第11話 「アリア」
教会の鐘が鳴った。
窓からは強い日差しが舞い込んでいて、ちょうど私が座っているところに直射している。
雪が降るような季節だから、得した気分だ。
台の前に座る。
左手に腕輪を通し、背筋を伸ばし、深呼吸をする。
魔力を意識する。
扉が開き、信徒が入ってきた。
髪が真っ白に染まったおじいさんで、毎日ここを訪れてくれる。
「おはよう」
おじいさんは言った。
遅れて、べコリと頭を下げて、晴れた空のような笑顔で微笑んだ。
「おはようございます」
私も言った。
ペコリと頭を下げる。
「今日は良い天気だね」
「ええ、最近は雪が降りましたから、このくらいが心地よい気分です」
「そういえば、果物屋の親父は最近来たかね?」
「一週間ほど来てないですね。
確か⋯⋯少し遠い街まで出かけるとか」
「なんと。流石商売人ですなあ」
おじいさんは笑った。
目が線のようになって、老木のような皺が刻まれた。
「じゃ、今日もお願いね」
「はい」
私が答えると、おじいさんは右手をこちらに差し出した。
左手で握る、
鍛冶屋をしているためか、石のように硬く、力強かった。
温かかった。
体に意識を向ける。
繋いだ手へと魔力を伝える。
ゆっくりとした川のように流していく。
「神の力が、あなたを守る」
私は一言呟いた。
数秒経ち、手を離す。
「では、良い一日を」
「はい、いつもありがとうね」
遅れて、おじいさんはペコリと頭を下げた。
「魔王は死んだ。
きっと、アリアさんたちの願いが通じてるんだろう」
「⋯⋯ええ」
「平和な世の中が、ずっと続いて欲しいねえ」
おじいさんは、『では』と言って去っていった。
素敵な笑顔だった。
平和を望む、一市民の顔をしていた。
しかし、私は悩んでいた。
世の中は平和になった。
魔王が死んで、人族は繁栄の道を突き進む。
良いことだ。
とっても良いことだ。
戦いなんてなくても良い。
私は僧侶として、二度と争いが起きないように戦ってきた。
だけど、この空白は何だろう?
意識せずとも体に満ちる、白い煙のようなもの。
消えてしまった大切なもの。
世の中が平和になっても、私の心はそうじゃない。
‐‐‐
数人の祈りを終えた。
もう昼過ぎだ。
日光が体を照らし、温もりを与えてくれる。
信徒たちの優しい手が、今日も頑張ろう、と思わせてくれる。
一生懸命恩返しをしたい。
気づけば、二人と別れてから数カ月が経っている。
彼らは何をしているのだろうか。
もう会えないのだろうか。
二人ともどこに行ったのか分からないし、そもそも行き先を聞いても教えてくれなかっただろうし、そもそもカインは勝手にいなくなるし、どうして両方あんな感じなのかイラついてきた。
誰もいない教会を眺める。
街の隅っこにあるため、基本的に人が少ない。
近くに住んでいるおじいさんやおばあさんが来るだけだ。
小さい頃、ここでよくカインと遊んだ。
当時は彼も私も子どもで、誰もいないのをいいことに、走り回ったり、隠れて遊んだりしていた。
よく父に怒られていたものだ。
彼はこの近くに住んでいて、近所では有名な悪ガキだった。
知らない人にいたずらを仕掛けたり、人の庭にあるものを勝手に取ってきたり。
だけど、それは自分の欲のためというよりは、誰かを楽しませるためのものであり、いたずらがバレたときの笑顔を見ると、みんな怒る気を失くしていた。
そしてお互いに成長していき、ある日、カインは聖剣を抜いた。
王都の側の村に伝わる、伝説の勇者が使ったとされる剣。
大きな岩の上に刺さっているのだ。
腕試しで多くの人間が試したが、誰も抜くことができなかった。
それをカインは抜いてしまった。
十歳のときだ。
国を上げて祝った。
伝説の勇者の再来だと、大勢の人が彼の家に押しかけた。
幼い頃からの友達が、何だか凄いことになっている。
自慢げになった。
一方で、淋しくもあった。
