第四話 実家からの訪問者
キャローラの第四話となります。
誤字脱字、ご感想などお待ちしております。
あの依頼から私とエルネストの距離感がおかしくなってしまった。
私もエルネストもお互いを意識してしまうほど一緒に行動する時も食事の時でさえ無言になってしまった。
無自覚なまま私を抱擁したエルネストはうぶな少年のように私の前で頬を赤らめてしまう。
私でさえ照れてしまう。
おかげで異性の胸の温もりを思い出させたのだ。
この責任をエルネストではなくリヴィングストンにとってもらおう。
そうでなくても私たちのディオは目立っていた。
私たちの様子を見て冒険者の皆が喧嘩でもしたのかと勘違いし始めた。
むろん私たちは違うと言うのだが、それが逆効果になってしまい皆がさらに心配する悪循環を生んでいた。
そんな日々が続く中、私はリヴィングストンから呼び出された。
どうせ最近の私とエルネストのことだろうと思っていた。
その時はリヴィングストンに文句を言ってやろう。
だが、私は文句を言えなかった。
ギルド室へ行くと何故かエルネストもいた。
彼は神妙な面持ちで私を待っていた。
「急で申し訳ないな」
「それで話とは?」
「エルネスト」
「はい」
リヴィングストンに促されてエルネストは語り始める。
その内容を聞いた時、私はある意味納得してしまった。
「実は俺の実家は騎士階級の出です」
「なんとなくわかっていた」
やはりと思った。
最初の頃から姿勢や話し方を見るとどこかの名家の出身ではと疑問を持っていた。
とは言え、私はエルネストの過去に踏み込みつもりはなかった。
冒険者には必要ないことだ。
エルネスト自身もこれまで私に話すことはなかったのだから彼も気にしていなかったはずだ。
だが、今は違う。
彼が話す必要があると言うことは何か予期しないことがあったのだろう。
私はそちらに興味を抱いた。
「何があったのかしら?」
私は率直に尋ねた。
「実家にバレてしまったんです」
「もしかして冒険者になったことを話していない?」
「ええ。家出なものですから」
家出とはなんとも偽りようもない理由に私は感心してしまった。
その後、エルネストは家を出た理由を私に語り続けた。
エルネストの家はこれまで多くの騎士を輩出した名家出身だった。
彼は戸籍上は次男として生まれたが、実際は愛人との子供であったために家では冷遇されていた。
母親は亡くなった後にボロメオ家に引き取られたものの食事はいつも一人で自由もない状態だった。
さらにに戸籍上の母親からは騎士学校に入れてもらえず街にある元騎士が個人で営む訓練所に通うことになった。
運良くエルネストを教えた先生が公平な態度で接してくれたおかげで剣術の腕を上げることができたそうだ。
先生も彼に剣術士としての素質があると気付くと厳しい鍛錬で鍛え上げた。
「今でも先生は恩師です」
エルネストは懐かしさを感じていた。
自分を唯一認めてくれた先生のことが思い出すと嬉しいのだろう。
「その後、君は家を出て一人で冒険者になろうと思ったのか」
「はい。ここに来たのも先生の紹介です」
「先生と言うのは私の昔のからの知り合いなものですね」
リヴィングストンも後追いで言い継ぐ。
どうしてリヴィングストンがエルネストを気にかけていたのか。
それが理由なら納得できる。
「ただ、面倒な事になりそうでして・・・」
エルネストが言いにくそうにする。
「何があったのかしら?」
「兄が俺を探しているんです」
そんなことだろうと思った。
この類の話なら身内が関わっているようなものだ。
当然、エルネストも困惑するだろう。
彼としては兄に恨みなどないそうだ。
むしろ彼としては優しくしてくれた兄に感謝している。
だが、今更探してもらっても冒険者として自立しているので逆に困ってしまう。
この街で生活基盤が出来ているのだから当然のことだ。
向こうにも理由があろうがエルネストには必要のないことだ。
「それでどうするつもり?」
「戻るつもりはないです」
「じゃ、そのまま相手に言いなさい」
「いいんですか?」
さすがにエルネストも私が止めると思っていたのか目を丸くした。
私に止める権利などない。
彼の意志を尊重するただだけ。
一方でリヴィングストンは笑みを浮かべていた。
