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3 そのゴーストは憧れる


 僕の家のお隣の街コルロン。地縛霊だけど、この周辺は一応活動範囲に含まれていて、時計塔を作るときもこの街に勉強にきた。それ以外にもたまーに遊び来る街。この前も遊びに来た。もちろん人の姿で。


 そんなコルロンに僕と事故物件のアレアが足を踏み入れていた。


「ねぇねぇ。僕は何をしたらのいいの?」


「自分で考えたらどうかしら」


 ツンケンとした物言いでこっちを見ようともしないアレア。なんだろう。怒らせてしまったのだろうか。アレアの住み心地を伝えてから冷たい気がする。一応下手に出ておこう。


「僕はあなたの奴隷です」


「いい心構えね。……ちょっと用事を済ますのよ」


 用事? なんだろう。正直アレアの情報がなさすぎて何をしたいのかが見えてこない。元の目的は除霊をしてほしいだったけど、どこにいる誰をなんで僕に除霊してほしいのかはわからない。


 少しアレアについて知るべきかな。じゃあ、最初にこれから訊いておこうかな。


「最後に風呂に入ったのいつ?」


「どこからその話に繋がったのかしら?」


「いや、知ることも大事かなって。この貸家の一畳一間臭うんだよね。原因が知りたくて」


 人に取り憑いたことがないから知らないが、アレアに取り憑いていると、なんか臭う。苦手な香水みたいな感じの匂い。あまりアレアの中にいたくない感じだ。


 アレアは、気品のある顔立ちをおぞましいものでも蔑むように歪める。癇に触ったのだろうか。


「私の体にはゴーストが住み着いているのよ。その臭いじゃないかしら」


「残念だけど僕は無臭だよ。ちなみにいつ風呂に入ったかは覚えてない」


「よく私に風呂だのと訊けたものね。ゴーストになって倫理観が抜け落ちてしまったのね。可愛そうに」


「体が透けるから大事なものがすり抜けていくんだよ」


 うん。なんか今の言葉深かった。でも、実際すり抜けたものなんて、石とか木とかしか記憶にないけど。


 そんな風に会話を続けて街の中。その途中でアレアが串焼きを買って一人で食べる。香ばしい匂いがしたけれど、お腹は減らないし、食べたいとも思わなかった。


「……。この街での目的だったわね。簡単よ。あなたが本当に私の役に立つのか見定めたいのよ。どんな風にゴーストを送るのか。それを知りたいだけ」


「ん?」


 珍しいことに興味を持つものだ。普通の人であれば、ゴーストをどれぐらい祓えるかを基準にしそうなもの。被害をもたらすゴーストへの殲滅能力。そこに重きを置くと思っていた。それなのにアレアは僕の除霊の手段を知りたがっている。除霊師でも目指しているのだろうか。


 フワフワと疑問を頭の端に浮かべながらも、僕は本題へと話を戻す。


「ゴーストを送るってことは、この街で除霊まがいのことをするってことだよね。別にこの街じゃなくてもって思うけど」


「私たちにとってはどこでもいいわ。けれど、この街は最近ゴーストの被害が多いそうなのよ」


 アレアは両手で串を掴んで、リスのように小さな一口で肉を頬張る。発言はともかく、仕草だけはお嬢様だ。


「ゴーストによって生命力が奪われる身体的な被害。ゴーストの目撃談による客足の減少。最終的には、街の人たちも出ていく始末。だから、一週間前ぐらいから、除霊師たちがこの街に集められているのよ」


 ふーん。でも、僕が最近来たときは普通だったんだけど。


 ケインと遊びに来たときを思い返す。確かに以前よりも賑わいがない。町の人たちは取り繕ったように笑顔を浮かべていて、どこか表情に疲れも見える。


「元々ここはバルムテスの大霊墓に近いからゴーストを引き付けるのよ。いいえ、違ったわね。正しくはあなたを探してゴーストが集まってきていた……かしら?」


 確かにアレアの言う通り、僕の家にはよくゴーストが集まってきていた。けれど、僕の意思で集めていたわけでない。近くを通りかかったゴーストがやってきていただけ。それだけだ。


