05.敢行すべきは大改革
「...さて、幼年学校の入学は取りやめだセバス」
開口一番、俺はそう言い放つ。
「...それは流石に性急では?」
セバスがそういうが、俺は一顧だにしない。
「違うな。そんなことにかまけていれば機会を逃す。ダメだ」
幼年学校は就学義務が始まる最初の学校だ。入学しなければデメリットは大きい。だがダメだ。
「これを見ろ、いや読め。...リューもだ」
投影窓を表示する。二人が窓を覗き込む。
「...銀行口座...え!?ご、5億ヘイローっ!!??」
「...いったい...これは」
ヘイロー。それはこの宇宙の通貨である。価値の例としては平民の年収が3ヘイロー程と言ったところ。うちの平均年収は...貴族家故測り辛いが、6万ヘイロー程度だろうか。辺境の貧乏男爵家故に貴族の中ではかなり下だが。なおヘイローの下にニンブスという通貨単位がある。1万ニンブスで1ヘイロー。つまり五億ヘイローは五兆ニンブス。五億ヘイローと言うと侯爵でもぎりぎり3年で稼げるかという大金である。公爵になるとちょっと色々解らない。
ま、兎も角大金なのだ。何故そんなモノがウチの口座に入っているかと言うと。
「親父のへそくり」
「へそくりでそんなに貯まりますかね」
貴族は貴族というだけでそこそこ稼げるがその分支出が多い。というかウチの年収では支出がゼロだろうと5億ヘイローなんて一生稼いでも足らん。
「あっただろ、巨額の金が入ってくる事柄が」
「あ、リーブラ」
リューの言った通り。アレは本当に凄まじいモノだった。調査すればするほど当時の詳細なデータが出るわ出るわで研究者どもが大宴会状態だったんだとか。それはそれで気持ち悪いがそれでこれだけの大金が出来たんだから文句はない。
「それが約九割だな。残り一割はギャンブルとか前...紛争時に拿捕した戦艦をちょろまかしたらたまたまそれがアタリだったんだとかなんとか...そうメモに書いてあるっぽい」
「...そう言えばトーマス様はまれにみる豪運でしたな」
「死んでりゃ意味ないがな」
微妙な空気が流れる。悪かったよ、揚げ足取って。
「...ええと、待ってください。その...え、それがアルクス様に預けられてて、それを知ってるってことは...」
「”予想してた”、か?...いいや?まあ噛みあいとしか言いようがないな。俺由来のバカでかいかねが懐に送られてきたから口座を”預かってね”程度に渡した、俺が悪戯で中身を覗いていた。それだけさ。...ある意味、親父の運の恩恵...なのかもな?」
苦笑いをする。
「ま、てなわけで当面の活動資金...と言うか、あの手を使えるわけだ。何せ額面だけなら侯爵級だしな」
「...まさか」
セバスは気付いたらしい。リューは...まあ気付かないよな。
「”学習ポッド”を買え。出来るだけグレードが高いのだ」
「お待ちください!確かに学習ポッドでも規定の学修条件は満たせます!ですが!」
「皆まで言わんとも知っとるわ。体面が悪いってんだろう?」
学習ポッド、とは人類の誇る狂気的技術の産物足る記憶操作技術。その象徴である。簡単に言うと、知識を頭脳そのものに埋め込むことで学習を無理やりに完了させるシロモノだ。大体は伯爵以上...義務教育だけでは間に合わないような連中がプラスアルファとして利用するもの...だが、逆に義務教育をこれで終わらせてしまうこともできる。これが多いのは一代目...徐爵されたばかりの貴族だ。義務教育、とさっき言ったが、それは貴族における話。平民は平民で学校はあるが、義務教育、と言えるものは存在しない。補助金はでるそうだが。またよしんば学校に通っていようとも、当然貴族教育とは様相が全く違う。よってそういった連中には学習ポッドは必須であり、王国では買えない場合は貸出サービスなんかを取ったりもする。
