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出発信仰!  作者: もちもち物質
第三章:神は世界を救う
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人か神か*3

 澪とナビスは、迷った。勇者フェーレスの申し出を聞き入れるかどうか、とても迷った。

『聖女シミアの計画』について彼が話したとして、それが本当のことであるという保証は無い。ついでに、もしかすると澪やナビス、そして無関係な人々まで巻き込む罠なのかもしれないとも考えられる。

 ……だが。

「分かりました。命の保証は致します」

 結局、澪とナビスはそういう結論を出した。途端、勇者フェーレスは顔を上げて、憔悴した顔の中に微かな安堵を浮かべていた。

「しかし、自由の身にはできません。少なくとも当面は禁錮、ということになるでしょう。そしてその後も、元のようには暮らせないでしょうが……」

「ついでに、そっちの話が本物じゃなかったら、当然、その時は容赦なくやっちゃうからね」

「構わない。慈悲に感謝する」

 そうして話がつくと、勇者フェーレスは途端に体の力を喪ったようにぐったりしてしまった。……緊張していたらしい。まあ、澪とナビスの後ろでは、マルちゃんがカチカチやっていることだし、更に、エブル君がのこぎりみたいな何かを黙って素振りしているし……。




 さて。

 ということで、一旦勇者フェーレスの拘束を緩くしてあげることにした。案外、椅子に縛り付けられている状態というのはきついらしい。なのでとりあえず、両手を前で縛って、片足を柱に結び付けておく、というだけにしてある。これならある程度自由に体勢を変えられるので、大分楽になったようだ。

 ついでに、お茶も出してあげることにした。何も無しじゃあ話しづらいだろう、ということで。……マルちゃんが『この毒、入れてみますこと?』と、勇者フェーレスが出した毒をじっと見つめていたが、それはそっと没収しておいた。うっかりマルちゃんにやらせると大変なことになりかねない。勇者フェーレスが。

「じゃ、話、聞かせてもらおうかな」

「ああ」

 ……こうしてある程度準備ができたら、早速勇者フェーレスから話を聞く。勇者フェーレスも、自分の命を担保するものが自分の持つ情報しか無いことが分かっているからか、若干緊張気味に、それでも淀みなく話してくれる。

「まず、聖女シミアの目論見だが……聖女ナビスを排除できれば望ましい、としている」

「だろうなー」

 早速、澪としては大変に腹の立つ話が出てきたが、ここで勇者フェーレス相手に怒っても仕方がないので我慢する。

「カリニオス王子が即位し、聖女ナビスが王女であることが公表された。だがそれでも、今の王家が安定しきっていないことは明白。長らく王都を離れていた王と、出自がはっきりしていない王女だ。転覆させることは難しくとも、ある程度、意のままに操ることはできるだろうと聖女シミアの一派は目論んでいた」

 勇者フェーレスの話は、実は、カリニオス王と先王が一緒に気にしていたことでもあった。

 ……そう。彼らは既に、後継者の話を始めている。『次の王はナビスか、はたまた傍系から連れてくるか』と。

 ナビスは今、王家の血を最も濃く真っ直ぐ継ぐ唯一の人だ。それ故に、『ナビスさえ排除すれば』と考える者は多いだろうと思われた。なら、ナビスの安全のためにも、ナビス以外の者を次の王にすると宣言してしまっておいた方がよいのではないか、というような相談が、既に成されているのである。

 ……まあ、つまり、ナビスパパもお爺ちゃんも、ナビスが可愛くてしょうがないので、ナビスが王になれないことよりもナビスが死んでしまうようなことを避けたいらしい。気持ちは分かる。

