01.拝啓、辺境は今日も退屈です
人生は、退屈だ。
俺、アルクス・ヴァン・オーレンは、弱冠十四歳、この世界においては赤ん坊の年齢で、世界の真理に辿り着いた。
この宇宙に広がるいくつもの星間国家の”大国”と言われる国家の一つ、ザンドール王国。俺はそこの辺境領主の家に生まれた。
星歴(A.C)854季46年。人類が初めて星間国家を築き上げてから8万5千年以上が経過した。人間の寿命が10倍以上に伸び、古代世紀では百年を世紀とまとめていたものを"季節"と呼ぶようになった世界に生きる俺にはそこまで長くないような気がしないでもないが、まぁ長いのだろう。そも千年以上の寿命があってもまだ14年しか生きちゃいないのだが。
「ああ、つまらん」
窓の外を見る。古代世紀の文献を見るには…いや今でも庶民の家くらいは2、3軒すっぽりと収まりそうな子供部屋の端に腰掛けて。
…外を見たところで家の敷地しか目に入らない。
小太りの庭師がせっせと木を整えている。…ああ、最近流行りのスタイルはこうなんだったか。不格好なブロックを組み合わせたように見える。馬鹿らしい気はするが、まぁ人1人づつが長く生きるせいか美的センスが何周もするんだとか何とか。こうはなりたくないな…。
つーか、そもそも子供部屋が広すぎる。
いやさ、遊び相手がいるならいいけど子供1人じゃどうしようもないのよ。貧乏男爵の癖に見栄なんか張るからこういう変な間取りになるんだ。家具とか見ろよスッカスカじゃねーか。
なんとなく苛立ったので庭師に悪戯を敢行することにする。
「[ジン・バレト・イール・ヨワ・ニーク]」
詠唱を行うと目の前に薄らと光る模様ーーー魔法陣が出現する。
俺はそれをゆっくりと押していく。
普通の魔法使いならば陣が完成したらすぐさま飛んでいくそうだが、俺は魔法の制御能力が高い。だから俺は完成後の魔法陣を弄る事が出来る。
すう、と抵抗なく魔法陣が窓の外に押し出される。窓は閉まったままだ。
「…庭木にもかかるな、ちょっと小さく…」
窓越しに魔法陣をつまむ様にし、ゆっくりと動かすと魔法陣が縮んでいく。
「よし、これで…[ロンチ]!」
ぱしゅ、と情けない音と共に土の塊…弱体化版【土の弾丸】が放たれる。
バレト系は初心者向けの魔法。だが俺くらいの魔法使いが使えば普通に撃っても人は死ぬ。だからわざわざ弱くした。それに脆く、ちょぅと湿気らせるように調整したそれは…
べちゃ。
庭師の禿げかけた頭に直撃。にちにちと泥になりかけの土特有の音を鳴らし、不格好なカツラのようにひっ被さった。
「くぁwせdrftgyふじこlp〜!」
哀れにも庭師は泥カツラ状態で慌てふためく。いやぁ滑稽滑稽。
退屈を紛らわせるため、わざとらしく大笑いをしていると。
「何をしているのですか」
「げ、セバス」
セバスチャン。たしか御歳590とすこしのジジくさい奴。この国では伝統的に執事長はセバスチャンをファーストネームにし、生来の名前をミドルネームにする。だからこいつはセバスチャン・…えっとなんだっけ、まぁいいやセバスセバス。めんどくさい。
まー何かにつけて俺を咎める面倒な奴だ。曰く、「一人息子だから真っ当に育ってくれ」との事。うっさい、この世界の真っ当な男爵とか反吐が出る。
くどくどとたれ流される小言を左から右へと聞き流す。
おっと、右に回っても俺の耳は両通行だぞ。…おいこらわざわざスピーカーを取り出してサラウンドにするんじゃない!無駄に立体音響にしてどうするんだバカ!
