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20 そのゴーストは引っ張られる


 アレアが教会に戻ってこなかった日から一日。やっぱり今日も帰ってこなかった。仕方がないのでアレアを探す。子供たちから早く仲直りしろと言われ続けて耳障りだから。


 アレアはいなくなったその日、午前中までは路銀を稼ぐために魔法関連の仕事をする予定だったはず。まずはそこから行ってみようと思う。


「えーと。アレアってどこで働いてるんだっけ?」


 そびえる建物を高いところから一望。うん。魔法関連ってだけの情報から探せるようなものじゃない。だいたい、どこを見てもカボチャとか被り物とかの装飾しかない。


 最初の目処が消えた。次にいこう。午前中に働いた後、アレアは太陽教の副司祭で、シスターの件の黒幕と思われるモールを探しに行く予定だった。それなら、モールを探せばアレアの居場所もわかるはずだ。


「さて、探そうか。……で、モールって誰?」


 夜の街に点々とする人の顔を眺めていた。けれど、顔も知らない相手を探すことはできない。手っ取り早いのはゴーストに話を訊いてモールを探すことだろうか。


「一度教会に戻ろう。デュインはモールの顔は知ってるだろうし」


 そして建物を飛び移りながら、また開始地点の教会に後戻り。そこから普段通りシスターの体をストーカーしてるデュインを見つけてから話を説明した。


「おまえ嘘だろ……。いなくなったのならその日に探せよ。いや、せめて俺にぐらい相談しろよ」


「アレアはそこそこ弱いけど大丈夫かなって思ってたんだ。でも、ダメだった。弱かった」


「いや、そこそこ弱いと思ってたなら、なおさら一人にさせんな! この男の恥」


 今のは男とか女とか関係ない。けれど、僕がアレアの実力を見誤っていのは認めなくてはいけない。アレアは弱かった。だから捕まった。


「まあ、まだ生きてはいるからどうにでもなるよ」


「その根拠はなんだよ。モールの秘密を知った俺は殺されたんだぞ。殺されてる可能性だって……いや、悪い。不謹慎か」


「いいよ。アレアは生きてるから。言ったよね。僕地縛霊なんだ」


 どこへとは言わず街中を透明になりながら歩いていく。祝祭の影響もあって酒に酔った人たちがふらふらと通りすぎる。


「地縛霊。つまりは土地に縛られるのが普通のゴーストなんだよ。でも今は、その楔をアレアに付け替えてるんだよ」


「……えーと? つまり、土地じゃなくて、あの女に縛られてるのか?」


「そういうこと。だから、アレアが死んだら地縛霊の僕にも何かしら影響が出るはずなんだ」


 アレアが死んだら僕も消えるのか、はたまたただ縛りのなくなった浮遊霊になるのか。どちらにしても、何があるかわからないのでアレアに死なれるのは困る。約束も果たしてもらっていないし。


「だったらどうする? 生きてるとしてどう探すんだ? モールの根城なんて誰も知らないぞ。それともなんだ? そのアレアのほうを見つける手段でもあるのか? 地縛霊の繋がりとかで」


「うーん」


 ないと思うけど……。いや? いやいや?


 デュインの一言で僕は地縛霊生活を思い返した。最初の五メートルしか動けなかった時代。縛られた場所から離れようとすると見えない何かによって引っ張られた。それはもう抵抗できない力でだ。その正体は知っている。青い鎖。今は見えないけれどアレアと僕とが繋がっている鎖だ。


 それとなく胸の辺りを触ってみる。鎖の感触はない。刺さっているような感覚もない。


「でも僕が地縛霊であることに変わりはない。それならその土地から離れられない。僕はあの一畳一間の事故物件に引き寄せられる」


「何言ってんだ?」


「デュインって五秒で五キロ動いたことある?」


「質問の意図がわからないな」


「一応確認しただけ。これから体験することになるからね。意識が飛びそうになるから気をつけてね」


「はぁっ?」


 デュインの手を掴む。嫌な予感を察したのかデュインの顔が青ざめる。けれど、そんなの関係なしに、僕はゴーストの力で一気に浮遊を始める。


 地縛霊は文字通り土地に縛れたゴーストだ。その土地から出ようとしても出れない。そんなゴーストなのだけれど、ある程度の力がついてくると、その土地の引力から抵抗できるようになる。僕の場合は五キロぐらいは離れられる。


