第五話 棺(キャスケット)の前で私たちは。
キャローラの第五話となります。
誤字脱字、ご感想などお待ちしております。
冒険者ギルドでの騒動の後、エルネストの評判が大いに上がった。
名家の出であることを表に出さず謙虚な態度でいるエルネスト。
冒険者たちから一人の剣術士として認められた彼は私が言うまでもなく人気者になった。
となれば異性に持て囃され出す。
私が言うのもなんだがエルネストはルックスが美しいし振る舞いも良い。
異性からチヤホヤされ始めると私の心中で嫉妬の気持ちが起こり始めていた。
目の前で街の女性が彼に声をかけると思わず睨んでしまうこともあった。
自分でも気持ちを抑えることができなくなることが増えると自重するのも一苦労になる。
これではまるで恋を知らない少女のようだ。
忘れていたはずのこの感情をどうすればいいのか。
いや、今の私は恥ずかしさこの上ない。
そんな私のことなど知らずか、そうであってもエルネストは奢る事なく私と依頼をこなし続けた。
日が経つにつれて私とエルネストのディオだけの依頼も増えてきた。
リヴィングストンが意図的に増えたと言っていい。
他の者からの横やりを気にしてだろうか。
エルネストが私を好いていることを皆が知ってしまった以上、皆が好意的に捉えていた。
私がいくら老いをアピールしても恋に年齢は関係ないと逆に諭される始末だ。
中には満更ではないだろうと言う者もいた。
齢150を越えたオーガ族の女性。
体つきも女性的ではない。
男性に負けない力もあるオーガ族の肌の色も偏見を生む。
これが現実の私。
私はエルネストの好意を素直に受け入れることができなかった。
おかげで精神的に滅入ってしまった私が気晴らしに教会へ棺を見に行くことにした。
「久しぶりですね」
教会に行くといつものようにラスティ神父が出迎えてくれた。
私は天然木の香りを漂わせる棺を見ながらラスティ神父にエルネストの想いにどう対処すればいいか尋ねた。
「だったらちゃんと自分の話をすればいいと思うが?」
ラスティ神父の助言は私にああ、確かにそうだと納得した。
私はエルネストに自分の事をあまり話したことがなかった。
私がこれまでどう生きてきたのか彼は知らない。
それに私が教会で棺を見る趣味を持っていることも教えていない。
私が長命であるがゆえの覚悟を知ってもらわなければならない。
「そうだな」
翌日、私はエルネストを教会に呼び出した。
ラスティ神父に案内されて棺が置かれた部屋に案内された彼に棺の前にいる私の様子を見て戸惑っていた。
「今日は君に話さないといけないことがある」
私は意を決っして彼に語りかける。
「私は2年前からこの教会に私用の棺を置いてもらっているんだ」
私の話を聞いたエルネストは唖然としていた。
「ど、どうしてですか?」
理性的になれないのか、エルネストは私に詰め寄る。
「どうして棺なんて買っているんですか?」
「それはね、私がいつでも人生の終わりを迎えてもいいようにしたいからさ」
私は微笑みをこぼす。
「オーガが棺を探すなんておかしいだろうか」
「いえ」
エルネストはどう答えていいかわからないようだ。
「どうした?」
「こういうの苦手です」
それは拒絶ではなかった。
ただ考えがまとまっていない。
答え方がわからないだけ。
「キャローラさんはまだ若いじゃないですか、まだ死んだ後のことを考えるなんておかしいです」
「言ったでしょ、私も老いが来ていると」
自覚しているからこそそう答えるしかない。
「もしキャローラさんが怪我をしても自分が必ず守ってみせます」
「まるで介護されいる老人のようだな」
「そんなつもりは・・・」
「ふふ、君はまだ若いんだ。言葉の綾っても間違ってはいない」
私はゆっくりとした動きで右手で棺の上を優しく撫でる。
いつかこの中に入ると思うとエルネストはどう思うだろう。
きっと涙を流して見送ってくれるはずだ。
少しばかり意地悪な事を考えてしまう。
そんな私の右手をエルネストは掴んだ。
私が尋ねる間もなくエルネストが私を抱き締めた。
あの抱き上げた時よりも力強い。
「どうしたのかしら?」
感情が抑えられない若者を落ち着かせようとする。
それでも彼は私を離さない。
力強くて暖かい。
「俺はキャローラさんを愛しています」
やはり、私への告白だった。
予想はしていたがエルネストがここまで想いを抱え込んでいたとは思わなかった。
私の見通しはまだまだだ。
「君は変わっている」
どうすればいいかわからない。
私の鼓動が高まっていくのはわかっている。
ダメだ。
抑えきれなくなる。
「私の話を聞いてくれないか」
受け入れたい。
でも、答えることがまだできない。
だから私の過去を話そう。
「私が君が生まれる前からずっと生きてきた。父がオーガで母が君と同じトールマン。二人とも私たちと同じ冒険者だった。私も両親と一緒に旅をしながら冒険者になったんだ」
そこから私は両親と離れて独立して冒険者となった。
多くのパーティーに参加して数多くの依頼をこなした。
その間に私には出会いと別れがあった。
もちろん恋もした。
ある時は同じ同族の男と恋に落ちたし、他の種族とも結ばれたことがあった。
でも、気が付くと私の元を去っていた。
彼は戦いで死んだ。
彼は病気で亡くなった。
寿命を全うした者もいた。
私自身が彼を捨てたこともあった。
長命と言うのは煩わしい。
それが相手が短命であっても長命であっても。
私は色々な死を目の前で見てきた。
だから恋をするのを止めた。
長く生きていると老いを知る。
老いはすでに身近な存在。
だからこそ・・・・・・・。
「だから恋をするのが怖いんだ」
私は自然と涙を流していた。
こんな感情は久し振りだ。
「大丈夫です。俺が不安を取り除きます」
エルネストが私の額に口づけする。
唇から溢れる優しさは私の心を溶かしてくれた。
もういい。
私も我慢するのを止めよう。
久々に恋をしよう。
私はやっと彼の想いを受け入れる決意をした。
「私は君に力を貸してやれない。私は老いた。私はオーガとして長く生きて色々な過ちを犯してきた。愛した男も捨ててしまった。鏡を見ても顔が崩れてきたのも実感してる。でも、失って始めて気付くものもある。私は恋を忘れていた。君が私に恋を思い出させてくれた。あと何年生きられえるかわからないが、私は死ぬまで君に恋をしよう」
私の返事を聞いたエルネストがさらに強く抱き締めてくれた。
その夜、私たちは結ばれた。
私は幸福に満ちた時間を与えられた。
そう・・・私は幸せだった。
残り2話で完結予定です。
次回の投稿は5/3予定です。