オールオアナッシング*1
その日の晩は、『ナビス様お帰りなさいパーティー』がささやかに開催された。
というのも、カリニオス王と先王は、『可愛いナビスが帰ってきたのだからお祝いしたい!でもナビスは疲れているに違いない!ならば小規模にやるしかない!』と考えて、折衷案として『ささやかなパーティーおよび夕食会』にしたのだそうである。なんとも親馬鹿爺馬鹿の王様達であった。
参加者は先王とカリニオス王と澪とナビス。『家族水入らず!』みたいな具合なのだが、だとしたら澪はここに居てもいいのだろうか。まあ、ナビスが『ミオ様、ミオ様』と嬉しそうに話しかけてくるので、多分居ていいのだろう。というか、居たい。この可愛いナビスが可愛がられているところを見るためにも、居たい。
「それにしても、本当に一月で20以上の都市を巡ってしまうとはな。実に驚かされたよ」
「しろごんとブラウニー、そしてミオ様あってのことでした。私もびっくりしています」
「そうか。私も皆に感謝せねばな。しかし次はもう少しゆっくりするといい。せめて、3か月くらいで……あ、いや、こちらが祭を開くと言っていたから急かしてしまったのだな。うむ、反省している……」
カリニオス王と先王は、『自分達がナビスを急かしてしまった』という自覚があるらしく、しゅん、としている。……ちょっと可愛いのは、流石はナビスの血筋、というところだろうか。まさかおじさんやおじいちゃんが可愛いと思える日が来るとは!恐るべし、ナビスの血!
「それで、シミアさんのことなのですが」
さて。
早速、ナビスがそう切り出すと、カリニオス王も流石に表情を引き締めた。
「ああ。話は聞いている。既に聖女ではない、とのことだったな?」
「はい」
ナビスがやや緊張しながら頷けば、カリニオス王はゆっくり頷いて、楽しげに笑った。
「そうか。神の力で、聖女を聖女ではなくする、と。いやはや、驚いた。いくら聖女とはいえども、神の領分に手出しできるとは思っていなかったのでな。これは実に素晴らしい発見だぞ、ナビス」
そういえばこの王様は、あんまり神様のことが好きじゃないのであった。ということで、ナビスのように『神の力とは何か』『聖女とは何か』を追及したい性分にあらせられるらしく、澪とナビスの『どのようにして聖女シミアが聖女でなくなったか』の話を楽しそうに、興味深げに聞いている。
「あの、お父様。この要領で、私は他の聖女達も救うことができると思うのです」
そうしてナビスが発言すれば、また嬉しそうにそれを聞く。……澪の目から見ても、娘の話を一生懸命に聞く父親というものは、なんとなくよいものであった。
「例えば、レギナのパディエーラ様。彼女は引退宣言をきっかけに、信者の信仰を裏切ったとされ、自殺に追い込まれるところでしたが……彼女がきちんと聖女から解放されるために、私、彼女の為に祈りたいのです」
「そうだな……聖女の中で、引退したい者は引退させてやるべきだろう。折角、死の恐怖無くして聖女を引退できるようになったのだから」
カリニオス王の脳裏には、聖女アンケリーナのことがあるのかもしれない。『聖女』であったために皆を守って死んでしまった聖女のことを、カリニオス王は、多分、まだ、許しきれていない。『彼女が聖女でなければ』と何度も思ったことだろう。
「そもそも、今まで国は聖女の存在に頼りすぎてきた。魔除けの方法はいくらでもある。そしてそれ以外の願いは……叶える手段があるのは良いことだが、そればかりが暴走していては意味が無い」
カリニオス王はそう言って、ふと、複雑そうな顔をした。
「……となると、いずれは聖女というものの廃止に繋がっていくことになる……のか」
……そう。
この話はここに行きつく。
『全ての聖女の引退』。
この国は、神の力から脱却することだって、できるのだ。
「あー……ええと、国王陛下。ちょっと、私からも一言……いいでしょうか?」
そこで澪は、ちょい、と手を挙げた。
……カリニオス王が『頑固なおじさん』として認識されていた頃からの付き合いで、友達のパパで、そして王様、という相手だ。どういう態度を取ったらいいのかよく分からないのだが……。
「ああ、構わん。そう畏まらずとも、君がナビスにとって大切な存在であることはよく知っている。君がナビスを導いてくれていることもな。だからどうか、遠慮なく発言してくれ」
「そういうことなら、遠慮なく。ありがとうございます」
尤も、澪の心配も気まずさも、杞憂だったようだ。ナビスパパはナビスが可愛いあまり、澪まで可愛くなっていると見える。先王おじいちゃんも、『うむ、うむ。やはり若者は元気が一番だ。無礼講、無礼講』とにこにこ嬉しそうである。
……ということで、澪は友達の一家の夕飯に招かれているくらいの気持ちでいることにする。いや、それも大分気まずいが、まあ、コミュ力でなんとかなる範囲だ。少なくとも友達の家の夕飯では、『無礼だから打ち首』みたいなことは無いので。
「えーと、じゃあ……聖女の引退を推進していくと、間違いなく王家には反感が向くと思います」
ということで、澪は早速、ずばりと言ってしまう。
これにはカリニオス王も難しい顔をせざるを得ない。……だが、彼自身、この辺りは考えが至っていたらしく、『そうだろうな』と頷く。
分かっている相手に説明するのも馬鹿らしいが、一応、確認のために、と思いつつ、澪は尚、話す。
「聖女を引退させていったら、神の力を使える人は少なくなっていく。聖女の力で成り立ってる地方都市は特に、打撃だと思います。だから、聖女を引退させることに反対する人は、絶対に居る」
