07.ジャンク屋ギルド
「やあ、久しぶりだねえ恩人様!」
がっはっは、と笑う眼帯の女の名前はカーラ。腕利きのジャンク屋で、通称煤だらけのカーラ。戦艦から愛玩用機械まで幅広く扱うジャンク屋ギルドの次席を担う重要人物である。
そんな人物が何故俺の屋敷に来ているかと言えば、俺が18の夏に遡る。...といっても、運悪くスペースデブリにブチ飛ばされて立往生していた彼女を助けただけなのだが。
上半身はビキニだけ、下半身は無骨な作業着と、まあ貴族に相対するにはちょっとヤバい服装だ。顔はいい。豪快な顔つきと左側を覆うやけどが特徴か。気の強そうな紅い瞳と、煤が定着した赤黒い髪が溶鉱炉の様なイメージを持たせる。惜しげもなく晒されている上半身は筋肉質で、胸は大きいと言うか大胸筋と言うか。腹も六つに割れている。苛烈な女傑。それがもっとも彼女にふさわしい文言であろう。
「いやーあの時の貸しを返せってんだから来てみたら、艦隊を五つ用意しろとはねえ!」
「ウチの艦隊も数に入れていいんだがな。...ぼろだから近代化は必要かもしれんが」
「はっはっは、君にとっての恩は非常にでかいんだね!」
「ああそうだ。だから徹底的に恩に着ろ。あと安くしろ」
そう帰すとカーラは大爆笑する。
「はははははは!無茶言うなよ、艦隊五つ分となると流石のアタシでもアタシだけじゃ揃えられない。ギルド中からかき集める必要があるんだぜ?むしろ高く取りたいくらいだ」
ヴン、と金額が示されたウインドウが示される。
「3億ぽっきりだ。どうだ?」
「買った」
がちーん、と入金するときのマヌケな音が響き渡る。後ろでセバスが頭を抱えるのを感じる。あと多分プラチナムも肩をすくめている。
「.......いや待て待て待て待て!!あんた商談って単語を知らないのかい!?ああそうかまだ坊ちゃんだったな畜生!おいそこの爺とメイド人形!坊ちゃんの教育はちゃんとしな!!」
大慌てのカーラが立ち上がりぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる。黙って持っていこうとしないあたり人がいい、と思う。
だから俺はにやりと笑う。
「ふ、あんた適正価格以上には売らないことを信条にしてるだろ?」
「...げ。お前そういうことかよ、...どっちの入れ知恵だこら」
うげ、と焦りの表情からげんなりとした表情に変え、着地する。
「メイドの方...と言いたいけど発案は俺だよ。実際詰めたのはプラチナムだけど」
「こえーよおめー」
HAHAHA、お褒めに預かり光栄だよ。
「...つまりこういうことだろ、三億に見合ったものを届けろ、と」
「プラス恩義と...まあ安くできる分は出来る限り揃えろ、”いいモノ”を、満足いくだけな」
にやにやとあえて嘲る様に見る。
「くっそ、お前それ殺し文句だぞ...」
満足、俺はあえて相対的な言い方をした。
悪徳商人ならそれは吹っ掛けの対象になる言葉だが...職人は違う。こうして吹っ掛けた値段を受け入れられたうえでのこの挑発。受けられなければ職人ではない!
「ああくそ、話が早過ぎるし退路がもう塞がっちまったじゃねえかバカ」
「あんた悪だくみは主戦場じゃないだろうが」
「それはそうなんだが生まれてまだ二桁のガキがプロ気取るんじゃねえよ」
「あんたはやり込められそうな気がするが?」
「...可愛くねえなお前」
ぶすっとして茶をすするカーラ。そうやって表情がわかりやすいのもダメなんじゃねーの?
「まあいい。船は注文書の通り用意できる。機動兵器の類もわりと行ける。白兵戦...兵士用の物資は四角いが」
「それは最低限で良い」
宇宙空間が主戦場である以上歩兵の出番はほぼない。
「だが代わりに機動兵器を用意してくれないか?」
「まあ、民生品崩れで良ければ融通するが...宇宙船はともかく反発が出るんじゃないのかい?」
それはそうだろう、張子の虎だろうと軍制式と言うのは価値があるものだ。
「ああいや、数は要らない。結構兵士たち自身がが持ってるし」
貧乏男爵家の元とは言え、機動兵器乗りとして士官してくる連中はそれなりに金持ちだ。安い型であれば大概持っているものだ。
「個人所有ってえとあの”魚”か」
「...まあ魚なのは認めるが、一応軍の制式量産機だぞ。バラクーダと言えバラクーダと」
SPF-A398・barracuda。機動兵器の一種、宇宙戦闘機と呼ばれる型に含まれ、カーラの言う通り...非常に魚っぽい見た目をしている。他国には”ミサイル”等と揶揄され、それに頷ける程度には高速型だ。小回りは微妙だが、宇宙戦闘機にしては高いシールド容量と抗堪性を持ち、一気に近づいて打撃を叩き込むのが特徴である。...眉唾だが機首部分をを異様に固くして衝角突撃する奴がいるんだとか。ま、その一番の特徴は安さだろうが。そのお値段は880ヘイロー。商業用の非武装の宇宙船が90ヘイローな事を考えると軍用兵器としては破格の値段である。しかも値段にしては生存能力も高いため、”生臭い名機”などと呼ばれることもある。
「へいへい。んで、数は要らん、ってことはお前さんの専用機か」
「ああ。そういう事だ」
「...ふうむ。貴族様で機動兵器と言やあ、定番は機装騎士だろう?」
機装騎士。大型の巨人を象った機動兵器の一種。戦場において太古の「歩兵」の位置を入れ替えた鋼鉄の騎士。前線で戦う貴族の、戦場の花形でもあり、操縦士は畏怖を込めて”操騎士”と呼ばれる。
