第12話 「侵攻」
城壁の前。
俺は馬に乗り、数千の兵を引き連れている。
災いを免れた者たち、別の場所に散らばっていた者たちをかき集めてここまで来た。
ミガルドはもう少し準備をしようと言っていたが、俺は侵攻することに決めた。
後ろを見渡す。
気持ちよく晴れた青空、大地には我が軍勢。
緊張の面持ちをしている奴もいれば、楽しそうな奴もいる。
怒りに打ち震えている奴もいる。
俺は魔王になったのだ。
そう実感した瞬間、目に涙が溜まるのが分かった。
頭に浮かぶのは父の記憶。
死んだと聞いたときは、何とも思わなかったのに。
剣を抜いた。
気合を入れる。
戦いの狼煙を上げる。
左手を前に打ち出した。
炎の球が現れる。
ゆっくりと熱を帯び、肥大していく。
やがて、巨大な炎の星となった。
解き放つ。
爆発音が響き、周囲の空気を灼いていく。
高速で打ち出されたそれは、城壁に直撃した。
大地が揺れた。
馬が鳴く。
城壁の一部が破壊され、内部が見えた。
逃げ惑う人々、阿鼻叫喚。
奥から聞こえる蹄の音。
「行くぞ、ミガルド」
「はい」
俺は、剣を掲げた。
「進めぇぇぇぇぇ!!!!!」
掛け声とともに前進した。
兵士も声を上げる。
砂埃が霧のように舞った。
国王軍が湧き出てくる。
向こうも声を上げ、猛然とこちらに迫る。
両軍が激突した。
俺は先陣を切り、敵兵をゴミのように斬り倒していく。
無限に湧いてくる相手を押し込むように進んだ。
兵士の声がこだまする。
国王軍は統率をとれていないようで、一気に懐深くまで入り込めた。
逃げ惑う者やその場から動けない者までいて、戦いではなくもはや虐殺だった。
門の近くまで突破したとき、一際豪華な鎧を着た男が現れた。
紋章のようなものを肩に下げている。
目が合った。
男は目を見開き、固まっていた。
顔は青ざめていき、歪んでいく。
「あああああああ!!!!!」
男は剣を抜き、叫んだ。
それは恐怖だった。
真っ黒い恐怖が、口から飛び出していた。
首を跳ねる。
血しぶきが上がり、上空に頭が舞い上がる。
それを目の端で捉え、横をすり抜けた。
市街地に突入する。
‐‐‐
大広場にたどり着いた。
焼いた肉の匂いもない、踊り狂う人々もいない、通りを歩く男女もいない。
以前ここを訪れたときとは比べ物にならないほど閑散としている。
ただ、真っ白い鎧を纏った人間たちが出迎えてくれていた。
魔法騎士団か。
その数、百人ほど。
他国との戦いにおいて最も戦果を上げてきた者たち。
少数精鋭ながら、周囲の国々に恐怖の種を植え続けてきた戦闘集団。
対してこちらは二十人ほど。
優秀な兵ではあるが、彼らに太刀打ちできるとは思えない。
さあ、どうするか。
「ミガルド、いけるか」
「はい」
俺たちは馬から降りた。
後ろに指示し、下がらせる。
すると、先頭に立っていた一人の男が歩み出てきた。
「貴様が魔王か」
そいつは言った。
「そうだ」
「随分と汚らわしい格好をしているな」
「⋯⋯」
「それで全部か?」
「ああ」
「魔族というのは、勇敢さと愚かさを区別しないらしい」
騎士団から笑いが起こった。
「たった数十人でこの⋯⋯」
「数十人ではない」
「は?」
「二人だ」
その瞬間、空気が変わった。
奴らから笑いが消えた。
「舐めるなよ⋯⋯!! 下等生物が⋯⋯!!」
奴らは一斉に剣を抜いた。
戦いの音が鳴った気がした。
同時に魔力が湧き上がる。
大きく、かつ洗練された魔力の流れ。
激しさを増す。
「貴様を倒した暁には、この私が勇⋯⋯」
俺は跳んだ。
一瞬で間合いを詰め、そいつの目前に迫る。
剣を真上にかかげ、全ての重みを一撃に託した。
鋭い音が鳴った。
直撃の手前で相手が防ぎ、剣と剣が交差する。
反発するように手元に圧が加わる。
「お前が、何だって?」
「貴様ァ!!」
そいつは興奮したように息を荒げ、こちらを睨む。
顔が赤く染まっている。
先ほどの余裕は消え、その目には、少しの怯えが見えた。
ゆっくりと体重をかけていく。
恐怖を、腹の底まで押し込むように。
再び鋭い音が鳴った。
男の目が開かれる。
剣が折れたのだ。
一切の綻びもなく、恐らくかなり上等な質のもの。
それが、木の枝が折れるようにぽっきりと折れた。
そのまま押し切った。
だが、男は寸前のところで右に避けた。
良い反応だ。
「死ね!!」
前方から何かが飛んできた。
太陽の光を受けて煌めく、鋭利な飛来物。
真っ直ぐと、俺の眉間に吸い込まれる。
剣から片手を離し、それを掴んだ。
直前、顔面に突き刺さる直前だった。
氷の槍だ。
ひんやりとしており、子どもの背丈ぐらいの長さがある。
右に跳んだ。
逃げた獲物を追撃する。
片手を振り上げる。
男は剣を振ろうとした。
だが、当然すでに折れており、思い出したように動きが止まった。
男の顔が引きつる。
氷の槍を突き刺した。
鎧の隙間、まっすぐと首にねじ込む。
槍の中間ほどまで貫通し、血しぶきが上がった。
ひんやりとした手に、生暖かい液体が飛び散った。
