02.前略、初めての師匠は案外凄い人でした
翌日、射撃訓練場にて。
ちょっとしたミサイルランチャー程度なら試せるある種限りなく分不相応な射撃場だが...俺の魔法ならむしろちょうどいい。
「それでは...初日ですので...アナタの実力を観たいと思います...」
ぼそぼそと呟くようにリューは俺に促した。
…おーけー。
「[フレガ]…」
言いかけて、ふと思い立つ。
いや、実力と言ったじゃないか。
別に加減する必要は無いのだ。普段やっている危険性ZEROの大道芸じゃつまらない。
もっと危険に、もっと過激に。ド派手にだ!
光かけていた魔法を即座にキャンセル、新たな魔法を組み上げる。
「[プロド]」
「え」
リューの驚きの声を無視し、左手に赤、右に青の魔力を立ち上らせる。
魔法。それは"魔素"と呼ばれる素粒子を脳波で制御し、現象として顕現させる技術のことである。
魔法は基本的に六つの基本属性とその複合属性、そしていくつかの特殊属性に分けられる。
特殊属性は文字通り特殊過ぎる故に省くが、基本的に複合属性魔法はそれだけで高位に位置する程に難易度が高い。
190歳くらいの連中が漸く基本的な魔法を放てたら学年でも随一、というレベル。
実際俺も試したのは数回。ましてや今回はその中でも危険度が高い爆発属性。
けれども、余裕で行ける確信はあった。
魔法の練習を始めて10年、他の連中が性行為に励む間も練習しまくった成果がここにある。
「[エリアル・スプレダ・コンボ・ラピド・キャノネード]!」
ヴン!とそこそこのサイズの魔法陣が現れる。
うん、できることは全部やってしまおうか。
指でつまんで拡大。これで威力が上昇する。
そしてもうひとつ。
「砲門展開!2番から32番!演算開始!」
ヴヴヴヴ…
宣言通り、追加で31個の魔法陣が展開、合計で32の魔法陣が現れる。
「[ロンチ]!」
それは劇的であった。
1つ1つの魔法陣から複数の光弾が、それも連続して放たれる。1回の射撃で平均5発、それが秒間2発で、32門だから、秒間平均320発の光弾が幕の様にぶちまけられる。
そして視線の先、横並びになった標的に触れると…。
ドドドドドドドォン!!!
それぞれが巨大な爆発を起こす。
「ふはははははははははは!!!」
あまりの爽快さに高笑いを上げながら魔力を懸命に操作する。
右手を突き出し、ゆっくりと振り抜くと、照準も追従し、爆裂の海が波となって揺れ動く。跡形もなく、そう命じられた魔法達は、その命令を実行していく。
数秒の後、そこにあったのは数多のクレーターが1つになった窪みであった。
【爆裂散弾掃射砲】と呼ばれる魔法をここまでぶちまければ、この内気な教師の度肝を抜けるだろう。そう思い後ろを見ると。
そこにはすぐ近くまで顔を寄せ、瞳をギラギラに輝かせたそいつが居た。
「のぅわっ!?」
飛退くとほぼ同時に全く同じ距離を詰めてきた。
...いや怖えよ!
「...すごい」
漏れ出すようにリューが呟く。
「魔法は兎も角、魔法陣の改造や32門掃射なんて見たことない...あなたは...魔法使いの未来を切り開けるかもしれない」
魔法の未来。
そうだ。魔法使いの未来は暗かった。
魔法、それは多くの場合において詠唱を必要とし、身に貯めた魔力...周囲に魔素を使うための脳波を増幅する触媒としての励起された魔素を使ってしまう。
銃は魔法よりも強し、それがこの世界の常識。一部の魔法使いはそれでも戦力として数えられる程度には強力だが、大多数の魔法使いは奇術師と同義である。代替可能な大道芸。それは所詮、嘲笑われるお遊びに過ぎない。過ぎなかった。
「...リューは、どうなんだ?...多分、魔法だけなら優秀なんだろ」
期待をかけてこようとするリューをあえて無視してお前の実力も見せろと要求する。彼女は一瞬呆気に取られたがすぐに笑った。
引っ込み思案そうな印象を跳ねのける、好戦的な笑みだった。
「おーけー、見せてあげる。私の本気。...実は学校でも見せたことないけど」
何を言ってるんだこいつ。
「えっちな視線は嫌いだった。怖くて手が震えるの。でもあなたからは感じない。どころか、純粋に、魔法使いを”視る”目だった。あなたとは...仲良くなれそう」
...ああ、ね。魔法の大家ゆえに高位貴族の家に家庭教師に行くと言ったってこいつの性格ではどうしようもない。ほぼ須らくエロ猿なのだ。これでは実力も出せないし就職先もないだろう。もしかしたら文字通り追い出されたのかもな。
「そっちに興味がないわけじゃないが」
凄い身体とは思うし。
ちろっとみると明確にびくりと身体を震わせる。ぶるんと揺れる胸。
「う゛...でも少なくとも魔法に付いて話してる間なら...うん。というかなんというか手を出す気ないよね...?」
おう、結構鋭い。
「うん、まあ、暫くは。猿になる気もないし」
「猿?...猿...ふふっ...」
”猿”のたとえに黒い表情で笑い出すリュー。...相当だなあ。流石にどんな目に会って来たかまでは想像つかないけど。
「ええと、気を取り直して...」
苦笑いをしてから彼女は右手をロボによって新たに設置された標的に向ける。
手の形は、いわゆる指鉄砲のあの形。人差し指が標的を狙っている。
魔力が立ち昇る。色とりどりの魔力が!
