手段と目的*2
ということで、一行はいつもの喫茶店へ場所を移し、そこでなんとかかんとか、ややこしい説明を終えた。
マルガリートもパディエーラも、終始、ぽかーん、としていたわけだが、最終的にはひとまず『まあナビスの気品が持って生まれたものだとしても驚きませんわよ』『なるほどねえ。確かに言われてみると王子様にちょっと似てるかも』といった反応に落ち着いた。
「ま、それでナビスは今後どうすべきか悩み中、ってことで……」
「そんなのカリニオス殿下に直接お伺いするしかないんじゃなくって?」
「ああああ、マルちゃん様!それがあまりに気まずくて私はここに来ているのです!」
「そ、そうでしたの。まあ、確かに気まずいでしょうけれど……でも、そこを避けては通れない道なのではなくって?」
そして案の定、マルちゃんはアッサリバッサリいくタイプであった。ナビスが『ご尤もです!』となってしまったので、澪は『マルちゃん、温情……もうちょっと温情を……』とお願いしておいた。
「まあ……そうねえ。ナビスももう、王子様とお話してみないことには分からない、っていうのはもう分かっているんでしょうし、私達は友人としての務めを果たすべきよねえ」
そしてマルちゃんよりはやんわりほんわりいくタイプのパディエーラは、そう言ってくすくす笑った。ナビスのわたわたぶりが見ていて中々楽しいらしい。
「そ、そうですわね。ええと……うーん、まあ、私は幸いにして貴族ですもの。ナビスよりは、王侯貴族の事情に詳しいと思いますわ。カリニオス殿下に聞くのとで二度手間になるかもしれませんけど、それでもよければお話ししましょうか?」
「お願いします!」
「ありがとうマルちゃん!それでこそマルちゃん!」
ひとまず、これで当初の目的であるマルちゃんの意見を聞くことができそうである。澪もナビスも、『ありがとうマルちゃん!』という気持ちでマルちゃんの話に拍手を送るのだった。
それから、マルガリートは大まかに今の王家の話をしてくれた。
まずは、国王。もうすぐ70になるという高齢の王なので、代替わりは秒読みだそうだ。王自身も『はよ退位したい』という状態らしい。
次に、王子。澪達もよく知るカリニオス・レクシア殿下にあらせられる。……彼はずっと病に臥せっていたため、行方不明扱いということにしてセグレードに隠されていたらしい。
……と、こういう状況であるので、王子の病が治った今、王はすぐにでもカリニオス王子に王位を譲り渡したいところだろう。
だが、王子は今までその生存すら危ぶまれていた。王は王子ではなく、傍系の誰かに王位を譲ることも考えていたはずである。
となると、候補になる者が数名居るわけである。
1人目から3人目は、王の兄の子供達……つまり、王の甥姪にあたる人物達である。とはいえ、彼らももうそれなりの齢であるので、今から王位に就くのは難しいように思われる。全員、カリニオス王子より年上なのだから……。
さて。そうなった時、次の候補とされていたのがロウター・レクスファミラである。
ロウターは王の兄の孫の中で、一番の年長者である。丁度、カリニオス王子とナビスの間ぐらい……であろうか。年齢としては丁度いいのかもしれない。
だが、今までロウターに王位継承の話が無かったのは……粗暴で愚かな振る舞いが目立っていたからである。
今回のこともそうだったが、ロウターは短慮に過ぎ、王とするには少々、否、あまりにも……あまりにも、不適だと、判断されていたのだ。それこそ、『退位したい……』と嘆く王が王位を譲り渡すのを躊躇い続けるほどに。
ロウターには一応、弟が2人居るのだが、上の弟はロウターと似たり寄ったりである。そして下の弟は既に王位継承を辞退して久しい。何故かと言うと、自分が短慮で愚かだという自覚があるから、らしい。……無知の知という言葉を信じるならば、三男の方が長男であるロウターよりも余程王に向いているのかもしれない。
続いて、ロウターの従妹にあたるのがトゥリシアだ。王兄の2番目の子の娘にあたる。
だがこちらも先日のあれこれがあったため、王位を譲ることはできなくなった。……トゥリシアの諸々の行動も、ロウターによく似て短慮故であったわけなので、彼女が死んでいなかったとしても、彼女が次の王になることはまずなかっただろうと思われる。
尚、トゥリシアにも兄弟がいるらしいのだが、今のところ『鳴かず飛ばず』らしい。ついでに、トゥリシアがやらかした諸々を考えれば、トゥリシアの兄弟を次の王に据えるのも難しいだろう、とのことだ。本人がどう考えているかはまた別の問題だが。
さて。そうなると……王兄の3人目の子の子供こそが相応しい、とも思われたのだが……残念ながら、この娘は非常に出来が良かったがために、他国の王子に見初められ、早々に嫁いでしまった。更にその弟は遠方で領主をやっているそうだが、彼を引きずり戻してくるのも躊躇われる。
