第一話 魔法樹の香り。
新作となります。
テーマは「生」と「死」です。
誤字脱字、ご感想などお待ちしております。
魔法樹と呼ばれる天然木の香りを楽しむのが私の楽しみだった。
空間に香りを漂わせる天然の恵のマナと多くの樹種が生み出した精霊たちの神気が重なり合うと老いた体を心から癒してくれるからだ。
私の名はキャローラ・ウェンデル。
100年以上、冒険者としてこの街で暮らしている。
長命である私は人生の糧を得るために冒険者ギルドからの多くの依頼を受けて生き続けていた。
すでに親とも死別し、生きている間にいくつも恋はしたが結婚まで至らずにこの地に流れ着いた果ての姿が今の私だった。
そんな眇眇たる私は冒険者ギルドの依頼を終えると教会にある木棺を見に行くのがライフスタイルとなっていた。
その棺は特注サイズの大型棺であり、魔法木で出来た「Casket」と呼ばれる棺だった。
この棺は言うまでもなく私のもの。
オーガ族とトールマンのハーフである私は自身の身に何かあった場合のことを考え、教会の許可を得てこの棺を置かせてもらっていた。
すでに150歳を越えた身である私にとって寿命を身近に感じ取れる時期に差し掛かっていた。
自分の誕生日など今では他人から言われない限り思い出すこともないほど私自身に無頓着になっていた。
それだけではない。
オーガとして生まれながらに培った力も耐久性が失われてきているのも気付いていた。
薄くて人間肌寄りの朱色の肌には若い頃よりも生傷が増えており、老いを象徴する小さな皺も増えてきた。
これでも私は女性。
鏡を見るのも最近は嫌になる。
なにより若い頃に比べて動きや力が弱くなり息切れも出始めていたので老いは身近な存在になっていた。
私が教会に棺購入の前金は払っているので準備は終えているがそれでも教会に足を運ぶ理由は自分が生きていると実感できるからであった。
「素敵な棺はあったかい?」
教会を訪れるたびに神父であるラスティ・オーシャンは私がここに来るたびに冗談交じりに話しかけてくる。
トールマンであるラスティ神父とは彼が子供の頃からの知り合いである。
あの短気で喧嘩っ早いが神父になるとは思いもしなかったが、今ではそ聖職者は天職だったと思わせてくれた。
トールマンと言うのはその辺りが面白い。
「どうかしら」
自分の棺を見ながら私は苦笑する。
オーガ族の血を継ぐ私の体格は2メートルを少し超えていた。
この棺を見つけるまでは求めるものはなかったのだが、2年前にラスティ神父が偶然葬儀屋から手に入れてくれた。
そもそも2メートル以上の棺など作っている葬儀屋が存在していたこと自体が怪しいところだ。
この目の前にいる神父は密かに寄付のために棺を容用意させたかもしれないと思わせるほどラスティ神父は世渡り上手なのだと感心する。
「神父、君もいつか棺が必要になるだろ?その時になって自分好みの棺がなければどうするつもりかしら?」
私は逆に彼に質問で返した。
私は時々、男性口調が混ざることがある。
50年近く前に付き合った同族の男性との関係でこの口調が移ってしまい今に至っている。
それまで私は何も気にしていなかったが知り合いから指摘されて自覚した。
別に生活に影響はない。
私自身も男性特有のこの言い回しが混ざることに違和感も感じないし、むしろ気に入っていた。
これがほかならぬ自分であると私は思っている。
私が黒髪のショートボブを手でとかすとインナーカラーのように内側は明るい白色の髪が部屋の窓に反射して見える。
長命であるオーガも老いを迎えれば白髪が生える。
私の顔にも少しずつ目尻や頬に皺が増え始めており、額にある角も少しずつ小さく削れて行くように小さくなっている。
「私は余りものの棺で十分ですよ」
ラスティ神父も齢を40は越えている。
短命であるトールマンとしてはすでに準備は終えているのだろう。
ラスティ神父はトールマンには死生観と言う言葉があると教えてくれたことがある。
トールマンは生と死を両方を考えているそうだ。
私のような種族には到底理解できない。
死を迎える時はそれで終わり。
だが、その言葉を聞き続けるといつしか私も棺くらいは用意しても無駄ではないと考え始めた。
それが今のライフワークに結び付いた訳だ。
「私としてはあなたには寄付をしてもらわないといけませんのでできる限り生き続けて頂きたいものです」
そのきっかけを作ったラスティ神父は私に向かい祈りを捧げる。
「私はエルフじゃない。そう言うことは彼らに伝えなさい」
時々、ラスティ神父は寄付の話をすることで私を心配しているようだった。
自分が死に急いでいるように見えているのかもしれない。