「Bang」
ズドン!と標的が消滅した。
おいおい嘘だろ...!
「...ふう。...わかった?」
指の先に息を吹きかけてどや顔をするリュー。少々腹が立つタイプのどや顔だが俺にそれを気にする余裕はない。
「わかったよ畜生。...火、雷、金属、空...基本2,複合2の四属複層...しかも金属と空を考えると火を3回起動してる。...それを詠唱破棄?あんた何万回唱えたんだこの魔法...」
属性複層。属性を混ぜることなく重ねていく手法。難易度そのものは複合とどっこいだが、普通は基本6属を二個重ねるのが限界だ。それを基本を2個重ねたうえで複合属性を2個、しかも火属性が3回関わっている。それはつまり属性を帯びた魔力を3つに分割していることを表す。これの難易度を例えるなら、蛇口から流れ落ちる水を指先だけで三つの入れ物に均等に入れろと言われているようなものだ。
それも詠唱破棄。
詠唱は基本的に脳波を魔法に相応しくするための共通語である、と言える。逆説的に言えば脳波をその魔法に地力で合わせられれば、詠唱はいらないと言える。だがことはそう簡単ではない。
詠唱だけでは魔法を発動することは叶わない。だが叶わないにしろ、だ。設計図に書いてあるものを作るのと、設計図から書くのとどちらが楽かという話である。徹底的に体に魔法のイメージを叩き込まなければいけない。それもこんな複雑な。いったいどれほどの練習をすればこんなことが出来るようになるのか分かりやしない。
「銃速の魔女。それが私の二つ名...まあ、それはこっちが理由だけど。...えい」
ぱあん!と別の的に穴が開いて燃え始める。...火と雷の複層か。ぱぱぱぱ、と音がしたかと思えば的が穴だらけ、黒焦げに変化する。
「【雷炎短矢】...って呼んでる。さっきのは【削撃砲火】基本人前だとファイアボルトしか使えないけど...」
十分凄い。何せこっちは魔力の起こりが見えなかった。
これだと暗殺とかじゃ銃よりいい。何せ本人そのものが銃より早く、静かな武器なのだから。
「...これを見て初見で理解できる14歳は居ない。キャノンボールの後にファイアボルトを見て、さっきよりしょぼいと言わずに凄さを探し出したのもいい。アルクス様最高」
なんだこいつ。アレか、古文書で語られる古のヲタクと言う生物か!
「...ごめんなさい落ち着くから引かないでください」
俺が引いていると気づき土下座で謝るリュー。
必死な謝罪を見て少し気になった。
「不採用になったらお前どうなるんだ」
「多分政略結婚の道具...でっぷりとした豚に嫁がせられかけて飛び出してきた...」
「ああ...おおう」
どう言えばいいのやら。貴族である以上自分の望む結婚が出来なくてもしょうがない。だがまあ”ハズレ”に結婚させられる側はたまったもんじゃない訳で。
...言えることもないので適当に流す。
「...まあ、少なくとも俺の教育が終わるまでは嫁がなくて済むな。アレだったらそのまま俺の付き人にでもなるか?」
言うと目をキラキラと輝かせて俺を拝み始める。脚に縋りつかんばかりだ。ええい気持ち悪い!離れろ!
