第七話 彼女の名を呼んで
キャローラの最終回となります。
夕方になると沈みかけた夕陽の光がオレンジ色から薄いピンク色へと変わり出した。
教会の中も段々と暗くなってきておりすでに故人の訪問客も誰もいなくなった。
棺の前ではエルネストが変わりなく側で寄り添っていた。
キャローラは送別花の中で静かに眠っていた。
その彼女を見つめながら時折りに右手で彼女の髪や頬に触れては何か呟いていたがその言葉は小さくて聞こえなかった。
「やあ」
ラスティ神父が礼拝堂に入るとエルネストに声をかけた。
エルネストは無言のままラスティ神父に視線を向ける。
もうどれほど眠っていないのか。
彼は憔悴しきりで心身ともにうち沈んでいた。
「そろそろ休もうか」
「いえ・・・俺はここにいます」
心配をするラスティ神父をよそに首を横に振りながらエルネストは棺の中にいる愛する人を見守っていた。
「そうか」
これ以上何を言っても無駄だと納得したラスティ神父は近くにある飴色のチャーチベンチに腰を下ろす。
そして、ズボンの後ろポケットからスキットルを出すと酒を飲み出した。
「聖職者がこんな場所でお酒を飲んでいいんですか?」
その様子を見てエルネストは冷ややかな視線を向ける。
ラスティ神父はそんな彼の態度をよそにまた酒を喉に流し込んだ。
「いいさ。今日はキャローラも許してくれる」
そう言うとラスティ神父はスキットルをエルネストに向けて酒を薦める。
「飲むかい?」
「いいえ」
エルネストは小さく頭を振る。
そんな気分になれるはずもなかった。
エルネストの態度を見ながら肩をすくめたラスティ神父はまたお酒を一口飲んだ。
安い酒だったのか辛い味で顔を顰める。
「酒は昔から苦手だ」
「飲めないのに飲んでいるんですか?」
「ああ。大切な知人が亡くなったんだ。やってられないだろ」
苦笑するラスティ神父はもう一口だけ酒を飲む。
「キャローラは子供の頃からお世話になっていてね、この街の人たちは彼女によく子供の面倒を見てもらっていたんだ」
ラスティ神父はその時の懐かしを思い出しながら棺を見て笑った。
「知っているか?」
少しの間の後、ラスティ神父がエルネストに尋ねる。
「なんですか?」
「オーガ族の寿命さ」
オーガ族の寿命と言われエルネストは思い出す。。
エルネストが知る限りではキャローラが話した150歳以上だと記憶している。
「キャローラさんは150歳以上は生きていると教えてくれました」
「そうさ。長命種のオーガの寿命はトールマンの我々より遥かに長い。キャローラは我々トールマンとのハーフだったがそれでも長く生きたんだ」
「それってキャローラさんは天寿を全うしたって言いたいんですか?」
「私はそう思うね」
そう言うとラスティ神父は酔いを醒ますかのように両手を広げて口が大きく開いて息を深く吸い込んだ。
「もし寿命と言うなら・・・俺のせいです」
「どうしてだい?」
「俺が無理なんかさせたから・・・」
それは無意識のうちにキャローラと結ばれたことを告白していた。
彼女を抱いたことが原因だと思うとエルネストは心苦しくなった。
何故、彼女の年齢を考えなかったのか。
自分の若さゆえの想いがエルネストの中で後悔となって訪れる。
「それはどうかな」
ラスティ神父は少し酔いに惑わさながら立ち上がる。
「彼女は言ってたよ。君に出会った良かったって」
胸ポケットから手紙を取り出したラスティ神父はエルネストの前に出す。
「これはなんですか?」
「彼女の遺言書」
その言葉にエルネストは大きく見開いた。
「・・・どう言うことですか?」
「私は彼女の棺と一緒に遺言書を預かるようにしてたんだよ。これは彼女が亡くなる三日前に一番新しい遺言書さ」
「新しいって?」
「彼女は思うことがあると遺言書の内容をよく変えるんだ。そのたびに私は遺言書を受け取って保管してた」
