32.宇宙決闘予選
学園所有の超大型航宙空母”マウス・ブルーダー”。その格納庫には様々な機装騎士が格納されていた。
「”ウィルバート”...正式採用機が多いのは当然か」
それぞれカスタムを施されてはいるが、以前レオーナIIIで見た蒸気機関車を思わせる、よく言えば重厚な...悪く言えば鈍臭い面持ちは隠しきれていない。
汎用機として製作されてはいるがその能力は少々ばかり防御に寄り速度がない。それゆえに盾を基本装備とする各国の正式採用機には珍しい特徴を持つ機体だ。
実際、この格納庫にも盾を持った機体が多い。
「機体名を公開してるのも多いな。トーマスにエドワード、ジェームスにダグラス、人につける様な名前が案外多いな」
ただそのタイプの名前が付いている機体は余り原型から弄っていないパターンが多い。逆に、クライドラーの様な捻った名前の機体はかなりカスタムされている。その辺はやはりこだわりの問題なのだろう。
「お、”サミュエル”か、洒落た機体を」
嘗て存在した華麗さを重んじる工廠が作り上げた名機だ。かなり古いシリーズでもあり、暗中模索の内に生み出された突然変異の機体である。この機体は、ほぼすべての性能が高い代わりに操作が煩雑に過ぎるという弱点を持つ。それは見た目、どう見たって四本ある腕からも見て取れるだろう。”華麗なる異形”の異名を持つこのシリーズは、カスタム次第ではかなり強力だ。
「”ゴールディング”...こんなのまであるのか」
金色へ至るの名とは裏腹の質実剛健を絵に描いたようなある種不格好な形をした機体。堅く、強く、高出力を極め、標準装備の巨大なビーム複合シールドで攻撃を受け止め、肩部大型キャノンと突撃槍で返す機体。本来は角ばった装甲を持つ機体なのだが、カスタムによって曲線を描くそれに変えられ、あくまで装っているだけだが、流麗なものとなっている。ただカラーリングが金色なのはどうなのか。機体名は..."ゴルディオン・フライ"...差し詰め鍍金の蠅と言ったところか。カラーリングやカスタムも含めて皮肉めいた印象がある。
「げ、"ネヴィルシュート"」
"ゲテモノ作り"と言われるDMW技術工廠の手癖は...ああ、何度か世話になったから良く分かっている。一連のサンダーブリッツ関係のあれこれなどは奴らの仕事だ。
”一芸特化”の名のもとに好き勝手するのが連中の手口。
ネヴィルシュートの特徴は”身軽さ”。大量のスラスターで板の様な体を振り回すという、暴力的な設計。何と航空力学まで考慮されているようで、大気圏内ですらピエロの様な動きを実現する。
何処からそんなモノを組み込むアイデアを持ってきたのか、小型の惑星開拓船用反重力装置を脚部に採用している。
見た目は...さっきも言ったように板。大型のジェネレータとシールド発生装置、コックピットを無理に詰め込んだコア部を翼状の板二枚で囲み、放熱フィンが組み合わさったような形状の腕部が張り付き、車輪の様な足がぶら下がり、そして細い剣状の頭部が乗っかっている、ゲテモノここに極まれり、と言うべき機体である。
だが性能の方は存外に悪くなく、酔いやすいことと多めに設定されているシールドが抜かれたらほぼ詰みな事を除けば起動性能の異様に高い機体である。
コイツはカスタムは余りされていない...いや、大型の羽が背中に追加されている。実はそこまで高くない直進速度を補うカスタムか。機体名はフライング・フルウイング
空飛ぶ翼だらけ、もしくは空飛ぶ翼バカ。...両方か。
どれもこれも、思ったよりも個性だらけの様だ。
あとはモリス...かなり旧式の練習機だ。
I号機やII号機など無味乾燥な機体名。
野暮ったいずんぐりとした機体は我が王国の制式機体らしく防御よりの性能。
一応近代化改修はされているようだが、性能はそこまでと言ったところだろうが...
まあいい。
さて、勝つか。
...
......
.........
あれ?俺のは?
