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1 そのゴーストは間違えられる


 嫌な気分だ。地縛霊なってからのこういう心情は珍しい。


 ゴーストになって感情が希薄になっていた。怒ることも笑うこともほとんどなく、淡々と生きていた。それなのに今は胸の中に何か新しい感情が雲のように浮かんでいる。


「うーん」


 またしても光となって消えていく幽霊を見送りながら墓石を一つ。付き合いはそれほど長くない幽霊で、一日ぐらいの関係しかない。でも、やけにその消えていく姿が頭に残る。


 未練……未練……やること……。あっ、ゴミ捨て。


「新しいゴミ箱作っとかないと」


 寝て忘れることもできず、消えない感情が風化していくのを待ちながら、僕は精錬した金属でゴミ箱を作る。一時間程度で完成したそれの蓋の調子を確めていると、地上から何やら振動が伝わってきた。


 生き物か……。硬い足音。人かな。


 こんな風に僕の家にやって来る人は少なくない。元は人が来るような場所じゃなかったけれど、僕が大々的に建物を建てすぎたせいで、こうして人が訪れるようになってしまった。興味本意で遊びに来る人から盗賊まで。どちらにしても、あまりいい気はしない。


 僕は新しいゴミ箱を持って、地上に近い廊下まで向かっていった。下と違いこの辺りは外観を意識しているので、ダンジョンの一部のような、同じ大きさの石材を敷き詰めた外観をしていた。

 そして、その廊下の中心にゴミ箱を置いて、侵入者の行動を確認するために少し離れたところで透明になって待機する。


「敵かどうかは確認しておかないと。別に誰をやっちゃっても罪悪感はないけど、無駄な血は流したくない」


 命が尊い……なんてことではなくて、汚れたら嫌。折角朝から掃除したんだから。


 家を汚したくないからと、敵ではないことを祈りながら待っていた。すると、男たち三人集がやってくる。見たところ装備は手作りしたかのような安物で品もない。髭は剃っていないし、ズボンの裾には泥が付いている。この段階で少しイヤな気分にはなっていた。


 風呂入ってきてくれないかな。人の家なんだよね。


 乾いた土の屑が床に転げていく。あーあ。これが入り口まで……、なんなら外の町まで。やれやれ。


 残念な気持ちだった。けれど、怒りなどはなく、ぼんやりと三人の姿を眺めていた。


 男たちが地面に汚れを撒き散らしながら近くまでやってくる。その会話に、僕は静かに透明な耳を傾ける。


「ここがバルムテスの墓か? なんにもねぇじゃねえか」


「でもでも、この上の搭の鐘。あれは売れなくはなさそうだったじゃん」


「墓荒しってのは、鐘を取るもんじゃないだろ。まあ、なんにもなけりゃ持ってくが」


 ふむふむ。墓荒しと。ほー、僕の家で窃盗と。


 ゴミ箱を作っていてよかった。二箱になるけど、今週は回収してくれるのかな。回収業者さん。


「おっ、宝箱じゃねぇか」


「ほら、言ってたとーりー。みんな恐がって入ってこないから、中は宝の山。ほら、さっさと漁るぞ。中は何かなー」


 と、一人の男がゴミ箱の蓋を開いた。じゃあ、僕がやることは一つ。


 ゴミをゴミ箱に入れる。


 『ゴーストハンド』


 僕の持つゴーストの技能の一つ。透明な腕を体から伸ばして物理的に干渉する。物を掴んだり、削ったり。今回は潰したり。


「んー、(から)か?」


「えい」


「ギャプッ!?」


「ぎゃゃーー!! 兄貴!!」


 ほとんど血が吹き出さずに、一人目が綺麗にゴミ箱に収まった。あとは二人。ささっと済まそう。汚されたくない。


 そこからは五秒ほどで片付けは終わった。血飛沫に気をつけながらの丁寧な仕事。その最後にバタンとゴミ箱を閉じる。あとは残っていた土の足跡を消して終わりだ。


「さて、さて。……うん? もう一人いる?」


 パンパンと汚れてもいない手をはたいていると、索敵を掻い潜っていつの間にかこの建物に入ってきている人の反応を感じた。人数は一人。見逃すにしては、そこそこの雰囲気を放っている。なぜ見逃していたのだろうか。