「....持ってないのかい?」
「持ってかれた、と。...そう言うべきかね」
貴族に置いて”前線派”などと呼ばれる連中に名を連ねていた我が父は、しっかりウチの機装騎士を持って行ってやがったのだ。
「ああ。そう言えば事情が事情だったね。...おーけー。ウチに今ちょうど、珍しい事には珍しいが買い手が付かなくてだぶついてる在庫が一つあってね。...ちっと癖はあるが、ね。...ええと、十年後までに艦隊をそろえろってんだろ?...やりたいことはわかるが、そこまでに使いこなせるかは未知数だ」
...ふむ。
「...ああ、お前さん魔力量って概算でいいからどんくらいあるよ」
「...おいまさかその”在庫”って大分と骨董品じゃないか?」
昔の、約六千年程前の”高性能機”と言われる機動兵器には操縦に魔力を必要とする機体があったと言う。当時でも中々乗り手が居なかったという超レア物。だが、逆にある意味そのせいでジャンク屋にとってはあまり拾っても意味がないものとされている。
「まあね。しかも性能は兎も角戦場で功績を上げた形跡はなくてね。記録を漁ると...どうも鵜の真似をする烏と言うか、烏を鵜に使うと言うか...」
要するに見得を張って分不相応の機体に乗っていた様だ、と。乗らされた可能性もあるようだが。
活躍のない機体となるとオークションでも高値は付かない。...と言うか買い手が付かない。その手の蒐集家でもよほどの変な機体でもなければ手を出さないだろう。
「烏好きだっけかあんた?」
「どっちかってえと好きなのは鵜だねえ。ほら、魚捕りが美味いだろう?」
「ジャンク屋が生きた”魚”を捕っちゃだめだろうが...」
バラクーダはパーツ取りとしても結構優秀らしい。コストと性能と整備性のバランスを追及した機体故にパーツそのものの汎用性が高いんだとか。
「正直”あれ”はパーツ取りとしても役に立たなくてね。捨てるにも武装付きは金もかかる...ってかぶっちゃけ高い。引き取ってくれるなら改修費用だけで済ませてやるよ」
機装騎士のフレーム...本体価格はそれがジャンク品だろうと高い。軍用であれば安いモデルだって5000ヘイローは下らず、民生の非武装モデル...機械労者ですら1000ヘイロー以上。それがまるっとなくなるのであれば万々歳である。
「...大丈夫だ。天変地異級を40連射までは経験してる」
「....冗談だろ?」
呆然とカーラがセバスの方を見る。セバスに頷かれ、かくんと顎が落ちる。おう、外すなよ?
「おおう...あたしはとんでもないのと会話してたみたいだね。...いいよ、99%あんたはアレを使いこなせる...まあ、使いこなせ過ぎる可能性もなくはないが」
使用者の魔力を要求する道具...本来の意味での魔道具は、使用者の魔力が高すぎると壊れることがある。現在の工業製品としての魔道具は、自動で魔力が装填される仕様故に心配はないし、最低でも安全装置が設けられているが、6000年前の技術基盤での高性能機と言うと...ちょっとわからない。長らく安全基準という単語が軽視されていたと言うし。
「おーけー、商談は成立だ。この金であたしが出来る限りの艦隊と、あんただけの機装騎士を揃えてやる」
「鵜の真似はさせるなよ?」
「不死鳥に魚を捕らせるバカは居ないよ。その魔力量に期待が付いてこられるかの心配と身体を鍛えておくことは忘れるなよ」
にっと笑い差し出される手に苦笑いしながら答える。
貴族に物怖じしないのは好ましいが豪快過ぎな気はする。だがその豪快さは強烈なほどの理性に裏打ちされたものだ、とも確信している。もしかしたら元貴族と言う噂は本当なのかもしれないと思う程度には。...まあそれも込みで俺は気に入っているのだが。
「そういえば」
カーラが紅茶を意外と上品に飲みながら言う。
「...なんだ?」
「ああいや、艦隊を揃えるのはいいが、人員の当てはあるのか?」
...鋭いことを聞いてくるものだ。
実際、我が領地に居る兵員の数は、あくまでも現状の艦隊の稼働率を確保できる程度に過ぎない。ま、つまりは人手不足である。
「まあ、あるさ。...ある程度は金で解決する羽目になりそうだが」
「金?...まあ三億即金なんだから、何かしら金を得る機会があったんだろうが...足りるのか?」
ふるふると首を振る。...ま、そういうことだ。いくら五億ヘイローの金があろうともこんだけ派手に使っていればバーストする。結局は借金に手を出すほかない。
「はぁ全く。そのトシで借金とかお姉さん心配しちゃうぞ」
「お姉さんって歳じゃないだろあんた」
「煩いまだ350だぞ」
「そろそろアラフォーじゃねーか。つか行き遅れには違いねぇ」
「…泣くぞ、いい歳した大人が全力でな」
「悪かったからやめろマジで」
本当に泣き顔になりやがったのでしっしと手を振ってあしらう。
「へいへい...んで、幾らよ」
「一億きっかり。...返済期限は40年後だ」
「おうおう凄まじいな。...ま、落ちぶれたらウチに来な。魔法が得手な奴に回せる仕事くらいはある」
「そん時は頼らせてもらうよ」
に、と笑うとカーラは去っていった。
さて、細工は上々だ。あとは仕上げを御覧じろ、か。
バラクーダ....カマスの意。つまり設計者ですら魚と思っている。