「勿論、聖女ナビスを排除できれば、それが一番いい。次に続く者が居なくなる。となれば、カリニオス王の次の王は聖女シミアの一派から出せる可能性が高い」

「長期戦だねえ」

「国政に関わることだからな」

 澪としては、そんなに長い目を持っているんだったら聖女キャニスとのあれこれとか、もうちょっと色々上手くできたでしょ、と思わないでもない。まあ、色々あるのだろうが。

「そして、聖女ナビスを排除することが難しければ……ひとまず、王と聖女ナビスを狂わせることができればそれでよい、とも案が出ていた」

 更に、勇者フェーレスはそんな話をする。

 ……狂う、と言えば、既にナビスパパもお爺ちゃんも、ナビスにメロメロである種狂っちゃってるような気がしないでもないが。

「と、いうと?えーと、何か、個人的なことをする、とか?」

「まあ、ある種、そうだな……。だが、間違いなく、国王と、そして何より、聖女ナビスを乱心させるには十分であろう、と思われる案だ」

 勇者フェーレスは、ちら、とナビスの方を見てから、気まずげに視線を落として、言った。

「……ポルタナを襲うことだ」




「何ですって!?」

 声を上げたのは、ナビスだ。ナビスが大きな声を上げることは珍しい。澪もマルガリートも、ついでに勇者エブルも少々驚いた。

「ポルタナを?……ポルタナに何をするつもりなのですか!?」

 詰め寄るナビスに、勇者フェーレスが慄く。それと同時に澪は冷静に『成程なあ、確かに効果的だ』と思っていた。

 ……『ポルタナを襲う』という話が出ただけで、ナビスはこうも取り乱している。ついでに、国王もきっと、同じように取り乱すだろう。ナビスが取り乱していたらきっと猶更。

「具体的なところはもう決まってる?」

「ああ……全国ツアー最終日がポルタナだというから、その少し前に襲え、という話が出ていた」

 成程。実に効果的だ。ポルタナの聖女と勇者が全国ツアーに出ている間、確実に、ポルタナは手薄になっている。全国ツアーの日程は公開されているので、澪とナビスがいつどこに居る予定なのかは誰もが知っているのだ。だから、手薄な時が何時かも知ることができる。

「えーと、何人ぐらいで襲うんだろ」

「10人程度居れば十分だろう、と言われていた。ポルタナは小さな村だ。襲うのにそう多くの人手は要らないだろうし、多くの人数が紛れ込む余地も無いだろうからな」

「成程なー」

 確かに、ポルタナに大人数がぞろぞろやってきたら、ポルタナの人々は警戒するだろう。それだけ、ポルタナは過疎っているので。

 だが一方で……少人数がこっそり紛れ込んで、観光客か何かの振りをしている分には、誰も警戒しないだろう。ポルタナはそういうところだ。


「ああ……すぐに、連絡を。ミオ様、私、行って参ります」

「あ、うん。了解」

 早速、ナビスがポルタナに危機を伝えるべく、伝心石通信を始めるらしい。勇者フェーレスには一応見えないように、外に行ってカチカチやるものと思われた。

「ま、とりあえずこれで防げるかなー。教えてくれてありがとね。ポルタナは盲点だったわ」

「いや……」

 澪に礼を言われて、勇者フェーレスは気まずげにしていた。

 他者の命を狙って、実害こそでなかったものの、多くの者に『何かあった』ことだけは知れ渡った。そんな状況なのだから、澪が礼を言ってくるとは思わなかったらしい。

 ……だが、澪は元々、こういう時にもお礼を言っちゃうタイプである。

 更に、お礼どころか普通に雑談もするタイプである。こう、気まずいのだ。相手が気まずそうにしていると、澪も気まずいので、周囲の許す限りでは対人関係の気まずさを緩和する方に動きたい。

「ところであなたはなんでわざわざ聖女シミアの側についたの?」

「私から動いたわけではない。聖女シミアから、打診があった。『この任務に成功したら、勇者として雇ってやる』と。……だが私には、他に名誉を取り戻す手段が無かったのだ」

「あー成程ねー。そっか、割と消極的だったのか」

 確かに、聖女キャニスにクビにされた時点で勇者フェーレスの名誉は大分無い。そうでなくとも公衆の面前で澪に負けているので、相当肩身が狭かったものと思われる。ならば手段を選ぶ余地は無かっただろう。まあ、それは彼の自業自得なので澪は特にどうとも思わないが。

「……ちなみにあなたがこうやってさー、しろごん暗殺に失敗してるわけだけど、そこらへんについて聖女シミアはなんて言うんだろ」

「さあな……。大方、『聖女キャニス派の残党が私を陥れるためにそんな証言をしている』とでも言うのだろうが」

「わー、分かってはいたけどひっどいなあ」

 なんというか、ここまで来ると澪も何も言えない。聖女キャニスに対していい印象は無いが、聖女シミアの印象はもっと悪い。

「まあ、分かっては居ると思うけれど、あなたには聖女シミアの所に帰れないようになってもらうからね。ちゃんと証言はしてね。それが助命の条件だからさ」

「分かっている。……私とて、今更聖女シミアの元に戻ったところで名誉は取り戻せない。ならば彼女の元に戻る道理は無い」

 勇者フェーレスと話していると、『難儀な人だなあー』と澪は思う。名誉が大事らしいが、それによって犯罪に加担しちゃうし、それに失敗した時に潔く『殺せ!』とかは言えないわけである。難儀だ。まあ、下手に思い切りが良い人よりはずっとずっといい、とも澪は思うが。