 同じ盗賊っぽいけど、一応悪人か確認しておこうか。迷っただけかもしれないし。


 そして、また壁に同化するように体を隠した。そこからさほど時間がかからずして、地下のこの場所に静かな足音を立てて女が現れた。


 顔深くまで被った茶色いフード。その中から、透き通る紫の巻き髪二房が垂れて両肩の前で揺れている。


 そんなに大きくもないし、敵意もなさそうだ。本当に迷っただけの子かもしれない。


 そう思って観察していると……


「いるのはわかっているわ! 出てきなさい!」


 反響で耳が痛くなるほどの声量で、女が力強い声音を響かせた。

 

 ……バレてる? それともさっきの男たちを探してる? どうしよう。用事だったのかな。


 三人が収まっているゴミ箱を眺めながら、とりあえず黙って女の言葉を聞き流す。沈黙が続けばいずれは諦めるだろう。


 けれど、女はクルリと辺りを見渡してからもう一度。


「バルムテス!! 『怨嗟の凶候バルムテス』!! ここにいるのは知っているわ! 出てきなさい!」


 勘違いは加速する。バルムテス……聞いたことがある気もするけれど、うまくは思い出せない。


 ……うーん。でもこれは勘違いさんかな。家を間違ったんだろう。


 僕は親切に間違いを正してあげようと、壁から体を出して透明化も解く。一応透けてたら嫌だから、実体化もして準備万全。迷い子を導いて差し上げよう。


 わざと大きめに足音を鳴らして近づいていく。すると、こちらに気づいた女は僕に視線を合わせた。警戒の色が少し見える。


「あなたね」


「いえ、違います」


「わかっているわ。あなたがバルムテス。見ればわかるわ。そのオーラ。ただ者じゃないわ」


「いや、違うけど」


 どうやら、彼女は探し人の顔も知らないようだ。どうしようか。いや、もしかして……


 僕はゴミ箱を指差した。


「バルムテスさんって男の人? だったら、その宝箱の中に眠ってるよ」


「ふざけているの?」


「いや、さっき殺しちゃった人の一人なのかなって」


 そう親切に教えてあげた。すると、女がいぶかしんだように睫の長い目を細めてから、恐る恐るゴミ箱を開けて硬直する。そして、血の匂いが外に漏れ出すよりも前に、女は素早く箱を閉じた。


 女はそのままなにも見なかったかのように立ち上がると、微かに震える黄色い瞳を僕へ向ける。


「じゃあ、あなたがバルムテスね」


「違うよ」


「わかったわ。話をしましょう。取引がしたいの」


「そうなんだ。バルムテスさんとやって。人違いだから」


「喉が乾いたわ。お茶でも出しなさい」


 あれ? この人話聞いてくれない?


 態度の大きな女性の客人に困惑する。二千年も死んでいれば大抵のことは経験済み。けれど、こんなに話を聞かない知的生命体は初めてだ。


「飲み物ないから血でいい?」


「流石悪魔ね。頼んだ私が間違っていたわ」


「その通り。間違えているんだよ。僕は地縛霊。だから、帰ったら?」


「話だけしましょう。取引よ」


 話が通じない。どうしよう。困ったな。いや、でも話を聞くだけならいいか。暇潰しになるし。


「でも、僕はロウルだから」


「わかったわ。バルムテス」


「はぁ」


 瞬間、周囲を冷気が満たす。


 僕はゴーストハンドを使って聞き分けの悪い女の隣を盛大に切り裂いた。自分で造った建物に傷を付けるなんて、普段であればしないけど、聞き分けがなさすぎて困ったのだ。


 石材を切断したとは思えないような滑らかな断面を、少し遅れてから確認する女。普通の人であれば叫んで逃げ出す。けれど、女は逃げ出さない。一歩もそのボロい革靴を動かさない。


「……バルムテスじゃないのね。でも、あなたでしょう? ここでゴーストたちを解放してあげているのは」


「んー。まあ、ゴーストを送ってるのはそうだけど」


「だったら、それでいいわ。バルムテスじゃなくてあなたでいい。ロウルだったかしら」


 女がローブを取る。その下にあった性格の強さが現れたつり目と、お高くとまったすまし顔が明らかとなる。


 そして、こう言う。僕をバルムテスじゃなくて、ロウルという人物と認識して。


「私はアレア。あなたをここから解放してあげる。だから、私と取引をしなさい」


 乱暴すぎて話に付き合うつもりはなかった。けれど、どうしてか、アレアの発言の『解放』という箇所が、今日の悩みの種でもあったケインの言葉と重なって、僕はいつの間にか首を縦に振っていた。


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