「救世主...!是非仕えさせてください!!」
すり寄ってくるのを下がりながらあしらう。
「はいはい俺の教育がちゃんとできたらな~」
「く...」
そこでちょうど爆音の連続に驚いてやってきたセバスに紅茶を要求し、軽く一息を入れる。
「...あ、美味しい」
「いくつかの宇宙居留地で紅茶の研究をさせているそうだ。中央の貴族からもたまに注文が来る程度には質が良い。人間を介在させないことでほぼ完ぺきに光量や温度、湿度を管理できる...んだったかな」
まあ重要な産業として胸を張れるほどではないが、それでも我が領地の名産品の一つである。
「...本当に十四歳ですか?」
「失礼な、老けて見えるのか?」
ぽかんとした顔でリューは言う。
「いや、頭いいなあ、と...。私が14の頃とかまだまともに喋れたかすら怪しいのに...」
「まー、現時点で幼年学校の範囲はほぼ終わってるし...」
「!?!?!?!?」
幼年学校は30歳から60歳までの30年だ。そんな永い間かけて何を学ぶのかと言われれば、まあ学ばないのである。算数と国語と初歩の理科、社会以外はほぼほぼ礼儀作法とか魔法や剣術の訓練が始まるだけ。
30年かけてすら入学前とほぼ変わらない連中すらちらほらいるらしい。寿命と引き換えに人類は知能が減退したんじゃなかろうか。いや、どちらかと言うと消えたのはやる気か。
尚”ほぼ”と表現したのは社会科を後回しにしているからだ。そこは幼年学校でいいやと思っている。ほかの強化、特に数学や理科系は既に結構先の方まで進めている。出来ることならさっさと工学まで行ってしまいたくはある。
だが、常識があちらである以上、結局俺の方が異端なのだ。
「ま、まあ幼年学校の範囲が終わっているなら、魔法の習得度も考えるとかなり行けそうですね...」
そう言いながら彼女は投影式計算機を起動する。ヴ、と投影画面が起動し、ぽちぽちと入力されていく。
「一日に何時間くらい私の授業を入れますか?」
「24」
「睡眠ゼロは私も死ぬので勘弁してください」
ええ、せっかくの機会なのに...
「...勉強とかはどうするんです?」
それもあるんだよな。一応既に事前学習としては過剰なくらいだが、そっちは兎も角剣術等の身体作りは、な。
「6時間が限界でしょう」
「じゃあそれで」
「いや、普通1日にそんな長い時間魔法の勉強なぞしませぬぞ」
口を挟んできたのは当然セバスだ。
「うるさいぞ、セバス」
「しかし、魔法は鍛えてもたかが知れておりますぞ。それよりはせめて勉学を...」
「黙っておけ、首を斬られたいか?」
優秀な執事であることは理解している。少なくとも言動に悪意が無い事も。だがこいつはたまに言い過ぎる。
学びたいことくらいは自分で決めさせろ。どうせ今頃同年代はキャバクラだ。
「...失礼しました」
素直に下がっていくセバス。全く。
”真っ当に優秀に育ってほしい”のは分かるが、俺はそれを望んでいないんだ。
「...一応だけど、勉強は兎も角魔法をここまで学ぼうとする理由を聞いてもいい?」
リューがそんなことを聞いてくる。まあ、妥当だろう。魔法はどの学校でも常に必修科目でこそあるモノの、別に火花一つ飛ばせなくたって構わない。所詮は名目だけの大道芸なのだから。
そういう意味では効率を求めるならむしろ魔法は捨ててしまった方がいいのだが。
そうはいかない理由がある。
「”冒険者”」
「...え?」
「かつて人類が宇宙を知らず、たった一つの惑星に縛り付けられていた時代。地を駆け海を越え、あらゆる未知を探索せんと剣を片手に、魔法を放ち、戦った者たち...冒険者。俺はそれに憧れたんだ」
言うと、リューは呆気に取られていた。まあ、さもありなんと言うほかはないが。だって...。
「それは...言ってもいいのかはわからないけれど、難しいんじゃ」
「ま、今更”未知”なんて殆ど無いのは分かってるよ」
肩をすくめて首を振る。
いくら宇宙は無限に近いほど広く、殆どの領域に人類が足を踏み入れたことがないとは言え。
今の観測装置では、実際に行かなくてもことは済む。
冒険は、望遠鏡の前で終わるのだ。
「だが、憧れるのは自由だ。夢を見れないのなら人生はいよいよつまらない」
「...ねえやっぱ年齢サバ読んでません?実は600歳とか言われても信じますよ私」
「不敬だろおい!元名家とは言え現状の身分考えろ!」
