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7 そのゴーストは任せたい

 

 成仏とは何なのか。残念なことにそれについて僕は詳しく知らない。わかっているのは、未練をなくすことがそのきっかけになることぐらい。それ以外は何も知らない。


 僕は手の中に収まっていた聖水瓶を見る。中には青い半透明のベラスケットウォーターが入っている。


「これで除霊された人たちは全員穏やかな表情だったね。もしかして、これでも成仏できるんじゃ……」


 わざわざ未練を探さなくても、これを飲めばみんなみたいに幸せそうに天に昇れるかもしれない。ちょっと抜け道みたいでズルい気もするけど、いいよね? 送る側として頑張ってきたし。


 ガラスの栓を回して開ける。うん。綺麗だし今までのどんな水よりも美味しそうだ。


「いただきます」


 てやっ。


 実体化したまま聖水をごくり。一口、二口と飲む。口の中がシュワッとして心地よくて、喉を通りすぎた後も、お腹のところでブクブクといっていて面白い。


「あー。気持ちいー」


「あら? 普段よりも気持ちの悪い顔をしているようだけれど、何をしているのかしら?」


 さっきまで寝ていたはずだったアレアが目をゆっくりと開く。それでもまだ眠いようで、黄色い瞳はどこか暗い。


 うんうん。アレアにも報告しておこうか。


「僕は聖水じゃ天国には行けないみたい」


「……まさか! あなたベラスケットの聖水を飲んだわけじゃないでしょうね?」


 アレアが眠そうな目を無理やり開いて跳ね起きた。大袈裟な反応だ。


「この空の瓶なんだと思う?」


「今すぐ吐き出しなさい。今あなたに消えられたら困るのよ」


 アレアが僕の肩を掴んで派手に揺らす。消えるんじゃないかと心配してくれているようだけれど無駄な心配。こんな聖水じゃ僕の体はとても消えない。


「ベラスケットの聖水はレベルが違うのよ。ゴーストがそんな物を飲んでただで済むはずがないでしょ」


「大丈夫。ほら、昨日みたいにゴーストハンドも……あれ? 出ない」


 思い浮かべればなんとなく体から生えていたゴーストハンドが出てこない。一応気合いを入れてもう一度やってみたけれど、結果は変わらない。


「おお。これがベラスケットウォーター。すごいね。土地以外で僕を縛れるものがあったなんて。感動した」


「お気楽なものね。……本当に大丈夫なのかしら? 体に違和感は?」


「なんかいろいろできない。実体化がギリギリ。他は何もできないよ」


 普段通りに体が動かないような感覚はゴースト人生初めての経験だ。ごめん。ベラスケット。格好いいだけの人だと思ってた。でも僕の体から自由を奪うなんて、これまで出会った除霊師の中だと最強だったよ。


「聖銀七座も伊達じゃないね。甘く見てた」


「……。そんな平気な顔で言われても、聖水を作ったベラスケットは納得しないでしょうね」


「僕の力を制限する。凄い力だよ」


「それだけで収まっているのがベラスケットにとって屈辱なのよ。自分が作った聖水を飲んだゴーストがへらへらと笑っているのだから」


 そうかなぁ。褒めたつもりだったし、評価もうんと上がったんだけど。


 目の覚めたアレアが鞄の中からブラシを取り出して髪を解かす。けれど、肩から前に下りているカールした髪は決して真っ直ぐにはならない。性格が曲がっているせいだろう。


「でも、こんな聖水が扱えるなら、ベラスケットは大丈夫そうだね。悪霊がなんとかって言ってたけど」


「そうね。実力だけは最初から信用しているわ。国の中心にあるセラス大教会で育った真面目だった僧侶よ。セラス大教会では、選ばれたエリートが除霊の技術からゴーストの知識まで厳しく教育されるわ。その反動でベラスケットは破戒僧になっているけれど、実力はあるのよ」


 破戒僧なんてひどい言われようだなぁ。まあ、でも破戒僧でも格好いいからね。別にいいや。


「じゃあ、悪霊のほうは大丈夫そうだね。ベラスケットウォーターもあるし」


「ええ。けれど、今日も教会には行くわ。信用はしているけれど、確認はしておく。それに、万が一除霊できていなかったときは、あなたの除霊の試験として使えそうだから」


「大丈夫。もうベラスケットは除霊をしているよ」


「あなたのやる気のなさには呆れるを通り越して尊敬すらするわ。けれど、先に言っておくわ。働かずにお金が貰えるほどこの世は甘くないのよ」


「よし。さっさと教会に行こう。お金が……ベラスケットが待ってるだろうから」


 僕は急かすようにアレアの髪を整える。それをアレアが冷たい目で見てから、僕がした三つ編みを手際よくほどいていった。



 あーよかった。本当によかった。


 アレアの体の中よりも親近感が出てきた教会。その中央に笑っているベラスケットがいた。僕も穏やかに微笑んでいる。でも、周囲の除霊師の顔は厳しかった。


「申し訳ない。しかし、失敗を悔やむことはあっても、女性に加減をしたことを悔やむことはない」


「取り逃がしてるだろ!」

「どっちなんだ!」


 怒りの声が不思議と多かった。けれど、僕は彼らと同じ気持ちじゃない。


「うん。自分の意思を貫く精神。みんなは怒ってるみたいだけど、僕は評価するよ」


 怒るみんな。堂々と失敗を認めるベラスケット。そして、それを眺める僕。


 今の状況を簡単に説明しよう。どうやらベラスケットが悪霊を仕留めそこなったらしい。理由もなんとなく聞いた。女性だったから手加減をしたけれど、悪霊が思ったよりも強くて逃げられたんだとか。


