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12 そのゴーストを知り得ない


 ――悪霊の攻撃を見らずに片手で対処する。――悪霊の攻撃を体で受け止める。――悪霊を拳一つで吹き飛ばす。


 数日前の奇跡のような光景を僕は頭に浮かべていた。


 うーん。ロウル君。君はいったい?


 死して這いつくばるドラゴンの背に座りながら考える。けれど、いっこうに答えは現れない。


「本当に罪作りな男だよ。ここ一週間、僕の頭を君のことだけでいっぱいにするなんてね」


「大丈夫か? ベラスケット?」


「うん? あー、すまないね。考え事だよ」


 僕は声のしたほうへ振り向いた。


 そこには小綺麗で節操な服に身を包んだ片耳のエルフがいた。顔には浅いものから深いものまで様々な皺が刻まれていて、これまで過ごしてきたであろう長い年月を思わせる。


「そうだったな。病み上がりだったか。これをやろう」


「ん? それは?」


「ドラゴンの心臓。昔から貧血によく効いて、戦士や冒険者から愛されてきた。千年前の英傑の一人、鉄砕のシュベルツが戦の前には必ずドラゴンを狩って食していたという話もある。今の君に相応しい食べ物だ」


 ごろっとしていて、所々黒く焦げていたり、逆に赤かったりするドラゴン心臓。彼らしいといえば彼らしい。


「ところで、いつ焼いたものかな? ドラゴンを倒してから料理をしてたようには見えなかったけれど」


「鮮度が大事だから戦闘中に焼いていたのだ。ドラゴンのブレスで」


「ははっ。なるほど。ここにもいたようだね。僕の頭に入り込んでくる男が」


 僕はむしろ体に悪そうなドラゴン心臓を断った。やはり聖銀の序列一位は違う。シィースーア、彼は僕ら一般人とは常識が少しズレている。


 僕が断ったドラゴンの心臓を表情を変えずにシィースーアは食らう。普通の反応。不味くはなかったのかもしれない。


 そんな彼が、僕の瞳を覗き込んで察したように謝罪を一つ。


「病みあがりにすまないな。ドラゴンが大量発生して人里に接近していた。休息させておきたかったが、私一人では限度もあった」


「気にする必要はないさ、シィースーア。あなたに頼られるなんて聖銀七座の誉れだよ」


「相変わらず君は格好いいな」


「ははっ! 当然のことだよ。けれど、嬉しい。ありがとう」


 わかりきっていることでも、人から口に出して言われるとさらに嬉しい。「格好いい」と言わざるを得ないほど格好いい。そういうことだ。例えるなら、物に手をぶつけて痛くもないの「痛い」って言ってしまうやつ。それと同じ。言わずにいられないのさ。


 さらに格好よく見せるために、僕は手鏡で髪を整える。うん。少し汗をかいてしまったかな?


「にしてもだ。ドラゴンがこんなところまで来るとは。間違いなくあれが原因だろうが」


「『あれ』ね。うん。僕も同感さ」


 僕は鏡越しでそれを見た。三大霊地の一つ、バルムテスの大霊墓。その象徴とも呼べる崩れた時計塔を。

 夜というのに、禍々しい雰囲気はない。寂しげに浮かぶその建物たちは、不思議と取り残されているようにも見える。


「……僕はあそこから何かしらの存在が解放されたと思っているんだ」


 僕には俗にいうところの霊感がほとんどない。一般人に見えたり感じたりできる程度の霊的なものしかわからない。けれどそれでも、あの場所バルムテスの大霊墓は、主人を失ったかのように空虚に思えた。


