27.節目
があん!ぎいん!
金属同士がぶつかり合う音が屋敷の庭に響き渡る。
「破ァッ!」
「ヤッ!」
俺が振るう刀を、”打刀”で的確に叩き落しているのは桜だ。
騎士の面目躍如、とプラチナムと共に俺の指南役を買って出た彼女は、...まあ端的に言って鬼教官であった。
異風の名前に違わず刀を使う彼女は俺の指南役として適格ではあるが。
「せあっ」
「エイッ!」
突きを躱され、手首の傍、柄の部分を叩かれる。
「ぐ」
取り落とすとひどい目に会うのはこの数日で検証済なので気合で耐える。
左手で柄を引く。右手を中心に刀が回る。この刀は模造刀だが愛刀を模している。柄もそこそこ長い。ぐりん、と桜の持つ刀を回転に巻き込む。
「ッ」
桜が刀を引く。
その上を滑らせるように刃を走らせ、横薙ぎに斬り付ける。
刀を引く勢いに任せ桜は後方宙返り。かすりもしない。勢いに任せ回転しつつ刀を担ぐような体制...八相へ移行。前に出した右足から思い切り力を抜く。重心が身体から外れる程に前のめりになった瞬間に地を蹴る。
爆発、加速。雷が如く。跳んだ分離れた間合いが瞬間的に縮まる。
「是アッ!」
叩き下ろすような縦斬り。本来は初太刀絶殺を旨とする攻撃だそうだが、こういった大き目の隙に刺すならば。
ぎゃり、と擦過音を掻き鳴らし、全開の一撃が逸らされる。
間合いが詰められる。大太刀のこちらに対し桜は打刀。操法は同じであろうと間合いが違う。
「ヤァッ!」
喉元へ向けて下段方向から突きが放たれる。とはいえ慌てる程ではない。冷静に一歩後ろへ...
「ッ!?」
いきなり伸びてきやがった。体を捻り、右手を外し、左手一本での突きが迫る。
最初から狙いは喉ではなく額か。
あえて着地に失敗する。後方へすっころぶ勢いを利用してギリギリで回避。無理やり体を捻り受け身を取りつつ横へ転がって逃げる。
ガッ。
地面を強引に殴りつけ、回転をそのままに強引に立ち上がる。一切止まらずに一閃。
空を切る。んなもん分かっている。
跳躍。回転軸をさらに傾け斬り下ろしに。後ろに跳ばれる。そのまま地面に墜落、しゃがみこんでから這う様に駆ける。
突き。滝を上る様に、海底から浮上するように潜り突き上げる。
頭を傾けるだけで避けられる。それも知ってる。
刀を置く。慣性に任せ、空を滑る。気にしない。腕を開き、強引に進む。
「...!」
始めて桜が瞠目する。しかし冷静、突きが降りてくる。
「アァ!」
無理やりに地面を蹴る。バランスが崩れるが気にしない。ギリギリを刃がかすめる。問題はない。
がっちりと腰に組み付く。衝撃が桜の身体を襲う、が崩れない。
どんな体幹だ、と思うがこれもまた予想通りの事に過ぎない。
ぶん、と身体を振る。右手で首筋を掴み、振るわれる攻撃をかわす、ここまで来ても一ミリすら体幹はブレない。
それも知ってるとも。
カッ。
「な」
桜の驚愕の声。無理もなかろう。流石に、
刀の鍔に足を掛けるなんて、予想できる筈もない。
脚をかがめ、刀を引き寄せる。桜を掴む腕を変え、空いた右手で刀を掴む。
振り払われる。離すものか。その勢いすら利用してやる。柄頭を桜の頭へ振り下ろす。普通の大太刀とは違い、こいつは柄の端まで茎たっぷりだ。当たれば相当痛いとも。
「ぐっ...」
腕を俺の腕に当てる形で防がれる。空中で踏ん張れない俺は押し出され、攻撃圏から追い出される。
着地を...ッ!
迫る桜。速いとか言う話じゃない。
突きが着地が済み切ってない俺に放たれる。
「こなくそっ!」
刀を滑り込ませる。金属音。
しかし刀は未だ迫るまま。
「雄ォッ!」
ギンッ!
ギンッ!
ギンギンギンギンギンッ!
