10.腹が減っては戦は出来ぬ
「疲れた...」
俺はふわふわのソファ....の上に座らせたプラチナムの膝の上に沈み込んでそうため息を吐いた。
俺がこの男爵家を次いで早7年。刻一刻と迫り来る刻限に怯えつつも、着々と準備を進めていた...が、ま、俺も人間である。無制限に、無限に稼働することは不可能だ。だからこうして数日に一度くらい、半日程度はゆっくりと休みを取る様にしている。
すりすりと俺の頭の上で柔らかい掌が踊る。ふわふわとした柔らかい安心感が身体を包んでいた。
最近のお気に入りはこうしてプラチナムの膝の上で、抱きしめられながらゆったりと過ごすことだ。
彼女の機械の身は本当の意味で疲れ知らず。何時間何十時間と膝の上に乗って撫でさせても問題ないのだ。
...残念なのは身長か。一応かなり大きめにはしたがプラチナムの身長は180。女性としてはでかいが俺の身長は192だ。ちょっと”包み込む”のは難しい。...とはいえ流石に2mは、なぁ...。
むにむにと背後で変形する乳房の感覚を楽しみながら、のんびりとホロウインドウで記事を読み漁る。
「...『アイドルグループ、”ロッキル”のボーカルが不倫、複数の貴族と関係を持つ”ガチ恋営業”の実態とは』...発覚理由は喉が枯れたから?...ええ...」
くだらないゴシップは適当に読み飛ばす。ちょっと面白い記事はちらっと見る。
「ふむ、『人力飛行機で惑星一周、原始人の生活に憧れて』...あ、だめだ、こいつポーズとってるだけのヤラセじゃねーか」
どう見ても最新技術の影が見えた。
「...目を閉じてゆっくり休むことも重要ですよ?...いつも言っておりますが」
鈴を転がすような声が耳を擽り、柔らかく手で目を覆われる。
「元々落ち着きのない性質なんでね。いつも言ってるが」
やんわりと手をどかしながら笑う。
甘い空間。...そう演出されているのは百も承知だ。だが、むしろその”調整”された雰囲気が疲弊した体には心地いい。
「お茶をお持ちしました」
おずおずとメイドが入ってくる。こっちは生身だ。微妙に怯えているのは...以前、プラチナムを”人形風情が汚らしい”などと馬鹿にした連中を全員解雇したからだろう。...その時の射殺さんばかりの怒りが他の使用人に伝わっていた、と言うことだ。ま、別にメイドが幾ら変わろうともどうでも良いのだが。
「ご苦労」
かちゃ、と置かれる茶と茶菓子に手を伸ばす。
「プラチナムも飲むか?」
「必要ありません」
まあだろうな。プラチナムに撫でられる体制のまま紅茶を口にする。...うむ、美味い。流石にそこそこの品質なだけはある。最高品質は中央向けに限定せざるを得ないのであくまで”そこそこ”だが。...それでもそこらの茶葉より美味い。
...ふむ。
「お口に合いませんでしたか...?」
おそるおそるといった風にメイドが聞いてくる。俺はそれを手を振って否定する。ほっとした顔をしているが機械に任せただけだろうに。
「なあ、”本物の食材”って結構な貴重品だったよな」
言いつつ、茶菓子のマカロン...の様なモノをもそもそと口にする。悪くはない。悪くはないが合成でんぷんの機械的な味に顔をしかめる。まあ、コレが当たり前なのだから不味いとは思わないが、やはりしっかりとした”本物”の紅茶に合わせるにはキツイと言うか。
「まあ、そうですね。辺境にあって...言い方は悪いですが以前までの経営状況ですらある程度の収入があったのは”本物”の茶葉が原因ですから」
プラチナムの返答に俺は頷く。
現代、人類はコロニーに生まれコロニーで死ぬことも珍しくない。そうでなくとも自然環境が残っている惑星などは希と言っていい。結局のところ莫大な金を生み出すには機械化をしてしまった方が都合がいい、と言うことに大半の領主は行き着くのだ。
牧畜、農業。それはある意味究極の贅沢であり、余裕のある領地でしか基本は行われない。なぜなら”多層化”が不可能だからだ。今日日、コロニーや惑星を問わずその居住区は多層式であることが一般的で、自分の住む惑星の地表を拝むことの出来る人間はごく一部。そうとあらば広さを捕る上に一定の陽光を要求する牧畜や農業に裂くスペースなど存在しないのだ。
だがその点、”辺境男爵領”は話が違う、筈だ。
「プラチナム。データベースを参照、合成食材の配給量と人口のバランスが合っていない地域を特定しろ」
「了解。...該当地域19」
