04.敬礼を。天の貴方へ敬礼を。決別を。幼き己に決別を。
A.C.854季61年。俺が29歳の冬期。
まあ屋敷のある星は常春の星故に季節感なんてあってないようなものではある。一応暦に合わせて冬のある場所に行ってみたりはしたものの、結局は殆ど勉強と魔法に費やしていた。
あと数か月で俺も幼年学校に入学と言う事で、少々俺の周りは慌ただしい。最低限失礼のない様にと礼儀作法の確認なんかを済ませねばならなかったからだ。
書いていても楽しくはないので軽く済ませるが、退屈なおっさんによる退屈な授業であったことだけは付記しておく。早く切り上げると金が貰えないのは分かるが、あの手この手で延長しようとしてくるもんだからダルいのなんのである。
流石にしつこいので親父に言いつけて追い出し、今はまた魔法で遊ぶ日々である。
「今日は…まず、空魔法の【不義交換】の練習をします」
【不義交換】、それは視界内に存在する物質と俺が持つ物質の位置を入れ替える魔法である。
自分を転移させることも出来る魔法だが、空魔法は自己対象にすると失敗=死なので今回はやらない。
「とりあえず、なんでもいいから私から何か奪ってください」
そう言ってリューは魔力を励起させる。
"無属性"や"魔装法"と呼ばれる技術だ。簡単に言えば、自分や身につけているものに魔力を流して強化する技術。人間であれば誰しも多少は無意識にしているものだが、リュー程の魔法使いが意識的に行うとこうして白く発光するわけである。
だからといって別に模擬戦を行う訳では無い。
【不義交換】は相手の魔力の影響下にある物質を強奪するのは難しいのである。唐突に相手の物をひったくろうとした時に反射的に抵抗するように、こちらの魔力を退けようとしてくるのだ。
尚指定の条件は"属性語のみで行うこと"である。
2つともえげつないほど繊細な魔力制御を要求されるため、自分自身をワープさせる以上この程度が出来ないと安全マージンが足りない…との事だ。まぁ変に使ったら首だけ置いてかれましたとか洒落にならんので文句は無い。
俺は渡されたビー玉を掴んで叫ぶ。
「…[エラル]!」
ばちんっ!
白く光るリューの魔力が波だった。
「…失敗ですね。…何を奪おうとしましたか?」
「服」
じとっとした目を向けられる。…まぁそうだろうけどパッと思いついたのがそれだけだったのだ。
「大きなものは失敗しやすいですよ」
成程、と今度は髪飾りを狙ってみる。…失敗した。靴…失敗。ベルト…失敗。腕輪…失敗。クソ、魔力強度が高い。
この"奪い合い"は魔力量でごり押せるものでは無い。相手の魔力の影響下にある、ということは、魔力が"流れている"ということだ。そこから【不義交換】で物を奪うにはその魔力の流れをせき止めるか逸らした上で"掴む"必要がある。
これだけ光るほど魔力を流している相手にそれをやるのは並大抵のことではない。
だが、それを簡単に出来る程でないと、【不義交換】でのワープなど出来ない。頭だけ置いて行ったとかになりかねないからだ。
魔力を高める。”練る”と言われる工程だ。空気中から魔素を取り込みつつ励起させる事で一時的ではあるが自分の魔力量以上の魔力を扱う事が出来る。
魔力を圧縮する。練りながら圧縮すると...なんというか、魔力が”鋭く”なるのだ。
「…[エラル]!!」
文字通り投げやりに魔力を放つ。
そう、文字通り。魔力を投げたのだ。
むしゃくしゃして実に適当に投げた魔力は、むしろ”余分”が無くなったからなのだろうか。
白く輝く防護壁に、抵抗なく突き刺さり....