「...220の、嫁ぎ遅れの、庶子の、10女の、就職70連敗中の家出根暗女です...」
「...初めて聞いた情報が幾つかあったがお前ここダメだったらマジで野垂れ死にじゃねえか!」
ガチで社会不適合である。つーか政略結婚の道具としての価値もないと今回のそれで判断されたら家帰ったら殺されるんじゃ...だって庶子で10女だろ...?確かヒステリア家は伯爵家。...ううん、むしろ悪い想像が働く話だな。
「...(がくがくぶるぶる)」
...おっと、口に出ていたらしい。
「...俺が160になった時には370か...ナシかなぁ」
「ぐへ」
多分親父は”女”としてもコイツを連れてきたんだろうが...歳離れ過ぎだぜ。確かヒステリア家は寿命が長いし、死ぬ直前にならないと老化しないとか言う噂があるが...家にいないと使えない秘儀とか特殊属性の魔法だとしたらこいつは普通にババア化する。頑張れば6,700歳までは若くいられるが、少しでも怠れば...まあセバスの様に総白髪だろうさ。
伝説に聞く不老不死の妙薬でも喰らえば話は別だが。
「...まあ、それはいい。結局何を書いてたんだ」
「しくしく...ええと、スケジュール表ですね」
ぴこん、と俺の眼前にそれが表示される。
「ふむ、朝と夕の二部制か」
朝9時から12時、夕方4時から7時か。ちょうど飯時に終わる様に、ってところかな。事前にそこらへんは聞いていたのだろ。多分。
「魔力回復の時間も必要ですからね。魔力総量はまだ図ってないんですよね?」
「流石に14じゃ正確に測れないだろ」
魔力総量、つまりどれくらい連続して魔法を放てるか。これを定量的に測る手法は存在するが、ある程度身体が出来てからじゃないとうまく測れない。それに測るときに使う薬品が子供に悪影響があるとのことで、基本最初に魔力総量を図るのは160、高等学園入学時だ。悪影響を考えなければ40で測れなくもないが、どのみち俺には早過ぎる。
「じゃあ、大事を取った方がいいですね。あまり小さいうちに気絶しまくると後々に癖がついてしまいますし」
リューが、そんな、俺にとっては信じられないことを言った。
「...え?」
「...え?」
..........。
「毎日気絶するまで練習してたぁ!?」
驚き呆れるリュー。正直俺は何が悪いか分かっていない。
「...何が悪いんだ」
「...しょうがないか、この歳でそんなえげつない練習してるなんて誰も想定できないだろうし、知識もないだろうし...」
頭を抱えるリュー。
「...えっとね、気絶するまで魔法を唱えることを続けているとね、気絶癖が付くの」
気絶癖...?
「なんだそれは」
「んっと、簡単に言うとね、気絶しやすくなるの。魔力を使い切る前に気絶しちゃうようになる。魔力量そのものは増えるのが早くはなるけれど、使える魔力はさほど増えないのね」
...マジか。
「確かに最近は何かと意識が吹っ飛ぶことが多い気がするが...」
「重症じゃないですかやだー...」
十年その生活を続けていることを告げるとリューは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「まあまだ十四ですしわりとすぐに抜けると思います。前例がないのでわからないけど...」
そりゃそうだ。気絶癖のある子どもとか聞いたことがないからな...
「無理なんてしなくても14でそれだけの魔力があるならほっといても世界クラスの魔力量になると思う、だからじっくりと鍛えていきましょうか...というか、そこまで重度の気絶癖があってあれだけの魔法を放てるなら多分現状既にとんでもない魔力量だと思う」
こくりと頷く。
何となく気絶する前も身体に何かが詰まった...多分魔力が十二分に残っている感覚があったが、そういうことなのか。
「ふふふ...私、貴方を世界最強の魔術師にしてやりますよ...ふふふ...私も夢が出来たかもしれません...」
またもや変な顔をしながらブツブツと独り言を言い始めるリュー。コイツ古代に描かれた魔女そのものな時があるな。取って食われそうだ。物理的に。
「...まあ、ともあれ宜しく。...役に立たなそうだったら追い出すけど」
「嫌だぁ!」
...ま、仲良くやれそうな気はするが。
多分次回以降にも説明しますが、基本6属性は火、水、風、土、雷、毒で構成されています。複合属性はまた今度。