私が話す内容などお見通しだったのだろう。
「何を迷っている。自分の決めたことだろ?」
「そうですね」
エルネストは覚悟を決めると私やリヴィングストンに顔を向けてしっかりと頷いた。
表面化した問題はすぐにやって来た。
冒険者ギルドにボロメオ家の家宰でオスカーと名乗る男が護衛を付けて現れたのはそれから間もなくのことだった。
受付ホールに現れたオスカーはクエストボードの前にいたエルネストを見つけると彼の側に近寄る。
「エルネスト様」
オスカーはエルネストに声をかける時、彼の側にいた私に目を向けた。
その時の視線に冒険者、いや、オーガ族の私に対して下賤の者として見るものだった。
気分が悪くなったのも言うまでもない。
これまで多くの者を見てきた私から見れば差別意識が強い。
この男はエルネストに会いに来たのだがその態度が名家にかけて傲慢であり他人に対して見下す様子が見て取れた。
後ろに控えている護衛の者たちも冒険者たちを嘲る態度でいた。
若い頃の私なら躊躇うことなく斬り殺していたかもしれない。
「何か用ですか?」
エルネストはオスカーに気付くと冷静に相手に努める。
内心では嫌だろうが我慢していた。
いつも側にいるとそれだけで彼の態度でわかる。
「家にお戻り下さい」
「断る」
即答だった。
オスカーの話はそれまでとばかりにクエストボードを見ながら、「次はどの依頼にしましょうか?」と私に尋ねていた。
いい心がけだ。
私は心の中で褒める。
「なんと!?」
有無を言わさず返事をしたばかりか自分のことなど眼中にないエルネストにオスカーは驚いていた。
予想と違い素直に従うと思っていたのだろうか。
後ろにいた護衛達も同様だった。
「エルネスト様、もう一度言います。家にお戻り下さい」
「俺はすでに家を出た人間だ、俺のことなど考える必要はない」
エルネストの意志は変わらない。
視線さえ戻さない。
はっきりと嫌だと態度に出すエルネストも成長したものだ。
ここが彼の居場所。
誰が好き好んで嫌な思い出のある場所に戻るのか。
きっと傲慢なこの男たちには理解できないだろう。
特にオスカーは耐え切れなかったようだ。
怒りの矛先を私に向けてきた。
「冒険者風情に感化されたのですか?」
オスカーはまた私に視線を向けると苦笑した。
やはりかと思う。
私はこの男はエルネストを冷遇した一人だと確信する。
これまでの態度を見ればエルネストが受けたおざなりな扱いも想像がつく。
家にいた頃のエルネストはこんなくだらない挑発を受けて怒りを露にさせることで何らかの処罰を受けるよう仕向けられたのだろう。
きっと亡き母親のことなど言われたに違いない。
今回も私のことであげ足取りをすることでエルネストが怒りを露にすることを誘導しようとしている。
私はエルネストを見る。
エルネストは無言だが落ち着いている。
冒険者として多くの経験を積んだ若い剣術士は努めて冷静だった。
彼もこの男の言動が挑発だと気付いていた。
「まったくこの場所は獣臭いですな」
オスカーは周囲を見回しながら最後に私に目を止まる。
「名家の出であるあなた様も今では獣臭くていけませんな。それならばあのオーガの女のよう肌の色も変えればよろしいでしょう」
「いいね。それもありだな」
エルネストは否定もせず大声で笑い出した。
私も笑ってしまった。
周囲にいた冒険者たちも同じように笑う。
「なっ!?」
私たちの様子にオスカーたちは戸惑っていた。
いつものように怒りを覚えるはずのエルネストが自分たちの望んだように動かない。
エルネストは家にいた頃とは違いまったく挑発に乗ろうとせず笑い飛ばした。
そもそもエルネストのことを子ども扱いし続けているからこうなると気付いてさえいない。
周囲の冒険者たちもエルネストの胆力に感心していた。
中には「ありゃ惚れてるな」とか「一人前になってきてるじゃないか」と拍手を送る者もいた。
「惚れた」のは一言多いが。
「むしろ、お前たちの方が腐った心のせいで獣臭いぞ」
今度はエルネストがオスカーを揶揄して挑発する。
「我々を馬鹿にしているのか!!」
オスカーが大声で叫ぶと護衛たちも剣に手をかける。
その瞬間、私は迷うことなくオスカーの喉元に剣身を突き付けた。
「ひぃ!!」
