5 そのゴーストは話したい
聖銀七座の序列七位のベラスケットと除霊師たちで除霊を行った後日。周囲からゴーストの気配はなくなっていた。
まあ、まだ僕はいるけど。
「でも、他のゴーストは見たところいないね。うんうん。除霊とは言えないけど、僕の脅しが効いたのかな」
「そうね。……それよりも、私が言っていたことを覚えているかしら? 私はあなたの除霊を見たかったのだけれど、今のところ邪悪な顔でゴーストを脅すところしか見ていないわ」
「そう簡単に除霊なんてしないよ。向こうから求められてるならまだわかるけど」
アレアは僕の除霊について知りたいようだったけれど、僕のは相手が救われたいと思っていないと意味がない。それ以外の、いわゆるベラスケットのやっていたような除霊もあるけれど、そっちも無理にやろうとは思わない。
「人間だって同じだよ。あなたの力を見たいって言われても、横を通りすぎた人に殴りかかりはしないよね? 僕のもそれ。理由もなくゴーストを攻撃しようとは思わない」
「まあ、一理あるわね。けれど、あなたの除霊を知りたいのは本音よ。送るほうも、消すほうもね」
まあ、悪人ならぬ悪ゴーストがいてくれたら僕も見せられるとは思うけど。そういつも出会うような相手ではない。
宿からそれとなく二人で出てから町の様子を見守る。うん。昨日よりも人々の顔色がいい。
「町が救われたならそれだけいいんじゃないの?」
「珍しくいいことを言うのね。人間の心があるとは思ってもみなかったわ」
「この町って賭博とかってあるのかな? 早くイカサマして町の住民からお金巻き上げたいんだけど」
「そうね。そっちがあなたよね。クズ人間があなたにはお似合いね」
クズ人間か……。こうやって人間呼ばわりされたのはちょっと嬉しいな。会ってからずっとバルムテスとかいう大悪魔と思われてたし。勘違いが解けてよかった。
そうこうしながら、僕たちは町の真ん中の教会へと向かっていく。報告と報酬だ。お金だ。お金だ。
心踊らせて教会の扉を開いた。すると、中にはベラスケットがいて、昨日のように除霊師たちを仕切っている。
「さて、皆様。本日からは大々的な除霊ではなく、周囲の警戒へと切り替えましょう。一週間後にはシィースーアも到着する見込みです。それまでどうぞよろしくお願いします」
「はい!」
「おー!!」
みんなやる気十分。そうだよね。もうお金確定みたいなもんだからね。ゆっくり景色でも眺めながら一週間を過ごして終わり。気分も上がる。
「それよりさ、前々から気になってたけどシィースーアって誰?」
アレアに訊いてみると、そんなことも知らないのかと言いたげに少し間が空いた。でも仕方がない。長生きしない人の名前を頭に入れるのは無駄だから覚えていないのだ。
「聖銀七座の序列一位シィースーア。片耳の老エルフで、聖銀七座の創設者よ」
「ふーん。エルフか。エルフなら長生きなのかな?」
「当然ね。聖銀七座は五百年前から存在するけれど、その間『一』の座にいたのはたった一人。シィースーア。あの人だけよ」
ふーん。それは少し興味がある。エルフは長生きだから千年ぐらいは普通なんだろうけど、それだけの年月をゴーストを祓うことに費やした人物となると興味も湧く。
くるりと回転しながら椅子へと座る。その隣で立ったままのアレアが話を続ける。
「この国の頂点と呼べる戦力持つ三人。その内の一人はシィースーア。彼の偉大さは私でも言葉で表せないわ。それでもまあ、格は違うはわね」
「ふーん。会ってみたいな。長生き同士」
「あなたは死んでいるけれどね」
「そうだった」
自分から会ってみたいと思えたのは久し振りだ。長生きのエルフ。昔の話とかができるのは楽しいだろう。
「おお。君たちも来ていたんだね。ロウル君にお嬢さん」
「やあ」
教会の中心での演説が終わったのか、昨日のようにベラスケットが手を上げてやって来た。除霊師とゴーストという関係性だが、面白いことにベラスケットには悪い気はしなかった。
「調子はどうかしら? ベラスケット」
「ふふっ。君たちも見ていたように、昨日の除霊でゴーストのほとんどは町を出たよ。あとは入ってこないようにしながら、シィースーアを待てばいい。万事解決さ」
ベラスケットが色っぽく気取りながらそう言った。
ふーん。まあ、僕も片っ端からゴーストの引っ越しの手伝いをしたから当然の結果だろうね。でも、さっきから思ってたんだけど。
「聖銀七座っていうのなら、自分で結界ぐらい張ればいいのに」
わざわざ待たなくても、この町くらいなら結界で覆えそうなものだ。僕が生きていた時代では、一つの町に十人ぐらいは結界を張れる人がいたぐらいだ。トップクラスの除霊師であればその程度容易いだろう。
けれど、ベラスケットは悔しがる様子もなく、ただ自分の実力不足を笑みで受け止めていた。
「結界を張るなんて僕にはできないからね。あくまで僕は祓う専門。そして、聖銀七座の中だと、高度な結界を張れるのは三人ぐらいしかいなのさ」
「えー。国随一の除霊師なのに?」
「僕の役割はこの僕の美しさを世に知らしめること。それができるのであれば、結界は必要ない」
「わー。かっちょえー」
堂々と胸を張るベラスケットに僕は子供のような眼を向けた。
そうだ。その通り。ベラスケットは格好いい。たとえ弱くても関係ない。だって格好いいんだから。
「下らない茶番はいいかしら? ベラスケット。これで事態は終息したと捉えていいのね? あなたの目で判断して」
「その通り。この町でのゴーストの被害はなくなったと言っていい。……けれど一つ。懸念があるのは事実だよ」
「懸念?」
きらびやかなベラスケットの雰囲気が少し陰る。失敗した……なんて話じゃないだろうけど、気になる何かがあるようだ。
ベラスケットがアレアから体の面を逸らして、別の方角を向く。
「――バルムテスの大霊墓。この国の三大霊地と呼ばれるあの場所に異変があった」
「なるほどね。何となく話の線は見えたのだけど、一応どんなものかは訊いておきましょうか」
「――象徴とも呼べる時計塔が壊された」
なんだ。その程度のことか。
真剣な顔をしていたからなにかと思っていたけれど、ベラスケットは僕の家が壊れていたことを心配してくれていただけのようだ。あれは僕が自分の手で壊したものだから心配する必要もないのに、ベラスケットは心配してくれる。やはりベラスケットはいい奴だ。
「それは僕が……」
「あなたは黙っていなさい。面倒ごとに巻き込まれたくないのであれば」
心配を払拭してあげようとしたところでアレアに口を塞がれた。なんだろう? 言っちゃ駄目なのかな?