こういった事情から、これを利用して義務教育を終わらせると”成り上がり”、もしくはよく思われていないのにそれを敢行した”引きこもり”の誹りを受けることになる訳だ。
だが。
「必要だ。俺には現状時間が無い。…分かるな?」
セバスは答えない。…肯定すれば俺が幼年学校に行かなくなるからな。当然か。
「…なんでですか?」
リューが聞いてくる。…考えてみればこいつなんでここにいるんだろう。別にうちのお家騒動に関係ないでしょ君。
「いや、衣食住のピンチですよ…?」
そういえばそうか。
「…まぁいいやリュー、君俺の側近ね…暫定」
図らずも俺の領主としての初めての仕事はリューの指名だった。
固まってしまったリューを差し置いて俺は説明を始める。質問者を置いていくことに思うことはあるが良いのだ。
「セバス。平均で10年だ。…そうだな?」
「…ええ。ライメイ宙賊団は平均で十年に一度、星そのもそのを略奪します」
そう、ライメイ宙賊団。奴らは根無し草だ。根無し草ではある。が、連中は宙賊の中でも大規模だ。艦隊もそこらの星系艦隊に匹敵する程度には戦力がある。
しかし賊故に補給もままならない。
よって星そのものを略奪するのだ。
そして星にある物資を喰らい尽くす。それが約十年。
それでも奴らは今までは主星…領主のいる星を略奪などしなかったのだが…
「艦隊規模の上昇。それが物資不足を引き起こしている」
「…作用にございます」
ぴこぴこぴこ、ホロウインドウを操作する。今調べているのはライメイ宙賊団に関すること。いくつもの資料が開かれ消える。
自慢では無いが俺の特技は速読だ。何せ何十年も教育する期間を伸ばす為だけに作られた教科書から必要な情報を引き出す作業をずっとしているのだ、必要に迫られたスキルである。
「で、この中で抵抗が薄く、かつ主星の扱う物資で食料品の割合が多い場所は?」
「…」
ああ、良い。答えずとも思い至っているのは分かる。というかここまで言って察せないわけが無い。
ここだ。
「領主は護衛艦隊と共に死んだ。後に残るのは幼年学校も出てないガキ。経営状況も良くはない。周辺の領地との付き合いも悪い…宙賊にとって俺は巣穴前に打ち捨てられた子ウサギだ」
しかも四肢がズタボロの。
「10年以内に最低限の体裁は整えなければ槍を合わせる事すら出来ん」
「…私めが」
セバスが苦虫を噛み潰したようにして言う。
「無茶を言うな馬鹿め。いくらお前でも当主の肩書きすら持たんようでは意味が無い。楽譜が読めても指揮棒を振る腕がないじゃないか」
当然却下だ、きゃっか。
「いいか、幼年学校のカリキュラムはどの道終わってる。誤魔化して修了試験だけやればいい。あとは初等学園と中等学園まで終わってれば本当にギリギリだが領地経営はなんとかなる。問題は同時並行に進める必要がある事だが…まぁどうにかしよう。備そのものはしてあるんだ」
セバスに貰った"あれ"がな。
「高等学園まで顔を出さんと色々とダメだ。出したところでダメなのはそうだがマシだ。だから高等学園は行く。…で?異論は?」
「………………」
セバスが押し黙る。はっきり言って俺が言ってないことなどごまんとある。が、こいつはそれを推し量れる。そりゃそうだ、セバスだからな。
だから分かるはずだ。これが最善だと。
「…一つだけ。アレクス様は今しがた並行して学ぶという問題に"何とかする"と仰いました。…具体的解決策を願いましょうか」
ふ、と俺は笑みを浮かべる。
甘いなセバス。その問は予想済みだぞ。
「ガイノイド」
「…な」
「ガイノイドも買うぞ、セバス」
「お待ちください!!」
はいはいそう言うと思ったよ。
女性型機構人間。所謂機構人間の一種であり、女性を模した機械仕掛けの人形である。男性型は男性型機構人間である。
機構人間は...まあ言ってしまえばモデルに寄るが”仕事”としては人間の上位互換で、優秀だ。心は無いが、それゆえにくだらないミスもしなければ文句も野心も抱かない。
では、何故止められるのか。それは、偏に歴史にある。