「うぉっ! うぉっ! うぉぉぉ!!」


 みるみるうちに建物が小さくなり、次第には灯りしか見えなくなる。その辺りでデュインが泣きそうになって、雲を通り抜けた辺りで僕にしがみつく。


「死ぬ! 死ぬって!」


「大丈夫。もう死んでるから。それよりもまだだよ。浮遊はお遊び。そろそろかな」


 三分程度の浮遊のすえやってきたのは強烈な引力。抵抗してさらに浮上すると、その力も比例して強くなっていく。もう少しで限界の五キロぐらいになるみたいだ。


 僕の浮遊の速度が落ちていく。引力と僕の推進力が並び始めたからだ。


 そういえば地縛霊の話が途中だった。地縛霊の僕はその土地から無理やり五キロぐらいは離れられる。けれど、その間も土地に引っ張られる力が働いている。この力の正体は僕の胸から伸びる目には見えなくて決して千切れることのない青い鎖だ。本来の長さは多分五メートル。それを無理やり五キロ近くまで引き伸ばしているのが今の状態だ。


「でも、どれだけ引き伸ばしても絶対に元の長さには戻ろうとするんだよね」


 これが引力の正体。ゴムの紐でもついてるって考えたら早いかもしれない。僕と土地。つまりは僕とアレアなんだけど、二人の間には決して切れない五メートルのゴムの紐がついていると。で、今は本来五メートルの紐を、五キロほどまで引き伸ばしているわけだ。


「さて。そろそろかな。アレアへのちょっと力の強いゴムパッチン」

 

 浮遊の速度が徒歩ぐらいに変わる。体も後ろに引っ張られる感じが強くなってきた。さて、ここから本来の長さから千倍まで引き伸ばした鎖が一気に元の長さに戻るわけだ。


 ついに僕の浮遊の力と引力が均衡した。さあ、ここからが楽しい高速移動だ。


「じゃあ、行くよ」


「おいおいおいおい!! 待てぇぇ!!」


 僕は上へと向かうのをやめて脱力する。その瞬間、加速とかそんなのなしに、トップスピードでアレアへと引き寄せられ始めた。

 体がないので風を切る音はしない。浮遊感もない。ただあり得ない速度で景色が吹っ飛んでいく。


「ギャャャ!! あっ……」


 デュインの意識が限界を迎える。ゴーストは気絶なんてできないはずだけど、がくりと力が抜けているようだった。落としても死ぬことはないだろうけど、一応デュインの服を強く掴んで速度に身を任せる。適度なスリルだ。なかなか楽しい。


 そして気づいたときには地面に足がついていた。ほんとに気づいたときにはだ。自分でもいつ着地したのかわからなかった。けれど、僕を動かしていた引力はなくなってた。


「うーん。なるほどここは」


 どさりとデュインを下ろす。するとデュインはふらふらと起き上がる。


「遺跡……かな? かなり古そうだね。僕の家よりも古い」


 僕の目の前に広がっていたのはそこそこの大きさの遺跡だった。崩れかけの石材は経験上何千年も前に加工されたものだとわかる。建物の姿もいびつ。ただ岩を積み重ねていったみたいな感じだ。


「こ、ここは……。町外れの遺跡……か?」


「知ってるの?」


「ああ。観光名所ってほどじゃないが、ここら辺では有名な遺跡だよ。何の遺跡かもわからないがな」


 崩れかけた壁の一部にデュインが触れた。実体化できないから影響があるわけじゃないけど、それでも崩れるじゃないかと不安になれるようなボロさだった。


「おまえの探し人はいないよな?」


「そうだね。いないね」


 僕もてっきり鎖に引っ張られた先にアレアがいると思っていた。けれど、今のところ僕の目に映るのはボロボロの遺跡だけ。アレアの姿はない。


 考えられるのは引っ張る力が強すぎて行きすぎたか、単純に僕とアレアの間に霊的な障壁があったか。


 確かめるために地面に指を当ててから霊力を送った。すると霊力が地面に染み込まず反発して体に戻ってきた。やっぱり予想通りだ。


「結界かな。この下。地下があるみたいだけど、そこにゴーストが入れないようになってる」


「地下? この遺跡にか?」


「だね。後付けって感じではなさそうだね。元からそういう風にこの遺跡は作られてるみたい。理由は知らないけど」


 まあ、正直この遺跡がどんなものかはどうでもいい。アレアが下にいるなら探して終わりだ。


「かなり大きな結界だね。地面の中にある建物を球体状に包み込んでる。最近見た結界の中では上のほう。でも、経験してきた結界の中では下のほうかな」  


「くっそ。ほんとだ。俺の手も通らない。お手上げか……」


「誰も破れないなんて言ってないよ。弾かれたって言っただけ」


 僕は実体化をせずに力強く地面を叩いた。ガラスのひび割れるような音が足元から広がっていく。そして、次の瞬間には弾けて抵抗感もなくなった。


「ほら壊れた。最近の結界は脆いね」


「……俺はこう見えてもそこそこの実力のある神父だったんだ。結界の強度や質ぐらいはわかる。これはそこら辺の除霊師が作るような結界じゃない。聖銀七座クラスの結界だ。それをノックするみたいに壊しやがって……。さっきの浮遊といい、本当に何者なんだよ」


