4 そのゴーストは祓えない
夜になりました。現状をお伝えいたします。
僕たちは除霊師とゴーストハントするために町中に来ていた。すると、あら不思議。昼間にはほとんど姿を見せなかった大量のゴーストたちがふわりふわり。それに向かってハンターたちが聖水を撒き散らしたり、銀でできた剣を振ったりしててんやわんや。
あんまり見ていて気持ちいいものではないかな。
ゴーストを送るやり方は二つある。未練をなくすか、ゴーストの原動力の霊力を失わせるか。今みんながやっているのは後者だ。
「未練を持ったまま消えていくのか……。それはやだな」
かわいそうなんて少ししか思わない。けれど、自分はちゃんと未練をなくしてから成仏したいと思える。
その手始めは……。
「ベラスケットさん。聖水ちょうだい」
「ふふっ。君もベラスケットウォーターが欲しいのか。いいよ。ほら、これだよ。そっちのお嬢さんも僕のベラスケットウォーター」
ベラスケットが最初に僕に聖水瓶を渡す。その次にぎゅっとアレアの手を掴んで、掌の中に聖水瓶を収める。アレアはとっても嫌そうな顔。けれど、僕を相手するときのように文句は言わない。
「はぁはぁはぁ。聖水だ。はっはっ。聖水だぁ」
「ベラスケット。できればこの変態を先に浄化してくれないかしら。私の近くに置いておきたくはないわ」
「可愛そうに。君も伴侶であれば嫌われないように」
伴侶じゃないからどうでもいいけど。でも、アレアの性格の強さを共有できるのは悪くない。
僕がベラスケットと握手をすると、アレアが聖水瓶をどこか遠くに放り投げていた。危険なゴーストがいたのかもしれない。
「ところで、除霊だよね? この辺りでやるの?」
「そうだよ。町の外は他の除霊師に任せているから、僕らは町の中の除霊をする。そこまで大きい町じゃないから、すぐに終わるよ」
すると、ベラスケットの体から青い煙が吹き出る。その煙は次第に周囲に広がっていき、近くに隠れていたゴーストの存在が徐々に薄れ始めた。
「女神の吐息。僕の技の一つだよ。周囲のゴーストを浄化してくれる便利な技」
「でも、弱いゴーストまでにしか通用してなさそうだよ」
現に僕はこんなに近くにいるのに消えていないし。
「その通り。弱いゴーストを祓うための技さ。けれど、この町中にこれで祓えないゴーストはいない」
「いないことはないんじゃない?」
「それほどのゴーストなら霊力が高すぎるから、町に入ったらすぐにわかるかるよ。だから安心してくれてかまわない」
自信満々なベラスケット。それとは反対に残念な表情の僕。
だって僕は気付かれてないし。
アレアが少し心配そうに横目でこちらを確認してきた。多分この除霊の霧の中にいるから平気なのか心配してくれているのだろう。それに答えるように、僕は可視化できるゴーストハンドを作って親指を立てる。
「もともとこの技は町からゴーストを遠ざけるのを目的としている。この町からゴーストを引き離すならこれが手っ取り早いからね。けれど、悪事を働いているゴーストはこの場に残ろうとするだろうから、そっちはきっちり除霊させてもらうよ。ほら出た」
「おまえかっ! こんな体に悪いものを撒き散らしているのは!!」
怒号が響いてみんながそっちを向いた。そこには顔に傷のある、見るからに悪そうなゴーストがいた。
「さて、君は何のためにこの世に残り、何のためにこの僕の目の前に立っているのかな?」
「決まってるだろ! 俺はまだ死んじゃいねぇ。金を盗んで、物を奪って、幸せを噛みしめて生きいくんだっ!!」
ほうほう。素敵な夢だ。
僕基準でいえば、わざわざ霊核を破壊して徐霊する必要がないゴーストだけど、ベラスケット基準では悪事を働くと判断できたようだ。ベラスケットが指を向けてから徐霊のための魔法を唱える。
「女神の滂沱」
清涼感のある青い透明の聖水が、ベラスケットの足元を中心に湧き出した。その聖水はまるで意思を持っているかのように蠢き、鞭のようにしなって、左右からゴーストに襲いかかる。
一撃でゴーストの存在が薄れる。この時点でゴーストにとっては致命傷。そして次の一撃で姿を失い、薄い霊力の波となってこの世から消えていった。
「苦しませず一息の内に除霊する。それが聖銀七座のやり方。その中でも僕のそれは美しさも穏やかさも、他とは一線を画すのさ」
「確かに苦しまないで消えれたようだったよ」
叫び声も上げずに消えていったゴースト。満足して消えたわけではないだろうけど、苦しまずに消えた。
僕もやってみようかな?