「すみませんね、ちょっとこの船に40m級ハンガーはありませんで...ご自分の艦にお願いしても?」
あ、はい。
ちょっともたついたが、俺はミーティアに搭乗し、宇宙へと飛び出した。
『その機体...それが噂のミーティアか』
対戦相手、巨大なスラスター付きバックパックを背負った、速そうなカスタムを施されたウィルバートが通信を繋いでくる。
姿そのものは十数キロ以上離れた彼方だが、望遠カメラは高精細に互いの姿をとらえていることだろう。
噂、ね。50年以上あっても消えない噂とは。ま、噂は得てして素早く広がる割に消えないものだが。
『だが...聞いていた恰好と違うな』
「ま、実践の後、改修する機会に恵まれてね」
DMW技術工廠に改修を任せた。
まああくまで小改修と言ったところだが、腕が翼の様に鋭く変更、面全体を推進機と化す羽型推進機構を脚部へ搭載、後部バックパックを巨大なフィンスラスターで出来た剣の様な構造に変えられたため、シルエットそのものは割と変わっている。
さらなる速度とネヴィルシュート由来の機動性を持たせた強化改修だ。
『...金持ちめ』
視線を右にやれば、もう一人の対戦相手、モリスに乗った男が唾を吐くような声を出す。
そう、この試験のルールは三つ巴。宙間戦闘は乱戦が基本、故に多数の情報に対処できるかを調べるための形式なのだろう。
尚なぜかこちらはトーナメント形式である。イベントも兼ねているから...と言うよりかは、選択する者が少ないからか?
「ふん、稼げなかった己を恨め。...俺は自分で稼いだぞ」
『...ははは、道理だが、中々豪胆な発言よな。数奇な運命を持つ者の発言など参考にならんだろうに』
吐き捨てると、ウィルバートの方が笑う。
「正当な権利、ってことだろ。参考にならないのなら、せめて受け入れるべきだ」
『それもそうだ。波に乗れなければ死ぬ様な海域に漕ぎ出した男だものな、お前は』
中々粋な例えをする。
『...ち』
言葉につまったモリスのは、舌打ちをして通信を切ってしまった。
『...はは、大勝ちも良い事ばかりではないな』
「まったくだ」
そう言って俺達も通信を切る。
モニターにカウントダウン開始が表示され、白い数字が派手なエフェクトと共に減っていく。
…そう言えば、こっちでは名前を公表しないのだったか。そういう仕組みなのだからと言われればそれまでだが、少し不思議だな。
『5,4,3,2,1,START!!』
號!と全身のスラスターが火を噴く。
増加したスラスターは火の尾を長く伸ばし、それこそ流星の、いや、ある種彗星の如く蒼く棚引かせる。
遠景に見える筈の星景すらも線となって流れていく。
ドウジキリを抜き放つ。余りに高速故に、瞬間的に間合いが肉薄する。
カメラが遠景から近距離へと変わり、映し出された対象は、モリスの野暮ったい寸胴だ。
『くそ...っ!やっぱりこっちか!』
試験用設定である程度の範囲内まで接近すると自動的につながる様になっている通信から悪態が届く。
弱い方から倒すのは定石だからな、まあ許せ。
モリスは腹部の鍋蓋の様な装甲がそのまま盾になるギミックが搭載されている。とっさにロックを外し泳いだそれをひっつかみ、我が凶刃の前に掲げて見せる。
機装騎士用の実体盾なら必ずついている、集中型シールド発生装置による青いスパークが飛び散る。
大きくモリスがよろめくが、それを利用して後ろに下がる。
...案外反応が良いな!
学生とはいえ流石に宇宙海賊やその用心棒風情とは違う、才能の力を感じる。
だが。
バクン!と肩装甲が弾け、砲身が露出。バシィ!とレーザーショットガンが光を噴く。
瞬間的にシールドが剥がされる。実体盾の方はなんとか耐えたが、暴れる光は本体側のシールドまでほとんど持って行く。
『この…ッ…性能頼みが…!』
「そういうことは乗ってから言えよ弱虫野郎!」
ドウジキリを一閃、二閃。無慈悲にも盾が弾け飛ぶ。
追撃を予感したか、モリスが両のマニピュレータをクロスさせる…が、俺は敢えて追撃しない。
『はっはっは、2人だけで盛り上がるとは寂しいじゃないか!私も混ぜてくれ!』
ビシュウ!
身を翻し、後方宙返りをする俺の背中を荷電粒子の熱がちりちりと焦がす。
ウィルバートが手に持つのは大型のビーム砲とレーザーガトリング。
高機動で敵の攻撃を避けつつ火力を押し付ける設計思想。多少の被弾はウィルバートそのものの頑強さで無視する構えか。
「待機列は守れよ!後で相手してやるからさぁ!」
やはりモリスにトドメを刺すべき。そう判断した俺は不意打ちのビームを喰らいついに防御手段を完全に喪失したモリスへと踊るように飛翔する。
『くそぉっ!』
ぱぱぱぱ、とレーザーサブマシンガンの軽い作動音が鳴り響き、しかし俺の機体にかすりもしない。
コクピットの安全確保を慣性制御に任せ、馬鹿げた推力で鋭角ターンすら可能にしたミーティアは、常人にはそう捉えられるものではない。
ごうん!
