大きな神霊樹の下で*1
「というわけだったんだよ」
「成程ねぇ……随分と思い切ったことをしたのねえ、あなた達」
翌日。澪とナビスは、レギナのいつもの店で、マルガリートとパディエーラ相手に一連の報告を行っていた。
聖女モルテは、今後、世界を終わらせるためではなく、人々を救うために行動してくれそうだ、と。とりあえず、そんなところを話してみたところ、聖女達は『ほわあ』と、感嘆と呆れの入り混じったようなため息を吐いてくれた。
「まさか、『死』と語らうなんて。……私も体験してみたかったですわ」
「マルちゃん、そういうの好きなの?」
「妙な勘違いは止して頂戴ね。ただ、聖女としては『死』との対話は良い勉強になっただろうと思っただけですのよ」
マルガリートはそう言って、少々惜しそうな顔をしている。実に勉強熱心で真面目なマルちゃんらしい。
「けれど、気になることも言ってた、っていうことよね?」
「はい。トゥリシアさんを殺めたのは聖女モルテではないようです」
そして、気になる情報も、共有しておく。
「それは……大変な情報ですわね」
「そうよねえ。私達、トゥリシアの面会の記録を見て、聖女モルテが怪しい、って思ったわけだから」
聖女モルテは、トゥリシアに会った。だが、それ以上のことはしなかったという。『世界の終焉を共に祈る』ということについて教えを伝えただけだというのだ。
「となると、魔物を呼び寄せていたのも……?」
「……聖女モルテが、トゥリシアさんに監獄での1回きりしか会ってなかったっていうなら、トゥリシアさんは、聖女モルテは関係なく魔物を操ることができてたって考えた方がいいのかー」
そう。元聖女トゥリシアの件について、謎が深まってしまったのである。
「魔物を操る術、については以前、話したことがありましたわね……」
「うん。信仰を捨てると魔物になっちゃうんじゃないか、みたいな話もしたよね。エブル君が」
「た、確かにしたが」
おろおろ、と腰を浮かせかけた勇者エブルを、マルガリートがそっとつついて席に戻す。
「何かしらか、邪教……聖女モルテの教義と関係があるのでは、と思っていましたし、実際、無関係ではないのでしょうけれど」
「そうですね。聖女モルテは、世界の終焉を望んでいました。魔物を増やし、人々を襲わせ、世界がより早く終わるように働きかけていたとしてもおかしくはないかと。ただ……」
どうも、聖女モルテと会って話してみてからの印象が、その前に考えていた仮説をひっくり返してしまう。
「聖女モルテ自身は、どうも、魔物を増やすとか、魔物に人間を襲わせるとかに信仰心を使ってなかったような気がするんだよなー……」
「彼女の目的は、ただ布教し、布教することによって人々の意識を変え……そうして世界を終焉へ導くことでしたから」
全ての人に、死の安らぎを与えようとした。聖女モルテの目的は、『生の苦しみを与えること』ではなかった。多少、ガチ恋営業なり握手券なりで人々をより深く沼らせようとしているきらいはあったが、信仰心を用いて洗脳するようなことはしていなかったように思う。
「……というか、そもそも彼女は聖女だったのかしら?」
「へ?」
「いえ、よくよく考えてみたら、きちんと修行を積んで、信仰心を神の力に変えて行使できる技術を身に付けないと、信仰を集めても無駄なのよねえ」
更に、パディエーラからそんな話が出てきてしまって、澪とナビスは顔を見合わせる。
「……そういえば、そうですね」
「うん……そう、なの?」
「はい。聖女は、聖女としての修練を積まねばなれませんから」
どうやら、『聖女』というものは、訓練を要する技術職であるらしい。よくよく聞いてみると、本人の生まれながらの素質などにも影響されるらしいので、聖女になろうと思ってもなれる者はほんの一握りなのだとか。……そもそもの聖女修業が中々の辛さらしいので、まず聖女になりたがらない人も相当多いらしいが。
「そっかー……なら、本当に聖女モルテは信仰心を使ってなんだかんだしてなかったかも、ってこと、だよねえ……」
彼女は、『死』だった。姿を消したり、お付きの少女を出したり、ついでに城まで出したりしていたが、あれは『死』としての能力であって、『聖女』としての能力ではなかったのかもしれない。
「ならば、トゥリシアが魔物を操ったことについては、簡単ですわね。聖女モルテとの違いも、はっきり分かったことですし」
そこで、ぱん、と手を打って、マルガリートが自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
「彼女、人々から集めた信仰心を使って魔物を生み出し、人々を襲わせたのではなくって?そして、自らが掲げていた教義と矛盾したトゥリシアは、そこで発狂し、自ら死に至った……どうかしら?」
……そう。
結局のところ、まあ、そのように考えるのが、今のところ、妥当なのである。
ひとまずそんなところでトゥリシアについての議論は終わらせておくことにする。
「なんとなくすっきりしないんだけどなー……」