「澪様、連絡してまいりました」

「あ、お疲れ。どうだった?」

「ひとまず、警戒に当たる、とのことでした。メルカッタギルドも連携して対処してくださるとか」

 やがて、伝心石のカチカチを終えたナビスが戻ってきた。どうやら、ポルタナの警備の話が進んだらしいのでちょっぴり安心が増した。

「まあ……後は、どうしようか。この後の全国ツアーの予定を変更してポルタナ、行く?」

 とはいえ、増した安心はちょっぴりだけだ。ポルタナがいつ、どんな規模で襲われるか分からない以上、安心しきることなどできない。それだけ、ナビスにとっても澪にとっても、ポルタナは大切な場所なのだ。

 ……だが。

「……いえ。このまま行きましょう」

 ナビスは真っ直ぐ顔を上げて、そう、言い切った。

「いいの?」

「はい。全国ツアーを中止するわけには参りません。私はポルタナも、ポルタナ以外の全ての場所も救いたいから」

 澪の確認にも、ナビスはブレない。あくまでも真っ直ぐ、覚悟を決めた目で澪を見つめ返してくる。

「……そして何より、今、ここでポルタナを救いに行ったところで、2回目、3回目の襲撃が計画されるだけでしょうから」

 そう。ナビスには、しっかり覚悟があるのだ。

 ポルタナも、この国の他の全ても守る覚悟が。……そのために、悪い奴を懲らしめてやるのだ、という積極性が、備わっているのである!

「なので、勇者フェーレスは口を割らずに自害された。そういうことにしましょう」

 ……覚悟が決まったナビスは、こういうことも提案できちゃうのである!




「……つまり、口封じに殺す、と?」

 青ざめた勇者フェーレスが、じり、じり、とナビスから後ずさろうとしているのに対して、ナビスはすぐ、ぶんぶん、と首を横に振る。

「あっ、いえ、そうではなく!……その、『死んだ』ということにさせていただいた方がよろしいのではないかと思うのです。そうすれば、聖女シミア派の方々は、私達がポルタナ襲撃の情報を知らないままだと思うでしょう」

「あー、成程。そうだよね。この人、元々はキャニスさんの方の派閥だったわけだし、すぐにシミアとは繋がらない。ましてや、ポルタナを警戒する材料にはならない!」

 勇者フェーレスが情報を出していなかったなら、澪達はポルタナ対策など思いつきもしなかったはず。つまり、敵も同じように考えるはずなので……。

「つまり私達は、何も知らないふりして全国ツアーを続ける。それで……ポルタナを襲う人達を炙り出して、しっかり全員捕まえる。そういうことだね!」

「はい。その方が、今後のことを考えればよいのではないかと思うのです」

 澪が意気込めば、ナビスも『そうなのです!』とばかりに目を輝かせる。

「相手は油断しているようです。私達が全国ツアー中だということは、相手に大いに安心感を与えている。この機会を逃したら、今後二度と、相手がこんなに油断してくれることなんてないかもしれない」

「そうだね。やろうやろう。ポルタナを囮にしちゃうことになるけど……今後のポルタナと、世界の平和のために!」

 澪とナビスは揃って拳を天に突き上げた。

 目指すは世界平和。そして、愛するポルタナの安全である!




 ……ついでに、シベちんだ。

 澪はついでに、シベちんの活躍も、見込んでいる。折角だから株を上げる機会をシベちんにあげようと、澪はそう画策している!

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― 新着の感想 ―
[一言] ホネホネーズの出番だ!
[良い点] 10人程度で襲撃!? 10人程度かぁ……(情報知らないってこわいねー)
[一言] 一切非が無いわけではないんですが、勇者フェーレスから見ると”自分の聖女に突っかかる無礼な田舎者を下げずんだら、決闘でふっ飛ばされ名誉と職を失い、かつての敵から起死回生のチャンスを恵まれるもの…
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