まったく変わっていたよとラスティ神父は話す。
「どうして内容を変えていたんですか?」
「そこまでは知らない。ただね、長命だからこそ気分が変わるんだろう」
ほらっとラスティ神父は手紙を取るように促す。
「きっと彼女も君に読んで欲しいと思うよ」
エルネストは何も答えず手紙を受け取ると震える手で封を開いた。
そして、無言のまま内容に目を通すとエルネストは笑みを浮かべて視線を棺へ向けた。
「こんなの遺言にならないじゃないか・・・キャローラ」
エルネストは両手で手紙を抱き締めるとキャローラが自分と一緒に生き続けることを望んだことがとてもとても嬉しかった。
自分の想いは間違っていなかった。
それだけで嬉しくて嬉しくで「キャローラ・・・キャローラ・・・」と呟き続けた。
その様子に満足したラスティ神父は「キャローラ、良かったね」とスキットルの安酒を味わいながら微笑んだ。
キャローラが亡くなって三年が経った。
エルネストは若さに任せてはなく冒険者として活動を続けた。
愛する人を失ったショックでの自暴自棄にならなかった。
まるでキャローラが乗り移ったかのように新人の冒険者の面倒を見たり一人でこなせる依頼を受けたりしてその日々を過ごしていた。
唯一の趣味はキャローラが眠る共同墓地で祈りを捧げながらラスティ神父と酒を酌み交わすことだろう。
最近ではキャローラのように棺も購入して遺言書も書くようになった。
遺言書の内容はラスティ神父しか知らない。
全てはキャローラの真似事を言えばその通りだが、ギルドの仲間たちは何も言わない。
すでに冒険者として認められたエルネストの生き方に誰も文句などない。
彼のひたむきな姿は亡きキャローラの姿を思い出されてくれたからだ。
キャローラの面影はやがて現実にも現れ始めた。
エルネストがリヴィングストンに呼び出されたのはそれから間もなくのことであった。
「どうしたましたか、急に呼び出して」
「すまない。実は折り入って相談があってな」
「珍しいですね、それで相談とはなんですか?」
「こっちに来てくれ」
そう言うとリヴィングストンは窓際へ移動する。
エルネストも窓際に行くと彼は目で外にいる人物に視線を向けた。
そこには大柄なオーガの男が剣を素振りしていた。
その姿を見てエルネストは昔の自分の姿を見ているような思いだった。
「彼は?」
「新入りの冒険者だ」
その若い剣術士は最近、この街に来てこの冒険者ギルドに冒険者として登録したとリヴィングストンが教えてくれた。
この流れも自分と同じだった。
「筋が良いんだが、若いゆえに向こう見ずなところがあったな」
「そうですか」
「それで頼みたいことなのだが・・・」
リヴィングストンはエルネストに対して「彼と一緒に組んでやってくれないか?」と頼んできた。
「俺がですか?」
エルネストは困惑した。
「実はキャローラにも君の時に同じ事を話したことあってな」
「そうなんですか?」
その話は初耳だった。
そして、キャローラも同じことをしたかもしれないと思うと嬉しくなってしまう。
「ダメか?」
「いえ、引き受けますよ」
またキャローラと関りができると思うと彼女への愛を感じられずにいられなかった。
・・・キャローラ、また君の名を聞けたよ。
外では若い剣術士が変わる事なくがむしゃらに剣を振り続けている。
その姿を見続けるとエルネストは彼と話がしたくなった。
「彼に会わせてもらえるますか?」
私の言葉にリヴィングストンは静かに頷いた。
愛する人ができた。
こんな素晴らしい時間を迎えて私は嬉しい。
今はただ彼と一緒にいれる。
ただそれだけいい。
私の名前を呼んでさえくれれば。
これで本作品は終わりとなります。
初めて異種族間の作品を書きました。
設定など緩いところもありますが心情をメインに投稿しました。
よろしければご感想などお待ちしております。