「全く、勉学は優秀ですのに…」
はあ、とセバスは額に手を当ててため息を吐く。
「お遊びであるとは言え剣術や魔法を修めるのも良いでしょう。銃の扱いを始めるのも…まぁ早いですが良いでしょう。しかしやり過ぎです。この様な悪戯も含め、はしたないと言われても仕方が無いですよ」
セバスの、もうこの5年で何百と聞かされてきたセリフに、同じように何百と繰り返したセリフで答える。
「暇なんだよ!」
星歴(A.C)854季46年。人も物も機械も溢れかえる時代。貴族の仕事はふんぞり返る事だった。
何もかもが引き伸ばされ、大抵の事は機械か下々に任せればどうにでもなる。そんなことで、貴族の子供は長い間やることが無い。
幼稚舎と言われる、幼年学校に入る前の、義務すらない教育機関でさえ入園できるのは18から。幼年学校に至っては30からだ。まぁ、人の寿命が百年足らずだったという古代世紀で換算すると30でも3歳児に相当することを考えると、妥当なのかもしれんが…
ああ、古代世紀の話題をよく出しているが、別に俺はその時代からの転生者とかそういう訳では無い。前世の記憶は当然ない。
単に読者諸君の耳にはわかりやすいであろう時代を引き合いに出しているだけだ。
え?メタい?HAHAHA。ザンドール王国、いや星歴を生きるなら最も大切な言葉を教えてやろう。
「細かいことは気にするな!」
だ!
とにかく、そんな時間感覚なので貴族の子供は非常に暇である。平民の子供はもう少し寿命が短いので…それでも老衰まで生きるような連中は五百年近く生きるが…もう少し忙しいのだが。
大概の子供は30年は遊んで遊んで遊び尽くす。
最低限の読み書き算数くらいは…大体古代世紀でいうと小学5年生位までの内容は家庭教師とかに教えて貰える。一般的に。
が、勉強が始められるようになる年齢は古代世紀と同じ5から6歳くらいと考えると、だいたい勉強密度は5分の1。音に聞く五教科?を鑑みると25分の2である。
さて。その膨大な時間は何で埋めるのか。
ゲーム?まぁ、王道だ。辺境の貴族子女なんて大抵家族以外の知り合いに会うまで何百何千光年の世界だからな。ワープがあるってったってキツイものはキツイ。
読者に分かりやすく言うとわざわざ友達に会うために他県…それも海を挟んだ県に行く行動力が3歳以下の赤ん坊にあるか?という話である。
ゲーム内で友達を作ろうとするのは当然の帰結である。
まぁ、民度は死んでいるがな!
なにせ学のない連中が貴賎に関わらず入り乱れているのだ。ゲーム進行にそこそこの知識と知恵が必要な高尚なタイトル以外は…まぁ猿山のお遊戯会である。
本?いやいや、絵本で30年の時間を潰すことを考えてみろ。飽きるだろ。
体を使った遊び?遊び相手は星の彼方っつってんだろ。乳母とか執事とか使用人と遊ぶのも限界がある。大人とではな。子供を連れて住み込みで働くような連中は平民だ、連中の子供の方が成熟が早い。
では何をするか。
色を覚えるのである。
星歴、宇宙時代の人間となって早くなった事はエロい事ばかりと言われている。早ければ6歳、古代世紀の6歳児とそう変わらぬ成長度合いで童貞や処女を捨てて色狂いだ。いや全くもってである。
俺くらいの歳になると男の貴族は平均して20人くらいの女を囲う。女なら外に男を作るというか基本はヤり捨てかホストだ。いや子供の問題はと思うかもしれんが、今の避妊技術は完璧だし、寿命が、つまり「必要になる時間」が伸びた結果現代人の精子や卵子はやめったら当たり辛い。貴族子女が増えまくるのもそれはそれで問題だらけなのでそれでいいのだろう。だったら性欲も減退しろと思わなくもないが、それ以外にやること…もといヤることもないのでしょうがないのかもしれん。
まぁ流石に6歳は早い程度の節度はあるが、それでもはしたなさは俺の悪戯の方がマシなんじゃねぇかなと思わなくもない。
俺はと言えば、そのほとんどを勉強と修行に当てている。あと悪戯。一応エロい悪戯もそこそこするが、これでも童貞だ。何故かといえば…6歳頃に見たエロい映像にドン引いたのである。(アダルト〇デオとか言う単語は何万年も前に駆逐されている)
