離れることで*4
「はい!ということで、かつての勇者か誰かがあの地底湖で龍と戦った時の衝撃があの壁に加わってる可能性が高いということが判明しました!拍手!」
鉱山を出た澪は、早速カルボ達にそう報告した。
……恐らく、『指向性伝心石』が採れる壁面は、かつてオリハルコンの短剣で戦った誰かが切りつけた場所だ。
そして当然、ただ岩肌に短剣を振るったわけではないだろう。恐らく……龍か、龍の先代あたりと戦っていたものと思われる。
「成程な……ってことは、オリハルコンの剣で切った伝心石が変化するのか。或いは、単に強い衝撃を加えると指向性が付いちまうのか……」
カルボが顎髭を触りながらニヤリと笑う。鍛冶師達にとっては、こうした鉱石の謎解きは楽しいことであるようだ。
「まあいいや!どっちも試してみようぜ!ものは試し!善は急げ!」
「ならミオちゃん。早速で悪いが、これ切ってってくれや」
「あっこっちも!こっちも切ってってくれ!」
「ついでに今日のお昼ご飯のパンとチーズも切ってほしい!」
……まあ、そういう訳で澪は便利に使われつつ、指向性伝心石の再現のため、鍛冶師達に混じって働くこととなったのだった。
そうして、夕方。
「とりあえずめっちゃ強く叩くと指向性が上がるっぽいねえ」
「だな。よーし、これでその、なんだ?『もーるす信号』だったか?それもできそうだな!」
遂に、澪達は伝心石の性質を解明するに至っていた。
どうやら、伝心石は『強い衝撃を加えられると指向性が上がる』という性質を持っているらしい。もしかすると、『強い衝撃』ではなく、『累計で一定以上の衝撃』なのかもしれないが、流石にそれを確かめる時間は掛けていない。
とにかく、伝心石はオリハルコンの短剣で切り付けても特に性質は変わらないが、思い切りぶっ叩くと指向性が上がる。そのようであった。
「成程なあ。ハンマーで思いっきりぶっ叩いた時と同じくらいの衝撃が、あの地下4階の壁に……」
「龍と誰かが戦ってて、龍がびたーん、ってなった壁とかなのかもね……」
澪とナビスが戦ったあの龍が『びたーん』となったとも考えにくいが、まあ、あの龍が尻尾を振り回して『びたーん』をやった光景くらいは容易に想像できる。案外、誰かが戦っていた云々は関係なく、あの龍が勝手に1人でびたんびたんやっていたのかもしれない。
……それにしても、オリハルコンの剣の痕跡があったのだから、誰か、戦っていた者が居た、と考えるのが妥当なのだろうが……あそこで戦っていたのは、誰なのだろうか。ナビスの母、聖女アンケリーナ、だろうか。だからあの龍は、アンケリーナの幻影を見せて、アンケリーナの縁者を誘き寄せて食らおうと、そうしていたのだろうか……。
さて。『びたーん』の所以はさておき……これで、伝心石の加工が捗ることになる。
「よーし。じゃあ、信号を送るための道具は作ってやるから、ミオちゃんとナビス様はメルカッタまで適当に伝心石を設置してくれ。大きさと形を揃えるだけならそんなに時間はかからねえだろうからな」
「はい。分かりました。……ええと、街道の魔除けの紐を渡している柱に仕込んでおくのがよいでしょうか?」
「そうだねえ。……あ、じゃあ、カルボさん達は3つ、石を加工してよ。それで、2つを通信用の道具にしてもらって……もう1つは、ブラウニー達に見本として渡して、石の加工はブラウニー達に手伝ってもらおう」
石の加工は、鍛冶師達よりブラウニー達の方が得意である。ということで、早速、澪とナビスは見本を1つ作ってもらって、それを持ってブラウニー達の森へと出発することにした。
……ブラウニー達へのお土産に、ジャルディン土産のパンやジャムも買ってきたことだし、丁度良いといえば丁度いいのだ。
さて。カルボ達が指向性伝心石をなんとか加工して、それを3つほど作って、それぞれで動作確認を行った後。
「じゃあ、これそっくりにこの石を加工してほしいんだけれど……」
澪とナビスは夕方になって、ブラウニー達の元を訪れることができた。ブラウニー達は澪とナビスの来訪を喜んでくれたので、澪とナビスも嬉しい。また、ブラウニー達はジャルディン土産も喜んでくれたので、選んできた甲斐があったというものである。
……そして、伝心石の説明をして、伝心石の加工をお願いしてみたところ、ブラウニー達はにこにこ笑顔で快諾してくれた。
のだが。
「じゃあまた数日後に取りに……ん?」
帰ろうとした澪とナビスは、ブラウニー達に、くいくい、と服の裾を引っ張られて引き留められる。
