人か神か*5
さて。
そうしてしろごんを送り出した澪とナビスは、礼拝式を予定通り執り行った。
こちらでもブラウニー達が準備を手伝ってくれたので、実にスムーズに礼拝式ができた。大変ありがたい。澪達は最早、ブラウニーに足を向けては寝られない!
……ポルタナがどうなっているのかは、気になる。もしかしたら何かまずいことになっているのでは、と気が気ではない。ポルタナの皆を信じているが、それだって心配せずにはいられない。
だが、澪もナビスも、礼拝式の手を抜くようなことはしなかった。しっかり仕上げまでやり切って、町中の人の持病を治療して、ビックリするほどの感謝と信仰を贈られて……そうして礼拝式を終えたら、澪とナビスはすぐ、次の町に向けて出発する。
しろごんがいない分、澪とナビスの移動は徒歩や馬車になる。中々に不便だが、これで少しでもポルタナに利があるなら、そうしたかった。何かあってからでは、遅い。ポルタナは、聖女シミアの軍勢を完封して勝たねばならないのだ!
そうして、澪とナビスは馬車で移動して次の町へ到着した。この辺りは、『ポルタナ街道に続け!』とばかり、頑張って街道整備が進められているらしく、馬車の速度を比較的出せたのでありがたかった。
「……大丈夫かな」
「ええ。きっと。だって、私達のポルタナですもの」
ナビスは移動中、ずっと、祈っていた。今も、宿に向かう道すがら、ずっと祈っている。微かな金色の光を纏って、静かに、ずっと、祈っている。
……なので澪も、『ま、大丈夫だよね!』と笑うことができるのだ。
信仰心が聖女を殺す例もあるが……それでも信じる心は、きっと、人を救うものであるから。
そうして、澪とナビスが静かに宿で待機しつつ、祈り続けていると。
「あっ!連絡来た!」
机の上に出しておいた伝心石が、光る。澪とナビスは慌ててそれに飛びつき……そして。
『ポルタナ、無事。海賊撃退。捕虜はホネホネ鉱山。』
……そんな連絡を受け取ることができたのだった!
全国ツアーは、予定通りの爆速で恙なく進んでいった。翌日にはしろごんが戻ってきてくれたので、澪とナビスはまたしろごんに乗っての移動となった。……流石に、全ての移動がしろごん抜きになっていたら相当にきつかっただろう。本当にしろごん様様である。
そうして町から町へと移動しながら礼拝式を行っていく傍ら、噂がほんやり流れて届く。
『ポルタナが海賊に襲われたが無事に撃退した』という旨はさっさと伝わり、更に『海賊はどうやら金品目的ではなく、ポルタナを襲うこと自体が目的だったらしい』というところまで、じわじわと伝わってきている。
だが、『聖女シミア』の名は出なかった。時折、『憶測だが聖女ナビスを妬んだ他の聖女が海賊を雇って襲撃させたのではないか?』といった話が出てくることはあったが、それくらいである。
それもそのはず、そこは予め、ポルタナの皆に向けて『誰が首謀者だったかは、できるだけ漏らさないように』と伝えてあったからである。
……聖女シミアの自殺を防ぐためだ。
そう。澪とナビスは、聖女シミアが信仰を裏切るようなことの無いようにしたい。そのためにはまだ、彼女には逃げる余地があると勘違いしておいてもらわなければならない。
そして、聖女シミアが死んでしまっては解決できないであろう深部まで、反王家勢力とも言える勢力を根絶やしにしたい。
それも……信仰の力によって。
「私達、お人よしかなあ」
ポルタナへ向かうしろごんの上で、ふと、澪はナビスに聞いてみた。
「聖女シミアをやっつけちゃった方がいい、って考える人は大勢居そうだし、そうでなくても、それが1つの手っ取り早い方法だってことは、分かるじゃん?」
「そうですねえ。……でも、私達はそうしたくない。そうでしょう?」
「うん。それで、それがお人よしじゃないかな、って心配になってる。ちょっとだけね」
澪はそう、打ち明ける。
……澪は、自分が多少の日和見主義であるという自覚がある。『丸く収まる』のが一番いいと思っているし、そうするために、多少、甘い判断を下すことにしている。
元の世界でもそうだった。吹奏楽部の中での諍いがあれば、できるだけ罰せず、始末せず、そうやって丸く収めるようにしていた。