眼にも止まらぬ突きの嵐。受けた瞬間には次の一撃が迫っている。
耐える。
耐える。
耐え忍ぶ。
速さに振ったこの剣技では俺の守りは崩せない。どこかで隙が出る筈だ。
と、少しだけ動きが遅くなり、大きく腕を引き絞る。
───ここだ。
「破ぁあああああ!」
裂帛の気合と共に胴を放つ。
果たしてその結果は。
「....負けた」
俺の刀は左手で制され、喉元に切っ先が突き付けられていた。
柔い掌に抑えられた俺の両腕は、力が入る直前の位置で動かない。
まあ、完膚なきまでに負け、と言う奴だ。
「....ふう」
どさ、と地面に崩れ落ちる。
「いやー、流石に強いな、騎士は」
「騎士の家系という訳でもないのについてこれる方が可笑しい所はあるんですよ?」
桜は汗を拭きながら苦笑する。
遺伝子操作、だったか。まさか騎士伝説の原因がそもそもの身体の方向性が違う、とはな。
禁忌の技術なのは間違いない。が、大昔に一時期、普通に行われていた時期があったのも確か。
まあ桜のころ、と言うか騎士と呼ばれる様になってからはそんなことしていなかったようだが。
どうも悪政で有名だった国の実験兵士が出自だとかなんとか。
「遠からず、私は負けてしまいますね...」
じっとりとした汗を吸った訓練着を貼り付かせ、蒸気をもわもわと漂わせながら桜は朗らかに言う。
...よく言うぜ。俺に課すアホみたいな量と密度の訓練以上に自分もやってるくせに。
「...よっと」
懐から例の銃を取り出す。...ああ、これは結局みんなでさんざっぱら悩んで、銀の閃光と名付けた。どちらかと言えば紅の強い銃ではあるが、白銀...白と、ブランシェとかかっている名前を選んだ。...騎士となるのだから、誓いの様になれば、と思った。...ええい、判ってるよそんなこと。
兎に角アージェンレクレール...アージェンには常に複聖の奇蹟を仕込んである。こいつは回復系の最上位だけあって怪我も疲労も一発で治るのだ。
拳銃自殺宜しくこめかみに当て、引き金を引くと、薄緑色の光が体中を駆けまわる。
トレーニング後にそんなことをしたら筋肉が成長しないじゃないか、と言うかもしれないが、ぶっちゃけそうでもない。正直別に筋肉を無理に鍛える必要も薄いと言えば薄いのだが、複聖の奇蹟はあくまでも本人の再生能力をとんでもなく上げ、再生範囲をとにかく広げる魔法である。
特典として、治す量に応じて筋肉が少し成長し、身体そのものの耐久力が少し上がる。
極論コイツを乱用すれば24時間筋トレできると言うことだ。
「ふぅ...」
じんわりと温かくなる感覚に思わず溜息を吐くと、汗を拭いていた桜が近づいてきた。
...不可視の尻尾が振られているのが分かる。
ぶんぶんと。
「えい」
ぴゅっと放たれたのは回復魔法ではなく水。
「きゃっ」
ばちゃ、と水を引っ被った桜が悲鳴を上げる。地味に冷やした水を打ったので、まあさもありなん。
「ひどいじゃないですか...」
結構な量を放ったので濡れ鼠である。汗で張り付いていた訓練着がもっとべったりと張り付き、ボディラインが完全に露わになっている。うむ、やはり謹製の取れた体系だ。
「ははは、一応効果は乗せてあるが」
「え?...あ、本当。回復してます...」
水は魔法を飛ばす媒体になりうる。...最近リューが発見した現象である。
それに関する様々論文提出や特許出願に躍起になっているのが最近の彼女の日常だ。....ちょくちょく俺が手伝っているのは公然の秘密である。
「ふう。...そういえば、確か明日が二回目の強化の日...でしたっけ」
身体強化。それは貴族が貴族たる所以の一つとも言われる。
まあ言ってしまえばちょっと疲れにくくなって力が強くなり、病気になりにくくなる程度のもの。何もせず不摂生をしていればただのデブになることは変わらないが、それでも人の限界へと近づくそれは、象徴となるのも当然である。
「ああ。明日が誕生日にあたるからな」
何百回と歳を経るこの世界で誕生日を祝う習慣などありはしない。でも、いくつかの歳は祝われる...と言うか、大きな変化がある。
その第一回目が今年。
A. C. 855季32年。つまりは俺が生まれてからちょうど1季が経過する年。
つまりは100歳の誕生日だ。
約60年、永いようでいてそこまでではなかったな、と思う。
結局のところ忙しくしていると時間は飛ぶように流れるものだ。
まあ、新たに増えた領地のせい、とも言うのだが、それはまた語るとしよう。
「最高ランクの施術を受けられるとは思いませんでしたが」
修行を傍で見ていたプラチナムが俺の汗を拭いてくれる。
身体強化の施術とは言ってもその種類は多岐に渡る。本来俺の様な下級貴族が受けられるのは、免疫向上と最低ランクの筋力向上くらい。しかし最高ランクともなれば脳の演算能力から酒耐性に至るまで、おおよそ人の持つ能力の全てが向上する。
ま、そこらへんは60年前のやらかしの成果と言うか。
騎士発言が良い方向に働いた結果...だと思う。あとはこの周辺の宇宙海賊を徹底的に狩りまくった成果か。
まああとは単純に金を積んだんだが。
「まあ、それを受けたらその足で学園だ。飛び級入学の許可は出たとはいえ、”入学試験を上位1割以内での合格”とか言う条件が出ているからな」
ブランシェに再三再四奨められた飛び級を、結局俺は受けることに決めた。正直普通に160までは領地に引きこもることも考えたのだが、態々個人用のネットワークアドレスまで特定してメッセージを送られるとな...。
コチラはコチラであっさりと許可はでた。学習ポッドで取った卒業資格とはいえ中等卒業資格はしっかりとした効力を発揮してくれた。が、許可を出してくれたのはこの王国の最高学府...王立”ザン・ダ・アーリア”高等学園のみ。さらには入学試験を最高成績でクリアせよとのお達しであった。
「中々鬼畜ですよね、それ...」
桜が溜息を吐く。
試しに過去問を側近や通りがかりの臣下やら部下やらに解かせてみたりしたが、セバスとプラチナム以外は壊滅であった。
ロゴシティであるプラチナムは兎も角セバスも流石だ。
尚、成績が一番低かったのは桜である。
数万年の時の流れが...と言うより元々バカだったっぽい。
誤魔化してはいたが多分間違いない。
礼儀正しい清楚おっとり系な雰囲気を醸し出しておいてバカなのか、とは思った。
「つっても俺、過去問じゃ満点だし」
むしろ六十年もあってなんで皆その程度出来ないのかと思うくらいだ。努力って暇な時間があるならいくらでも出来るだろう?
「時間があるからって努力をひたすら出来る、って中々いないと思いますよ」
そう言うものか。
「ま、そう言う訳で暫くここを離れるからな。...今夜は頼むぜプラチナム」
「はい」
一応、出立パーティの様なモノを企画してある。楽しみだ。
第二章スタート...ですが、次回は番外編です