皮一枚隔てた刃は動けばどうなるかオスカーもわかったようだ。
オスカーは私の前で恐怖のあまり床に座り込んだ。
「オスカー様!」
護衛達が急いで抜刀しようとする。
だが、彼らも近くにいた冒険者たちに無数の剣や槍が彼らに突きつけられた。
ここにいる冒険者たちも許せなかったはずだ。
「やるか?」
私が護衛達を睨むと彼らは生唾を飲み込んだ。
私が本気だと知った彼らは剣から手を放す。
「そこまでにしろ」
執務室からリヴィングストンが現れた。
エルフ独特の長い耳を真っ赤にしていた。
これはリヴィングストンも怒っているなと知ると私も他の冒険者も剣を納める。
「どいつもこいつも気が荒すぎる」
リヴィングストンはそう言うとオスカーの元へ行く。
ギルド長の手には剣が握られている。
いつもなら剣など手にしない男がオスカーに怒りを向けている。
久々におっかないギルド長が見れると思った。
「お前」
リヴィングストンは床に座るオスカーと同じ目線に合わせる。
「ここがどこだかわかっているのか?」
リヴィングストンの威圧感に負けたオスカーは何度も何度も頷く。
その姿が滑稽であり惨めこの上ない。
所詮はそこまでの男と言う訳だ。
「ここが獣臭いだと?」
オスカーの両目の前にリヴィングストンの剣先が突き付けられた。
先端に込められた殺意にオスカーは小さく悲鳴を上げて涙を流し始めた。
「貴様は我々冒険者ギルドに喧嘩を売ったとわかっているのか?」
「違います!冗談ですよ!!」
見繕おうとするオスカーだったが、リヴィングストンは無視をすると頭を掴んで床に叩きつけた。
大きな音と共にオスカーが金切り声を上げる。
「私はお前らのような奴が嫌いだ。よく聞け。お前が名家の家宰と言うなら私は高貴たるエルフ族の出だ」
高貴たると言う仰々しい言葉を聞いたオスカーは「あ・ああ・・・」と嗚咽を漏らした。
「お許しを!」
オスカーは床に頭をこすりつけて謝罪をする。
やっと喧嘩を売ってはいけない相手を知ったのだ。
「冗談では済まないぞ。これは我々に対する侮辱だ!」
声の震えが著実になろうがリヴィングストンは許すつもりはないようだ。
オスカーの頭を掴む手からは髪の毛がブチと抜ける音がした。
今のギルド長を止める勇気は私にはない。
皆も同じだろう。
「お止め下さい!もし私が怪我をすれば名家が黙っていませんよ・・・」
「だったら相手をしてやる!その前にお前らを殺!」
「ひぃ!!」
怒りが収まらないと知ったオスカーは周囲に助けを求めるが誰も動かない。
護衛達もどうすることもできない。
リヴィングストンにより押さえ付けられたオスカーが床の上でもだえ苦しむ。
まるで虫のようにのたうち回るオスカーの姿は惨めだった。
「ギルド長」
エルネストが声をかける。
「どうした?」
「殺すのなら彼は俺がやります」
その言葉を聞いた瞬間、オスカーは「許して」と言いながら失禁した。
周りからは「うわぁ」や「いい大人が何やってやがる」と不快な思いをする者たちの小言が聞こえた。
「そこまでにしろ、エルネスト」
門扉から凛々しい声が聞こえた。
私たちがそちらに目を向けると、一人の騎士姿の男がそこにあった。
顔を見れば誰の身内なのか雰囲気が掴めた。
体格と目元を見ればエルネストに似ている。
「兄上」
エルネストもまさかこの場に身内が現れるとは思わなかったのだろう。
すぐに姿勢を正して頭を下げる。
「リヴィングストン殿、うちの者が失礼を働いた申し訳ない」
騎士はリヴィングストンや私たちに頭を下げた。
「貴殿がいないと言うことは彼らが勝手にやったのだろう。貴殿が謝る必要はない」
リヴィングストンもこれ以上は事を大きくするつもりはないようだった。
エルネストの兄が来たのだから冷静さを取り戻したのだろう。
長年ギルド長にいる立場としては当然のことだ。
リヴィングストンが手を放すとオスカーは力なく床を這いずってその場から逃れた。
「元気そうだ」と
エルネストの兄、グルーバッハ・ボロメオはエルネストの胸を軽く叩いた。
改めて見ると二人とも身長も体格も似ている。
血の繋がりの深さを私は実感する。
「前よりも鍛えられたな」
「はい」
エルネストも兄に褒められて嬉しそうだ。
だが、再会を喜んでいると言うのにその場を雰囲気を壊す者がいた。