19か。意外と多いとみるべきか、その程度とみるべきか。
辺境。それは言い換えれば人口が少ない地域と言うことに他ならない。さらに言えば爺、親父にわたって開拓に非積極的、汚職の蔓延とくれば猶更である。親父の代で多少マシになったらしいが食糧配給も酷いモノだったらしい。と言うかいまだに100%改善とは言えない。そうとあらば人間は飢えない様に工夫する。
人がおらず、多少”自然”が残っている星とあらば...。
「恐らく食材を栽培ないし狩猟、採取、飼育している地域があるはずだ。採取、狩猟のみの地域は一旦放っておけ。ある程度安定供給できる牧畜と農業技術がある地域が無いか調査。該当地域があればその食材を買い上げろ」
「了解。部下を派遣します」
「とりあえずお試し程度で良い。根こそぎ持っていったら反感を買う可能性がある。何せ配給量が足りてないんだからな。ただその農業、牧畜は支援しろ。まだ借金の返済は済んでないがまあ少しくらいは問題ないだろ。いつ爆発するかは知らんが確実に利益になる」
簡単に指針を定めつつプラチナムに投げていく。
ここまで決めれば数日で結果は出揃うだろう。俺の予想通りなら、それは新たな産業の誕生だ。
「...」
「...何見てるんだよ」
まださっきのメイドがいて、ぽかんとした顔でこちらを見ている。
「今の一瞬で、そこまでの事を考えたん...ですか?」
ん?寧ろお前は理解できた...ああ。
「そうか、確かお前没落した元令嬢か。...確か名前は...」
「アイリーです。...男爵崩れの9女ですが」
第何女、第何子だろうと貴族であれば必ず最低限の教育は受けなければならない。故にこの程度の指示であれば内容は理解できる、か。
尚、没落して爵位をはく奪されるまで行くと当然苗字を失う。つまり、アイリーは今ただのアイリーという訳だ。
「別に、この程度の事ならできない方が可笑しい」
「...できない人の方が多いと思いますけれど」
「だったら世の中の方が可笑しいんだ。人間より優れた機械の力をなるべく使わないなんてお題目を立てている癖にこの程度もこなせない様ならそれは負けを認めた方が正解な程度には愚かだってことだろ」
にべもなく吐き捨てる。実際俺は重要事項の判断は俺自身でやった。そしてこの領地はここまでに大きく持ち直すことが出来ている。そのことに俺は大きく自信を持っている。恐らくプラチナムが全てかじ取りをしても、多少は上手だろうがかなり近づけると思う。...まあ細かい調整は任せているので何とも言えないが。
「...なる、ほど」
「所詮、人間は自分より優れた存在を見た時に排除しようとする生き物だ。それは理解するが共感はしないぞ愚図どもめ。自分より優れているならば目指せ。さらに超えろ。出来なくばせめて利用して見せろ。排除なんて無粋なことでしか──────...おっと、熱くなった」
がくがくとメイドが震えている。俺がキレたと思ったか。まあコイツもプラチナムの事を危険視しているのは知っている、うしろめたさを感じたと言ったところか。
「俺の耳に入らないのなら別に思想まで強制はしない。プラチナムを嫌うのは自由だが無能を晒すことは許さん。”粗相”を理由にクビになった侍従の末路は知っているな?」
かくかくと勢いよく顔を上下に振るアイリー。わりとキレイな顔が冷や汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃである。汚いから出ていけ。
「ったく...」
「...申し訳ございません」
うしろからプラチナムの申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
「何が」
「機械が、貴方様には邪魔になってしまいますので」
と、彼女がそんなふざけたことを宣うので、俺は立ち上がってプラチナムにデコピンを喰らわせる。...防護力高いな、こっちがちょっと痛かったぞ。
「な訳あるか。お前がいて周りがどうこうなるなら邪魔なのはその周りの連中だ。俺にはプラチナムが必要なんだよ」
「...はい」
それでも彼女は寂し気に笑うのみ。全く。ふざけた女だ。
「...まあいい。今日は休むぞ」
そうして俺は、気を取り直してだらだらと過ごすことにした。
尚。この時に誕生した包括的食材ブランド、”ウインドミル”が世界に名を轟かせるのは、これから僅か2年後の事である。




