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プロローグ1 そのゴーストは縛られる

 

 今から遠い昔。数千年以上も昔。人の歴史の線が限りなく切れかけていた時代。世界を支配していた大悪魔がいた。漆黒を纏った大悪魔は死を支配していた。一声で生き物の命を抜き取り、一声で死した者らを自身の兵として立ち上がらせた。魂がむせび泣き、生者をさらに死に誘う。人類史上最悪とも記録された悪魔『怨嗟の狂候』バルムテス。その脅威がどのように退けられたかは記録されていない。しかし一つ確かなことがあった。


 バルムテスの大霊墓。


 オルテイン王国の東のはて。そこにバルムテスの死した証だけが今もなお残り続けていた。



 さて、僕の話をしよう。そうだね。最初は人生においてのピークについて。


 僕は東の端にある名すらない田舎の村で生活していた。国の中心は、戦争だの王権争いだので血なまぐさかったけれど、遠く離れていたここでは関係なかった。誰が死んだなんてことも半年くらい経たないと耳にも入らない。


 そんなわけで、その日ものんきに水を汲みに行っていた。そこそこに離れた小川に行った帰り道。重いなあと文句を口にしていたかもしれない。


 で、そんな中、僕は轢かれた。


 その一瞬を覚えてはいる。黒いからすの紋章の荷馬車が僕の頭を蹴っ飛ばした。痛かったとか、苦しかったとかの感想はない。ただ、死んだなぁと、自然の摂理として受け入れていれて、目を瞑り意識が消えていくのを待っていた。けれど、それがなかなかやってこなくて目を開けて気づいたんだ。


「あっ、ゴーストになっちゃった」


 そうして第二の人生? いや、次のゴースト生が始まった。



初日


 一応人間的な思考が残っていて、受け入れられずにぼんやり割れた木の桶を眺めていた。何度も桶に触れようとしたけれど、その度に指先をすり抜けた。実体がないんだ。仕方がない。今頃、家族のみんなは水を待っているのだろう。申し訳ない。


二日目


 家族が僕を探しに来て死体を見つけて泣いていた。そして、淡々とお父さんが墓穴を掘って僕の体を埋めてから、大きな岩を載せた。ゴーストになって思ったけれど、あんな重い墓石を置かれたら安らかには眠れそうにない。寝苦しそうだ。


五日目


 色々とわかったことがある。一つ、物に触れられない。二つ、この墓を中心に五メートルしか動けない。三つ、眠れない。つまりゴースト生活五日目で早くもできることがなくなり暇をもて余すことになった。あー、退屈。


七日目

 

 退屈していると、おじさんゴーストがやってきた。どういうことかおじさんは自由に動き回っていた。話を聞くと、ゴーストにも種類があって、浮遊霊と地縛霊があるそうだ。浮遊霊は未練を果たすために動きまわれる。地縛霊は土地に縛られて動けない。おじさんが浮遊霊。僕が地縛霊。泣きたくなる。

 そんな活動範囲半径五メートルの地縛霊の僕に同情してくれたのか、おじさんは去り際に一つだけ教えてくれた。


「見ていなさい。ほら」


 おじさんが雑草に指を押し当てた。すると、すり抜けるはずのおじさんの指が葉っぱを揺らした。驚いて僕も試したけれど、相変わらず僕には触れられなかった。


「わたしは百年ゴーストとして生きてきた。すると、いつの日からか物に触れられるようになった。君も退屈なら練習してみるといい」


 そうしておじさんは助言だけを残して消えていった。


「やってみよう。時間なら腐るほどあるから」


 そこから僕の長い長いゴースト生活が始まることになる。


一年目


「よしっ!! 触れた! 触れた!」


 物に触れられるようになった。でも動かせない。次は動かせるようになろう!


十年目


「……動いた」


 葉っぱを風に揺れる程度に動かせるようになった。十年でこれだ。百年かかったおじさんよりも早い。でも、まだ軽く押せるだけ。掴めはしない。頑張ろう。


百年目 


「あっ、草抜けた。――百年越しの草取りだ」


 百年の時を経て、ようやく物を掴めるようになった。僕はいつの間にか雑草にまみれた墓石周りを、百年の恨みを込めて抜きまくった。体感したことのない爽快感。そして、抜いた後の想像していなかった虚無感。何本か残しておけばよかった。


二百年目


「無理したら三十メートルぐらい動けるようになったし、家でも建てるか。周辺には……、木が三本。数が少ないかな。いや、それよりも、そもそも木を伐採できるのかな?」


五百年目


「木が足りない……。木材腐った……。グスッ……。――石材しかない」

 

 朽ちた木材に涙が垂れた。これがゴーストになって初めての涙だった。


七百年目


「やったー。家だ。悲願の家だー! ……もう少し大きくするか」


 一部屋の小さな石材の家。造ってみたらなんか物足りなかった。まあ、いつ成仏するかわからないけど、やれるだけやってみよう。

 

千年目


「……規模大きくしすぎたかな」


 いつの間にかちょっとした街のようになってしまっていた。中心に巨大な搭を建てて、その地下に僕の墓石がある。周辺には暇潰しと練習のために建てまくった建物が群れを成して座っている。百以上はあるかな。