「最初はあの悪霊の女性がそれかと思っていたんだ。けれど、彼女はただの淑女だった」


「だから、別に何者かが解放されたと」


「その通り。シィースーア。あなたからはどう見えるのかな?」


 鏡越しでシィースーアを確認していると、視線に気付いてか、シィースーアが僕と鏡を越えて目を合わせる。


「同じ見解だ。昔あそこから感じたプレッシャーが今は全く感じられない。ベラスケットも感じているようだが?」


 僕はシィースーアの問いに色っぽく顎を引く。


「少し前までは感じていたよ。けれど、今は? うーん。デートに悪くなさそう。適度なスリル」


「行ってくるか?」


「それは遠慮させてもらうよ。流石にまだ恐い」


 封印されていたといっても、まだその場所に何者かが残っている可能性もある。

 自分の未熟さを知ったからね。無謀な真似をしようとは思わない。


 背中に掲げた十字架を撫でる。ドラゴンにさえも抜かなかった誓いの刃だ。


「封印だったのだとしたら、解放されたのは十中八九バルムテスの大霊墓の主のバルムテスだろうね。考えたくもない最悪だよ」


「どうだろうか。少なくとも私はそうではないと思っている」


 シィースーアは柔らかに僕の意見を否定した。けれど、その柔らかな主張に反して、やけに確信を持っているようではあった。


「ふむふむ。シィースーア。では、あなたはどう推測を?」


「君はあの場所から空へ昇る光を見たことがあるか?」


 光……。心当たりはあるね。


「聞いたことはあるよ。ゴーストがたまに言っているあれだよね。てっきり、妄言だと思っていたけれど」


 天に昇る光。それを見て、バルムテスの大霊墓を目指していると言うゴーストとかなり出会った。けれど、その光とやらを僕は一度も見たことがない。霊視の問題かと思って、先輩方にも尋ねたことはあったけれど、誰一人として見たことがあると言った人はいなかった。


 虚言、もしくは幻覚。そう思っていたんだけれど、シィースーアの今の言い方は……。


「見えていると? あなたには」


「……厳密には見えていただ。数週間前からは何も見えなくなっている。最初は私の問題だと思っていたのだが」


 鏡越しではなく振り返ってシィースーアを見た。その表情は若輩者の僕には読み取れない。ただ、そうだね。僕程度が推測するなら寂しそうに見えるかな?


「ははっ。まあ、気にしたところで変わらないよ。何かがいなくなっても、世界は普段通りに回っている。そう! 僕を中心に!」


「君のそういうところが気に入ったから聖銀七座に入れた。……そういえば、考え事の途中だったか。悪いことをした。必要ならその考え事を手伝おう。私は君の数百倍の歴史がある。思わぬ手助けになるかもしれない」


「……そうだね。ちょうど訊きたいと思っていたところだったんだ」


 そう。僕は今君のことで頭がいっぱいだったんだよ。ロウル君。


「シィースーア。三桁クラスの悪霊のゴーストハンドを受けきるのって、どんな人物なのだろうね」


「……ゴーストハンドか。防御魔法を扱える二級以上の魔法使いか、二級の騎士とかか? 除霊師であれば銀章クラスであれば可能だろう」


「その通り。模範的な回答だ。僕もそう思う。けれど、もしだよ。魔法じゃなくて、剣の技術じゃなくて、身一つで受けきるとしたら?」


 すると、シィースーアが悩ましげに口を閉じた。あくまで、攻撃を相殺するといった意味合いでシィースーアは答えてくれていたのだろう。けれど、僕が目にしたものはまったく別。あのロウル君からは魔力も霊力もほとんど感じなかった。筋力だって、教会で体に触れたときは、柔らかいとも思えるほどだった。


 あのロウル君は間違いなく魔法や武器ではなく、体で攻撃を受けていた。しかも、無傷で。この美しい瞳に映ることが全て。この小鳥の囀ずりも聞き逃さない僕の耳の語ることが全て。それなのに、あのときの光景だけは、いまだに信じきれない。


「君を助けた少年の話か」


「その通り。力も性格も含めて良い男だったよ」


「――興味がある。その少年」


 珍しくシィースーアが興味深そうにその目を輝かせた。人を見抜く才能を持つシィースーアがだ。やはり、ロウル君はただ者ではない。


「その少年。私と比べたらどうだ?」


 シィースーアがそう言って、流石に僕は溜め込んでいた空気を吐き出してしまった。


「ふはっ。あなたと比べて? 人が悪いね。シィースーア」


 そして、僕は左から右にと手を広げる。そこに転がるドラゴンたちの残骸を指しながら。


「一人でドラゴンを三百体倒すような人には流石に及ばないよ」


「……果たしてそうか?」


 シィースーアがまたしてもバルムテスの大霊墓を見ていた。そして、またいつものように、何かを見抜いたかのようにこう言うのだ。


「バルムテスの大霊墓。調べてみる価値がありそうだ」


 僕がその言葉の意味察して体を固める中、シィースーアはやけに嬉しそうに風に吹かれる。


「数百年ぶりに心が踊っている。――ロウル君だったか」


 その表情は老齢な人物とは思えないほど勇ましい。それこそ、その一瞬だけは、僕よりも輝いて見えるほどだった。


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