「ロウル。みんなからバルムテスの大霊墓なんて呼ばれてた所の主人だよ」


「てことはおまえ! あのバルムテスなのか!!」


「バルムテスじゃないよ。僕が千年前に作った建物に誰かがそんな表札をつけてくれたんだよ。迷惑な話だね」


 本当にみんな僕をバルムテスだと勘違いする。そもそも何で僕の家がバルムテスの大霊墓なんて呼ばれてるんだろう。噂流したの誰?


 僕の質のいい家を思い出す。あんな素晴らしい家が悪魔の墓なわけがない。どうすればそんな解釈になるのやら。


 僕は呆れるように息を吐く。


「少なくともバルムテスなんて僕は知らないよ。僕じゃない」


「まあ、存在そのものが災害なんて呼ばれてるぐらいの大悪魔だからな。おまえみたいに心があるやつはバルムテスじゃないだろうな。ただバルムテスの大霊墓に住み着いていただけ。そういうことだろう。わかった。わかった」

 

 バルムテスと勘違いはされなかったけど、あの家を僕が作ったことは信じてもらえなかったみたいだ。複雑な気持ちだ。いつか僕の名声を勝手に横取りしたバルムテスには痛い目をみてもらわないと。


「……でもまあ、今はいいか。バルムテスと勘違いされるよりは気分は悪くないし」


「二千年前の大悪魔なんかと勘違いされるよりはそうだろうな。で、どうするんだ、ロウル。ここからは?」


「普通に潜るつもりだったけど、デュインって地面に潜ったことある?」


「ない。それがどうした?」


「そうなんだ。実はさ、地面に潜ると上下左右がわからなくなるんだよね。実体もないから重力で判断もできないし。だから、初心者ゴーストはよく土の中を彷徨ったり……」


 僕も昔は苦労した。最初は潜れると喜んでいたけれど、土に潜っても基本的には視界はゼロ。一面の土。明かりなんてないし、真っ暗闇の中、上も下も右も左もわからない。結局、地下洞窟に当たるまで永遠と彷徨い続けたのはゴースト人生でも数少ない恐怖体験だった。


「まあ、だから入り口を探そう。僕がゴーストハンドで空洞を辿って入り口を見つけるから、そこから入っていこう」


「わかった。任せきりだが頼む。そして、ラナちゃんのことなら任せてくれ。乳歯が抜けた日から、白髪を見つけた日まで、パパにわからないことはない」


「ひえー」


 ストーカーって怖いね。ゴースト人生で数少ない恐怖体験だ。


 身震いをしながら、僕は遺跡の下の空洞にゴーストハンドで触れる。そこから少しずつ辿り右往左往すると、地表に繋がる通路を見つけた。半分崩れた二階建ての建物の一階の壁の下。壁に触ると上から天井が落ちてきそうなぐらいボロボロだったけれど、れっきとした隠し扉のようだ。


「ここだね」


「その壁の下か……」


 古びた薄黄色の壁。一見周りの遺跡の見た目に溶け込んでいるけれど、近くで目を凝らしてみると砂ぼこりなどの汚れが不自然だった。でも、よくできてる。ゴーストじゃなかったらただの壁だと疑わなかった。

 壁の下の地面。そこに土と石材で覆われた扉がある。目では扉には見えないし、開け方もわからないけれど、地面に潜るんじゃなくて、扉を通過するだけならわけない話。


「じゃあ行こうか」


「はぁっ? ここか? 扉がないぞ。どうやって……」


「そうだった。デュインはゴースト人生始まったばかりだったね」


 僕は地面の下の空洞めがけて足を地面に突っ込む。実体化をしていないので体が妨げられることはない。


「結界がなければ、僕たちにとっては壁も床もないようなものだよ」


 そんな風に僕が言うと、デュインは恐る恐る一歩を踏み出してから、跳ねるように二歩目を踏み出した。


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