ぱしいっ
「(繋がったッ!)」
まさかこんな方法で上手く行くとは思っていなかった俺は慌てふためきながらも、何度も繰り返した工程を手繰る。
すると左手に握りしめていたビー玉の固い感触が消え、何やら柔らかいものに変わる。
それが意味することはただ一つ。
「成功だ!」
「わあ!」
リューがぱちぱちと手を叩いてくれる。
破れかぶれ故少々気恥ずかしいが嬉しいものは嬉しい。
「いえ、破れかぶれになるまで待ってました」
俺が伝えるとリューはそう返す。
何でも、”体を使う”ことで”狙う”という大きな負担になる工程をほぼキャンセルすることが出来るのだと。しかもこれ、単純に負荷の値に加算されるのではなく、後々の工程すべてに負荷が乗算されるという無駄に凶悪な仕様なのだとか。案外、戦闘において”体を使う”という行為からは逃れられないのかもしれない。
「...それで、何と変わったんでしょう」
「...確かに」
狙いなんてつけてないようなものだからな。俺も何と変わったかは分からない。
取り合えず左手からはみ出てないのは間違いない。しかも持っていたビー玉よりも軽く感じる。
ふむ、と正体に見当が付かず、俺は拳を開いてみる事にする。
...現れたのは薄桃色の布である。フリルの沢山ついた可愛らしいデザインだ。ハンカチーフか、と思い端を取ると...ハンカチーフには似つかわしくない三角形が浮かび上がる。
...裏返すと、連なるフリルで形成されたT字の帯状の構造物。
ふむ。
ふむふむ。
すうううううううううーーーーーーー.....はああああああ....。
「パンツだなコレ」
「嗅ぐ必要ありましたかっ!!!!????」
脱ぎたてほやほや、芳しい芳香を発する...クリューソ・ヒステリアのパンツであった。
十分後。
顔を真っ赤にして怒っているリューに何とも言えない気まずさを覚えながら俺はリューがパンツを履くのを待っていた。むしろこう言う時はさっさと襲ってしまうのが王国貴族男児と言うモノだが、もう少し健全な関係を持っている俺達にしてみれば、だ。部屋をでると色々と不味いので後ろを向いて視線⒲おそらしているだけなのだが。
「...そういえばなんでT...」
「...ローブに合わせるスカートだと形がみえるんですよっ」
...実際たしかそっちがあのパンツの正しい使い方だったな。まあリューがそっちの目的で買う事はあり得んか....。
...視線を逸らしながらも裏ではそんなことを考えている俺は、この獣性あふれる宇宙においては単なるヘタレなのかも知れない。そう思った。
「何をやっておられるのですか」
「...おっとセバスか。いいタイミングと言うべきか困るな」
気まずい雰囲気を払拭できるとも、いたたまれなさが増加するのか。
「...貴族男児を見ている身としてはある種悪い...と言うかけしかけた方がよろしいのかもしれませぬな。古の”紳士”を受け継がんとする家の身としてはタイミングが良いと言えそうな気がします」
成程。”紳士”...現代に伝わる!”変態紳士”の意を一切含まない、ひたすらに清廉な者と言う意味での紳士、か。
「俺も目指そうかな、紳士冒険するにも礼儀は必要だし」
「貴族社会に身を置くものとしては非常に異端ですな」
そうだけどさ。
「だからって性欲だけの猿を目指すのはな...。俺が可笑しいんじゃなくて俺以外が可笑しいんだよ」
「それは同意いたしますが...おっと、本題を忘れるところでしたな」
露骨に話題をそらしたな。こいつは常々”立派な一人前の貴族”なんて言葉を口にするが、そんなもの目指すなと言いたくなる醜態しか俺の耳には届かない。まあ功績より醜聞の方が目立っているだけなのかもしれないが、少なくとも辺境において貴族とは”下品下劣の代名詞”と言って過言ではない。セバスはそこらへんに思うことがあるのだろう。この辺の話題を追及するとはぐらかされる。
