第六話 最愛の人の死
キャローラの第六話となります。
次回で最終回となります。
誤字脱字、ご感想などお待ちしております。
エルネストが目を覚ました時、寝室にはキャローラの姿はなかった。
すでにカーテンは開けられていて外から淡い朝陽が射し込んでおり二人がいたベットを優しく包み込んでいた。
白いシーツに触れると自分以外の温もりはなかった。
少し残った睡気でうとうととしながらエルネストは寝室を出るとキャローラを探した。
昨日はあの告白の後、二人はキャローラが暮らす借家で夜を過ごした。
お互いの意に従って二人は共寝をした。
これまで異性と付き合ったことのないエルネストにとって初めての経験であり、経験のあるキャローラが手ほどきをしながら彼を導いてくれた。
恥じらいで胸がときめきながらエルネストはキャローラを抱いた。
そして、自分の想いが伝わった喜びは今でも胸の中に残っていた。
・・・どこへ行ったんだろう。
エルネストは上着を着てベットから起きると彼女の姿を探し始めた。
階段を下りてキッチンへ行くとキャローラがいた。
寝間着姿の彼女は両手に顔を乗せて眠っていた。
「キャローラさん」
テーブルで座ったまま眠っている彼女に優しく声をかける。
だが、キャローラはまだ眠っているのか何も反応がなかった。
「キャローラさん、風邪ひきますよ」
エルネストは右肩に手をかけるとキャローラの頬に少しだけ手の甲が触れる。
冷たかった。
その温度差におもわず手を外してしまう。
今度は口元に手を当てる。
温かいはずの息がなかった。
「キャローラさん!」
エルネストはすぐにキャローラの体を床の上で横にすると彼女の胸に耳を当てた。
彼女からは昨日まで鳴っていた鼓動が聞こえない。
・・・どうして!!
エルネストはすぐに蘇生を試みる。
キャローラに何度も心臓をマッサージしながら人工呼吸を行う。
「目を覚まして!!」
エルネストがいくら呼びかけようがキャローラに反応はない。
「キャローラ!」
エルネストは名前を叫びながら諦めることなく蘇生を試み続けた。
まだ未熟な治癒魔法もかけた。
認めなくない。
彼女が死んだことを認めたくなかった。
だが、どんなに頑張ろうとも彼女の鼓動は戻らなかった。
・・・起きて!!
エルネストの頬に涙が流れる。
こんなことがあっていいのか。
やっと想いを伝えたのに・・・何故、こんなことになったのか。
不意にキャローラの言葉をエルネストは思い出した。
『私も老いたな。』
あの言葉が呪いのようにエルネストの中でこだました。
彼女に老いなどないと思っていた。
なのに今になってどうしてあの言葉を思い出してしまうのか。
エルネストには理解できなかった。
「どうして・・・どうして・・・」
か弱く呟きながらエルネストの両手がキャローラの頬に触れる。
震える手がキャローラの冷えた体を教えてくれた。
永い眠りにつく彼女の顔は穏やかだった。
「キャローラ・・・」
エルネストはキャローラの亡骸を優しく抱き締める。
昨日の余韻が消えようとしているのをエルネストは守ろうとするかのように彼女の胸に顔を埋める。
何度確認しようが鼓動もない。
「嘘だ・・・嘘だ・・・」
エルネストはようやく彼女が亡くなったと認めた。
キャローラの死は街の人々にとって大きな衝撃を持って迎えられた。
ギルドの誰もが彼女が亡くなったことが信じられないでいた。
長命であるキャローラの死は改めて同じ冒険者で長命種であるエルフ族やオーガ族、ドワーフ族の者たちにどんなに長く生きようとも死は突然訪れるのだと思い知らしめた。
彼女にどんな嫌味や皮肉を言っていた者たちでさえもさすがにショックを隠し切れないでいた。
キャローラを検視した医師からは彼女の死の原因が「老衰死」であると伝えられた。
「長命であろうと死は訪れるのだな」
ギルド長としてキャローラの葬儀を執り行うリヴィングストンも言葉では言い知れぬものがあるようだった。
エルフ族であるリヴィングストンもキャローラの死を受け入れられずにいた。
この前までエルネストと共にギルドの依頼を受けていた。
凛々しい姿で剣を振う彼女が死を迎えるとは信じられなかった。
「そうですね」
多くの人々を送り出したラスティ神父も落胆していた。
幼い頃から知っている彼女が自分より先に亡くなった。
あの強くて勇ましい彼女がだ。
彼女は望み通りに棺で眠っていると言うのに今になれば棺そのものが死神に見えてしまう。
「エルネストはずっとあのままだな」
リヴィングストンの視線の先では憔悴したエルネストが棺の前で立ち尽くしていた。
棺の中で眠るキャローラを見つめ続けている。
その姿があまりにも憐憫でしかならない。
彼を見ていると気の毒でやるせない。
「しばらくはそっとしておきましょう」
ラスティ神父の言葉にリヴィングストンは無言のまま頷くしかなかった。
ラスティ神父は執務室に戻ると引き出しから手紙を取り出した。
それはキャローラが密かに渡していた遺言書だった。
彼女は時より遺言書を書き換えていた。
このことはエルネストは知らない。
司祭であるラスティ神父だけの秘密だった。
「嫌な役目だ」
ラスティ神父はため息をつくと手紙を内ポケットに収める。
教会の外では喪服を着た子供たちが庭で遊んでいた。
その姿を見るとキャローラの事を思い出してしまった。
「あなたは不器用だったが優しかったね」
なのに死を迎えるとは。
最愛の者を残して。
「私も辛いんですよ。あなたに憧れていたんですから」
それは恋心ではない。
ラスティ神父はキャローラの強さに憧れた。
でも、冒険者になれないとわかっていた。
だから、ラスティ神父は司祭になった。
彼女を見守る役目を自ら進んで負うことにしたのに・・・。
窓の外では庭で一人の男の子が転んだ。
周囲にいた友達たちが男の子の側に寄り心配しているが、男の子はすぐに立ち上がり笑いながら走り出した。
また、追いかけっこが始まると近くには冒険者夫婦が子供たちを笑顔で見守っていた。
ラスティ神父の目には夫婦の姿に幼い頃に見守ってくれたキャローラの姿と重なった。
あの時も彼女は笑顔で自分たちを見守ってくれた。
子供だった皆が彼女に憧れていた。
本当に優しい人だった。
「だから彼に伝えるよ、キャローラ」
ラスティ神父は少し笑いながら部屋を出て礼拝堂へ向かった。
彼女の想いを伝えるために。
次回の更新は5/5予定です。