第二話 食前酒(ワイン)を味わいながら。
キャローラの第二話となります。
誤字脱字、ご感想などお待ちしております。
最初に冒険者として教えたことは<生きるための術>についてだった。
いくら強い冒険者でも死んでしまえばそれまで。
生き続けるためには何をしなければならないのか。
その訓導をするのが私の役目だった。
エルネストは真面目な青年だ。
今のままでは冒険者として生きることはできない。
私もリヴィングストンもエルネストには生きる術としての柔軟な考え方を覚えてもらいたかった。
最初に伝えたのは「どんなことがあっても冷静に対応し無茶をしない。」ことだった。
それが私が100年以上生きた上で培った知恵だった。
私の脳裏には目の前で魔族や魔獣、魔物と戦いながら命を散らした仲間たちの姿が浮かんでいた。
ある者は魔獣に嚙み殺された。
ある者は魔族の魔法によって消滅した。
嫌と言うほど仲間の死を見てきた私にとってそれは悪夢ではなく現実に起こったことだった。
誰も彼もが自信があろうとなかろうと戦いになれば何が起こるかわからない。
油断などしなくても死が身近にある。
だからこそ、目の前にいるこの若い剣術士に萎縮させても私の経験を知ってもらわなければならない。
敵に対してどのようにして戦いどのようにして生き残ることができたのかを例を挙げて伝えた。
時には巧みな駆け引きと豪胆な行動も必要となる。
その辺りは今後の経験を積むしかない。
エルネストは私の話を静かに聞きながら自分の頭の中に刻み込んでいる。
私の目をずっと見ながら何度も頷きながら時より目を左側に逸らして疑問に思ったことを整理しているようだった。
「何か質問があるか?」
一通りの話が終わると、私は彼に聞きたい事があるか尋ねた。
「仲間が亡くなった時はどう思ったんですか?」
それは不意だった。
エルネストは私の予想もしない質問をしてきた。
思いも寄らないことに私は戸惑ってしまう。
今までそのような質問を誰にも聞かれたことはなかった。
「どうしてそんなことを聞く?」
「仲間を失う気持ちを知ることも必要だと思ったからです」
「そんな気持ち、いつでも知ることができるわ」
正直、失礼な質問だと思った。
だが、それだけなかった。
いや、違う。
私は仲間の死にどのような思いを馳せたいたのか忘れてしまっていた。
一つ言えるとすれば・・・、
「でも・・・これ以上は誰も失いたくないわ」
本音だった。
もう誰も死ぬ姿など見たくはなかった。
胸が締め付けられる。
こんな気持ちを思い出させるなんて・・・。
彼は確実に私の心を揺らし始めていた。
その後、私はエルネストを連れてギルドの武器庫に移動した。
リヴィングストンから武器庫に入る許可は得ていた。
武器庫には多くの依頼によりギルドが直接得た報酬の多くが納められており、中には関係者以外に見ることができない品もあった。
その中にある装備品を使っても良いとリヴィングストンが言うので、私は遠慮せずにエルネストの装備を見繕うことにした。
まず、エルネストには装備の大切さを教えた。
大柄の彼は力技だけでなく俊敏者も兼ね備えている。
あの剣の振る姿を見ればわかる。
私は動きに特化した鎧を選んだ。
次に裂傷を負いやすい手首、足首には鎧の下に油紙を巻くことも徹底させた。
魔獣や魔物との戦いに際して裂傷を負うのは命取りになる。
例えば小さな傷であっても出血が激しくなれば動きが重くなる。
魔獣によっては牙や裂爪には毒がある。
血管の多い部分は気が付くと切り傷が多い。
油紙なら裂爪でも多少の攻撃を防ぐことはできる。
「装備は動きやすさも重要だが、守ることを第一にしなさい」
私の話にエルネストは反論もなく頷く。
真面目な剣術士は新しい鎧を着たまま外でツーハンドソードを振って感触を確かめる。
「動きやすいです」
「そうか」
私の思った通りだった。
彼にその体格に似ず動きを基本とした戦い方を好むタイプだと。
