幸田露伴「天うつ浪」(後篇)現代語勝手訳(133)
其 百三十三
気位が高いと言えば気位が高いと言える。憎らしいと言えば憎らしいとも言える。お彤は眉をも動かさず、澄まし返ってこの様に言い、まるで自分の言葉に無理はなく、そう思わないかと言わんばかりにお龍を徐に見詰めるが、お龍は少し頭を垂れて独り物を思いながら、自分は自分なりに何事かを考えていた。
「お龍ちゃん、お前、何をそんなに考え込んでいるの?」
不愉快とまでは言わないまでも、言葉の優しさとは似ず、いささか面白くなさそうな顔つきでお彤は尋ねた。
「何って、何にも考えてやしませんけど、ただあんまりどうも……」
「あんまりどうも……って、世話になり過ぎるとでも思っておいでなの?」
「えぇ。だってどうも、何もかもあんまりご厄介ばかし掛けるんですもの!」
「じゃぁ、それが可厭だとでもお思いなの?」
「あら、とんでもない、そうじゃぁありませんけども、あんまり度々ですから、何だか姉さんに済まないような気がして仕方がないもんですから、それで茫然と考えていたんですよ」
「宜いじゃぁないかぇ、そんなことを考えなくったって。私が好きでする事たから、打擲って任してお置き! 何もお前に頼まれたからするって言うんじゃぁなし、私の道楽で勝手なことをしているんだと思っておいでな」
「でも、何だかあんまりなんですもの。あんな人にまで私の故でもって……」
「宜いよ、そんな詰まらないことを。気におしでないというのに。ホホホ、お前は近頃、気が小さくおなりだネェ。構わないじゃぁないか。そんなことばかり言っておいでのようじゃぁ、お前にゃぁまだ私の気性も気持ちも能く解らないのだネェ、いやな人だネ!」
「いいえ、姉さんの気持ちだって気性だって、それぁ知っていますわ。いくら私が怜悧じゃなくっても、それぁちゃんと知っていますよ」
「そう、それじゃぁ宜いじゃぁないか、そんなことを気にしなくっても。私ぁお龍ちゃんが前から知っている通りにネ、何にもこれという慾も願いもありゃぁしないけれども、ただ毎日々々を気持ち良く、不快なことや馬鹿なことや汚穢いことに携わらないで、それで日を過ごせれば好いと思ってるのだから」
「そりゃぁ、それはもう姉さんだけじゃぁありませんわ。私だって、誰だって」
「それご覧な。そんならあんな人に関わりあって争りあってなんぞいるより、些細ばかしの金銭で綺麗に埒を明けた方が、いくらすっきりするか知れやしないやネ。下らない人を相手にするくらい下らないことはありゃぁしないもの!」
「そりゃぁ、もうそうには定まってますけれども、その些細ばかしの物だって、ただで湧いて来やぁしませんから」
「ホホホ。そんな下らないみっともないことを二度と言っておくれじゃぁないよ。せっかくのお龍ちゃんの器量が下がってしまうよ。今が今、気持ちさえ好けりゃぁそれで可いんだもの、何も悋いものはなかろうじゃぁないか。私ぁ自分の身体だって悋んでいやしない身じゃぁないか。何でも可いから、私ぁ自分の周囲にお前のような自分の好きな人たちを置いて、自分の好きなところに居て、自分の好きなことをして遊んでいりゃあそれで可いのだよ」
つづく




