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幸田露伴「天うつ浪」(後篇)現代語勝手訳(117)

 其 百十七


「だがお龍、お聞きなさい。私ぁ敵手(あいて)(つの)で向かって来りゃぁこっちも(つの)で向かって行くけれど、お前のように本気で世話をしてくれるこの叔母にも自分の勝手でお尻を向けたり、折角優しくしてくださるこちら様をも時の都合で袖にするような、そんな自分勝手ばかりは夢にもしません。お前は何ぞにつけ、叔母さんは無理圧制(おしつけ)だ、頑固だ、自分流儀で何でも押していこうとするとお言いだが、そりゃぁ頑固でもあろう、自分流儀でもあろう、しかし恩は恩、(あだ)は仇でちゃんと記憶(おぼ)えています。お前のように恩も仇も見境のないことは私はしません。だから今、そのお(せき)っていう奴のところへ押し込んで行って、田舎婆は田舎婆だけの意地もありゃぁ根性(こんじょう)(ぽね)も突っ張っているところを見せつけてやって、間違ったことは言わない私だもの何負けるものか、思うさま()じ合って捩じ抜いて、溜飲を下ろして帰ろうと思ったが、()ずその前にこちら様に伺って、何かとお世話になったお礼も言ったり、またお前が我が儘にこちら様を出てご親切を無にしたお謝罪(わび)もしたり、一応はこちら様のご意向も伺ってから、それから()り合うなら()り合わなくっては義理が悪いと、それで突然になってしまったけれどこちら様に伺って、お噂にしか伺っていなかった方に初めてお目にかかったのだよ。ところが、これ、お龍、お聞きなさいよ。道理に違ったことを言わないものはどこにでも味方があります。いろいろとお前のことをお話申したところ、悉皆(すっかり)私の言うことを道理(もっとも)だと仰って下すって、お前は何ぞの時にはこちら様を(たて)に取って、私の言うことを()くまいなんぞと思ってるか知らないが、もうそうは行きません、お生憎様! どうしてどうして、判然(はっきり)と物の道理をお見分けなさるこちら様だもの、可憐(かわい)いからってお前の味方にはなってくださらない。すっかりともう、私の味方になり切って下すったのだよ。あんなところに居るの何ぞはまったくお前が悪い、と散々に仰って、あすこを出させるようにとのお考えなのだ。しかし、何もわざわざムキになって悪い奴を相手に()り合っても仕方がなかろう。お前があのお師匠(しょ)さんていう人の(おなか)さえ()めたら、彼家(あすこ)に居ようという気もあるまいから、力を入れてお前を()ぎ取りに行かなくっても済む訳だ、と仰って下すったから、なるほどと私も思いついて、何も老年(としより)が皺っ(つら)に筋を立てて喧嘩せずとも済むことならば、と猫婆の(つら)の皮を(むし)りに行くことだけは思い止まったが」

 と、ここまで話した時、お彤は(あと)を取って、

「で、ネェ、お龍ちゃん、叔母さんも実のところは、お前を直ぐに前みたいにまた連れて帰っても、どうも田舎の人は嫌いだなんて言って、取ってやろうという婿を嫌うようでは始末が着かないからって、考えあぐんでいらっしゃったので、そこで私が叔母さんに(むか)って、どうにでもあんな可厭(いや)な人の傍からお龍さんを離しておしまいなさるのはそりゃぁ()うございましょうが、それもお龍さんがあのお師匠(しょ)さんの(おなか)の悪いのを自分から気がついてでなくちゃぁ()けません。それから田舎へ連れてお帰りなさるのもやっぱりお龍さんがその気にならなけりゃぁ片が付きますまい。私のところへ来て気楽に遊んでいるのが一番お龍さんの利益(ため)だとも思うし、また私がこんな境遇(ざま)でいながら立派な口を利くつもりなど少しもないけれど、その(うち)には後々(のちのち)のお龍さんの身の(おさ)まりも私の思いや力で出来るだけはしてあげたいと思いますが、これもお龍さんが私のところへ来て居るのを嫌っちゃぁ仕方はないし、もしまた余所(よそ)の堅いところへ奉公住みでもしようというような気でもあるなら、それもお龍さんの考え次第だし、また、少し遅いけれども今時分のことだから、学校通いでもして、何でも女一人で人の世話にならずにやっていこうというのなら、それもそれで私の手で三年や五年は女学生さんで過させてあげたいと思いますから、何事も無理(むり)圧制(おし)()けません。よぉく本人の所存(おなか)もゆっくりと聞いてみて、その上でどうともする方が()うございます。お師匠(しょ)さんという人が、お金を寄越せと言うなら()っても()うございますが、あんまり遣り方が憎いから、お金は惜しくはないけれども()られるのは癪に障ります。お龍さんの気持ち次第でどうともしてやりましょうって、こう言って私ぁお返事をしたのだよ」

 と、張りも(ゆる)みもない(いつも)の調子で話した。


つづく

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