どんどん遠くなっていくようで、手の届かないところに行ってしまうようで、夜、モヤモヤとした気持ちを抱えて寝た。
そして当然、彼は王都一の学校に迎え入れられた。
裕福な家庭ではなかったから、普通なら学校に入ることすらなかったかもしれない。
だからとても喜んでいた。
私は別の学校に入れられる予定だったけど、彼を追って同じ学校に入った。
それはそれは大変で、血反吐を吐くほど勉強した。
何とか受かって、彼と一緒に学校へ通う時間は幸せだった。
まあ一度学校に着いてしまえば、私なんて他の貴族連中に跳ね除けられてたけど。
カインは強かった。
剣術の授業では負け知らず、そもそもの身体能力も圧倒的だった。
ただ勉強はからっきしで、『そんなものは勇者じゃない』とお偉い同級生の方々から嫉妬を買っていた。
でも戦いになれば、不思議なことに誰も勝てないのだ。
だけど、一度負けることがあった。
そのときは酷かった。
聖剣を床にほっぽりだして、『もういいや』なんて愚痴をこぼしていた。
これが彼の癖だった。
誰よりも才能があるのに、一度失敗すると起き上がれない。
時間がかかる。
一ヶ月ほど私が励ますと、やっと剣を手に取った。
再び連戦連勝の日々が続き、たまーに負けて不貞腐れ、なんとか起き上がり⋯⋯。
そのとき私は思った。
この人には、私がいなきゃだめなんだって。
そして卒業し、勇者一行が結成された。
魔王を打倒する存在。
危険な旅。
父とは何度も喧嘩した。
口を聞かない日もたくさんあった。
お前には無理だ。
教会で働け。
分かってる。
心配だったんだと思う。
だけど私は突っぱねて、言うことなんか聞かなかった。
旅立ちの日、父は杖をくれた。
無言で渡してきた。
高価なもので、無理して買ったのは分かった。
私はそれを受け取った。
それから魔王城へ行き、仲間を失い、敗北し、ロベルと出会って、魔王はいなくなって⋯⋯。
カインは、きっと辛いんだ。
彼には、勇者しかなかったから。
それが運命だったから。
私がいないと、カインは⋯⋯。
鐘が鳴った。
高い音で、何度も何度も鳴っている。
静寂に響いた。
何かを告げているように。
そこで気づく。
これは、教会の鐘じゃない。
扉が開いた。
壁にぶつかった反動で大きな音がした。
驚いて体が跳ねる。
「アリア!!」
肩で息をしている父が立っていた。
手には斧のようなものを持っている。
「魔王軍だ!! まだ生きてたんだ!!」
「は!?」
立ち上がった。
台の端に手がぶつかり、痛みが走った。
魔王軍?
いや⋯⋯城も魔王も滅びたって⋯⋯。
まさか⋯⋯。
混乱した。
無数の鳥が飛び上がるように考えが浮かんできた。
しかしどれも納得行かず、落下していく。
「説明して!!」
父の元へ駆け寄った。
「分からん!! だがもう城壁の外まで来ている!!
国王軍も動いた!!」
それを聞いた瞬間、自室に走った。
「アリア!!」
背後で父の声が聞こえた。
耳を通って抜けていった。
扉を開け、中に入る。
壁に立てかけてあった杖を取った。
しばらく使っていなかったが、たまに整備はしていた。
大丈夫。
そして部屋を出ようとしたとき、壁に吊るしてあったある物に気づいた。
別れ際、ロベルが私に預けた物。
私にとっては希望、カインにとっては自分自身。
大切なもの。
聖剣を手に取った。
部屋を出る。
古くなった床がギシギシ鳴った。
しばらく体を動かしていなかったから足が重い。
それでも走った。
講堂まで戻り、出口へ向かう。
父が塞いでいる。
「アリア!! 逃げるんだ!!」
「嫌よ!!」
「ずっと言ってるだろ!! お前じゃ無理だ!!
素直に⋯⋯」
「ごめんお父さん!!」
「私は、勇者一行だから!!!」
父を押しのけ外に出た。
きっと怒るだろう。
心配するだろう。
ごめんなさい。
だけど、私を待ってる人がいる。
彼は必ず、現れるから。