何十度目のターン、唐突にモリスへと方向を変える。後方からもレーザーガトリングの紫色の光線が放たれる中、一気に肉薄する。慌てて腰に据えられたプラズマソードを抜き放つがもう遅い。
がきん!
『なんだ!?』
「ふっふっふ、捕まえた」
大きな手でモリスの頭部を鷲掴みにする。
この試合の勝利条件は頭部の破壊判定もしくは完全破壊。
必ずしも破壊する必要は無いとはいえ…修繕費は学園持ち。ならば別にどちらでもいい。
襲い来る弾幕を泳ぐように、モリスを中心に円を描くように、ぎゅるりと一回転。
めりばぎっ、と鈍い音と共にモリスの野暮ったい頭部がもぎり取られる。
『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
撃破判定を示す赤い光。すかさず緑色の光が注ぐ。シールドリチャージャー。流れ弾で本当に撃墜されない為の措置だ。
「ふははっ!置き土産は転売だ!」
それを確認しつつ俺はハンマー投げの要領でモリスの頸をウィルバートへ投擲する。
『!?くっそう!』
破片に容赦する必要はない。ウィルバートは難なく頸を叩き落とす、が、一瞬そちらへ意識が向く。その時には俺は奴との間合いを三分の二は詰めている。
ガトリングの乱射。開く隙間は誘導路か。大型のビームで刺し貫く用意をしている。
...ふはっ。
敢えて射線に躍り出る。待ってましたと砲が黄色の火を噴き、絶死の雷槍が襲い来る。
一閃。
ドウジキリを、唐竹に振り下ろす。
実体ながら、この刀の材質はこの宇宙でも指折りの堅牢性を持つ合金だ。この程度のビームでは傷一つ付かない。
『うっ...そだろ、上って来る!』
鯉が滝を昇るが如く。
青銀は龍星となって光の瀑布を分け進む。
『...っ、ええい!』
砲身が赤熱、遂にビームの噴出は終わりを告げる。
再度間合いを話すのは困難と判断したか、近接戦の構えを取る。
...いや、あの砲で直接殴る気か?
と思った束の間、がこん、と右手に持つビーム砲の砲身が裏返る。
露出する多数のビーム発振器から鋸の様なビーム刃が展開する。成程、複合武器だったのか。
ビームソーを片手にガトリングを放ちつつ、ウィルバートが此方へ突進を開始。
俺もドウジキリで応戦...と見せかけ、まるで宇宙船が惑星の軌道に入る様に、ヤツの後方へ回り込む。
『ッ!?』
咄嗟に追従するガトリングの弾を躱し、操縦桿の釦を叩く。
バクン!
再び弾けた蓋の下から光の散弾が放たれる。
「弾けろ!」
『うおおおっ!!』
咄嗟にウィルバートが上昇に舵を切る。
ぐんと持ち上がった機体はその殆どを加害圏から逸らし、シールドへの負荷を最小限に抑えて見せる。
『今のでシールド6割損失...まともに食らってたら一発か!』
「一回保証は便利だよなぁ!」
シールドの耐久限界を大きく超えた攻撃を喰らってもシールドが割れた時だけは攻撃を無効化する。まあ実体攻撃等一部は貫通するが。
「覇ッ!」
斬!
炎の翼を背に負い、追いすがる流星が刀を振るう。
既に回避を使った鋼鉄は、その間隙を突かれる。
『ちっ!』
振るわれる黄金鋸。シールドは頼らない。近接武装それ自体がシールド貫通効果を持つ上に相手は実体剣。効く保証など何処にもない。
Bazzzzz!
弾ける様な音と共に光と黒鉄が切り結ぶ。
本来打ち合う事が難しい両者だが、垂直に噴出する光と、万象をその身に寄せ付けない黒鉄が奇跡的な均衡を生む。
『え、は!?』
突如、鋼鉄のもつ鋸から手ごたえが消滅する。何事かと眼を向ければ、そこに在るのは黒鉄の刀と蒼炎の残滓。咄嗟に左の腕を掲げれば、鈍い衝撃が駆け抜ける。
がごん!
と金属の鈍い音を轟かせ。
蒼銀の流星が蹴撃を突き刺す。
『うぐ、あっ!』
まご、と内部フレームが拉げる音が鋼鉄の操縦席に啼く。
ケーブルが千切れ、力を喪った指先が、死体が如く六連砲を取り落とす。
『っくそ!』
短く悪態を吐き、左腕を奪った鬼面の流星へ鋸を振るう。
その時にはもういない。
どうせと振り向いた先には既に流れた筈の刀を握った流星が。
『速いぜ...流石に』
カメラいっぱいに迫るドウジキリの切っ先を見つめ、鋼鉄の虜囚は独り言ちた。