あのオスカーだった。
「グルーバッハ様」
オスカーは安心したのか立ち上がるとグルーバッハの前に行く。
「この者たちは野蛮で仕方ありません。さっさとここから出ましょう」
「黙れ」
グルーバッハはオスカーを睨み付ける。
まさかの反応にオスカーも目を泳がせる。
「お前の傲慢な態度には飽き飽きする」
「グルーバッハ様?」
この男はまだわかっていないようだ。
グルーバッハは弟を傷つけたこの男が許せないでいる。
そのことさえ気付いていないとは・・・。
ここまで愚かだと同情を禁じ得ない。
「エルネスト、お前を迎えにきた」
グルーバッハはオスカーを無視してエルネストに本題を切り出したた。
「その前にお前に聞きたいことがある」
「なんですか?」
「どうして冒険者になった?」
「生きるためです」
エルネストは私に視線を向けるる優しく微笑んだ。
そのおかげで私は抱擁した日のことを思い出してしまい目を逸らしてしまった。
やめてほしい。
私が理由なんて言わないで欲しい。
私が私でなくなってしまう。
「まったく・・・お前らしいな」
グルーバッハも気付いたのだろう。
彼も私を見て笑うしかないようだ。
「俺は戻りませんよ」
「無礼ですぞ!」
家宰であるオスカーは横から口を出す。
本当に空気を読まない男だ。
さすがに護衛達も呆れていた。
「相変わらずだな。後ろ盾がないと何もできないくせに」
「グルーバッハ様、聞いたでしょ。エルネスト様は変わられたのです。もうここにいる必要はありません。戻りましょう」
オスカーがグルーバッハに訴えかける。
今でもグルーバッハが味方だと思っているようでエルネストだけでなく私にさえ睨みかけてくる。
「兄上、どうして実家を出たのか知りたいのですか?」
「そうだな。お前から理由を聞きたい」
グルーバッハがオスカーを睨み付ける。
それだけでオスカーを畏縮して何も言わなくなった。
「そこにいる男がすべて知ってますよ」
エルネストもオスカーを一瞥する。
「俺は母上様より追い出されて実家を出たんです」
「やはりそうか」
グルーバッハがため息をついた。
予想した通りだったのだろう。
自分の母親が原因だと知っていたが追い出された本人から直接聞けたことで納得したようだ。
「では、母上様がそこの男と一緒に俺を虐げ続けたことも?」
「皆に確認済だ」
その言葉にオスカーは絶望した顔をした。
「近日中には母上には引退してもらう」
「兄上・・・」
さすがにエルネストも驚いたし、私もグルーバッハの覚悟に衝撃を受けた。
オスカーなどは気が動転して「お止め下さい」と訴え続けていた。
「オスカー」
「は、はい」
まだ何か期待しているのかすがるような顔でオスカーはグルーバッハを見る。
「お前はこのまま母上の元へ行け。すでに母上は私の手の者で屋敷を追放されて自領に戻られている途中だ。お前も後を追え。護衛のお前たちもだ」
これですべてが終わった。
「・・・御意」
もう何もできないと悟ったオスカーは肩を落としたままギルドを出ていった。
護衛達も彼の後を追った。
「これが俺の覚悟だ」
「兄上」
エルネストもグルーバッハの気持ちを知った。
後は彼がどう返事をするか。
それがどんなことであれ、私は彼の気持ちを尊重する。
「改めて聞く。どうだ、戻って来ないか?」
「申し訳ありません。お断りします」
周囲にいた皆が「おお」と声を零した。
彼も皆に冒険者として認められた瞬間だった。
「どうしてもか?」
「それ以上は何も言う必要はないかと」
エルネストの返事を聞いたグルーバッハは笑みを零しながら頷いた。
「わかった。お前を信じよう」
「兄上、ありがとうございます」
「だが、忘れないでくれ。私はお前を家族だと思っている。だからお前が好きな時に戻ってくればいい」
「ご厚意感謝します」
エルネストは頭を下げると、私に「今後も宜しくお願いします」と微笑んだ。
私は「やめなさいよ」と言いながら恥ずかしさのあまり苦笑するしかなかった。
登場人物
グルーバッハ・ボロメオ
エルネストの兄。騎士でエルネストのことを心配していた。
オスカー
ボロメオ家の家宰。
愛人の子であるエルネストをグルーバッハの母と共に虐めていた。
次回の投稿は5/1予定です。