棺を購入させたくせにと私は彼の態度に矛盾を感じているが、それも彼なりの心遣いなのだろうか。
・・・本当にトールマンは素直ではないな。
そう、私はラスティ神父と会うたびに教会の懺悔のように生きることが理解できないでいた。
その日は珍しく冒険者ギルドから急な呼び出しがあった。
ここ数年、ギルドへ行く回数は減らしていた。
体力の衰えも自覚している私は小さな依頼を複数受け持つことで生活基盤を整えていた。
もう昔のようにダンジョン探索や魔族退治など簡単に引き受けるようなこともしなくなった。
私が冒険者ギルドへ行くと受付嬢に案内されて応接室へ通された。
そこにはすでにギルド長のリヴィングストン・ブルームがいた。
リヴィングストンはエルフ族出身の男性で私と近い年齢にあった。
彼らの多くが持つ銀色の短髪、エルフの特徴である長い両耳、その左耳の半分は戦いの中でなくなっており額や右頬には切り傷や火傷の跡が残っていた。
私とは彼が冒険者になって以来の付き合いだった。
「どうしたの、急に呼び出してきて」
「すまない。実は折り入って相談があってな」
「珍しいね、私に相談とは」
「こっちに来てくれ」
そう言うとリヴィングストンは窓際へ移動する。
私も窓際に行くと彼は目で外にいる人物に視線を向けた。
そこには大柄なトールマンが剣を素振りしていた。
「彼は?」
「新入りの冒険者だ」
その若い剣術士の名前はエルネスト・ボロメオと言う。
最近、この街に来てこの冒険者ギルドに冒険者として登録したとリヴィングストンが教えてくれた。
「筋が良いんだが、若いゆえに向こう見ずなところがあったな」
「そうか」
しかしと私は思う。
リヴィングストンは珍しく若い冒険者に注目していることが珍しい。
何か理由があるのかもしれない。
「彼と一緒に組んでやってくれないか?」
となればそのような話だろうと予想はしていたが、急に言われると困惑してしまう。
「私が?」
私はあえて驚いたふりをした。
「ダメか?」
「ここ数年は依頼を抑えているのは知ってると思うが?」
「わかっている。だが、お前さんなら彼をうまく導いてくれると思ってな」
「買い被り過ぎだ」
思いがけない依頼に私も躊躇いを覚えてしまう。
外では若い剣術士が変わる事なくがむしゃらに剣を振り続けている。
その姿を見続けると私もリヴィングストンのように彼に興味を持つようになってしまう。
まず、彼と話がしたくなった。
その後でも依頼を受けるかどうか決めていいと思った。
「彼に会わせてもらえるかい?」
私の言葉にリヴィングストンは静かに頷いた。
エルネスト・ボロメオを見た最初の印象は<愚直>と言うところだった。
他に気になると言えば、妙に姿勢が良くて礼儀正しいところだろうか。
どこかの騎士階級の出身だと私はすぐに悟った。
お育ちが良いのに冒険者になりたいとはそれなりの事情がある。
裏を返せば純真無垢と言うべきか。
それと若い剣術士を見て面白いと思ったこと一つあった。
彼の身長はトールマンとしては180センチは越えていたことだ。
私自身もオーガとして2メートルほどの体格の持ち主であったが、彼もトールマンとしては大きい部類に入る。
20センチ近く低いとはいえ、その体格は剣術士としては十分であった。
「私はキャローラ・ウェンデル。君がエルネスト・ボロメオか?」
私が話しかけると彼は剣を鞘に収めて姿勢を正して私と正面に向き合う。
「はい」
エルネストは実直に答えてくれた
「年齢は?」
「19です」
エルネストは私の目をしっかりと見ながら答える。
その姿は愚直と言うよりも実直だと私は考え直した。
このまま彼を育てるのも良いかもしれない。
棺しか見ないライフワークも変える機会が巡ってきたと考えればその理由は十分だと思った。
「君がどうして冒険者になったか聞くつもりはない」
冒険者になる者たちにはそれぞれの都合がある。
そんなことを一つ一つ聞くのも失礼だと思うとも長年の経験で培った常識だった。
「私と組んでみるか?」
「お願いします」
私の誘いにエルネストは力強く頷く。
彼も何かを求めている。
その瞳を見れば十分だった。
・・・私もまだまだ甘いな。
こうして私は彼と冒険者デュオを組むことになった。
久々のトールマンとのディオ。
その時の私は老いのことなど忘れていたのだ。
〇登場人物
キャローラ・ウェンデル。
オーガ族とトールマンのハーフで冒険者。年齢は150歳を越えて生きる女性。
エルネスト・ボロメオ。
トールマンで新入りの冒険者。若い剣術士で19歳の男性。
リヴィングストン・ブルーム。
エルフ族出身で150歳を越える男性。ギルド長。