大きな神霊樹の下で*2
「え?え?商売敵?」
木が商売敵とは一体どういうことか。澪が困惑しながら問い返すと、マルガリートは歯切れ悪く答えてくれた。
「まあ……言ってしまえば、神霊樹は信仰心を糧にして育ち、魔除けの力を放つ木、なんですのよ。だから聖女の居ない土地に生やしておくことが多いですわね」
「あー、成程……」
確かに、言われてみればそうである。
神霊樹だらけなら、聖女の仕事が減る。聖女の需要が減れば、より一層、聖女同士の戦いは熾烈なものとなるだろう。成程、確かに商売敵だ。
「その一方で、信仰心が木に持って行かれちゃうから……それも余計に、ねえ」
更に、需要だけではなく、資源まで持って行かれてしまうらしい。
……確かに、今、ブラウニーの森ではブラウニー達が神霊樹の苗木を手厚く信仰しているような気がする。どうやら、アレによって神霊樹はすくすくと育っているらしい。
また、コニナ村の神霊樹も、村人達の信仰によって育っているのだろう。そう考えると、諸々の納得がいく。
「しかし、聖女の『推し』が掛け持ちできるように、神霊樹と聖女、両方への信仰を掛け持ちしてくれる方も、いらっしゃるのでは?」
「……そう、なのよねえ。あなた達に会ってから、なんだか、信仰心って限り無くあるものじゃないかっていう気がしてきちゃったわぁ」
「逆に、今まではそういう考え方、無かったの?」
「ええ。あまり。だって、当然でしょう?複数の教えに対して信心深くあることなんて、人間には可能だと思えまして?」
どうやら、澪の持ち込んだ『推しアイドル掛け持ち文化』は、この世界では珍しい考え方らしい。つまり、『信仰心』は限られた資源だと思われてきた、という。
だが、実際のところは恐らく……人の心は無限大、なのだ。
聖女を推す心は、掛け持ちしたとしてもそうそう減る訳ではない。勿論、ただ1人の聖女を応援し続ける心は深くて重いのだろうが、それでも、2人の聖女を応援するとなった時、信仰心は0.5と0.5になるのではなく、0.8と0.8くらいになるのではないだろうか。
「まあ……神霊樹に多少、信仰心を持って行かれてしまったとしても、魔物の活性化で一気に人が襲われた時に私達の手が回らなくなることを考えれば、神霊樹を増やすのもアリ、かもしれないわねぇ……」
「そう、ですわね……被害が出るよりは、私達の争いが多少苛烈になった方がマシというものでしてよ」
そして何より、ここに居る聖女達は皆、自分の人気よりも人々の安寧を願う善良な聖女達だ。だから、自分達が多少苦しむことになろうとも、人々が安全に暮らせることを優先できる。
なので、神霊樹を増やすことについて、マルガリートもパディエーラも、納得はしている、ようなのだが……。
「それから、神霊樹を育てるのが難しい、っていうのは?」
「ああ、それなら簡単よ。神霊樹は、育つ場所が限られるから」
……だが、技術的な問題となると、少々、難しそうだ。
「神霊樹が育つのは、良い真水が地下に流れる場所だけなんですのよ。ですから、水が汚れがちな大都市の真ん中だの、塩気が混ざる海辺だの、そもそも水気が少ない荒れ地だの、そういう場所では育ちませんの」
どうやら、神霊樹が育てる環境というものは、少々難しいらしい。
……だが。
「えっ!?じゃあポルタナ鉱山の中に生えてるやつは!?」
「スケルトンの皆さんが可愛がっている、あの苗木は!?育たないのですか!?」
澪とナビスには、例外が思い当たっていた。そう。ポルタナ鉱山の地下3階でスケルトン達がカタカタと育てている、あの神霊樹の苗木である!