「えーと、帰っちゃ、だめなかんじ?」
澪が首を傾げて聞いてみると、ブラウニー達は全力で力強く頷いてくれた。皆が揃って頷くものだから、何とも視界が賑やかになる。
更に、ブラウニー達は両手を合わせて枕にして眠るような、要は『おねんね』のポーズをして見せてくるようになった。
「……あ、お泊まり?お泊まりしてったほうがいい?」
「でも、今日は野営用の道具を持ってきていなくて……」
どうも、ブラウニー達は澪達に泊まっていってほしいらしい。だが、澪とナビスは当然、日帰りの予定であった。今からポルタナに戻れば、就寝時間にはポルタナへ戻っていることができるだろう。
ドラゴンタイヤの馬車のおかげで、野営を挟まずとも気軽にメルカッタとポルタナを行き来することができるようになったのだ。わざわざ、野営の準備などしてくるはずもない。
「え?そっち?うーんと……あー、分かった分かった。付いてく付いてく」
「案内してくれるのですか?あらあら……」
更に、ブラウニー達は澪とナビスをくいくいと引っ張りながら、森の奥へと連れていき……。
「……わーお」
「あら……すごい」
森の奥、大きな木の洞から中に入っていった天然の地下室……そこにあったものを、自慢げに見せてくれた。
……そこには、乾いた苔や花びらや鳥の羽毛、それに清潔な麻布などで作られたベッドが1つ、置いてあった。何故か天蓋付きである。澪は『わー、ブラウニー印のお姫様ベッドだあ……』とどこか遠く思った。
寝床まで用意されてしまった澪とナビスは、仕方なし、今日はブラウニーの森で一泊していくことにした。
こんな冬に野営するなど本来なら正気の沙汰ではないのだが、この地下室は地面の下だからか、暖かい。……よくよく見てみると、地下室はブラウニー達の地下広場でもあるらしいのだが、そこには小さな暖炉が設置されているのである。暖炉には、例の白いちびドラゴンが火を吹いて着火していた。暖かいわけである。
それに、ブラウニーが用意してくれたベッドは、ふかふかと温かく、花の香りがふわりと優しく漂い……ひとまず眠るのに不便は無さそうであった。むしろ、快適ですらある。
さて。そんなベッドへ案内されてしまった澪とナビスは、『とりあえず晩御飯食べたい』と主張して、一応持ってきていた軽食を摂り、ついでにブラウニー達が分けてくれた木の実なども食べ、更に地下に湧いている温泉にまで案内されて温まり……。
「なんか、すっかり1つのベッドで寝るのが当たり前になってるよねえ」
そうして就寝することになった。
「その、冬ですから……」
「まあ、うん。あったかいよねえ、2人で寝てると」
澪とナビスがベッドにもそもそ潜り込むと、ブラウニー達は全身で喜びを表現してくれたり、うっとりと澪とナビスを見つめてきたり、なんとも嬉しそうである。……眠るところを見守られていると大変に落ち着かないのだが。
「……これ、なんだろうねえ」
「ブラウニー達は、私達が寝ているのを見ると嬉しいのでしょうか……?」
「人間に尽くして喜んでもらうのが嬉しい、とか、そういうかんじかなあ……?」
「うーん……神霊樹が育ってから益々その傾向が強い、ということでしょうか」
澪とナビスは『ブラウニー達の趣味がよく分からない』という話をしつつ、話をしている内に眠くなってきてしまったのでそのまま就寝することにした。
ブラウニー達がそわそわわくわくと見守ってきているのはなんとなく分かったのだが、ブラウニー達なら気にするほどのものでもないだろう、ということで……。
そうして翌朝。ブラウニー謹製のベッドで目覚めた澪とナビスは、起きてすぐ、寝ているブラウニー達を目撃した。
「皆、寝てるねえ……」
「成程……私達の傍で眠ることで、零れた神の力を吸収しようとしていたのかもしれませんね」
「あー、成程。ということは、私達……っていうかナビスが定期的にブラウニーの森に泊まるとブラウニー達の調子がいいかんじ、ってことかなあ」
どうやらブラウニー達も、澪達のベッドの傍にブラウニー用の寝床を用意して、そこで寝ていたらしい。小さな小さなベッドで眠る小さな小さな魔物の姿は、何ともいじらしく可愛らしいものだ。
澪もナビスも、ブラウニー達がすうすうと寝息を立てているのを眺めて満面の笑みになりながら、彼らを起こしてしまわないようにそっとベッドを抜け出した。
木の洞を通って地上に出てみると、早起きなタイプのブラウニー達が既にそこに、加工した伝心石を積み上げていた。どうやら彼らは一晩でやってくれたようである。もしかしたら、今寝ているブラウニー達と交代しながら夜通し作業してくれていたのかもしれない。