もしかしたら首都の方の貴族ならマシなのかもだが...ただなあ。推定だがその辺に居たと思われるセバスの反応を見るにその期待は幻想にすぎない気が大いにする。うーむ、お先真っ暗とはこういう時に使うのだろうか。いや、まだ三桁の年齢にも達していないのにそんなことを言っていたら色々と終わりだが。
まあとりあえずいいか。誰にも、俺のイメージ通りの、もしくはイメージと違う貴族子女に会っていないのだ。最終的には実地を視なければ何ともだ。古代の文献にも”百聞は一見に如かず”とあることだしな。
「御屋形様が御用だ、と」
「お前最近親父関連を黙っておく主義にでも目覚めたか?」
もしそうならさっさと二重の意味で首を斬ってしまったほうが良くないか?...まあ、こいつの能力を考えると切れないんだが。ある意味ウチを支えているのはコイツとも言えなくも...いや、言っていいな。うん。
「まあ、ともかく行くか」
またちょっとしたドライブをする羽目になるけども。
「出張、か」
会うや否や、我が親父殿の口から吐き出されたのはそれだった。
「出張というか、訪問かな、この場合」
まあ、他の貴族の領地に言って挨拶をする...と言うことらしいからな
「だが、挨拶とはいってもお相手の...ええと」
「リーシュナー男爵家、だね。まあ同格だから普通は挨拶にはいかなくていい、んだけどそうもいかないんだよね」
リーシュナー男爵。まあウチがわざわざ関わりに行く程度の場所に領地を持つ、つまりウチを同じような辺境領主である。というかお隣だ。
ひょい、と投影窓が寄越される。
「...”娘が結婚”?」
「そ。それもそこそこいい場所に居る子爵家にね。いわば壮行会に及ばれさ」
ふむ、と思い見てみれば参加予定者の所にトーマスの名しかない。大体こういうのは家の長しか書かれていないとはいえ、こういうパーティのチラシは参加表明のたびに更新されるはず....ってかこれ。
「規模小さくない?」
「ま、僕しか呼ばれてないからね」
「なんだそりゃ」
たった二家のパーティとはな。
「むこうもウチもお金がね。超小規模にでも名目上”パブリックな”パーティと言うことにしておく方が家族だけでするより少し安上りなのさ。僕たちの交通費含めてもね」
辺境は稼ぎが少ない。と嘆く父。それは...まあ、理解できなくもないが、俺はそれだけではない事を知っている。...人の良い父に、我が当主に向かってそんなことを言うことは出来ないかもしれんが。
「という訳で暫く開けるよ。留守番宜しく」
流石に貴族子女、それも異性が立った二人で顔を合わせるのは非常に良くない。それはつまり肉体関係を意味するからだ。...言ってて悲しくなってくるが、そういうことだ。未就学となれば余計にこう、家同士の結束を強くする意味と言うか、まあけっこう挑戦的だと見做されかねない。
向こうの娘さんは一般的貴族子女であるようだし、下手をすると俺が食われかねんしな。...やっぱり悲しくなってくる。いっそのこと平民のがマシじゃね?
「了解」
びし、と敬礼をしておどけて見せる。
黙っていた母がくすりと笑い。
「おねがいね、一応必要かもしれないモノはいくつか残してあるから」
と俺の頭を撫でた。
何故だろうか。それに非常に不安を覚えたのは。
「どういうことだッ!!!!!!!!」
三か月後。俺は当主の書斎にて、全力でセバスチャンを怒鳴りつけていた。
びく、と肩を震わせたのは目の前に立つセバスチャンではなくリューだったが。
俺の手には、一つの投影窓が握りしめられていた。
使いづらくないよう、投影窓には疑似的な感触が設定されている。とはいえあくまでも疑似感覚であり、握りしめたところで一切の意味は存在しないのだが...そんなことはどうでもよかった。
そこに表示されていたのは、王国中枢部...内務大臣貴下内政担当部所属、”爵当管理課”からの緊急通達であった。”爵当管理課”は文字通り、貴族の徐爵や引継ぎなどを主に担当する部署である。