さっき貰ったベラスケットウォーターこと聖水を手の中で転がす。あとで飲んでみよう。
「どうかな? これが聖銀七座の除霊だよ」
「流石ね。知ってはいたのだけど、直で見るものは別ね。性格はともかく、実力はわかったわ」
まあ、確かに。範囲はぼちぼちあるし、ゴーストを遠ざけたり、除霊の仕方を工夫したり。評価は高いほう。でもやっぱり、国のトップレベルと聞くと少し未来が暗い。
「ふふっ。君のような美しい女性に褒められると照れてしまう。良ければ、除霊を教えて上げよう。ほら、君の魔法を見せて」
「結構よ。私の魔法は除霊のためではないの。そっちは全部ロウルに任せているから。ね? そうでしょ?」
「うん。多分ベラスケットよりも上手にできるよ」
「ふふふっ。いいね。やっぱり君は面白い」
面白いのかな? でも、本当のことだし。誰よりもゴーストを天国に送ってきた実績もあると思うし。
「そうだなー。君は除霊ができるようだから、ここからは手分けをして除霊を続けるとしよう。シィースーアがこの町に来るまでには町の中のゴーストを撃退しておきたいからね」
「わかったよ。僕もゴーストに声をかけていくよ」
そうして、またベラスケットはアレアに跪いて、大層な挨拶をしてから走っていった。面白い人だ。
さて、じゃあ僕のほうも除霊をしようかな。
「どうするのかしら?」
「僕の家に避難するように言ってみる。駄目そうだったら、脅してみるよ」
「そう。あなたにしては珍しい真っ当な案ね」
「たまには素直に褒めてもいいんだよ」
アレアはやっぱり僕に対してつんけんとしている。いや、誰にでもなのだろうか。高圧的というかなんというか。
それからアレアの人柄についてぼんやりと考えながら、町にいるゴーストたちを脅して追い出した。怖い顔を作るのは思ったよりも楽しかった。
*
「うぅ……体が……まだ死にたく、ない」
薄れゆくゴーストの体はより透明になり存在も希薄に。意識も心地よい眠りの前のようで、魅惑的に私に微笑みかける。
町の外。数多のゴーストが追いやられる中。青い霧で存在を消されかけたゴーストが、悔しそうに仲間のゴーストに支えられて逃走する。
やりたいことがあった。死んで叶わないと思った。けれど、こうしてゴーストとしての人生が始まった。二度目のチャンス。そのはずだった。それなのに、私は消えかけている。もう、駄目なんだ。
果たしたい。成し遂げたい。叶えたい。願いがあるのに、体が砕け続ける。
青い霧を吸い込んでから、体が空気に溶けるように消え続けている。痛みはない。むしろ心地よくも感じてしまう。それが私を死へと誘い込んでいるようで、悔しくて唇を噛む。
せめて、霊力が補えたら。霊力が……。
体を構成する霊力が足りない。もし、霊力が補えたら私は消えない。
そう意識してしまうと、急に私の体を支えていたゴーストの輪郭が鮮明になった。このゴーストの体は血肉でできているわけじゃない。体を構成するのは純度百の霊力だ。
霊力、霊力霊力霊力……。
叶えるため。私が消えないため……。そのために。
「ごめんなさい」
「う? どうした……あっ!!」
私は男のゴーストの首元を噛み千切った。血は出ない。ただ体という像から肩の部分が消えた。焦るゴーストの顔が見えた。けれどその怯えるような顔は、私の頭に情報として昇ってこない。
胃から、喉から、口から、全身に広がっていく甘い味わい。
舌が震える。頬が緩む。歯がそのときの感覚を思い出すように上下する。
生命力が湧き出した。体にも力が湧いてきた。最高の状態。気持ちも体も軽やかだ。けれど、一つ。一つだけ胸の下で渦巻く感情があった。
もっと……。もっと欲しい。
満ち足りぬ腹。本能的な飢え。それを押さえるためのリミッターはもう存在しない。だってそれは、私が今さっき壊してしまったのだから。
それから私は男のゴーストを食らい続けた。何も聞こえない。目もぼんやりと霞んでいる。けれど、舌だけは鮮明にその味わいを伝え続けた。
いつの間にか男の体はなくなっていた。そして、代わりに私の体は五体満足に戻っていた。いや、前以上に体の調子はいい。でも。
満ち足りない。もっと。もっと。
喜ばしいことに周囲には多くのゴーストが彷徨っていた。空腹を満たすにはちょうどいい量だ。
「もっと、もっとちょうだい」
そして、私は食らい続ける。私が未練を果たすために必要な行動としてゴーストを食らい続ける。歯を上下させる度に悲鳴が響く。けれど、頭にバケツでも被っているかのように音が遠い。意識も曖昧な気がする。
「私の夢のために……」
食べ尽くして、私はぼんやりとした頭で一つだけ思っていた。
あれ? ――私の夢ってなんだっけ?
そうして、夜の草原に悲鳴が響き続ける。そこに最後に立っていた者はゴーストなどとは一括りにはできない存在。そう。他でもないゴーストの成れの果て。
――悪霊だった。