聖女の力は、あまりにも強い。
祈り、信仰を得れば、何でもできる。……言ってしまえば、『可愛いだけで何でもできてしまう』のである。
ナビスがポルタナの聖女で、ポルタナだけの聖女であった頃から、ナビスの力は強かった。切断されたシベッドの腕を治療することができるほどの力があった。
ナビスはたまたま、治療や守りを得意とする聖女だったが、これがもし、攻撃を得意とするパディエーラや、死そのものであるモルテであったなら……たった数人が意見を同じくしただけで、国の一部に穴を開けるようなことだって、できてしまうかもしれない。
そんな聖女の力が無くなるとなると、反対する者は多いだろう。『弱小勢力の唯一の対抗武力としての側面を持つ聖女』だって居るだろうし、『軍備が一切無い小さな村の防衛を1人で担う聖女』だって居る。『実りの少ない土地に豊かさをもたらしている聖女』も、『インフラを支える聖女』も居るのだろう。
……つまり、国中のあらゆる人に、ものすごく便利な力を捨てさせることになるのだ。
当然、反対されるだろう。聖女の力が無くては生きていけない人だって居るのだろうから。
そして問題は、更にある。
「更に、聖女を引退させるのに聖女が祈る必要があるとなると『最後の1人』がどうしても、聖女を止められない。それで、もし、ナビスが最後の、唯一の聖女になるなら……『王家は神の力を独占している』って思われかねないんじゃないかな、って」
……聖女を引退させていった先にあるのは、『最後の聖女』の存在だ。
そう。ナビスは1人、取り残される。取り残されて、そして……『この国唯一の聖女』となってしまう。
つまり、力の独占が成立してしまうのだ。ナビスにその気が無かったとしても。
「私が、この国の亀裂の原因になりかねない。そういうことですね?」
「うん。そう思う」
澪が頷くと、ナビスはゆるゆるとため息を吐いて、ふにゅ、と肩を落とす。
「ええ……理解できます。想像も、できてしまいますね……」
「い、いや、しかし、一番大きな敵対勢力である聖女シミア派はシミアを失って力を失っていくはずだ。ならば王家に楯突く者も、そうは居まい」
しょぼん、としてしまったナビスを見て慌てたのは、カリニオス王だ。わたわた、としつつ、頑張って口を挟んでくる。だが、そう甘くはないだろうな、ということくらいは澪にもナビスにも分かるのだ。
「それに、聖女一強状態は、他の勢力が力を伸ばすきっかけにもなり得るんじゃないかなー、って。……ほら、聖女を引退させても、新たな聖女が生まれてくるのを防ぐのって、難しいんだろうし……」
「……聖女の修行自体は、すでに広く知られていますものね」
「禁止しても陰でこっそり聖女になる者が現れる、か。ううむ、確かにな……」
聖女シミアが力を失っても、第二第三の反対勢力が現れるだろうし、下手すると第二第三の聖女まで現れかねない。
ヤバい。どう考えても、ヤバい。聖女の引退を促進しても、聖女の誕生を止めることは難しいのだ!
「しかし、聖女という存在は……あまりにも、残酷だ」
だが、カリニオス王は難しい顔で唸る。
「他人の祈りにふりまわされて、矢面に立たされて、皆を率いることができなければ『裏切られた』と勝手に失望され、それが原因で死に至ることだって有り得るのだろう?ならばそんな存在、無い方がいい」
彼の思いには、聖女アンケリーナの存在があるのだろう。
聖女であったから、矢面に立って魔物と戦い、命を落とした。その役目を1人で担わなければならなかった。そして、もしかすると……聖女であったから、カリニオス王と結ばれることができなかったのかもしれない。
「ですよねー。私もそう思う」
だから澪は、そう言った。
「悲しい思いなんか、する人、居ない方がいいに決まってる。誰かのために頑張らなきゃいけない人が居るのは分かるけど、それが1人に集中しちゃうのは、良くないと思う」
カリニオス王には大切な聖女が居るわけだが、澪にも大切な聖女が居る。
ナビスだ。
ナビスが、大事なのだ。だから澪は、ナビスが生きていく世界を、ナビスにとって良いものにしたい。
「だから、聖女の存在はあんまり良くない。それはそうなんだと、思ってて……つまり、誰か1人に、村全体とか、国全体とか、そういう規模の信仰が集まるの、多分、祈る人達にとっては別としても、絶対、聖女の為には良くなくて……だから、私は、今の聖女の仕組みには賛同できない」
恐らく、聖女のシステムは、効率がいい。神の力という謎パワーを使うことができるのだから、とんでもなく効率がいい。
だが、それは同時に、たった1人の女の子に凄まじい責任と重圧を押し付けることでもある。
……功利主義的には、聖女システムは悪くないはず。だが、それでは、澪は納得できない。
「ミオ様……」
ナビスは、澪が誰を想ってこれを言っているのか分かっているのだろう。『私のことなど気にしなくていいのに』というようなことをぽそぽそ呟きながら、でも、どうしようもなくじわじわと嬉しいような、申し訳ないような、そんな顔で澪を見ている。
「……でも同時に、やっぱ神の力、便利だよなー!っても、思ってて……だから、禁止することなんて、多分、できなくて……えーと、だから……」
澪はそんなナビスを見て、更に、澪を見つめてくるカリニオス王や先王おじいちゃんの視線と、そこから注がれる期待にも応えたいなあ、と思って……。
「禁止できないんだったら、いっそ全員に持たせちゃえよ、っていう考え方が、あるん、ですけど……国民が全員聖女、っていうのは、どう……?」
思い切って、そう提案してみた。