つまり、八方塞がり。そんなところなのだ。
「……ということで、次の国王にできそうな人材は全員揃って能力が不足しているか、既に座るべき椅子が定まっているか、そのどちらかですのよ」
「わーお……すっごい人材不足ぅ……」
さて。これで王家の現状が大まかに理解できた。とりあえず、とんでもない状況であることは分かった。
「まあ……カリニオス王子が1人息子であるところに一番の問題がありますわね。国王陛下にも、もうあと2人か3人、御子がいらっしゃれば話は変わりましたのに」
「無いものねだりしてもしょうがないけれどねえ……まあ、先見の明が無かった、わよねえ……」
そしてマルガリートもパディエーラも、割と好き勝手言うタイプである。バッサリずけずけ、はたまたおっとりずけずけ、この2つには違いこそあれども、ずけずけ言うという点に変わりはない。
「そういうわけで……能力が足りない自覚のあるロウターの弟に王位を継がせるか、はたまた王兄の3番目の子の子供を王都に連れ戻して王位を継がせるか、概ねそのどちらか、と言われておりましたのよ」
ずけずけ、とマルガリートはそう言って、はあ、とため息を吐いた。聞く者が聞いたら不敬罪で捕まりそうだが、今この場には他に誰も居ないのでよいのである。
「で、そこに病み上がりの王子様が出てきちゃったわけかぁ」
「そういうわけですのよねえ……はあ、ややこしいことになってますわぁ……」
「でも、一番収まりがいい選択肢が生まれたっていうことだもの。喜ぶべきところではあるんじゃないかしらぁ」
……と、まあ、そういうわけで、カリニオス王子の立ち位置は大体分かった。
要は、大変なところに戻ってきてしまった王子様ということで……パディエーラの言う通り、『最も収まりがいい選択肢』がカリニオス王子、ということになるのだろう。
「ついでに、まだトゥリシアの家は王位を狙っていると思いますわよ。或いは、トゥリシアの家がロウターの弟を焚きつけるだとか……まあ、家督争いはまだまだ続くんじゃないかしら。何せ、得られるものが大きいですものねえ」
マルガリートのゴタゴタ予報を聞いて、澪もナビスも『あああ……』と何とも言えない声を上げるしかない。
……いよいよ、ナビスが王城に行くのは良くない気がしてならない!
「家督争い、かあ……」
さて。そんな話を一通り聞いて、澪は、ちら、とマルガリートの方を見た。
……以前、勇者エブルから聞いたところによれば、マルガリートはスカラ家の家督を継ぐに十分な素質を持っているが、兄が居るために自身は聖女となることにした、のだとか。
そんなマルガリートにとっては、王家の玉座争いもあまり愉快な話ではないだろう。澪が少々心配しつつマルガリートを見つめていると、マルガリートはきょとん、として、『なんですの?』と首を傾げた。
「いや……スカラ家は割と穏便に家督争いが済んだ家、だよね、って思って」
マルガリートには嫌な思いをさせるかもしれないが、それでも隠すのもなあ、と、澪は聞いてしまうことにした。アッサリズバズバのマルちゃんであるならば許してくれるだろう。多分。
「ああ……確かにスカラ家も家督争いが全く無かったわけじゃありませんでしたけれど。それはエブルから聞いたのかしら?」
「うん。なんか、ごめん」
澪が正直に言えば、マルガリートは呆れたように笑った。
「そうね……まあ、何かの参考になるかもしれませんし、スカラ家の家督争いの話もしましょうか。とはいっても、スカラ家では至極単純な争いでしたわ。争うことをしなかったんですもの」
「そう!それ!それを知りたい!むしろそれを知りたい!」
「どうすれば争わずに済むのか、是非知りたいですマルちゃん様!」
澪とナビスが身を乗り出すと、マルガリートは幾分機嫌よく、話し始めてくれる。やっぱりマルちゃんはマルちゃんなのである。
「スカラ家で家督争いが穏便に終わった理由は至極簡単ですわ。……私の兄は、家督を継ぐのに十分な素質を持っておりますの。そして私は、その上でゴネるほど愚かではない。ついでにエブルはお姉ちゃんっ子。以上ですわね」
マルガリートの話を聞いて、澪もナビスも『エブル君……!』とこの場に居ない勇者のことを想った。成程。お姉ちゃんっ子。お姉ちゃんっ子らしい。彼はお姉ちゃんっ子……。
「……まあ、エブルは、剣の腕こそスカラ家随一ですけれど、それ以外については兄上や私に劣りますもの。それは本人もよく知っていてよ。だからこそエブルは勇者になる道を選んだわけですけれど」
この場にエブルが居たらどんな顔をしていただろうか。澪はちょっと想像して、『なんとなくしょんぼりじっとりした顔でマルちゃんを見つめる勇者エブル』を容易に思い浮かべてしまった。まあ、多分、合ってる。
「私は確かに、家督を継ぐのに十分な能力を持っておりますわ。兄が居なかったらきっと大いに揉めていましたわね。エブルが継ぐか私が継ぐか、となったら……ま、恐らくは私が継ぐことになったでしょうけれど……」