「だから僕は悪くないよ」


「ええそうね。これまでは、あなたがいても問題なく町として機能していたわけだから、あなたのせいとは言いがたいわね」


「ゴーストが増えた理由があるの?」


「シィースーアの退魔の結界。これまでは、それがゴーストを退けていたのよ。けれど最近、誰の悪戯か、その結界が破られたそうよ」


「へー。そんなのがあったんだ」


 ゴーストが多いから対策として結界を作ったが、今は壊れてしまい町にゴーストが侵入し放題と。一人や二人ゴーストがいるぐらいなら、そこまで問題にならないとは思うけれど、それが何百人ともなれば、生きている人からしたら不気味なのだろう。


 でも、なんで急に結界が壊れたんだろう。これまでは大丈夫だったみたいな話だったけど。


「ちなみにいつ結界が破れたの?」


「一ヶ月前とは噂程度で聞いたわ」


「ん? 一ヶ月前?」


 一ヶ月前ケインと遊びに来たけど、別にそれは関係ないよね。あのときは僕もケインも普通に入れたし。


 少し不安になったが思い返して安心。多分別の人が壊したんだろう。


 そう思って行く宛も知らずに歩いていると、「応急処置の結界が破れたー」とか聞こえてきた気がするけど、まあ、関係ない。頑張れ住民。


「私の見立てでは、町の中にも多くのゴーストがいるわ。だから、今晩からそのゴーストを使ってあなたの除霊の力を試したいの」


「んー。そこだよね。根本が違うんだよ。確かに、ゴーストを消す方法はいくつかあるよ。でも、僕はそれをしたくない。ゴーストは自分の意思で消えるべきだ。一部の悪意を持ったゴーストを除いてね」

 

 除霊自体は簡単で、霊力の集中した霊核を壊してしまえば除霊はできる。そんなの僕だろうとアレアだろうと、子供だろうとできることだ。けれど、それではゴーストは救われないのだ。未練を持ったまま消えていく。ただゴーストの肉体が消えるだけ。それは同じゴーストとして、未練を探して成仏を目指す者としてあまりやりたくはない。


 ハッキリとアレアに意思を伝えた。アレアのこの町での目的を正面から断る。けれど、なぜだかアレアの反応は僕が思っていたよりも落ち着いている。それどころか、長い睫を憂いげに下げて、安堵しているようにも見える。


「そうね。今回は私の非ね。伝え方を間違えたわ。あなたがこれまでどうやってゴーストをあの光にして送っていたのかを知りたいのよ」


「光?」


 アレアは来た道を振り返って遠くの僕の家の方角を見ていた。


「あれはあなたでしょう? 毎晩あの建物から光の柱が空へと消えていく。ゴーストが消えて成仏していっている。あなたが送ってあげていたのでしょう?」


「あー、それか。そうだね。ゴーストは未練をなくして消えるときには光になるからね。それが天に昇ってるのが見えたのかな」


 ゴーストはこの世に満足して消えるときは、光の泡となって空に浮かんでいく。霊核を破壊したときとは違う、もう一つのゴーストの死の形。それをアレアは見ていて知っていたから、僕に除霊を依頼したようだ。


 ゴーストを消したいんじゃなくて、ゴーストの未練をなくして安心して天国に旅立たせたい。かな?


「わかったでしょう? 私はその過程を見届けたいの。私が求めている除霊なのかどうか確かめたい。それだけよ」


 街のゴミ箱にアレアが串を投げ捨てる。僕は完璧な投擲でゴミ箱に入る串を見届ける。


「わかったよ。でも、完全にゴーストを送れるかはわからないよ。これまでも何ヵ月とか何年もかけて送ってきたゴーストもいるから」


「そう……。そこだけは問題はありそうだけれど、期待はしておくわ」

 

 アレアが歩調を変えずに歩いていく。それを追って、僕は除霊師の集まっていた教会の中へと入っていった。



 教会の中は作戦会議というよりも演劇でも楽しんでいるかのような歓声が上がっていた。


「ベラスケット!!」

「あんたが来たなら怖いものなしだ!」

「やるぞ! 今日でゴーストとの戦いも終わりだ」


 熱気の中心。そこには一人の男が立っていた。

 

 長い金髪を丁寧にオールバックにし、鼻の高い顔を背けてステンドグラスから注ぐ日光を浴びる。その体を飾るのは青と白の近代的なデザインの修道服。首からは二本のネックレスが垂れ、背中に巨大な銀製の十字架を背負っている。