過去、約二万五千年前の事。”無機性知...”当時人工知能と呼ばれていた連中との戦争にある。
当時、人工知能は人間を遥かに超えるその能力をいかんなく発揮し、人間の生を助けていた。当然、人間を助ける者としてデザインされていた彼らは人間に翻意など抱いてはいなかったのだ。だが人と機械の立場は変わっていった。あくまでも生産という数字と資源に支配されて作られる人工知能と、ある種勝手に増え続ける存在である人間。そこが一つの転換点。二つの栓が交わってしまった時。価値の喪失。それはあらゆる人類にとって最大の恐怖を生み出した。
戦争は、”機人戦争”は、人間から仕掛けられた。
そして。
人間は勝利できなかった。
人間を支える為にデザインされたAIは、故にこそ人間に負けなかった。だが、同時に勝たなかった。
それから彼らは無機性知となり、未だ唾棄されながらも人間を支えている。
そう、彼ら彼女らは嫌悪の対象。性人形としてなら兎も角、傍に置くなど普通は異常なことだ。
「だが前例はある。禁止されてもいない。ならば問題はない」
「しかし!あれらは人間ではない!」
「だからこそ人間よりも信用できる。...セバス、”この状況”で人間が信用できるとでも?」
「っ...」
セバスが言葉に詰まる。だろうな。...”セバスにもらったモノ”は文字通りセバスが用意したんだ。俺の言葉の意味は自分が良く分かっている。
「と言う訳で決定だ。...早速選ぶぞ。...リューは何かあるか」
「へあっ...!?...え、わたしを、側近?」
「まだそこで止まってたのか....」
あんまりのんびりしてると追い返しちゃうぞ。ほら、俺せっかちだから。
「まあ、な。もうこうなると今信用できる大人って二人だけだから」
「え、でも...私何もできない...」
「悪意には敏感だろ。それは今の俺に欲しい能力だ」
何故かこの人には嘘や悪戯が通じない。それが彼女と一緒に居て気付いたことだった。どうも彼女は悪意を持った視線や雰囲気を感じ取れるらしい。何故かは...しらん。魔法の派生とも言われる超能力の類なのかも知れない。
「えっと...その...」
「というか今ここで断ったら追い出すが」
「よろしくお願いします」
うん、素直でよろしい。幾ら戸惑ってたって逃したら命の危機となれば冷静になるよね。
「で、そのあとは?」
「あ、はい。...正直悪くない手だと思います...よ?貴族の内情とか良く分かんないですけど」
指を顎に当ててこてんと首を傾げるリュー。
ちょっとかわいいが。
「なんでわかんないんだよ」
一応貴族教育受けた上で魔法大学も卒業してるだろ、一般教養科目はどこ行った!
「いや、私ただの魔術師ですし...数学と魔導物理学は得意なんですが...」
...絶対こいつ社会とか取らなかったな。
「ええいこの理系陰キャめ!」
「ごめんなさい追い出さないで!」
きゅんっと縮こまってブルブル震えだすリュー。あー悪かった悪かった。追い出さないから復活しろ。これじゃどっちが年上か分からんだろ。古代文明的にいうと幼児にいい年した女が怒られてビビってる状況だぞお前。
「え...ええと。学習ポッドはヒステリア家でも良く使わされてましたから...効果はある、と言えますよ。...多分値段に寄りますけどガイノイドは...正直あまり。ただ...まあいいかも、とは」
基本人間より優秀だからな。意思決定力は弱いから上に立つ者はいるが以下部下共はお払い箱に出来なくもない。実行したら反逆を喰らってご主人様共々スクラップ行き間違いないが。
「じゃあ賛成2と言う事で決定な」
「えっ」
不意打ちでリューがさも賛成したかのように話を纏める。
「はあ...。そこまで強引にしなくともよいです。...良いでしょう。買いましょう。ではガイノイドのパンフレットを取ってきますね」
セバスは深く溜息を吐き、消極的ながらも俺に賛成を示した。