情事に興味が無い訳では無いが、年がら年中家畜のように盛るということに恐怖を抱いたのだ。
何をとは言わんが動かすせいでそこそこ筋肉が着いたりするという事実もそこそこ恐ろしかった。いや、俺の認識が古代世紀側という事を理解した上で言うがついてる筋肉がヤる為の筋肉しかないとか気持ち悪くない?だって孕んで孕ませるためだけの生物だぞ?どんなディストピアだよ。…そうかこれが現実か…
ジジくさい嘆きをしたが、これが本当に現実だ。中央に近い高位貴族とか王族はもう少しマシだそうだが。
…だが、いくら嘆いても何十百世代も続けばそれは常識である。俺の方が異端である。
ああ、勘違いして欲しいのだがいつまでも童貞だからといって俺が不細工という訳では無い。
一応貴族出身のメイドからの評判は良い。顔は…母親の影響からかそこそこ美形、父親も下位貴族にしてはいい男。それに下半身中心の連中とは違いちゃんと鍛えていることも加わり見目はそれなり以上に良い…筈だ。
あとこの時代のモテ男の必須要素であるアレのデカさもそれなり以上だ。
つまるところ寧ろ俺は誘惑を跳ね除けているのである。
決してヘタレではない。
「…ああ、御館様が呼んでおられましたよ」
セバスがそんなことを宣う。
「...いや、お前なあ、それなら先に言えバカ」
「今更五分程度の遅刻なぞ咎められはしませぬよ。説教を優先するようにおっしゃったのは御屋形様ですから」
御屋形様...つまりは我が父の命だと言う。余計なことを。
下の者の諫言を受け入れる辺り俺も親父も貴族にしては優しい部類に入る...筈だ。
この時代、人がぽこすか死ぬからだ。
何せ人間、特に平民は機械よりも安い。
人的資源は湧き出るモノ。畑から取れるなんて目ではない。
人は、蛆虫が如く湧いて出る。
それが、この国の貴族の認識である。
故に、貴族は部下をすぐに殺す場合がある。
下手をすると雑に捕まえてきた平民や奴隷を野に放って狩りを行うことすらある。そしてそれは犯罪にならない。
違法ではある。中央からの評価も下がる。が、目の届かない辺境でなら?
誤魔化せる、発覚しない。結局はそうやって、悪徳がはびこるのだ。
そんなことを考えながら廊下にでる。全く、廊下に出るだけで一つ考えにピリオドが付く。
これ、二世代位前、つまりはひい爺さんが建てた屋敷だった筈。少し古いと言うのもあるが、当時の建築のトレンドが”迷路”だったのがまたいただけない。ここ数百年でそこらへんのセンスは落ち着きを見せつつあるらしいが...ウチ、この面倒な建築を建て替える金はないんだよなあ。
『RRR..Arc ride ride』
りりり、と何処か擦れた電子音と共に現れたのは、少し遊具に似た乗り物。
セバスのと二つ置いてあるので、さっさと俺の物であることを告げる”赤い”ティーカップに乗り込む。
しゅう、と風魔法式のバリアが張られると、ものすごいスピードでティーカップは走り出す。
「...これあんまり好きじゃないんだが」
ばし!ばし!とティーカップは曲がり角を連続かつ直角で曲がっていく。
慣性制御のお陰で吹っ飛んだりはしないもののそれなりに揺れるし、拘束で吹っ飛んでいく景色はそこそこ不安を誘う。
ほんと何を思って先々代サマはこんなモノを作ったのか。恐らく何も考えていないのだろうが。
『arrive!arraiver!』
なんか間違っている音声と共にティーカップは急停止した。
こいつ、別におんぼろな訳じゃない筈なんだが、何だろうな、このポンコツ。
そそくさとポンコツから降りて俺は目の前にそびえたつ扉を見上げる。
でかい。多分ちょっとしたタグボートくらいなら通るサイズ。もはや王の居室かと言わんばかりに虚飾に塗れたこと扉の先こそ、我らが現当主の居室である。あと夫婦の寝室。
ぽちっと変な位置にあるボタンを押すと、りんりんとドアベルが鳴り、数秒の後ガシュっと、扉が巨体に見合わない速度で開いた。
「やあ、アル」
そう気さくに俺を愛称で呼んだのが俺の父、トーマス・ヴァン・オーレン。クソほど広い書斎に居て、ただ机に座り、それでなお存在感を放つイケメン。
