幸田露伴「天うつ浪」(後篇)現代語勝手訳(136)
この136節から153節まで、副題が付いている。特に付けなければいけないようなことでもないと思うのだが。それとも、何か意味でもあるのだろうか。私には露伴の気まぐれのような気がする。
其 百三十六 白鷺楼の一
「いいですよ、お富さん、自分で敷きますから」
読みかけの何かの書物を燈の下に置いて、身を反ってお龍はお富を見返りながら愛想好く制止めるけれど、
「でも、お命令なんですもの、私がしないと……。マァそのまんまでご本を見ていらっしゃいまし」
と、此室と隣り合った次室の長四畳に付いている押し入れから、納戸色をした絹の中型染(*1)の夜眼に美しい小掻巻(*2)などを軽く取り出して、お富は今、早速と手早くお龍のために床を設けた。
「あら、ほんとに不要って言うのに、お富さん! お客様じゃぁありゃぁしまいに、こんな私なんかが床の上げ下ろしまでお前さんたちにしてもらっちゃぁ、それこそ罰が当たって冥利が尽きっちまうわ」
立ち上がって自分でしようとすれば、お富は笑みを含んで、
「お客様じゃぁなくっても、でも、私の妹だと思って、何でもおしと、厳くお命令になっているんですもの」
と言って、
「そりゃぁそうでも私ぁまた、お前さん達と異う身分だとは思っていやしないんだから」と言いながら自ら上掛けの夜被を運んで来るお龍と一緒に、終に二人して敷き終えた。
「風も吹いていないようですが、お寒い晩ですことネ。これで宣うございますか。お薄くはありませんかしら?」
「いいえ大丈夫ですよ。主人は? もうお就眠?」
「ハァ、あなたにもお就眠ってお言いって、今しがたもう」
「そう、お春さんは?」
「まだ裁縫をしています」
「なかなかの人ネェ!」
「そうでございますとも、負けん気のある人ですよ。何でも私にゃぁ負けたくないようでしてネ」
「ホホホ、でも、あけすけで可愛らしい児ネェ」
「そうですよ、些とも毒はない人で。ですから今日のお客様の最初の様子にゃぁどんなに怒りましたことか! オホホ、そりゃぁ可笑しいほどでしたよ」
「そう! そんなに最初は彼方で怒り立ってつんつんしてやって来たの?」
「そうですとも。そりゃぁ甚い権幕でしたの!」
「それをどうして姉さんが直にあんなにヘイヘイするようにしておしまいだったの?」
「そりゃぁ、何ですもの!」
「どうしたの? お前さん悉皆知ってて?」
「すっかり知ってます。こうなんですよ」
お富はこと細かく顛末を語り、お龍はそれを黙々として凡てを聞き終えた。
*1 中型染……中型紙によって染めた柄の名称。
*2 小掻巻……小形で薄く綿を入れた掻巻。
つづく