ブラウニー達が森で育てている方は、まだ分かる。森の中なのだから、元々、木々が育てるだけの水と土があるということだ。そして、ブラウニー達が可愛がっている以上、神霊樹は信仰心もしっかり得て、すくすく育っている、と。
だが、ポルタナの鉱山の地下に、果たして『良い水』があるのだろうか?……と、澪とナビスは訝しんだのだが。
「発芽したというのなら、そのポルタナ鉱山の地下には良い水が流れているということではなくって?清らかな地下水があるということなら、十分に納得がいきますわ」
「あ、そういうかんじなのかー……」
……どうやら、ポルタナ鉱山の地下には水脈があるらしい。それはそれで鉱山としては怖いような気もするのだが、まあ、神霊樹が育ってスケルトン達がホネホネニコニコしていられるなら、それはそれでいい、のかもしれない。
「そもそも聖銀が採掘できる鉱山なのでしょう?なら、水さえあれば、その清らかさは保証されたようなものよねえ。うふふ」
「聖銀は水の浄化にも使われますものね」
「まじか!そういう使われ方もしてるのか!」
聞いてびっくりな聖銀の効能も知ったところで、まあ、いよいよ『案外ポルタナ鉱山って神霊樹の生育場所としては良かったのでは?』と思えるようになってきた。まあ、そういう場所が海辺のポルタナに存在していたことは中々奇跡的だが、その奇跡の恩恵はありがたく受け取っておこう。
「まあ、そういうわけで神霊樹は植えられる場所に限りがある上、育つのに信仰心が必要なのよ。だからあまり植えられない、っていうことね」
「じゃあ、神霊樹並木みたいなのは作れないかー」
「あ、あなた、随分と恐ろしいことを考えますのね……?」
「あれはそんなにポンポン植えるものじゃないわよぉ。水があっても信仰心が足りなくなっちゃうもの」
さて。ひとまずこれで、神霊樹並木などは不可能だということが分かった。澪としても、流石に『並木の箱推し』が難しいことは分かる。何せ対象は、木だ。人よりも差別化を図りにくい、木だ。となると、大型グループアイドルのように箱ごと推してもらうようなやり方は中々難しいだろう。
ただ、逆に村に1本だけ生えているような、そんな神霊樹があったなら……『御神木』として、村の信仰を集めることはできそうだ。1本しかない、というのは、それだけで信仰を集めやすい。それもまた、理解できる。
ということで、神霊樹並木は流石に諦めるとして……。
「……ま、神霊樹が聖女の分の信仰心を持って行っちゃう、っていうことについては、多少、解決策があるよ」
「えっ?何か案がありますの?」
神霊樹が、聖女の取り分まで信仰心を持って行ってしまう、という点についても、ある程度までは解決できるだろう。何故ならば……。
「聖女が自ら、神霊樹を植えるの!」
……聖女と神霊樹を、セットにしておく。そうすれば、神霊樹を信仰しながら聖女を信仰したり、聖女を信仰する思いから神霊樹を大切に思ったりしてもらえることだろう。
そうして澪とナビスは、動き始めた。向かう先は、コニナ村である。
「すみませーん、村長さん、ご在宅ですかー?」
「おお、ミオ様!ナビス様も!ようこそいらっしゃいました!」
ひょい、と村長の家を覗けば、ひょこ、と、家の裏手にいたらしい村長が出てきてくれた。そして澪とナビスの姿を見るや否や、相好を崩して嬉しそうに握手してくれるものだから、まあ、歓迎されてるなあ、と澪とナビスはそれぞれに思った。
「あの、今回は1つ、お願いがございまして……神霊樹の実を、また分けて頂きたいのです」
さて。村長には悪いが、早速本題に入る。
「神霊樹を地方に増やしておきたいの。最近、魔物が活発になってるから……その対策として、良いんじゃないかと思って」
ナビスとミオがそれぞれにお願いすれば、コニナの村長は首を傾げつつも、『ではこちらへ』と、例の地下道へ案内してくれた。
そのまま地下道へと進み、こつ、こつ、と靴音を響かせながら、以前来た道を歩く。そうして辿り着いたコニナの神霊樹は今日も元気に光り輝いており、実に神々しく見える。
「神霊樹を増やす、ということでしたら、神霊樹が育つ条件もご存じですね?」
「ええ。良い水と信仰心があってはじめて育つと聞いております」
「成程。それをご存じの上でしたら、神霊樹の実を無駄にされることもないでしょうから……どうぞ」
村長は、神霊樹の枝から金のどんぐりを3つとって、澪に渡してくれた。
「神霊樹の実は魔除けの材料としても使われますから、これ以上お譲りするのは難しいのですが……」
「これで5つも頂いているんですもの。十分です。本当にありがとうございます」
神霊樹の実は、聖女の居ない村では貴重な、持ち運びできる魔除けの手段だ。貴重なものであるのだから、最初に貰った2つに加えて今回の3つ、合計5つも貰った以上、コニナの村長には頭が上がらない。
「これで世界がより良くなるのでしたら、私共としましても願っていることですから。それに、ポルタナの聖女様方には、度重なる恩がございますのでな」
村長がにこにこと言ってくれるので、澪とナビスはじんわり嬉しくなる。
情けは人の為ならず、とは言うが、こうして自分達の善意が戻ってくると、どうにも嬉しい。この世界に善意が循環していることを実感できるのは、とても嬉しいことだ。