白黒はっきりつけることも大切なのだろうが、ずっと長く一緒にやっていかなければならない仲間達との間では、全てがのぺっとしたグレーであった方が、何かと都合がよかった。
……人間というのはそういうものだよなあ、と澪は思っている。残念ながら、賢さよりも感情に振り回されてしまいがちだし、それによって非合理な派閥が生まれたり、仲間外れが生じたり。
だからこそ、自分が甘すぎないか、澪は時々心配になる。吹奏楽部内でも、『澪は甘すぎるから』『そんなんじゃ被害者なのにあの子がかわいそうじゃん』『八方美人したいのは分かるけどさ』というようなことを言われていた。ちょっとそれが辛い時もあった。
自分が本当に間違っていないのか、ただ『この方が楽だから』という理由で正しくないことをしようとしていないか、澪は常に考えていなければならないのだ。
……だが。
「心配……ですか。ふふ」
そんな澪を見てきょとんとしていたナビスが、くすくす、と笑いだす。
「えっ、そんなにおかしかった?」
「いえ、ごめんなさい。その……ミオ様もそのようにお悩みになることが、なんだか嬉しくて」
「へ!?」
嬉しい!?と澪は慄きつつナビスを見つめる。するとナビスは、なんだかもじもじしながら答えてくれるのだ。
「ミオ様は、本当に神様のような方に思えてしまって。お強くて、凛々しくて、私をぐいぐい引っ張っていってくださるから、その……」
もじ、と恥じらって、頬をほんのり赤らめて、ナビスはちょっぴり湿り気のある目で、ちら、と澪を見つめてきた。
「……時々、こういう風に、『ああ、この方も私と同じ年頃の女の子だったんだ』と思えることがあると、なんだか嬉しいんです。ごめんなさい、悪趣味は承知の上なのですが」
「……ナビスもそういうこと考えるんだぁ」
なんだか、予想外なところから隕石が降ってきたような、そんな気分で澪はぽかんとする。まさかナビスが、そういうことを考えていたとは!
「はい。幻滅させてしまいましたか?」
「いや、幻滅じゃない。幻滅じゃないんだけど、意外だったっていうか……あれっ、これ嬉しいな!?」
そして澪は、自分の中の感情を分析していって、『嬉しい』に行きあたって愕然とする。
「わー、ナビスがちょっぴり捻くれたところあるの、なんか嬉しい!えっなんでだろ!?あっ、これ私もナビスと同じか!?『清らかな超絶美少女、実質神様』みたいな子がなんかちょっと黒っぽいこと言うのがなんか意外で嬉しいってこと!?」
これと同じようなことをナビスも感じているのだろうか。もしかしてこれ、通称『ギャップ萌え』って奴なのだろうか。いや、だがそれもなんか違う気がする。違う気がするが、明確に言葉にすることはできないこの胸の内のもぞもぞ感。澪はそのもぞもぞを、存分に味わって……。
「……新発見だ!」
そう、しろごんの上で叫んだ。しろごんは、『きゅいー』と合いの手を入れてくれた。
「そ、そうですか?うーん、内緒にしておいた方がよかったかしら……」
「いや、いい。こういうのあったらどんどん出して」
「えっ、えっ、そんなに出ませんよ」
「まあそうだろうなー!ああー!ナビスがかっわいい!かっわいい!あああー!」
……ということで、しろごんの上、澪とナビスはきゅうきゅうくっつきながらポルタナへと飛んでいくのであった。つくづく、仲良し同士である。
ついでに、もしかすると、似た者同士でもある、のかもしれない。
そうして、全国ツアー最終日の前日、澪とナビスはポルタナへ到着した。
「ただいま戻りました!皆さん!大丈夫でしたか!?」
「おおー!ナビス様!お帰りなさい!」
しろごんから降りたナビスが駆けていくと、その先でポルタナの村人達がわらわらと寄ってくる。
「襲撃は!?お怪我は!?村の損傷は!?」
「あああ、ナビス様、落ち着いて、落ち着いて!大丈夫ですから!怪我人もほとんどいませんし、重症は誰も居ませんよ!」
澪もしろごんを停めてナビスを追いかけて、村人達の輪の中に入れてもらう。するとそこでは丁度ナビスが、『ああ、よかった……』とへなへな座り込むところであった。
……気丈に振る舞っていたナビスであったが、それでもやっぱり、心配なものは心配だったらしい。それを見て澪はちょっぴり安心してしまう。……性格が悪いだろうか!