 これ以上広げると目立つなぁ。


「まあいいか。次は地下でも造ろう」


 そして、二千年目。相変わらず僕は地下を掘って我が家を改装していた。



岩で押し固めて造った地下を歩いていた。足音なんてゴーストの僕にはないけど、雰囲気を作るためだけに足を実体化させて、靴底で灰色の床を叩くような音を立ててみる。


「さて。今日か……」


 まだ広げている最中の地下の最も深いところにやってきていた。地下洞窟のような広い空洞。そこには、やけに形の整った長方形の岩が、規則正しく並べてあった。


 そして、今日も僕はその一つに加わる岩を爪の先で撫でる。たったそれだけだけど、岩の表面に意味のある傷が生まれていた。


「おお。本当に作ってくれてたんだ」


「まあね。暇だから」


 周囲の墓標を眺めていた男からの言葉に、慣れたように僕は答える。実際何度もやり取りをしてきたわけだし、新鮮味はない。でも、嫌な気持ちでもない。


 僕は持っていた岩の表面に彫られた『ケイン・エーリヒ』の名を口の中で復唱していた。


「名前間違ってないよね?」


「間違いなし。でも、そうか。次は僕なんだね」


 目の前の男ケインは、ここ十年以上僕と一緒にいた。友人……と括ってしまっていいかはわからない。ゴーストとなってしまったケインを送るために形式的に一緒にいたというのが正確だと思う。


 僕の仕事ってわけじゃないけど、ある日から、僕は幽霊の未練をなくすのを手伝っている。


 迷い込んだ幽霊と話をしていて成仏していったのが始まりだった。そこからポツリポツリと幽霊のお客さんが増えて、気づいたときにはあら不思議。ここのシンボルの時計塔を目印に、週に四、五人は幽霊がやってくる。


 僕はここ最近では長く一緒にいたほうのケインに、その時間の分だけの親しさを向ける。


「まあ、ゴーストなんだし、成仏するのが自然なんだと思うよ。みんな幸せそうに消えていくし」


「君に言われると、この先の不安がなくなるよ。ロウル」


 死に場所を探すようにケインが歩き始める。すでにゴーストとしての形が崩れ始めている。黄色い光の泡が足跡の代わりに残っては宙に浮かんでいく。


「ロウルと出会えて、死んだ妻の姿も拝めた。妻も向こうにいるから、不安なんてないよ」


「それなら良かった」


「そう。不安なんてないつもりだったんだ」


 ケインが足を止めて振り返る。いや、足なんてもうないか。死に場所が決まった。だから、消えるまで話したいんだろう。


「不安が残ってるってことだね。時間がないけど、できることはやるよ」


 すると、ケインは軽く首を振る。その背後を自分の足だったものが光となって天に昇っていく。


「君だよ。ロウル」


「ん? 僕が墓標を立てるかどうかが不安なの? 見たらわかると思うけど、僕は……」


「知ってるよ。送った全員の墓を作ってるんだよね。数千……いや、数万もの墓を」


 僕に意識させるためか、ケインは大きく手を開いて墓石を指す。そこに並んだ墓石は、かつて僕が送ってきた幽霊たちの証だった。


 一つたりとも作り忘れたことはない。そこだけは、誇りを持ってやっていたから。


「でもじゃあ、わかってるじゃん。墓石は立てる。それなのに何が不安なの?」


 すると、ケインは広げていた手をこちらに向けた。片方の腕は、そのときにはもう光となって消えていた。


「今こうして天に帰ろうとしているからわかるんだ。そうやって地に縛られ続けるのも、苦しさなんじゃないかなって」


「いや、苦しくはないけど」


 特に地縛霊だから苦しんだなんてことはない。今はある程度自由に動き回れるし、なんの苦もない。

 すると、わかっていたと言わんばかりケインは苦笑い。


「まあ、君ならそう答えるだろうね。でも、知るべきだよ。自分の未練を。そして叶えるべきだよ。自分の願いを」


 話に聞き入っていたら、いつの間にかケインの上半身がほとんど消えていた。衣服も肌も、炎よりも眩しくて優しい色を浮かべて、角砂糖のように砕けていく。


 願い……ね。


「うーん。思い付かないな。なんだと思う?」


 すると、ふっとケインは笑った。まるで僕の願いを知っているかのように。その余裕が不愉快で、僕は眉を潜めていた。


 頭だけのケインがこの世に残る最後の役目を果たすように口を動かした。


「探しにいくといいよ。送り続けた君が、次は送られる側になるべきだ」


「ごめん。もう少しわかりやすく」


「……」


 ケインが何かを言おうと動いていた。けれど、発声の機能はもう失われていて言葉はない。だからなのか、これまでに浮かべたことのないような穏やかな笑みだけを浮かべていた。


 光る。溶ける。浮かぶ。


 まるで星にでも帰るように、ケインは空へと消えていった。地下だった。それなのに天井に遮られることなんてなく、光の粒子として通過して消えていく。


 僕はぼんやりと仕事以外のことを考えながら、墓石をケインの立っていた場所に立てる。


 『ケイン・エーリヒ』


「友達なら最後まで教えてよ」


 そうモヤモヤとした気持ちを抱えながら、僕はゴーストとして成長するために、また地下の岩へと爪を立てた。



 ご愛読ありがとうございます。


 プロローグを除いて、基本は《週一回日曜》の更新でやっていきたいと思います。もしかした、唐突にテンポを上げて更新をすることもあるかもしれませんが、そのときは後書きにてご報告させていただきます。


 新連載、『霊葬のゴースト ~二千年ぐらい地縛霊やってたけど、そろそろ成仏したいので旅に出ます~

』を是非これからもお楽しみください。 

 

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