俺は手を離し、剣を握り直す。
すでに半数が倒れていた。
やるな、ミガルド。
と、感心している暇はない。
他の奴らが魔術を唱えようとしている。
だったら、その前に殺せばいい。
‐‐‐
数分後、辺りには死体が転がっていた。
白い鎧を着た同じような人間がゴロゴロと。
「お怪我は、陛下」
ミガルドが言った。
「多少食らった。致命傷ではない」
奴らはしぶとく、その数の多さもあってか、いくつかの攻撃をもろに食らってしまった。
「もう敵はいません。
勇者がいなければ、所詮こんなものでしょう」
「そうだな」
「このまま一直線で王城までいけます。どうされますか?」
「お前は、後ろで戦っている兵の援護をしろ。
その後、城壁を壊せ」
「城壁を?」
「ああ、時間をかけてな」
「陛下は?」
「王を殺す」
俺がそう言うと、ミガルドは苦い顔をした。
「しかし一人で⋯⋯」
「行け」
「⋯⋯仰せのままに」
ミガルドは馬を後ろに向けた。
引き連れている数人の兵士が道を開ける。
「ミガルド」
「はっ」
「もし俺が死んだら、すぐに撤退しろ。
そして、」
「お前が後を継げ」
後ろを振り向かず、言った。
未だ、兵たちの戦いの音が聞こえている。
どれぐらいが生き残っているのか分からない。
この先、魔族が再建できるのかも分からない。
「仰せのままに」
ミガルドはそれだけ言うと、兵を引き連れ行った。
優秀な奴だった。
父が死ななければ、その才能をもっと発揮していただろう。
魔族の歴史に名を残すまでに。
すまない。
声には出さなかった。
それだけは、ずるい気がした。
‐‐‐
「ここにいたのね」
しばらく広場に立ち尽くしていると、横から声がした。
優しいとも厳しいともとれない声。
懐かしい声。
「久しぶりだな、アリア」
彼女は、俺から少し離れたところで立ち止まった。
その手には、聖剣が握られている。
「お前が勇者になったのか?」
「馬鹿言わないでよ」
冷たい風が吹いた。
お互いの服がふわりとなびく。
「何しに来た?」
「決まってるじゃない。魔王を殺すためよ」
「僧侶が、たった一人で?」
「ええ」
アリアは言った。
まっすぐとこちらを見つめた。
そして、聖剣を構える。
「震えているぞ」
俺がそう言うと、彼女はこちらを睨んだ。
初めて会ったときのことを思い出した。
カインとは対称的に、中々俺を信用してくれなかった。
最初は哀しかったが、それは人族なら仕方のないことだ。
初めて教会に行ったとき以来、彼女の優しさはよく分かった。
どれだけカインを大切に思っているかも。
「構えなさいよ」
「勝負にならん」
「そう、じゃあじっとしてなさい」
アリアは駆け出した。
剣が重いのだろう、体の重心がぐらついており、今にもこけてしまいそうだった。
それでも必死に走り、こちらに向かってきた。
俺は立ち尽くす。
間合いを詰めたアリアは、剣を大きく上に振りかぶり、俺の頭上へと叩き込んできた。
左に避ける。
次は、横に薙ぎ払うように振り回す。
後ろに跳び、避ける。
「ああもう!!」
アリアは声を上げた。
そしてもう一度振りかぶり、斜めに振り下ろす。
単純に剣が届かず、避けるまでもなかった。
今度は何をするのだろうと思っていたが、アリアはおもむろに剣を置いた。
肩で息をしている。
諦めたか。
と、思った瞬間、アリアは殴りかかってきた。
「死ね!! 魔王が!!」
ぽす、と音がし、俺の腹辺りに当たった。
肩でも叩かれたかのような感じだった。
大きく振りかぶり、もう一発。
さっきよりは強い。
さっきよりは。
「死ね!! 死ね!! 死ね!!」
連打してきた。
何の構えもない乱れ打ち。
子どもの喧嘩のよう。
「もうやめろ」
俺は言った。
「うっさい!!」
それでも辞めない。
俺は、アリアの右手を取った。
その手は震えていた。
「離してよ!!」
「駄目だ」
「離して!!」
「駄目だ」
すると、アリアの腕から急に力が抜けた。
死人のように、生気が無くなっていくように。
「何でよ⋯⋯」
震える声。
「魔王になんてならない、って、そう言ったじゃん⋯⋯」
アリアの目に涙が溜まっていく。
そして、俺の顔を見上げた。
「ごめんね、私、心の傷までは治せないから⋯⋯」
そして、俺の手からするりとアリアの手が抜けて、互いの手のひらが合わさった。
温かい魔力が流れ込み、全身に広がっていく。
溶けていく。
罪悪感が広がった。
こうなることは分かっていたはずだ。
俺はもう、彼らの元には戻れないのだと、分かっていたはずだ。
これでいい。
これでいいんだ。
手を離した。
「俺は魔王だ。人族は皆殺しにする」
絞り出す。
大きな岩を、喉の奥から引っ張り出すような苦痛を感じた。
アリアは崩れ落ちた。
両手で顔を覆い、下を向いている。
手のひらから、涙が滴る。
そして、その後ろで音がした。
そこにあるはずの、聖剣がない。
背後に気配。
剣を突きつけられているというはっきりとした確信。
「やっと現れたか」
俺は言った。
「勇者は遅れてやってくるんだ」




