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幸田露伴「天うつ浪」(後篇)現代語勝手訳(116)

 其 百十六


 そういう気性の人と思えば腹も立たないけれど、理由(わけ)も知らずただ一概に猫よ畜生よ、猫にも劣るとはいくら叔母でもあまりと言えばあまりな言葉。静岡から唯一頼みにしてきたほどの此家(ここ)無言(だま)って出たのは、よくよく口惜(くや)しい悲しいことがあったからで、生きてまた顔を見たり見られたりする気が少しでもあるのなら、お彤さんの親切を余所(よそ)にして、どうしてあんなことが出来ようか。本当に憎い憎い(げん)を殺して自分も死んでしまう気で、済まないことは悉皆(みんな)冷たくなってから謝罪(わび)るつもりで、遺書(かきおき)さえ身に()けて持って此家(ここ)()け、出会ったが最後一発(ひとうち)と思っていた。しかし、それは思っただけで、結局、果たせずに済んだのだが、ただ勝手いたずらな心からあんなところへ行ってしまったので、身を自堕落に稽古所に置くと思われても仕方はない。けれども、自分の姪をそんなに悪いものにして罵詈(くさ)して何が面白いのか。弁解(いいわけ)すればまた男を殺そうとした叔母の知らない一条(ひとすじ)(はなし)をまたここで新しくしなければならないので、知らないのを幸いに黙って悪く言われて済ますことにするのだが、それにしても余りと言えば同情(おもいやり)のない自分勝手な人、と(ひそ)かに口惜(くや)しく思うのか、眼さえ潤ませて、お龍は小さくなったまま咳一つ立てず、ただ頸垂(うなだ)れて凝然(じっと)した様子は、打ち首となる場に座らされた罪人が罪状を読み上げられるのを、どうすることも出来ず聞いているようにも見えた。

「まぁ、そんなに(ひど)いことを仰らないでも、お龍ちゃんが私のところを出てあすこへ行ったようになった経過(いきさつ)には、いろいろ理由(わけ)もあることで、我が儘ばかりじゃぁありません。それは済んだことだからどうでも好いとして、今度叔母さんがこっちへ出ておいでなのは、お龍ちゃん、お前が今居る(うち)のあのお師匠(しょ)さんさんネ、あの人がお前を呉れろと叔母さんのところへ、何だか変に(から)んで言い込んで行ったという、そんなことがあったからなのだよ」

「ほんとにお前はどこまで人に世話を焼かせるのだか分かりゃしない人だよ。お前がこちら様のご厄介になって静穏(おとな)しくしていればいざこざのないものを、(しょう)の知れない人の世話なんぞになるから、下らない苦労を無益(むだ)にさせられる! こちら様のお音信(たより)でお前の様子も大抵は知っていたが、この頃になってお前の師匠という人から、何でもお前を貰いたいからと再々(やいのやいの)の言い込みだ。これ、よくお聞きなさい。普通ならお前のようなものは()ってしまう方が苦労払いだから、鰹節でも付けて遣って()いのだが、()()す食い物になってしまう前途(さき)が見えているから、そうはなりませんと返事をしたら、まぁ何と言うことだろう、直ぐに狼の本性を出して、長い間お世話をしてきた費用(ものいり)がこれこれだ、お龍さんを下さらなけりゃぁ、どうかお立て替えをなすってと、吃驚(びっくり)するような法外のお金を私から取ろうというのだ。人を田舎婆にして小馬鹿にしたって、野へ出ても座敷に上がっても人にゃぁ負けない婆だ、先方(さき)がそう出るならこっちも()(よう)がある。お龍は私の姪だ。私が連れて帰ります。お龍にお注ぎ込みなすったのはお前さんのご親切様だ。私ぁ些少(ちっと)でもご恩になった覚えはありません、何も誘拐(かどわかし)をご商売にゃぁなさいますまいから、人の姪甥に指をおさしになることはありますまいと、お前を拉去(ひっちょび)いて大手を振って静岡へ帰れば、どんな顔をして膨れるか見てやろうと思って、東京の(いけ)(ずる)い狸婆の皮を剥く気で出て来たのがネ」

 と、目の前にでもお関が居るように怒り立って力んで言う語気(ものいい)顔色(かおつき)は、滅多にお目にかかれない、ただ者ではない婆である。


つづく

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