そんなところから俺の...正確にはオーレン家に通達が来た。我が父の出世?念願の子爵家に?そんな訳があるか。言ってしまえば所詮我が父は人が良いだけで手腕は...戦ではいい方ではあるが積み上げた功績はあくまで男爵の域を出ない。では何か。そう。引継ぎだ。
「『トーマス・ヴァン・オーレン及びメアリー・オーレンの死亡による爵位継承のお知らせ』だと!?ふざけるな!!」
近くにおいてあった謎の調度品を投げつける。セバスは避けず、捻じり曲がったそれは硬質プラスチック特有のぱきんとした音を立てて頭にぶつかった。
「...トーマス様は」
「親父を名前で呼ぶな、下郎が」
命のやり取りなんてしたことがない温室育ちの身。だが精いっぱいの殺気を込めてセバスを睨む。
お前は、あっさりと俺に乗り換えるつもりかと。
「...申し訳ございません。...御屋形様がリーシュナー男爵家の領地でパーティーを行っている折、会場を宙賊に襲撃されたそうです」
宙賊...別名宇宙海賊。文字通り、宇宙船を駆り海賊行為を働くならず者。基本は小規模な民間船を狙い、貴族を狙うのは少数なのだが。
「...なんだと?親父は雰囲気こそあんなんだが男爵の中では戦闘の腕はそこそこな筈だ。五十年前の国境紛争の記録を見ればそれくらいは分かる。ウチから護衛艦隊を連れて行ったはずだし...リーシュナーの腕は知らんが、パーティーの警備をしない訳がない。男爵家二つぶんの護衛艦隊を相手取れる宙賊なんてこの辺には....!」
気付く。気付いてしまう。ある種辺境において伝説の様な、怪談の様にすら語られる存在。人為的な嵐と評され、猛威を振るう大宙賊...。
「”キャプテン・ドラン”..."ライメイ宙賊団"ッ!!」
「...はい。"ライメイ宙賊団"に襲撃され、最初の突撃で艦隊は半壊。応戦するために出てきた即応艦隊ともども二度目の突撃で七割の艦が全損。...トーマス様の艦はリーシュナー男爵の艦と共に行動していましたが、リーシュナー家旗艦への強襲を防ごうと回頭した際に、運悪く砲撃が艦橋を貫き...」
防壁はどうした、などと聞く方が野暮か。宇宙艦に標準搭載されている非実体式防御壁であるシールド。ありとあらゆるダメージを防ぐシロモノだが、決して万能ではない。多くダメージを受ければ回復が追いつかず飽和してしまうし、貫通する手段もいくつかある。たまたま、運悪く。そんな言葉、空間戦ではありふれた話だ。
「母さんは」
「...トーマス様と同じ艦に乗艦されていた、と...」
「そうか」
きり、と奥歯を噛み締める。息子がまだ未就学の内に死にやがって、と言うのは理不尽には当たらんだろう。
「...一応聞くが、リーシュナー男爵たちは?」
「強襲の際に、男爵本人と夫人は死亡、長女は拐された、と。...長男ははじめの奇襲の際に乗っていた艦が」
「全滅か」
「え、今拐す...誘拐された、って」
思わずと言った風にリューが口を挟んできた。...まあ知らん方がいい情報ではあるか。やっぱ箱入りだなコイツ。...正直心情的に説明する気ではないが、まあ、いい。
「いいか、基本的に宙賊共に拉致られた時点で”生存”とはカウントされない。特に女性はな。99%の行き着く先は違法奴隷だ」
奴隷。人的資源の値段が下がりに下がった星間国家たちでは復活してしまった制度。だが当然どの国もーー一部の小国を除き、だがーー法によって奴隷の存在は制御されている。それを踏み倒しているのが文字通りの違法奴隷だ。
違法、つまりは通常の奴隷が最低限保証されている事柄すら一切合切無視される存在だ。つまり。
「まあまず大体の場合は宙賊共が”加工”しちまう。”肉塊”か”袋”か、”胸像”か...まあ人の形か、人の心か、どっちかでも1割残ってれば奇跡の類だな。...お国柄、異常性癖には事欠かない。変態貴族共は入れ食いだ。...逃がした時点でまあ手遅れだよ」
「...っ」