マルガリートが少し遠い目をしたので、澪も内心で『エブル君……』と思いつつ遠い目をした。確かにあの勇者君は、お姉ちゃんを支える役の方が良さそうである。エブル君自身が表に立つのは、何か、こう……何か違う気がしてならない。何故だろうか……。
「ま、そういうことですわ。我が家には、私と同じくらいには優秀な兄が居た。だから揉めなかったんですのよ」
ふう、と息を吐いて、マルガリートはお茶のカップを傾ける。その仕草は確かに、聖女のそれというよりは貴族のそれなのかもしれない。
「ええと……では、家督争いが起こらない条件は、継承権の一番高い者が十分な素質を持っていること……でしょうか」
「そうね。私はそう考えていますわ。それから、他の者が愚かではないこと、ね」
マルガリートの持論を聞いて、澪は納得する。確かに、今回のゴタゴタは継承権の高い王子が臥せっていたからこそ起きたものだ。王子に隙が無く、誰から見ても『十分な素質がある』と思われたのなら、こんなにゴタゴタしなかっただろう。
ついでに、トゥリシアやロウターがもっと賢かったならば、やはりこのようなゴタゴタは起こらなかっただろうと思われる。
他の条件を上げるとしたら……家族思いな者が多いことも条件に入るかもしれない。スカラ家のエブル君のように。
「私、複数の優秀な方が居るからこそ、家督争いは起こるものだと思っていました。それは、違うのでしょうか」
続いて、ナビスがそう、質問する。確かに、それが理想的な家督争いの形であろう。一方、今回の王家の玉座争いはどうも、王子含めて皆がそれぞれ欠点を持っていたからこそ起きたもののように思われるが。
「そうね。全員が優秀で、けれど椅子が1つしかなかったなら、苛烈な争いになるでしょうね。……けれど、座れる椅子が1つしかない人って、そう多くはありませんのよ。……例えば、私には聖女になる道がありましたわ。だから、スカラ家の当主になれずともよかった……と言ったら、まあ、語弊がありますけれど」
話すマルガリートは、複雑そうな顔をしている。彼女なりに色々と思うところがあるのだろう。
澪とナビス、そしてパディエーラも揃ってマルガリートを見つめていると、マルガリートはそれらの視線に気づいて、少し気まずげな顔をする。
「……その、勘違いなさらないでね。私、嫌々聖女になったわけじゃなくってよ。確かに私は女で、第二子ですから。だから、兄と同等の能力を持っていても、家を継ぐことは叶いませんでしたわ。……でもね。同時に、第一子ではなく、女だからこそ、聖女になれましたの」
そして、マルガリートはどこか誇らしげに笑って、言ったのである。
「人々の上に立ち、人々を導くというのならば、貴族も聖女も大して変わりはありませんもの。私、目的を達成できるなら手段は問いませんの。聖女じゃなくて貴族としての頂点がいい、なんてくだらないことに固執するつもりはございませんわ」
豊かな金髪の巻き毛を揺らして、マルガリートは胸を張る。
彼女の言葉は、実に合理的で、そして、アッサリバッサリと清々しい。彼女のアッサリバッサリは、彼女自身にも向けられるものだから、見ていて気分が良いのだろう。
「持っていないものを嘆いている暇があるなら、持っているものを活かした方が理に適っておりますものね。人間誰しも、座れる椅子は1つだけではなくってよ。社会への貢献であれ、個人としての幸福であれ、追い求める目的のための手段は2つ3つとあるものですわ」
「おおー、これぞマルちゃんだぁ……」
「マルちゃん様、とても、とても素敵です……!」
澪もナビスも、思わず拍手していた。ぱちぱちぱち、と始めれば、パディエーラも『あらぁ』と嬉しそうにぱちぱちやり始め、マルガリートはささやかな拍手三重奏に包まれることになる。
「な、なんですのその目は」
「いや、マルちゃんかっこいいなー、かわいいなー、っていう目」
「マルちゃん様への憧れです!」
そして澪とナビスがマルガリートにそんな目を向けていれば、マルガリートは初めこそ居心地悪そうにしていたが、その内開き直って誇らしげに胸を張るようになる。
「そ、そういうことなら、存分に見つめればよくってよ!あなた達の信仰、私の糧とさせていただきますわ!」
マルちゃんはそう言うと、ぺかーっ、と光り出した。
……光るマルちゃんは、やはり、とっても素敵なのである。それはまるで、太陽のように。
「……そう、目的と手段、ですよね」
太陽の如きマルちゃんをうっとりと見つめて、ナビスがふと、そんなことを言い出した。
「私、自分がどうなるのかばかり気にしていましたが……何をやりたいのか、もう少し考えてみるべきでしたね」
ナビスの表情は、明るい。不安や混乱の雲間を抜けて、太陽の光が降り注ぐ場所に出てきたような、そんな顔だった。