「かっちょえー」


「あなたとはとことん感性があわないようね。あれを世間ではナルシストと言うのよ。覚えておきなさい」


 呆れと共にアレアの紫の髪の房が弾んだ。僕のほうは胸が弾んだ。


「で、あれって誰なの?」


「聖銀七座。この国の三大戦力と呼ばれる内の一つ。ゴーストや霊的な存在に対しての尖鋭。その中の一人が序列七位のベラスケット。彼よ」


「へー。ぼちぼち強そうに感じる」


「ぼちぼちって、あなたねぇ……」


 見たところ周りの除霊師とは違ってぼちぼち強そうだ。しかし、これが国の尖鋭というのは少し疑問。もしこれが本当に尖鋭なら、僕一人でも国を滅ぼせてしまう。


 見た目と肩書きが合っていなくて少し残念な気持ちではあった。けれど、ベラスケットの除霊が凄いとかそんなのは関係なく、格好いいからそれでいい。


「今宵! 僕が来たからにはこの悪夢を終わらせよう! これまでの皆の働きを実らせるために、このベラスケットが、ゴーストたちを正しい場所へと導こう!」


 わぁー、と歓声が上がる。僕もそれにならって口を半開きにしてから手を叩く。アレアだけは複雑そうな顔をしている。自分だけこの空気に置いていかれた疎外感があるんだと思う。


「では、今日の担当区間の割り振りについて……。ついて……」


 饒舌に士気を高めていたベラスケットの口が止まる。よく見ると、ベラスケットの青い目はこっちを向いているようだ。


 沈黙の後、足場にしていた木箱から飛び降りたベラスケットがこっちに向かって歩いてくる。そして、アレアの前で丁寧に膝をついた。


「これはこれは麗しいお嬢さん。僕はベラスケット。ご麗人に挨拶が遅れて申し訳ない。……ん? なんだろうか。お嬢さん。もしかして以前会ったことが……」


「ロウル。見てみなさい。これがナルシストで女誑しのベラスケットよ。これを格好がいいだなんて。私のパートナーなら見る目は養いなさい」


「えー。格好いい衣装だけどなぁ」


 どこにいても絶対に目立つ唯一無二の装備。全身から除霊をするっていう意気込みが感じられて憧れる。


「でもダメなのか」


「ふふっ。この僕をおいて二人でお話ね。仲が良くて羨ましいかぎりだよ」


「仲は良くないけど、関係性は深いんだ。詳しくは言えないけど」


「ふむふむ。まあ、問題ないよ。それよりも、君たちは除霊師なのかな? それとも、教会で挙式でも挙げるつもりだったのかな?」


「そろそろ無駄な話は控えなさい。ベラスケットもロウルも。本題があるでしょう?」


「そうだった。そうだった」


 ベラスケットが名残惜しそうに流し目でアレア見つめてから、僕のほうへと視線を動かした。


「彼女のほうは見たところ魔法使いのようだけど、君は除霊師かな? 何派? 我流?」


「除霊師じゃなくて祓われる側。どっち派かと言われたら地縛霊派。建築技術は我流だよ」


「はっはっはっ。君いいね。面白いよ」


 ポンポンとベラスケットが肩を叩く。冗談だと思われたのかもしれない。


 そこからベラスケットが僕の体に触れてから、全身を確認してきた。ゴーストだとバレたら面倒そうだから一応心臓も動かしておく。


「うん。悪くない」


「おっ、騙せた」


「黙って認められておきなさい」


 ベラスケットは俺の体から離れると、僕とアレアの目の前でそれぞれ指を鳴らした。格好いい。


「今宵はゴーストハントだ。君たち二人は僕と来たまえ」


「それは嫌だけど」


「お嬢さんのほうは? いかがかな?」


「行くわ。この男も連れていくから」


 えー。興味ないんだけどな。


 顔に出してからその意思を伝えようとしてみた。けれど、アレアに先をこされる。


「ベラスケットは特殊な聖水を使うわ。ゴーストは大抵一撃で天に召されるわ」


「天に召される……」


 ほう。つまり僕も成仏できるかもしれないと。ちょっと試したいな。


「興味が湧いてきた。夜が楽しみだ」


「そうね。あなたの扱いがそろそろわかってきたかもしれないわ」


 アレアがとても残念そうに肩を落とし、それを理由もわからずベラスケットが慰める。


 旅立ってまだ一週間。早くも成仏ができるかもしれない。


 そんな風に僕は胸を膨らませながら、パッチリと目を開いて夜の訪れを待ち続けた。


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