「うん!絶対に、絶対にこの世界、より良くしてみせるから!任せて!」
「魔物の活性化など恐れずとも済むよう、全力を尽くしてまいりますので!」
澪とナビスは笑顔で、コニナの村長に宣言し、同時に、自分達の中にその気持ちを新たにする。
人々の善意の循環を止めてはならない。澪もナビスも、コニナの村長から受け取った善意を、世界中へまた循環させていく所存である。
さて。そうして神霊樹の種である金のどんぐりを手に入れた澪とナビスだったが……。
「一応、神霊樹、確認していきたいよね」
「そうですね。どこに植えるかを考える前に、まず、今育っている神霊樹を確認してからにしましょう。成長速度などが分かれば、判断の材料にもなりますから」
澪とナビスは、神霊樹が生えている場所を3か所知っている。
1つは、コニナ村。先ほど訪問していた場所。
そしてあと2つは……澪とナビスが神霊樹の実を持って行った先。つまり、ブラウニーの森と、ポルタナ鉱山内部、である。
「じゃあ、とりあえずブラウニーの方からいこっか。どうせポルタナには戻ってくることになるし、そろそろブラウニーからペンライトの在庫、補充してもらいたいし」
ということで、澪とナビスはブラウニーの森へ向かった。ポルタナ街道の点検も兼ねて、夕暮れ時にポルタナを出発した。帰りは夜になるだろうが、夜間にも魔物が街道を襲わないことを確認しておきたいので丁度いい。
ブラウニーの森に到着すると、ブラウニー達からやんやの喝采を浴びた。
……相変わらず、ここのブラウニー達は澪とナビスのファンであるらしい。少々気恥ずかしいが、かわいい小さな生き物が嬉しそうにペンライトを振っているのを見ると、元気も出てくる。
「えーと、皆、元気そうだね。あれから大丈夫?」
澪が声を掛けると、ブラウニー達はぴょこぴょこと跳ねながら澪達を先導していき、神霊樹を見せてくれた。
……神霊樹の根元には、この間から住み着いている白い子ドラゴンが昼寝していた。そして、神霊樹は既に、澪の身長を超えていた。
「はっや」
「何という急激な成長……!」
ブラウニー達はにこにこしているが、流石にこの成長速度は異常である。植物として、何かがおかしい気がする。澪は唖然とするしかない。ついでに、目を覚ましたらしい子ドラゴンを撫でてみるが、こちらには特に意味は無い。
「これほどまでに、あなた達の信仰心は強いのですね!なんて素晴らしいことなんでしょう!」
だが、ナビスはそう納得したらしく近くに居たブラウニーを抱き上げて、きゅ、といとおしげに頬ずりした。憧れの聖女に頬ずりされたブラウニーは、ぽんっ、と湯気が出そうな顔になってわたわたし始める。かわいい。
「ま、まあ、信仰心さえあれば育つ、ってかんじなのかなあ」
「はい。そういうことかと。……この神霊樹というものは、神の力の産物だそうですから。純粋な植物とは少し違うのです」
どうやらこの木、ただの木ではないらしい。魔法の産物、というようなことなら、この急激な成長ぶりにも納得がいく。というより、納得せざるを得ない。
「こっちの神霊樹は元気そうだし、鉱山の方も上手くいってるかな」
「ホネホネ鉱夫の皆さんも信仰に厚い方々ですから、きっと!」
この分なら、この急激な成長具合も見越して神霊樹の植樹を考えるべきだろう。一応ポルタナも見て、それからいよいよ、神霊樹の植樹場所を探すことになるが……。
……だが、今はまず、ブラウニー達の抱っこを優先することにした。ブラウニー達は『1人だけ抱っこしてもらうなんて、ずるいぞ!』とばかり、ナビスの周りにわらわらと集まってきてしまったので。
そして、その様子が何とも可愛らしいので……。
さて。そうして夜まで掛かってブラウニー達を満足させた後、澪とナビスはポルタナに戻ってぐっすり眠り……そして翌朝、ポルタナ鉱山を訪ねた。
魔除けのラッパの音を響かせると、それを合図に鉄打ちの音が響きはじめ、『朝かー』とのっそり起き出してくる者も現れる。
澪とナビスは彼らに挨拶しながら、鉱山の中を進んでいって、そして、地下3階に下り、スケルトン達に挨拶しながら、神霊樹が植えられていた場所へと向かい……。
「あれっ、こっちは元気がないね」
そこで、予想外に、元気のない神霊樹の姿を見ることになったのであった。
神霊樹は、元気がない。高さは澪の胸のあたり、だろうか。それでいて、葉っぱは少々しなびたようになっていて、あからさまに元気がないのである。
「えーと、この木、ずっと元気がない?」
澪とナビスが聞いてみると、スケルトン達はカタカタ……と、申し訳無さそうにしょんぼりとやってきた。
「あー、ミオちゃん。どうもその木、つい1週間前くらいから元気がねえみたいでさ」
そこへ人間の鉱夫達もやってきて、『カタカタ』では分からない情報を補完してくれる。
「そっかー……うーん、何かあったのかな」
澪は首を傾げつつ、ふと、思い出す。
……神霊樹が育つには、信仰心と、綺麗な水が必要だ、と。
このスケルトン達に信仰心が足りないとは思えない。となると……。
「……ポルタナの鉱山の地下に地下水がある、んだよね」
「そう、ですね……。となると、この階の、さらに下……」
澪とナビスは、揃って床を見る。
床、とは言っても、坑道の床は岩石だ。そしてそのさらに下にあるのは……。
「……行ってみる?地下4階」
……更なる階層、である。