「では、明日から依頼を受けようか」
私の言葉にエルネストは「はい」と真面目に頷いた。
その顔には少しだけ喜びを感じているようだった。
最初に受けた依頼は農作物を荒らす魔獣退治であった。
エルネストも本格的な魔獣退治に心躍らせている様子だった。
しかし、最初から事がうまく運ぶことは簡単ではない。
3匹の魔獣との戦いはエルネストの自信を打ち砕くのに十分だった。
戦い方に慣れていないのか、それとも 若さにまかせて慎重さを欠いているのか。
理由は幾らでもあるが、私の指示通りに動いてもエルネストの動きは精彩を欠いた。
結局、エルネストは1匹の魔獣しか倒せず、残りの魔獣は私が仕留める結果となった。
全身に獣爪による切り傷を負っていた。
油紙のおかげで肩や手首の傷は浅く魔獣が持つ毒も防ぐことができた。
「ダメですね」
エルネストは後悔しきりだった。
本当に真面目な青年だ。
私は怪我をしたエルネストの手当をする。
治癒魔法をかけながら彼の体調を確認する。
傷を負った箇所を触ると彼の温もりを直に感じることができる。
胸には打撲傷があったので治癒魔法をかけた時、彼の胸の鼓動が小さく聞こえた。
少し乱れたその音を感じ取った時、私はおもわずエルネストを顔を見てしまった。
彼も私の反応に気付いたのか「えっ」を小さく呟いた。
「無理をしているな」
「すいません」
「焦っているのか?」
「いえ、そんなつもりは・・・」
「そうか」
エルネストは私から目を逸らせると頬を赤らめていた。
そのことに気付いた私は困惑する。
・・・恥ずかしいのかしら?
すでに年齢が150を越えている私を異性として意識しているのか。
もしそうならこれほど困惑することはない。
私はすぐに話を変えた。
「とにかく治癒魔法と防御魔法を覚えなさい」
「は、はい」
エルネストは申し訳なさそうに頷いた。
その後、私はエルネストに種族の違う魔獣退治に専念して経験を積ませた。
物覚えが良いエルネストは戦い方を覚えるのは早かった。
魔獣からの爪傷の数も減り相手の動きを考えながら強弱つけた戦いで討伐数を増やしていった。
その姿を見て自分の指導が今のところ間違っていないと思った。
ただ・・・あの鼓動の音だけが今も耳に残っている。
あの意味を考えると・・・いや、やめよう。
そんな考えを起こすことは。
ある魔獣の依頼を終えた日、私たちは街の食堂で食事をした。
エルネストは大柄の体格にしては小食であった。
幼い頃からあまり食欲がなかったと本人は話していたが小麦パンを肉よりも多く食べているのが印象的だった。
食事が進む中、私は思いがけずエルネストに尋ねた。
「私といて窮屈ではないか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「私がオーガとトールマンのハーフだからさ」
私のようなオーガとトールマンであるエルネストは異色のディオであった。
<異分子>
ギルド長が周囲に話をしていても街の中にいる住民や他の冒険者たちからは偏見や先入観で見られているのは事実だった。
「俺はそんなこと気にしてません」
「それはありがたいね」
私は添えてある食前酒を飲み干す。
「あなたは強いですね」
「そうか?お酒は弱い方だが?」
「違います」
エルネストも食前酒を飲み干す。
「あなたの心が強いと言う意味です」
その瞬間、胸が高鳴った。
アルコールの影響かもしれない。
だが、エルネストは私を微笑みながら見つめていた。
「俺はあなたがディオで良かったと思っていますよ」
彼は私のグラスにワインを注いだ。
「だからもっと強くなってあなたに満足してもらいたいです」
私はその言葉を聞くと頬を赤らめていることに気付いた。
まるで口説かれている気持ちになっていた。
そして・・・いつしか私はこの青年のことを知りたくなっていた。
次回の投稿は4/30予定です。