「そうですね……しかし、聖女モルテも、恐らく、トゥリシアさんについて詳しい事情は知らなかったのでしょうし」
知っていたら、もう少し詳しく教えてくれた気がする。少なくとも、犯人は誰か、くらいは。
まあ、これ以上トゥリシアについて考えても仕方がない。ひとまず、澪達の方針は変わらないのだ。
人々に希望を布教し、立ち直るための手助けをして、そして、魔物にも布教して世界の滅びはできるだけ遠ざける。それしかないのだ。
「まあ、そういうことなら今後も布教していけばいい、っていうことかしらねえ。他は?他に何か、聖女モルテは言っていた?」
伸びをしながらパディエーラがそう問うてくるのに、澪とナビスは顔を見合わせ、頷き合って、こちらも言ってしまうことにする。
「あー、うん。それから、ナビスは王様に近づかない方がいいってさ」
「運命の歯車を動かしたくなければ、とも言っていました。逆に、運命を乗り越えていくなら止めはしない、とも」
この内容を伝えると、パディエーラもマルガリートも、ぽかん、としてしまった。
「ええと……それは、どうして、なのかしら?」
「さあ……私達もサッパリだけど」
ねー、と、澪とナビスは互いに頷き合う。ナビスが王に近づくと運命が動く、という理由はサッパリ分からない。ナビス本人に分からないので、澪にも分かるはずがない。澪からしてみれば、『ナビスのあまりの可愛さに王様が暴走しちゃう、とかかなー』という程度の推測しかできないので考えるだけ無駄である。
「ナビス。一応、確認させてくださいな?あなた、王族の傍系だったりしますの?」
「へ!?い、いえ……そういうことは、ない、と、思いますけれど……」
一方、マルガリートはそんな確認をしてきた。それにナビスは少々戸惑うように、目を伏せて……。
「その、正確には、分からないんです。お母様は1人で私を産み落とされたようなので、父が誰かは……」
……少々、重い話を始めたのであった。
そうしてナビスが気まずげに視線を彷徨わせ、澪が固まっていると。
「そ、そう。まあ、聖女の子なら珍しいことでもありませんわね……」
取り繕うように、マルガリートがそう言って、むにゅ、とした顔をする。
「そ、そうなの?聖女の子だと、父親が分からないことが多い……の?」
「ええ。知らない?……ああ、そうだったわね。澪は外国から来たのだったかしら。けれど想像がつかないかしら?もし、皆が愛する聖女様が、急に夫を連れてきたら……」
澪は、考える。考えて……。
「……滅茶苦茶、妬まれそう」
「そういうことよ。実際、それが原因で聖女が結婚した相手が刺殺されるような事件も、過去には発生しているわ」
パディエーラの話を聞いて、澪は、ひええ、と慄く。アイドルに恋人ができて刺される話は時々聞くが、この世界でもそういうところはお馴染みらしい。嫌である。実に嫌である。
「そういうわけで、聖女は通常、引退後に結婚するものですのよ。けれど……地方の小さな村の聖女などは、世襲だったりするでしょう?そうなると、当然、聖女は聖女を続けながら結婚と出産を行うことになりますわ」
「けれど、夫が誰かを公表するとその人に矛先が行きかねないから……ってこと?」
「まあ、そうねえ。……地方だと、そうそう刺されるようなことは無いと思うけれど、まあ、そうする聖女はそれなりに居るわぁ」
なんとも不思議な異世界事情を聞いてしまったが、理由を聞けば納得できるような、できないような。
まあ、ひとまず、ナビスの父親が不明である、ということは分かったが……ナビスの母親も、ナビスがもう少し大きくなってから父親について話す予定だったのかもしれないが、既に他界しているとなっては、そのあたりの真実はもう知りようがないだろう。
「これでナビスが本当に王様の子だったりしたら大変だよねえ……」
「う、うーん……お母様はほとんどポルタナを出ませんでしたし、王が地方都市を見て回った記録もありませんから……あまり、考えられないとは思うのですが」
澪もナビスも首を傾げつつ、この話も一旦やめておくことにした。
……考えても仕方がないことは、考えないに限る。
さて。
そうして澪は1つ、提案をしてみることにする。
「ちょっと話変わるんだけど、この世界の為にできること、1つ、提案してみてもいいかな。聖女モルテは止めたけれど、まだ、今後も魔物が活性化しそうな気がするし……神霊樹、増やさない?」
神霊樹は、魔除けの力を持っているらしい。ということは、神霊樹の並木などを作ればその街道は安泰待ったなしである。
また、神霊樹の実……金のどんぐりや神霊樹そのものには、魔物を落ち着かせ、信仰を芽生えさせる効果がありそうだ。となれば、今後、魔物が活性化しないように、魔物達を今の内から神霊樹の力で信者にしていけばよい。
と、澪は考えたのだが……。
「本気ですの?あの樹は聖女の商売敵ですのよ……?」
「そうそう。商売がた『木』、よねえ……まあ、いいと思うけれど……でも、あれを増やすのは難しいんじゃないかしら?」
……マルガリートとパディエーラの反応は、芳しくないのであった!