた。
アリアの目が見開き、こちらを大きく見つめる。
一瞬の動揺を見せる。
カインは体勢を起こしただろうが、その速度は同等。
間に合わない。
上に剣を構え、振り下ろした。
重心が前に移動し、全力の重みを帯びた一撃を放つ。
生身の人間なら真っ二つ。
岩でも鉄でも切断する。
直撃の寸前、違和感。
何かを感じたが、それは風のように過ぎていった。
鋭い音が鳴る。
ハンマーで鉄を打つような音。
体を両断するときの感触はない。
とてつもなく硬いものに弾かれた感覚。
気づけば、目の前に灰色の透明な壁が現れていた。
その裏には、アリアの開いた手が見える。
魔法陣が描かれている。
「舐めないで」
アリアは言った。
なるほど。
防御魔法を自動発動する機構か。
そして見事に剣撃は弾かれてしまった。
だが、無限に使えるわけじゃないだろう。
その証拠に、手のひらの魔法陣は次第に消え始めていた。
もう片方の手にあるとすれば、あと一回。
厄介だな。
『聖なる力は、炎に転じる』
先ほど唱えていた詠唱が終わった。
俺は振り返る。
高く剣を構えたカインが肉薄していた。
赤い光が体を包んでいる。
燃えたぎるような熱さを感じる。
聖剣が振り下ろされる。
先ほどの何倍も、刀身が大きく見えた。
寸前で防ぎ切る。
重い。
さっきまでとは比べ物にならない力。
巨大な岩でも支えているような。
押し切られる。
しかし、ギリギリの所で流し、横に跳んだ。
耳をつんざくような音が鳴り響く。
刃のような風が発生し、背後にあった建物に亀裂が入った。
咄嗟に視線を戻し、その崩壊の音を背中で聞く。
距離を取る。
少しの興奮と、死への恐怖が混ざり合う。
人生で味わったことのない濁った感情。
その裏にある、戦いの高揚感。
気づけば、アリアはすでにカインの裏に回っている。
決して陣形を崩さぬように、前に出過ぎぬように。
見くびっていたはずはない。
ただ、彼らの戦うところを一度も見たことがなかったからか、勇者一行というその重みが、全力を持って今、肩にのしかかっていた。
「顔色が変わったんじゃないか? ロベル」
カインは言った。
「ああ、想像以上だ」
「まだまだこれからさ!!」
「こちらもな」
俺は地面に片手をついた。
一瞬で魔力を集中する。
地中の奥深くまで浸透させる。
『土城』
大広場を囲うように、四方八方から巨大な土の壁が出現する。
空を目指すように伸びていく。
地面もせり上がる。
二人は冷静に距離を詰め、分断されないようにしている。
床が静止した。
一度大きな揺れを起こすと、一切の震動を止めた。
周囲では地鳴りのような音が鳴り続け、数秒後、止まった。
土の壁に覆われ、辺りは真っ暗闇。
すぐ後ろにある椅子に、俺は座る。
そして、手を左右にかざす。
炎が灯った。
幅の広い縦長の部屋が現れる。
何の装飾もなく、ただ広いだけの部屋。
両側の壁には先ほど灯した炎の列。
「何だここは⋯⋯」
カインとアリアは、俺を目の端で捉えつつも、一瞬だけ周囲を確認した。
「どうだ」
俺が問うと、カインは一瞬固まり、答えた。
「⋯⋯やってくれるじゃねえか」
その顔には、かすかな笑顔。
自嘲と苛立ちの笑み。
「嫌な記憶が蘇ったか? かつての」
「敗北の記憶が」