「でもベラスケットは悪くないよ。頑張った。頑張った。あとは僕に任せて。責任もってお金にする」


「あなたは少し黙っていなさい。事は深刻なのよ」


 しょぼん。


 アレアの真面目な一言で僕は落ち込む。……なんてことはない。


 やたらと深刻な雰囲気を作り出しているみんなに飲まれないように僕は気楽に声をかける。


「そう言うけど、ただの悪霊でそこまで騒がなくても大丈夫だと思うよ?」


「ただの悪霊……。そうね。次も同じ姿と力で現れるのであればね」

 

「もしかして、悪霊の成長について気にしてるの?」


 悪霊はゴーストとは違う別の成長方法がある。ゴーストや人を食べて霊力を取り込んで爆発的に成長するのだ。その成長の時間は、年齢と共に成長するゴーストよりも圧倒的に早い。


「でも、普通の悪霊は数年放置してもそんなに成長しないよ。食料のゴーストがいっぱいいるなら話は別だけど」


「そうね。ところで、なぜ除霊師たちがこの町に集められたか覚えているかしら?」


「ゴーストが多かったから」


「そういうことよ。餌ならどこにでもあるわ」


 あーあ。そうだった。ここってバルムテスの大霊墓を探してゴーストたちが集まる場所だった。これでみるみる内に悪霊が成長していく。ここら辺一帯のゴーストを食べ尽くされても、僕が負けるようなことはないけれど、流石にそこまでになると面倒だなとは思う。


 あと、近くにある僕の家に住み着いたりしたら嫌だな。結構綺麗にしてるからさ。


「ここはベラスケットに任せるしかないのでしょうね。いくらなんでも、成長した悪霊相手となるとあなたの出る幕ではないでしょうから。実力を知ろうとして消滅でもされたら堪らないわ」


「いや、それはないと思うけど」


 自我を失った悪霊は、霊力を求めて襲ってくるので、これまで何度も手を合わせている。百や二百なんて数ではないぐらい。その中で身の危険を感じたのは指で数えられるぐらいしかない。つまりは敵じゃない。


 けれど、アレアは僕の意見を聞き入れる様子もなく僕の額を小突く。


「あなたは大人しくベラスケットに任せておきなさい」


「うーん。まあ、いいや。でもお金はちゃんと貰うよ」


「わかっているわ。一昨日の活躍の分は渡すわよ。けれど、私も今はそこまで持ち合わせていないから少しにはなるけれど」


「ケチ」


「金の亡者などとは言うけれど、あなたほどその名に相応しい人はいないわね」


 お金が大好きなゴーストで金の亡者か。上手いこと言うなぁ。


 そんな風に気楽に教会の後ろのほうで話していると、こちらの姿に気づいたのか、ベラスケットが人混みを分けて向かってきた。たくさんの不満の視線を引き連れて。


「おはよう。二人とも。今日も来てくれたんだね」


「やあ。大丈夫だと思ってたけど一応確認しにきたんだ。でも、駄目そうだったね」


「ははっ。手厳しいよ。うん? それよりもそちらのお嬢さん。もしかして、今日は三つ編みにでもしようとしたのかな? 髪の質が……」


「ベラスケット。今以上に敵を作るべきではないとだけ忠告しておきましょう。悪霊退治の前に人間に退治されるのはいやでしょう? 今は悪霊の話。どうするのかしら?」


 薄く笑うベラスケット。悪びれてはいるけれど、本当に清々しいまでに後悔はしていなそう。失敗した男なのに、見ていて少し気持ちいい。


「申し訳ない。こんなことになってしまって。けれど、次こそは祓えるよ」


「やけに自信があるようね。この状況で取り逃した悪霊がどれだけ厄介なのか、この場の誰よりもあなたが一番理解しているでしょう?」


「その通り。間違いなく昨日以上の力を付けてやってくる。けれど、僕にとってはそっちのほうが戦える」


 ほうほう。


 形のよい薄い眉の下の目は今まで以上にキリリとしている。これまでの少し油断したような目の色じゃない。ぼちぼちの実力と思ってたが、そこそこぐらいにはできる除霊師だったのかもしれない。


「悪霊はゴーストを喰らって自我を失うほど人の形から離れていく。だから、次に会うときは、悪霊は女性としてではなく化け物として現れてくれるはず。そのときは――手加減なしで除霊できる」


「……そう。あなたがそこまで言うのであれば、私たちはこれ以上何も言わないわ。結果で見せないさい」


 だそうだ。もしものときは僕が自分で祓えばいいだけだからなんとも思わない。でも、ちょっとだけベラスケットに任せたい気持ちにはなった。


 聖銀七座ねぇ。国のトップの本気の除霊。ちょっと楽しみだな。


 そこからまた時間が過ぎる。日のある時間はあっという間。瞬きのうちにやってきた夜。その夜は間違いなく、人間ではなく僕たちゴーストの時間だった。



 ご愛読ありがとうございます。


 今日は内容や文字数の問題などから、何話か多めに投稿してます。是非楽しんでいってください。


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