「うわ、すごい!本当に精度高いなー」
「そっくりそのまま同じ形、同じ大きさですね。なんて素晴らしい技術なんでしょう!」
加工された伝心石は、本当にそっくりそのまま、高い精度で同じ形に仕上げてあった。軽く叩いてみると、全てが一斉にぽやん、と光る。そして、余ったらしい未加工の指向性伝心石を叩いてみても、それらはもう、反応しなかった。同じ形、同じ大きさでない以上、それらでは反応しない、ということらしい。
「ありがとう!これでメルカッタとポルタナの通信がすごく速くなる!」
「皆さんのおかげです!ありがとう!」
ブラウニー達にお礼を言うと、ブラウニー達は照れ入るような仕草をして見せてくれた。それがまた可愛いので、澪もナビスも満面の笑みである。
……だが。
「……あれ?短剣……短剣が!?」
そこで澪は、気づいた。
……ベルトに付けていたはずの短剣が、無い。
「あ、あれでは……?」
だが、心配する間もなく、すぐにそれは見つかった。
「……ちびドラが持っていってたのかあ」
そう。月と太陽の祭典で懐いてしまった例の白いちびドラゴンが、いつの間にかオリハルコンの短剣を咥えてぶんぶんと首を振っていたのである。
「お、おーい。それ危ないから返して」
ほら、と澪が手を差し出しつつ近づくと、ちびドラゴンは少し拗ねながらも短剣を返してくれた。
「えーと……なんだろ。これが気に入ったのかな?」
「かもしれませんね……。ううん、魔物がオリハルコンを好む、というのも不思議ですが、まあ、ここの魔物達は神霊樹に浄化されてしまっていますし……」
ちびドラゴンの意図するところは分からなかったが、どうやらオリハルコンの短剣をいたく気に入っている様子である。勇者ごっこがしたかったのかなあ、などと澪は考えつつ、ひとまず、返してもらった短剣をベルトに付け直す。
「……オリハルコンがある程度採掘できたら、短剣のレプリカみたいなの、プレゼントしてあげた方がいいかなあ」
「う、うーん……ひとまず、刃をつけていない聖銀のナイフあたりで妥協してもらいましょう。流石に、オリハルコンの短剣は、小さなドラゴンの遊び道具には危ないですよ」
ちびドラゴンには『その内、おもちゃのプレゼントに来るからね』ということで分かってもらうことにして、澪とナビスはブラウニー達の森を後にすることにしたのだった。
澪とナビスはそのまま一度ポルタナへ戻り、そこですっかり遅くなってしまった朝食を摂ったり、カルボ達を訪ねて『あ!?もうブラウニーの方は終わっただあ!?』と驚きの反応を貰ったりして、それからまた改めて、ポルタナ街道へ馬車を走らせることになった。
「空を飛べたらめっちゃ楽なんだけどなあ!」
「仕方ありませんね。私達は人なので……」
そして2人力を合わせて、ポルタナ街道の電柱もどきに、加工済み伝心石を1つずつ仕込んでいく作業を行った。
馬車に積んである梯子を掛けては電柱のてっぺん近くまで上り、魔除けの紐でぐるぐると巻いて伝心石を固定していくのだ。これならば目立つことも見つかることも無いので、盗まれることも無いだろう。多分。
「うー、梯子の上で作業するの、結構しんどいよう……ナビスは天使だから飛べる、ってこと、ない!?」
「う、うーん、神の力を使えば飛べないことはないのでしょうが、流石に、ちょっと……」
……地味で地道な作業だが、これが完成すればポルタナ・メルカッタ間の連絡が格段に速くなる。そうすれば、ナビスの礼拝式を突発的に行うようなことがあっても、人を集めやすくなるのだ。
そのためだと思って、澪は一生懸命、梯子を上り下りするのだった。
……そうして。
「や、やりましたね……今のが最後です、よね?」
「うん、多分……うわー、やっとだあ、終わったぁー!」
ようやく、ポルタナ・メルカッタ間に、伝心石を配置し終わったのである。
「これでポルタナとメルカッタの連絡が、一瞬でできるようになるね!……まあ、今も、3時間程度で可能、だったけど……」
「い、いえ!それでも、往復すれば6時間でしたから!この作業には大きな意味がありましたよ、ミオ様!」
ナビスに励まされつつ、澪は『これ、本当に労力の分の成果、得られるかな……?』と思いつつ、ひとまず、作業が終わったことに心から安堵するのだった。
……後に、澪は『この作業やっといてよかった!』と強く強く思うことになるのだが、それはもう少しばかり、先の話だ。