「あの場所、バルムテスの大霊墓は三大霊地の中でも特殊。聖銀七座でもシィースーア以外は立ち入りが認められていない地。これまでは平穏に鳴りを潜めていたけれど、数日前時計塔が壊された」
へー。僕の家って立ち入り禁止だったんだ。結構人のお客さんも多かったけど。
「ちなみになんで立ち入り禁止なの?」
「入ったら出られない。どんな凄腕の除霊師も帰ってこなかった」
「ごめん。そんなに凄腕の除霊師記憶にないけど……」
誰だろう。一度たりとも危ないとか、強いとか思った相手はいなかったけど。うーん。
「最近は『死体漁り』のモルグッド兄弟が霊墓に向かったそうだが、それ以降彼らの姿を見た人がいない。彼らの逃げ足の速さは一級品。特殊な索敵能力もあるからね。けれど、帰ってこなかった。彼らでも逃げられない脅威があそこにはあったんだ」
「あの人たち逃げ足速くなかったけど」
逃げるよりも前に捕まえてゴミ箱に詰めたし。十秒もかからなかった。
「うん? 知り合いだったのかな? まあ、ともかくそんな得体の知れない何かが潜んでいると噂なのがバルムテスの大霊墓なんだよ」
得体が知れないって何かって失礼だな。目の前にいるよ? 教えてあげようかな。
僕が盛大に自己紹介をしようとしたけれど、またしてもアレアに止められる。これ以上誤解させたくはないのだが。
「つまりは、バルムテスの大霊墓に異常が見られたから、何かしらの事態が起きるということね。助言だけしておくわ。考えるだけ無駄よ」
「どうだろうね。現に少し異変もあったんだよ。お嬢さん」
そこでアレアが僕を見る。何か隠してないかと目で言ってる。でも何もしていないし、当時あそこに住んでたのは僕だけ。時計塔が壊れたからといって、封印が解けるなんてこともない。封印されてるものがないし。
なんだろう? 心当たりがないけど……。
「皆には知らせていないが、昨日から一人除霊師の姿が見えない」
「ふーん。帰ったとか?」
「いいや、流石に報酬も受け取らずに帰ったりはしないだろうからね。僕はバルムテスの大霊墓に封じられていた何者かのせいじゃないかと睨んでいる」
えーと、言いたいことはバルムテスの大霊墓に封じられていた誰かの封印が解かれて、除霊師を襲ったということかな。
「僕じゃないよ」
「ああ。もちろん。君ではないだろう」
深刻そうにベラスケットは渋い顔をしたまま頷いた。それに僕も渋い表情を作って応える。
この人わかってるのかな? 話が微妙に噛み合ってなかった気がするんだよね。
僕ではないと判断してくれているようだが、架空のバルムテスの大霊墓の主を探している。無駄だと助言をしようかとも思うが、さっき助言をしてもこの様だ。無駄になるぐらいなら口をつぐんで空想に耳を傾けて上げる方が早い。
「で、それがどう繋がっていくの?」
「さっきの全体への指示はゴーストが町に入らないように監視するというものだったけれど、実際はその何者かを探すためなんだ。相手がわからないけれど、僕が相手をするしかないからね」
「相手はわかってるだろうし、相手をする必要もないけどね」
「その通り。相手の姿の目処は立っている。悪霊。おそらく百年近く彷徨っている悪霊の仕業だろう」
確かに。悪霊ならあり得る話かもしれない。
「でもバルムテスの大霊墓の主人ではないからそんなに気負わなくても大丈夫だよ。そこは断言しとく」
「ありがとう。そこまでの敵じゃないと勇気づけてくれるんだね。いい男だ。君も」
勇気づけてはいない。実際僕が敵なわけじゃなくて、ただの悪霊だから大丈夫って言ってるんだ。まあ、ベラスケットは勘違いはしているが、実力はぼちぼちあるようだから、悪霊程度相手なら放置してても問題とは思うけれど。
僕と同じような結論に至っていたのか、アレアは話を区切るように教会の出口へと向いた。
「私たちは今日のところは休んでおくわ。だからベラスケット。あなたに任せておくわ」
「姫の頼みとあればこのベラスケット華麗に悪霊を祓って見せましょう」
また格好いい仕草でのお辞儀。動きが軽やかで格好いい。僕も練習しよう。
僕はベラスケットに同じようなお辞儀を返す。けれど、腕とお辞儀とがちぐはぐで、ちょっとぎこちなかった気がした。