赤い短髪はツンツンと逆立ち、角ばりつつもスマートな輪郭と顔のパーツ。たくましくも流麗な印象の男だ。
少々ばかり天然だが、気骨に溢れ、先の紛争では弱小と言われたオーレン家の領地をわずかながら広げた程度には優駿だ。
その横、こっちは文字通りに机そのものに腰掛けている美女が母。メアリー・オーレン。柔和そうな顔、しかし黒い瞳に少しばかりの冷たさを讃えた美女。流れる程には長い黒髪は輝きを放ち、確実に柔らかいと断言できつつも非常にスレンダーな肢体は、盛り上がりこそないものの見る者を惹き付ける。
「おはよう、今日も元気そうね」
にこ、とメアリーが微笑む。目が冷たいと言われる割には感情の表現が大げさだったり。何を隠そう母は元アイドル。それもそこそこ以上には有名だったのだ。
当然二桁以上の貴族やそれ以外からのアプローチがあったそうだが、彼女の”条件”をクリアできたのが父一人だったのだ。
すなわち、「私一人を愛する事」。
下半身お化けの王国貴族には、難しい話だったのであった。
ただ、歌はとんでもなく上手いが踊りが非常に苦手という弱点を抱えている。パーティなんかでは率先して歌を歌う事で踊ることを避けている。
「そうだね。暇すぎて有り余ってる程度には元気だよ」
皮肉を込めてそう言うと父は苦笑いをする。
「はは、君の感覚はある種先祖返りだからね...」
父が言った通り、俺の感覚はどうも古代世紀の人間のそれに近いらしかった。常に何かをしてないと落ち着かない、という意味ではもっと異常なのかもしれないが。
「で、どうしたんだ?親父が呼び出すとは珍しいじゃないか」
何時もは唐突に子供部屋にやって来るのに。
「んー、暇そうな君に少しばかり、本当に少しばかりだけど、プレゼントをしてあげたくてね。ほら、一応誕生日だろ、今日」
そう、今日...4月20日は俺の誕生日...今日から14歳なのだ。
「誕生日とはなかなか珍しい」
千回もやって来る誕生日をいちいち祝ってられないと先人は思ったらしい。誕生日は記念日だが、現代においてはプレゼントは基本無しだ。
気が向いたら上げるくらい。
「ま、丁度近かったからかこつけてみた。来てくださいますか」
そう言うと、寝室の方のドアのノブがガチャリと回る。このドアは人間サイズだ。
音も立てずに開いたドアの先、居たのは、一人の女性。
「よろしくお願いします...クリューソ・ヒステリアと申します...」
二百歳くらいだろうか。もっと若いかも知れない。うつむきがちだがその顔はあどけなさを残しつつも整い、可憐な美少女と言った雰囲気を醸し出している。ベールの様に隠そうと言うのか、金色のとても長い髪は、半ばあたりから薄く透き通っているが故にあまり意味を成していない。
”金色の子宮”とはまたなんともな名前、というかファミリーネームだが...ま、このファミリーネームは魔女の家系にはたまにある...というか魔法の大家とそこから派生した家の名前だ。金、という部分だけ抜き出すと、なんともまあその通りな見た目である。目まで金色だし。
体型はというと、なんというかトランジスタグラマー、所謂ロリ巨である。140くらいの身長に恐らく90は超えるであろうバストと80近いであろうヒップがくっついている。ウエストは50ちょっと。
すげえな。
「ヒステリア《Hysteria》ってことは、魔法の先生か」
「はい...よろしくです...リュー、と呼んでくれると、嬉しいです...」
「宜しくだ、リュー」
答えると、にへ、と彼女は笑う。
存外どうして悪くない人選だ。引っ込み思案臭いのがなおいい。貞操を狙ってこなさそうだからな。大方上手く就職できない娘を値切って預かったとかそういうところだろうが、まあいい。実力はありそうだしな。
頼りなさげに笑う彼女の背中。ゆらゆらと立ち上る強大な魔力の炎を見て、俺はそう思った。
退屈させてくれるなよ、と。
新シリーズ初めて見ました。前々からやってみたかったSFベースです。少なくとも次の話までは魔法色強めだけど。