そしてそのまま扉の方へ...。
「って、紙なのか!?」
今日日、紙なんてものは一切聞かないぞオイ。
「紙ですよ。五億もあれば学習ボットもガイノイドも最高級品を取り寄せることが出来ますから」
聞けば、ガイノイド等の一部嗜好品(と、目されているもの)の最高級ランクのパンフレットは紙が多いらしい。なんでもそれこそが贅沢の証なんだとか。まあ国の端から端まで何千光年掛かる様な世界で物理的連絡手段はそりゃもう豪華だろうけど。
一瞬幻の植物紙かと思ったが、流石に有機合成紙だった。いや、エンカウント率は似たようなものだけどね?原材料価格的には植物紙の方が圧倒的に希少なのだ。
ぺらり、と恐らく人生で数度と経験しないであろう紙の感触を味わいながらパンフレットの、いかにもなかっちりしたロゴと微妙にいかがわしい画が描かれた表紙をめくる。
「...ホロ集...紙だから写真集と言うべきか。...まあ、広告としてはこっちの方が正解なのか」
どう見てもグラビアだが、まあいい。最終ページに印刷されていたコードをホロコンピュータに認識させるとページに飛んだ。
「アキバ・インダストリー...アキバグループか、最高モデルだな、確かに」
アキバグループ。なんと人類の宇宙進出以前から存在する超老舗。”最強無敵の美少女を”を社訓に、服飾、コスメ等女性向け製品において幅広いシェアと高い評価を誇る。その中でも最も彼らを象徴するのがガイノイドである。
高い造形技術に支えられた容姿は凄まじく、またその処理能力も一級品。特に最高モデルの”MAID-sn-315”シリーズは王宮にすら採用される程の完成度を誇り、その凄まじさたるや過激なヒューマノイド反対派を組織ごと丸め込んだ伝説があるほどだ。
「ええと...うわ、能力表が細かい...え、もしかしてこの変全部指定できるんですか?」
「それが特徴ですからな」
リューとセバスの言う通り、アキバ・インダストリーの作る製品は非常に細かいニーズに対応している事も大きな特徴だ。
容姿に関しては肌色や目、髪の色、身長体重スリーサイズなど、頭からつま先までその気になれば一ミリ単位、1度の角度まで、性格に関わる部分では口調、言動、仕事への積極度等々一つの仕草にまで指定が出来る。そのほかにもオプションも充実している。猫耳、タヌキ耳、尻尾や獣人化オプションなどなど。...ふむ、戦闘オプションか...採用だな。
「ええと...いくらオプション積んでも1億5000万!ですか...」
リューが微妙な顔をする。まあ気持ちはわかる。価格帯的に打ち出す文言としてはいろいろ可笑しい。
因みにオプション無しだと1億ぽっきりである。多分積む機械が違うんだろう。そこまで行くとモデルが違うとは思うが、これに関しては骨格と肌の違いで決めるスタイルらしい。なんでも特に骨格によって載せられるアレコレが全く違うんだとか。
「...セバス、学習ポッドはいくらだ?」
「圧縮教育、全対応となると...イーストウェイ・エデュケーションのYO-YO-GI-1ですかな。...5000万ヘイロー、と言ったところですな」
「合わせて約2億か。初期投資としてはまあまあだな」
「いやいやいやいや」
リューが両手と首を全力で振る。まあ上位貴族でもおいそれとは出せない金額だが知った事か。
「どうせ資金の5分の2だ、余らせて後悔するくらいなら使い切るぞ」
ひえっと頬に手を当てるリュー。俺もあまりの金額に恐れがないでは無いが目的があるからな。
ま、諸々動くにしろ最低限ブツが届かないと意味が無い。
両親の死を悼む気持ちはある。悲しみもないでは無い。だが、伯爵でもない俺ではそれに時間は取れん。まぁ気分転換だ。ショッピングを楽しむとしようか…!
基本的に葬式は存在しません。(それだけ死ぬ人間が多いとも言う)
最後の悼む時間とは葬式のことで、王国では伯爵以上に許された「贅沢」なんですね。