「ま、そういう訳で捕虜連中は全員ホネホネ鉱山にぶち込んでありますよ!」
「スケルトン達が見張ってくれてますからね、警備はばっちりです!」
……そして、澪は、思った。
『捕虜にされた人達、泣いてないかな』と。
ポルタナの人達はもうすっかり慣れてしまっているが……スケルトンに囲まれると、結構、怖いんだぞ、と。
「そういえばナビス様は王女様だったんですねえ。ポルタナにもお触れが届きましたよ」
さて。報告が一段落したところで、ポルタナの村人の1人がそう、ナビスに声を掛けた。その声は嬉しそうでもあり、寂しそうでもある。
「ああ……その、報告できないままでした。ごめんなさい」
……ナビスは、王女としての公表の前にポルタナの皆に相談することをしていない。それをやろうとすると情報が漏れて危険が増していただろう、ということもあるし、何より、時間があまり無かった。
だが、頑張れば報告できたかもしれない。……ナビスはそれを、気に病んでいる。
「私達はいいんだよ、ナビス様。むしろ、小さなころから知ってるナビス様がお姫様だってんだから、鼻が高いよ!」
一方で、村人達は優しく温かい。
下手すれば、パディエーラのように『故郷を裏切って王都に行くのか』と罵られてもおかしくないところなのだ。だが、ポルタナの人達は誰も、文句なんて言わない。むしろ、『お父さんに会えてよかったねえ』『アンケリーナ様の思い出話に花を咲かせていたのはそういうことだったんだねえ』と、皆、喜んでくれる。
あったかいなあ、と澪は嬉しくなる。ポルタナの人達があったかいのも、そう接されるだけの下地をナビスが築き上げてきたことも、全部、嬉しい。
「それに、ナビス様は『ただいま』って言ってくれたじゃないですか。それが嬉しくって!」
「え?……あっ」
ついでに、ポルタナの人達も嬉しかったらしい。
そう。ナビスにとってポルタナは、『ただいま』の場所なのだ!
「……はい。そうなのです。私にとって、やはりポルタナは何より大事な場所です」
ナビスは泣き出しそうな笑顔でそう言って、目を伏せた。
「でも、ポルタナだけを守っていては、ポルタナを守り切れなくなることを知りました。それで、王女として表に出ることを決めたのです。後悔は、ありません」
ポルタナの皆は、それを頷きながら聞いている。まるで、我が子の巣立ちを見守る親のように。
「ポルタナの聖女でありながら皆さんに相談無く動いたこと、本当に申し訳ありませんでした。その分、ポルタナの安全と振興のために……」
「いいっていいって。ナビス様はポルタナが大好きなんだろ?それは見てりゃ分かるよ」
「だからどうか、気にしないで!お父さんと一緒に暮らしておあげ!やっと会えた家族じゃないかい!」
謝りかけたナビスに、ポルタナの皆がやいのやいのと言葉を投げかける。
皆が笑顔だ。それにつられて、ナビスもまた、段々と笑顔になっていく。……澪は、それが嬉しい。
……だが。
「でもねえ、ナビス様。私らおばちゃん達はほっといていいから、シベッドのところに行っておやり。あの子はちょっと気持ちの整理がついてないみたいだから」
そう、おばちゃんの1人に言われて、澪とナビスは顔を見合わせる。
……そう。
恐らく、ナビスが王女様になってしまったことを一番気にしているのではないかと思われるシベちんは、今、ここに居なかった。