口を押えてリューが後退る。...なにも言わなかったのは俺の心情を慮ってか。だったら質問もしないで欲しかったが。まあいい。
「リーシュナー男爵領は?」
「恐らく周辺の領主で山分け...と言いたいですが、我が領にはほぼ回ってこないでしょうな」
「だろうな。当主が正式に策定される前に片づけられて終わりだ。まあ慈悲として残存艦隊を押し付けられる、辺りは期待してもいいか」
はあ、と天を仰ぐ。全く泣いてもられん。
「...ですな。”ライメイ宙賊団”の驚異があろうと他家は見向きもしないでしょう。敗残兵は役に立たないと言う見方もありますし、そも軍事に金を掛ける家が少数です」
そういう意味ではウチはそこそこの艦隊はあるんだよな。まあ王国全体の平均値なんて知らんからこの辺では、に過ぎんが。
はあ、とため息を吐く。深く、深く。
とぼとぼと歩き、かつて父が座っていた椅子にどっかりと座る。...すこし合わないな。は、そう言えば椅子と枕はこだわる人だった。
かちり、と。自分の中で何かが切り替わる音がした。
「...セバス」
重く、声を出す。...自分でも知らない声が出た。
「なんでしょう」
セバスが静かに答える。
長年仕えた主が死んだにしては冷淡だが、まあセバスはそうでなくてはならない。コイツが置く位置は、推測だがそういうものだ。
「...冒険において、”冒険者”において大事なものはなんだ」
...勢いを削いだ。
俺の場違いな質問に、確かにセバスが固まった。
「...未知、でしょうか」
「違うな」
ぴしゃりと切って捨てる。頓珍漢な答えを言うとは珍しい。まあこれでも動揺しているのかもしれんな。知った事ではないが。
「英雄譚だよ」
腕を組み、ふう、と息を吐く。
「なあ、セバス。俺の父は、トーマス・ヴァン・オーレンは、英雄譚になるような人物か?」
リューが息を呑む気配がする。
セバスはほんの少し躊躇うような表情を見せた後、慎重に言った。
「いいえ。残念ながら。トーマス様は武勇を誇りましたが、男爵の域を出ず。メアリー様を娶る話は王国においては美談となりましょうが...」
「理想の王子様でも何でもないからな」
別に爵位が上がる訳でもなくパーティーに行ってぽんと死ぬ男は 英雄譚足りえんさ。
「母...はまあいい。セットみたいなもんだ。じゃあ、リーシュナー男爵令嬢、拐かされた少女は?語り継ぐに足る悲劇か?」
「...いいえ。結局は良くある話に過ぎませんな」
そうだな。パーティー中...主星に居て尚攫われるのは珍しいかも知れんが、まあ単なる石がちょっと白かったくらいの違いだな。
「そうだな。...なあ、死んで、来た文章が通知文一つとは...つまらないと思うだろ」
ぎらり、と瞳を輝かせる。
セバスが初めて気圧された様に一歩下がった。
「...生きるぞ」
手を組み替える。
「別に、親父のためなんて殊勝なことは言わん。俺が、俺自身が英雄譚になる。あんなでも父親としてはそこそこだったんだ。〆の一行にでも名前は載せていい」
漠然と、冒険を夢見ていた。
棄権に突っ込んで、かっこいいことをしていた過去の英雄たちに。
だがそれは、彼らが生きて帰ってきたからこその物語。
いくつもの修羅場を超えてこそ、英雄は英雄足りうるのだ。
なら俺は、そこに新たに加えたい、と思った。
死を始めて近くに感じた。死が初めて近くを撫でた。
俺は人生がつまらないのが嫌だったんじゃない。
”俺”がつまらないことが嫌だったんだ。
幾ら冒険したって、俺と言う本を開いたとき、”放蕩貴族が辺境の未開星で好き勝手しました”で終わったら意味がない。
”冒険”を、英雄譚をこそ俺は望む。
冒険に憧れた子供は殻を脱ぎ、英雄の幼生へと。
もう歩みは止まらない。
俺の頭に、今閃いているのは賭けだ。一歩ミスれば俺もまた単なる墓石に成り下がる。
だが、俺は。
止まろうとも、思わない。
「俺が領主だ、セバス」
...ああ、ここからは時間との勝負だとも。
プロローグに当たる章は終わりです。