幸田露伴「天うつ浪」(後篇)現代語勝手訳(140)
其 百四十 白鷺楼の五
私は自分ではそんな女ではないと思っていても、人からはやっぱりそのような女にも見えるのだろう。なるほど、それも仕方のないことだから、世間の人の誰も彼もが私の心を知ってくれないのを口惜しいとも情けないとも思わない。また、叔母はあの通りの木で造ったような人なので、初めから私の心が分からないのも無理とは思わず、分かってくれないといって情けないとも思わないけれど、姉さんだけは私がどんな女かを知り抜いていて下さるとばかり思っていたのに、やっぱり姉さんも私を知って下さっていないのかと思うと、もうこの広い世の中で、真実の私の気持ちを知ってくれる人は一人も居ないのかと、つくづく情けなくなる。もっとも、憎いあの男に欺されたそもそもの始めから終局までの間は、ずっと姉さんから遠ざかっていて、何もかも姉さんに隠していたのは悪かったけれど、後で羞かしい経緯を何もかも話してしまってあるから、これまで以上に私の気心もお分かりのはず。なのに、水野さんのことについてはどうのこうのと二度も三度もお言いなすったばかりか、働きのある男を見せてやろうかとか何とか、戯談には違いないけれども、可厭なことを仰ったのは、やっぱり私の真実の真実の気持ちがお解りになっていないのだと思う。年齢のゆかない故でつい欺されたにしろ何にしろ、女が廃ってしまったこんな身の上でもって、たとえ私があの人に迷ったからにしても、どうしてまぁ正直で清潔で純粋な、誠実な心の水野さんのようなあんな人を、おまけに横合いからどうすることが出来よう。私がそんな汚い気持ちで、恥ずかしげもないことを平気でしようとするような女に見えるのだろうか。そう思うと、あんまり情けなくて、嫌になってしまう。しかし姉さんでさえ私の気持ちがほんとに分からないのなら、そういう不正直なのが世間一般の女の常なので、私のようなのは、よくよくの馬鹿なのだろう。つい気の毒だと思う気持ちが募って、いろいろと水野さんのために頼みごとなんぞをしたので、姉さんにまで可厭なことを言われる。あぁ、これも私が愚鈍過ぎるからで、もう、もう真実に可厭になってしまう。姉さんに頼んだことさえ首尾よく出来たなら、もう水野さんの水の字も言い出さないで、当分は尋ねもすまい、会いもしますまい。どういう訳か、些少の日数の中に、姉さんが水野さんのことをお言いなさる調子が急に異って来たように思われる。しかし、これは私の僻みか知れないけれど、どうも何か訳があって、私が水野さんに近寄るのをお嫌いなさり出したようにも思われる! この上もないほど有り難い姉さんの思惑がそうなら、それに反いてまで、無理にあの人をどうのこうのと思っている訳でもないし、私があの人から遠ざかるのに別に苦はない。私はどこまでも姉さんの指揮を受けて、何を修行するにしろ、何でも宜いから一人立ちができる身になって、ちゃんと一人で過ごせるようになってから、その後で自分の勝手で水野さんの世話でも誰の世話でも、自分が親切にしてやりたいと思う人には親切にしてやりましょう。あの優しい智慧の深い、気の大きい姉さんでさえ私の真実の気持ちを解って下さらないかも知れないのだもの、この一身の外には真実に味方は無い! そう思っては済まないことながら、この絵の中の鷺が物を言ったなら、きっと姉さんの往時も分かると思うけれども、姉さんもやっぱり辛いか悲しいかという瀬を越して、そして今のように一人立ち同様の身におなりになったに違いない。そしてこの鷺はその因縁の紀念でもあろう。鷺も物を言わず、姉さんもお話しじゃぁないけれど、自分と比べて姉さんの往時を思うと、あぁ、何となく朦朧と解るような気がする!
お龍は眼を開いて、再びその絵を見れば、鷺はただ取り澄ましたように水に立ち尽くして、
『お前は我が心を知っているというのか、我は謎であるぞ』
とでも言わんばかりに黙然と、また寂々と画に収まっていた。
つづく




